セクシャリティって何?〜いやらしさじゃなく、“命の感度”って知ってました?〜

セクシャリティって? 感情・心のしくみ

「セクシャリティ」と聞くと、性的なことや色気の話を思い浮かべて、少し身構えてしまう。

「私には関係ない話かも」

「そういう話は、あまり得意ではない」

「セクシャリティを開くなんて言われても、何をするの?」

そう感じる人もいるでしょう。

けれども、セクシャリティは、性的な行動や見た目の色っぽさだけを指す言葉ではありません。

誰に惹かれるのか。

自分の身体をどのように感じているのか。

どのような関わりを心地よいと思うのか。

誰と、どのくらい親密になりたいのか。

何を望み、何を嫌だと感じるのか。

そうした「性のあり方」に関わる幅広いものです。

もちろん、性的なことへ強い関心を持つ人もいれば、ほとんど関心を持たない人もいます。

恋愛を望む人もいれば、恋愛を必要としない人もいます。

誰に惹かれるのか、どの性として生きたいのかも、人によって違います。

この記事では、その中でも、自分の身体や感情、快・不快、親密さとのつながりを、「命の感度」という言葉で見ていきます。

セクシャリティは、性的なことだけの話ではない

セクシャリティは、性別や性的指向だけを表す言葉ではありません。

ただし、誰に惹かれるのか、どのような性として生きているのかも、その人のセクシャリティに関わる大切な部分です。

さらに、

自分の身体をどう感じているのか。

触れられることをどう感じるのか。

人から好意を向けられたときに、何が起こるのか。

親しい関係の中で、何を望み、何を避けたいのか。

こうしたことも含まれます。

たとえば、服を選ぶとき、

「今日は、この色を着たい」

と思ったのに、

「この年齢で目立つのは恥ずかしい」

と無難な服へ戻す。

「きれいですね」

と褒められた瞬間、うれしさより先に、

「何か目的があるのでは?」

と警戒する。

恋人や夫から、

「どうしたい?」

と聞かれても、

「あなたに合わせるよ」

と答える。

本当は触れられたくないと感じたのに、

「この程度で嫌がる私がおかしいのかな」

と、自分の感覚を打ち消す。

こうした場面にも、その人のセクシャリティが関係しています。

この記事でいう「命の感度」とは

「命の感度」と聞くと、少し大げさに感じるかもしれません。

ここで言う感度は、特別な感覚のことではありません。

これは好き。

これは嫌。

今日はこの服を着たい。

この人と話していると落ち着く。

ここから先は近づいてほしくない。

もっと一緒にいたい。

今は一人でいたい。

そうした、自分の中に起きている反応に気づくことです。

人は、自分が何を感じているのかを知ることで、何を選ぶかを考えられます。

好きなものを選ぶ。

嫌なことを断る。

近づきたい相手へ近づく。

距離を取りたい相手から離れる。

セクシャリティは、そうした選択とも関係しています。

ところが、長い間、自分の感覚よりも周囲の都合を優先してきた人は、

「何を感じているのか聞かれても、よくわからない」

という状態になることがあります。

好きなものを選べばよいのに、なぜ無難な方を選ぶのか

好きなものを選べばよい。

嫌なことは断ればよい。

褒められたら「ありがとう」と受け取ればよい。

頭では、そう理解している人も多いでしょう。

それでも実際には、

人からどう見られるか。

目立ちすぎないか。

相手を不快にさせないか。

失敗しないか。

無駄にならないか。

そちらを先に考えます。

「私は何を着たいのだろう」

「本当はどうしたいのだろう」

と考える前に、周囲から問題なく見える答えを選ぶのです。

この状態が続くと、自分の希望を聞かれたときにも、

「何でもいい」

「どちらでもいいよ」

「あなたが決めて」

という言葉が増えていきます。

相手へ合わせる方が楽なように見えますが、あとから不満が出ることもあります。

自分が選んでいないため、

「どうして私ばかり相手に合わせなければならないの?」

という気持ちがたまっていくからです。

自分の快・不快がわからなくなることがある

自分の感覚がわからない人が、何も感じていないとは限りません。

感じたあと、すぐに打ち消していることがあります。

