「どうして私ばかり、家族のことを考えなければならないの?」
夫やパートナー、家族との関係で、そんな思いが積み重なることがあります。
相手が忙しそうなら自分の話は後にする。
疲れていそうなら頼みたいことがあっても自分でやる。
家族が困らないように予定を考え、必要なことに先に気づき、誰かがやらなければならないことを引き受ける。
最初から「私ばかり」と思っていたわけではないでしょう。自分ができるからやった。相手が大変そうだから引き受けた。家族がうまくいくなら、その方がいいと思ってきた。
ところが、それが長く続くと、「私はみんなのことを考えているのに、誰も私のことは考えてくれない」という寂しさや怒りが出てきます。
これは、家事や気づかいの度合いだけの問題とは限りません。
人との関係の中で、自分はどんな役割を担ってきたのかが関係していることがあります。
- 家族の中では、それぞれが役割を持つことがある
- ヒーロー|頑張ることで家族を支える
- チャーマー|明るくすることで家族の緊張を和らげる
- 問題児|家族の問題を、自分の行動で表に出す
- 家なき子|目立たないことで家族の負担を増やさない
- 殉教者|自分が引き受けることで家族を守る
- 愛することと、我慢することが一緒になってしまう
- 本当は嫌なのに、「私がやるしかない」と思ってしまう
- その役割を持つようになったのには、理由がある
- 役割が苦しくなるのは、「やるか、やらないか」を選べなくなったとき
- 役割を手放すと、冷たい人になるように感じることもある
- 役割の下には、その人が持っている才能がある
- 「私がやらなければ」から、「私はどうしたい?」へ
- まとめ|犠牲をやめても、愛情までなくなるわけではない
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家族の中では、それぞれが役割を持つことがある
家族の中では、誰かがよく話し、誰かがまとめる。誰かが問題を起こし、誰かがその後始末をする。誰かが家族を笑わせ、誰かが目立たないようにしている、といったことが起こります。
こうした役割は、誰かに「あなたはこれを担当して」と決められたものではありません。家族の中で起きていることに対応するうちに、「自分はこうしていた方が、この家はうまくいく」と身につけていくのです。
心理学では、家族の中で取りやすい役割を、ヒーロー、チャーマー、問題児、殉教者、家なき子という5つに分けて考えることがあります。
もちろん、人間を5種類に分類するためのものではありません。一人の人がいくつもの役割を持つこともありますし、家族や相手によって役割が変わることもあります。
大切なのは「私はどれだろう」と決めることではなく、自分は家族の中で、何をすることで関係を維持しようとしてきたのかを見ることです。
ヒーロー|頑張ることで家族を支える
ヒーローは、頑張ることで家族を支える役割です。成績がよい、仕事ができる、責任感が強い、期待されたことに応えようとする。「自分がしっかりしなければ」と考えることも多いでしょう。
家族の中に問題があっても、「この子だけは大丈夫」と思わせることで、家族を安心させる役割を担うことがあります。大人になってからも、家庭や職場で頼られる人になりやすいでしょう。
ただ、「できる自分」でいなければならない状態が続くと、失敗することや人に頼ることが難しくなります。
ヒーローの役割の下には、責任感、努力する力、物事を進める力、人を安心させる力があります。その力が問題なのではなく、「頑張っていなければ自分には価値がない」と役割が固定すると苦しくなるのです。
チャーマー|明るくすることで家族の緊張を和らげる
チャーマーは、場を明るくすることで家族を支える役割です。冗談を言ったり、人を笑わせたり、重い雰囲気になると話題を変えたりします。
家族の中に緊張や不安が多いと、「自分まで暗くなってはいけない」と感じることがあります。自分が明るく振る舞うことで、家族が少し楽になるならと、その役割を引き受けてきたのかもしれません。
大人になってからも、人を楽しませたり、場の気まずさをなくしたりすることが得意です。その一方で、自分が悲しいときまで笑ってしまったり、真剣な話を冗談で済ませたりすることがあります。
チャーマーの下には、人を喜ばせる力、場を和らげる力、親しみやすさ、人とつながる力があります。いつも明るくいなければならないという役割から離れれば、その力をもっと自由に使えるようになります。
問題児|家族の問題を、自分の行動で表に出す
問題児は、家族の中にある緊張や問題を、自分の行動によって表に出す役割です。反抗したり、問題を起こしたり、家族が心配するような行動を取ったりします。
周囲からは「この人が問題だ」と見られやすいのですが、その人だけが家族の問題を作っているとは限りません。たとえば夫婦の関係が悪くなっている家庭で、子どもの問題が起きることで、両親が子どものことについて話すようになる場合があります。
家族の中にあった問題や緊張が、一人の行動を通して表に出ていることもあるのです。