「嫌だな」

と感じても、

「相手に悪気はないから」

と考える。

「今日は会いたくない」

と思っても、

「断ったら嫌われるかもしれない」

と約束を守る。

「この人のことが好きかもしれない」

と気づいても、

「今さら恋愛なんて面倒」

と気持ちを終わらせる。

「もっと近づきたい」

と思った直後に、相手の欠点ばかり探し始める。

感覚は出ています。

ただ、その感覚をそのまま認めると、何か困ったことが起こるように感じているのです。

だから、自分の反応をなかったことにしたり、別の理由で説明したりします。

それを長く続けていると、本当に自分が何を感じているのかわからなくなります。

感じたことを表すと、何が起きると思っていますか

嫌だと伝えたら、相手が怒る。

断ったら、冷たい人だと思われる。

好きだと知られたら、主導権を握られる。

きれいに見られたら、性的な目を向けられる。

自分の希望を言ったら、わがままだと思われる。

親密になったら、最後には傷つけられる。

このような感覚があると、人は自分の気持ちに気づかない方を選ぶことがあります。

感じなければ、言わなくて済む。

望まなければ、断られて傷つくこともない。

相手へ合わせていれば、関係が壊れる危険を減らせる。

こうした対応は、以前の人間関係では自分を守るために必要だったのかもしれません。

けれども、現在も同じ対応を続けていると、自分の意思で選んでいる感覚が失われていきます。

身体や性について、どのように扱われてきたのか

セクシャリティについて考えるときには、自分の身体や性が、これまでどのように扱われてきたのかも関係します。

身体や容姿について、繰り返し評価された。

成長していく身体を、恥ずかしいもののように扱われた。

性に関心を持つことを、「はしたない」と言われた。

好きな人の話をして、からかわれた。

嫌だと言ったのに、聞いてもらえなかった。

望んでいない視線や言葉を向けられた。

女性らしい服を着たとき、嫌な反応をされた。

性別や惹かれる相手について、否定された。

恋人や夫の希望へ合わせることを当然のように求められた。

こうした経験があると、

「自分の感じ方は当てにならない」

「嫌だと言ったら関係が壊れる」

「身体に注目されると危険」

「誰かを好きになると傷つく」

「相手の希望を優先した方が問題が起きない」

という理解が残ることがあります。

本人は、過去の出来事を意識しているとは限りません。

「私はもともと恋愛に向いていない」

「服には興味がない」

「触れられるのが嫌いな性格」

と考えていることもあります。

それが本人にとって自然な感覚である場合も、もちろんあります。

すべてを過去の経験の影響として考える必要はありません。

ただ、望んでいるのに選べない、近づきたいのに毎回逃げたくなるということが続くなら、過去の経験が現在の反応へ重なっている可能性があります。

恥ずかしさの奥に、怒りや悲しさが残っている場合がある

セクシャリティについて感じるものは、恥ずかしさや怖さだけとは限りません。

嫌だと言ったのに聞いてもらえなかった怒り。

身体を勝手に評価された悔しさ。

好きなものを笑われた悲しさ。

大切に扱ってほしかったのに、相手の都合を優先された寂しさ。

本当は、好意を受け取ってみたかった気持ち。

自分が何を望んでいるのか、尋ねてほしかった気持ち。

誰かに惹かれる自分を認めることへの戸惑い。

自分の性のあり方を理解してもらえなかった孤独感。

当時は、そのような感情を感じる余裕がなかった人もいます。

嫌だと感じるより、何も感じない方が楽だった。

怒るより、相手へ合わせた方が早かった。

悲しむより、「恋愛には興味がない」と考えた方が傷つかずに済んだ。

過去の感情は、そのままの形で出てくるとは限りません。

親密さを避ける。

褒め言葉を拒否する。

身体を隠す。

本気で好いてくれる人から距離を取る。

望んでいないことにも合わせる。

そのような行動として表れることがあります。

親密になりたいのに、近づかれると逃げたくなる

人とのつながりを望んでいるのに、相手が近づいてくると怖くなる人もいます。

好意を向けられるまでは、うれしい。

相手が本気になると、落ち着かなくなる。