問題児の役割の下には、行動する力、現状を変える力、周囲が避けている問題を表に出す力があります。「問題を起こす人」として固定されると苦しいですが、その力そのものには意味があります。
家なき子|目立たないことで家族の負担を増やさない
家なき子は、家族の中でできるだけ目立たないようにする役割です。自分のことは自分でやる。困っていても言わない。要求をしない。家族に心配をかけないようにします。
家族の中にすでに多くの問題があると、「自分まで問題を増やしてはいけない」と感じることがあります。すると、周囲からは「手のかからない子」に見えるようになります。
大人になってからも、一人で考えたり、自分の世界を持ったりすることは得意です。その一方で、人に頼ることや、自分の存在や気持ちを相手に知ってもらうことが難しくなる場合があります。
家なき子の下には、一人で物事を考える力、自分の世界を持つ力、静かに状況を見る力があります。誰にも頼らずに生きるのではなく、必要なときには人とつながれるようになることで、その力をもっと生かせます。
殉教者|自分が引き受けることで家族を守る
そして、「どうして私ばかり」と感じる人に関係しやすいのが、殉教者の役割です。
殉教者は、自分が負担を引き受けることで家族を支えます。誰かが困っていれば自分がやる。家族が忙しければ自分の予定を変える。誰かが不機嫌なら、自分が機嫌を取る。家族のためなら、自分の希望を後回しにする。
本人には「私は犠牲になっている」という自覚がないこともあります。「家族なのだから当たり前」「自分ができるのだからやればいい」「相手が大変なら私が頑張ればいい」と思ってきたからです。
実際、殉教者の役割を持つ人には、人を思いやる力があります。相手の変化によく気づき、困っている人を放っておけず、「少しでも楽になれば」と自然に動ける人でもあります。
問題になるのは、その愛情の表し方が、「自分が我慢する」「自分が引き受ける」ことだけになってしまったときです。
愛することと、我慢することが一緒になってしまう
殉教者の役割を長く続けていると、「人を愛するなら、自分が我慢するもの」「家族を大切にするなら、自分が負担するもの」と感じるようになることがあります。
夫が疲れているから、自分がやる。子どもが忙しいから、自分が引き受ける。親が困っているから、自分の予定を変える。一つひとつは愛情からしていることです。
でも、それが当たり前になると、やがて「どうして誰も私には同じことをしてくれないの?」という気持ちが出てきます。
自分は相手が言わなくても気づいてきた。だから相手も、自分が疲れていれば気づいてくれるはずだと思う。でも、相手は同じ役割を持っているとは限りません。
すると、「私はこんなにしているのに」という不公平感が強くなります。
本当は嫌なのに、「私がやるしかない」と思ってしまう
殉教者の苦しさは、家族のために何かをすることそのものではありません。
本当は疲れているのに引き受ける。本当は嫌なのに断らない。本当は助けてほしいのに、「私がやった方が早い」と自分で済ませる。
自分で選んだように見えても、心の中では「私がやらなければ」と感じていることがあります。
相手からすると、「そこまでしてほしいとは言っていない」という場合もあります。でも本人には、「誰かがやらなければならない。だったら私がやるしかない」と見えています。
そして限界になると、「これだけやってきたのに」と怒りが出る。相手から「そんなに嫌だったなんて知らなかった」と言われると、「そんなことまで説明しなければならないの?」と、さらに悲しくなる。
ここまでくると、一回のお願いや家事の問題ではありません。いつも自分が引き受ける人になっていることそのものが苦しくなっています。
その役割を持つようになったのには、理由がある
では、なぜ自分がその役割を担うようになったのでしょうか。
子どもの頃、母親がとても大変そうだった。父親が忙しく、家族のことに手が回っていなかった。きょうだいに問題があり、「自分まで親を困らせてはいけない」と思った。家族の誰かが弱っていて、「私がしっかりしなければ」と感じた。
自分が手伝えば親が喜んだ。自分が我慢すると家の中が落ち着いた。自分が負担を引き受ければ、誰かが少し楽になった。
そうした経験が続けば、「私が引き受ければ、家族はうまくいく」というやり方を身につけても不思議ではありません。
子どもの自分にとって、それは家族とのつながりを守るために必要だったのでしょう。
だから、大人になって「犠牲するのをやめればいい」と言われても簡単には変えられません。その役割は、単なる癖ではなく、家族を守ろうとして身につけたものだからです。
役割が苦しくなるのは、「やるか、やらないか」を選べなくなったとき
家族のために何かをすることが悪いわけではありません。疲れている夫の代わりに何かをする日もあれば、忙しい子どもを助けることもあるでしょう。
問題になるのは、それ以外を選べなくなっているときです。
疲れていてもやる。嫌でもやる。本当は助けてほしくても自分でやる。「今日はできない」「これはあなたにお願いしたい」という選択肢が出てこない。
役割が固定すると、「私はこうする人」という生き方から離れられなくなります。
ヒーローなら、いつもしっかりする。チャーマーなら、いつも明るくする。家なき子なら、迷惑をかけない。問題児なら、家族の問題を背負う。殉教者なら、自分が引き受ける。
どの役割にも必要だった理由があります。でも、今はもう昔と同じ状況ではないのに、役割だけが残っていると、現在の夫婦関係や人間関係でも同じことを繰り返しやすくなります。
役割を手放すと、冷たい人になるように感じることもある
殉教者の役割を持っている人に、「もう全部引き受けなくていい」と言っても、すぐに楽になるとは限りません。
「そんなことをしたら家族が困る」「私がやらなかったら誰がやるの?」「自分のことばかり考える人にはなりたくない」と、強い抵抗が出ることがあります。
それは、役割を手放すことを、「愛することをやめること」のように感じているからかもしれません。
でも、手放したいのは愛情ではありません。愛するためには、自分が犠牲にならなければならないというやり方です。
助けたい日は助けてもいい。でも、自分にも余裕がない日は断ってもいい。相手にできることなら任せてもいい。自分が助けてもらう側になる日があってもいい。
愛情をなくすのではなく、愛情をどう使うかを自分で選べるようになるということです。
役割の下には、その人が持っている才能がある
家族の中で身につけた役割を見るとき、「その役割をやよう」だけでは不十分です。
なぜなら、役割の下には、その人が持っている力があるからです。
殉教者なら、愛情、やさしさ、思いやり、人の状態に気づく力、支える力。ヒーローなら、責任感や行動力。チャーマーなら、人を喜ばせたり、人との距離を近づけたりする力。問題児なら、現状を動かしたり、隠れている問題を表に出したりする力。家なき子なら、一人で物事を考え、自分の世界を持つ力です。
役割が苦しいからといって、その力まで捨てる必要はありません。
殉教者だった人なら、「私は犠牲にならなければ人を愛せない人」ではなく、「私は、人を思いやり、支える力を持っている人」と捉え直すことができます。
そうすると、その力をいつ、誰に、どのくらい使うのかを、自分で選びやすくなっていきます。
「私がやらなければ」から、「私はどうしたい?」へ
同じことをしていても、「役割だからやっている」のか、「自分がそうしたいから選んでいる」のかでは違います。
「私がやらなければ誰もやらないから、今日も自分がやる」と思うのと、「今日は夫がかなり疲れているし、私は余裕があるからやってあげたい」と思うのでは、自分の中に残る感覚が違います。
反対に、「今日は私も疲れているから、これはお願いしたい」と言う日があってもいい。それで愛情がなくなるわけではありません。
「私は家族を支える人だからやる」のではなく、「私は人を思いやる力を持っている。その力を今日はどう使いたいだろう」と考える。
そうやって選べるようになったとき、これまで自分を縛っていた役割が、自分の持っている才能へ変わっていきます。
まとめ|犠牲をやめても、愛情までなくなるわけではない
「どうして私ばかり気をつかっているのだろう」「どうして私ばかりが引き受けなければならないのだろう」と感じるとき、相手の気づかいの少なさだけが問題とは限りません。
自分が長い間、家族の中で「頑張る人」「明るくする人」「問題を引き受ける人」「自分が犠牲になる人」「迷惑をかけない人」といった役割を担ってきたのかもしれません。
その役割には、それを持たなければならなかった理由があります。自分がそうすることで家族が助かった。関係が保たれた。誰かが楽になった。子どもの自分にとって、それが家族を愛する方法だったこともあります。
だから、その役割を持ってきた自分を否定する必要はありません。
ただ、今も「私はこうしなければならない」としか思えないのであれば、役割が自分を苦しめるものに変わっています。
カウンセリングでは、単に「もっと人に任せましょう」「我慢するのをやめましょう」と考えるだけではありません。なぜその役割を持つようになったのか、家族の中でその役割が何を守っていたのか、そのとき自分はどんな気持ちだったのかを見ていきます。
そして、役割の下にあった自分の力にも気づいていきます。
殉教者なら、「私は我慢することでしか愛せない」のではなく、「私は人を愛し、思いやる力を持っている」と知ること。ヒーローなら、頑張らなくても責任感や行動力は自分の中にあると知ること。
役割として自動的に動くのではなく、今日は助ける、今日は頼る、今回は引き受ける、今回は任せる、と選べるようになる。
そうなったとき、これまで家族を守るために使ってきた力を、犠牲ではなく、自分自身の才能として使っていけるようになります。
カウンセリングについて詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。