急に相手の欠点が気になる。

連絡を返すことが面倒になる。

「私は一人の方が向いている」

と思いたくなる。

これは、相手が嫌いになったからとは限りません。

親密になることで、

自分の身体を見られる。

気持ちを知られる。

断りにくくなる。

相手の期待に応えなければならなくなる。

最後には傷つけられる。

そのように感じている場合があります。

頭では、

「この人は、以前の人とは違う」

とわかっていても、実際に距離が近づくと、過去と似た怖さが出てくるのです。

このようなとき、

「素直に受け取ればいい」

「もっとセクシャリティを開けばいい」

と言われても、うまくいきません。

受け取った先で何が起きるように感じているのかを見ないまま、行動だけを変えることは難しいからです。

今の相手が境界を越えている可能性も確認する

不快感や怖さがあるとき、その原因をすべて過去へ求める必要はありません。

現在の相手が、実際に境界を越えていることもあります。

嫌だと伝えても触れてくる。

性について話したくないのに、無理に聞き出そうとする。

服装や身体について繰り返し評価する。

性的な関係を、愛情の証明として求める。

性別や性的指向を勝手に決めつける。

断ると不機嫌になったり、罪悪感を持たせたりする。

そのような相手に対して感じる不快感は、自分のセクシャリティを受け入れられていないから起きているとは限りません。

相手がこちらの意思を尊重していない可能性があります。

過去の経験が重なっているのか。

今の相手が実際に境界を越えているのか。

両方が関係しているのか。

ここを分けることが必要です。

セクシャリティを「開く」ことが目的ではない

セクシャリティについて考える目的は、色気を身につけることでも、性的なことへ積極的になることでもありません。

誰かから魅力的に見られるために、自分を変える話でもありません。

自分の身体をどう感じているのか。

どのような距離を心地よいと思うのか。

誰と親密になりたいのか。

どこから先は望まないのか。

好意を受け取るのか、断るのか。

自分の感覚を確認し、自分で選べることが大切です。

性的なことへ関心がなくても構いません。

恋愛を望まなくても構いません。

人からどのように見られるかより、自分が何を望んでいるかを知ることが、その人自身のセクシャリティを考える出発点になります。

自分の身体と感覚を、自分のものとして選べるように

自分の感覚を大切にしようと頭では理解していても、

「嫌だと言ったら嫌われる」

「好意を受け取ったら、何かを返さなければならない」

「親密になったら、自分の自由がなくなる」

という怖さが出ることがあります。

その場合、好きな香りや服を選ぶだけでは、根本の反応は変わりにくいでしょう。

カウンセリングでは、現在どのような場面で自分の感覚がわからなくなるのかを確認します。

褒められたとき、触れられたとき、好意を向けられたとき、嫌だと伝えようとしたときに、どのような反応が出るのか。

それが、過去のどのような経験とつながっている可能性があるのかを整理していきます。

当時、言うことができなかった怒りや、尊重してもらえなかった悲しさ、親密になりたかったのに傷ついた寂しさを扱うこともあります。

そして、

「私の感じ方は間違っている」

「相手に合わせなければ関係は続かない」

と理解した出来事を、現在の自分の視点から見直していきます。

過去の出来事そのものは変えられません。

ただ、そのときの感情を整理し、当時の理解を現在も使い続ける必要があるのかを考えることはできます。

その結果、以前よりも、

嫌なことを嫌だと認める。

好意を受け取るかどうかを自分で決める。

親密になる相手と距離を取る相手を選ぶ。

自分の身体や性について、誰にどこまで話すかを決める。

といった選択がしやすくなることがあります。

セクシャリティは、誰かに見せるための魅力だけではありません。

自分の身体や気持ちを、自分のものとして扱うこと。

誰と、どのように関わるのかを、自分で選ぶこと。

その感覚もまた、「私が私として生きている」と感じるための、命の感度なのだと思います。

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