「女性性」という言葉に強く反応してしまうのはなぜ?

女性性とは何かを見つめ直すイメージ 恋愛・夫婦関係

「もっと女性性を開いた方が、恋愛がうまくいきますよ」

「頑張るだけでなく、受け取ることも大切です」

「もう少し可愛く頼ってみたら?」

そんなことを言われた瞬間、なぜか腹が立つ。

話している相手には悪気がないとわかっていても、

「また私が変わらなければいけないの?」

「これまで頑張ってきたことを否定されている気がする」

「男性に都合のよい女性になれと言われているみたい」

と、反発したくなることがあります。

「女性性」という言葉を聞いただけで、気持ち悪さや窮屈さを感じる人もいるでしょう。

その一方で、

「こんなに反応する私は、女性性が足りないのだろうか」

「もっと素直に受け入れた方がいいのかな」

と、自分を責めてしまうこともあります。

けれども、強く反応してしまう理由は、「女性らしくなりたくないから」だけとは限りません。

その言葉と一緒に、過去に求められた役割や、我慢してきたことまで思い出している可能性があります。

「女性性」と言われたとき、何を求められたように感じますか

女性性という言葉は、人によって違う意味で使われています。

感受性。

受け取る力。

人や物事を育てる力。

自分の感情を感じること。

人とのつながりを受け入れること。

そうした意味で使う人もいます。

一方で、女性性と聞いた瞬間に、

優しくしなければならない。

男性を立てなければならない。

相手を受け入れなければならない。

笑顔で場を和ませなければならない。

可愛く頼らなければならない。

家族の世話をしなければならない。

そんな女性像を思い浮かべる人もいます。

同じ「女性性」という言葉を使っていても、話している人が伝えたいことと、聞いた人が受け取る意味は同じとは限りません。

「もっと女性性を開きましょう」

と言われた側は、

「今のあなたでは足りません」

「もっと女らしく振る舞ってください」

と言われたように感じることがあります。

そのように受け取れば、反発したくなるのも不思議ではありません。

女性性を開くボタンが本当にあるなら、場所だけ教えてほしいところです。

言葉に反応しているようで、過去の扱われ方に反応していることがある

現在の相手は、感情を感じることや、好意を受け取ることについて話しているのかもしれません。

それでも、過去に次のようなことを言われてきた人は、別の意味を感じ取ることがあります。

「女の子なんだから我慢しなさい」

「女なんだから、家のことを手伝いなさい」

「そんな言い方をしたら、男の人に嫌われるよ」

「仕事ばかりしていたら結婚できないよ」

「女性は愛嬌が大切」

「女性の方が気がつくんだから、あなたがやって」

「もっと可愛く頼ればいいのに」

一つひとつの言葉は、言った側にとって何気ないものだったかもしれません。

けれど、言われた側には、

「やりたいことより、女らしさを優先しなさい」

「能力より、愛想のよさを求められている」

「自分の気持ちより、相手の居心地を大切にしなさい」

という要求として残ることがあります。

そのため、現在「女性性」という言葉を聞くと、以前と同じ役割を求められたように感じます。

頭では別の話だと理解できても、感情はすぐには区別できないことがあります。

「女の子なんだから」と言われて、何を我慢してきたのか

家族の中で、女の子だからという理由で世話を任されてきた人もいます。

弟は遊んでいても、自分だけ食事の準備を手伝う。

男性の家族が機嫌を悪くすると、なだめる役を任される。

親戚が集まれば、女性だけが動く。

自分の進路や仕事より、結婚や家庭を優先するように言われる。

学校や職場では、意見をはっきり伝えたとき、

「きつい」

「生意気」

「可愛げがない」

と言われたことがあるかもしれません。

同じ話し方をしている男性には何も言わないのに、自分だけ柔らかい言い方を求められる。

能力を評価してほしいのに、服装や笑顔についてばかり言われる。

結果を出しても、

「女なのにすごいね」

と言われる。

そうした経験が続くと、女性性という言葉そのものに、

「自分の意見を引っ込めること」

「相手のために我慢すること」

「能力より愛想を優先すること」

が結びついていく場合があります。

女性性を拒否しているように見えて、実際には、押しつけられた役割を拒否しているのかもしれません。

頑張ってきた生き方を否定されたように感じる理由

これまで自分の力で生活を支えてきた女性にとって、

「もっと頼って」

「もっと受け取って」

という言葉は、素直に聞けないことがあります。

頼らなかったのではなく、頼れなかった。

誰かに任せなかったのではなく、任せられる人がいなかった。

仕事ばかりしていたのではなく、働かなければ生活できなかった。

感情を出さなかったのではなく、感情を出したら物事が進まなかった。

そんな事情があるからです。

それを知らない人から、

「頑張りすぎだから、もっと女性性を使えばいい」

と言われると、

「私が好きでこうなったと思っているの?」

「これまでの頑張り方が間違っていたと言いたいの?」

と腹が立つことがあります。

本当は自分も、誰かに任せてみたかった。

困ったときには助けてもらいたかった。

結果を出さなくても、大切に扱ってほしかった。

その願いがかなわなかったから、自分でできることを増やしてきた人もいます。

その経緯を飛ばして「受け取りましょう」と言われても、気持ちがついていかないのです。

怒りや気持ち悪さが守っているもの

女性性という言葉に対する怒りには、自分を守る役割があることもあります。

「もう我慢させられたくない」

「これ以上、都合のよい役を引き受けたくない」

「私の能力や努力を否定されたくない」

「性的な目で見られたくない」

「自分の生き方を誰かに決められたくない」

こうした思いが、女性性への反発として表れている場合があります。

気持ち悪さや嫌悪感が出る人もいます。

過去に、女性として見られることが怖かった。

容姿について評価され、嫌な思いをした。

性的な言葉や視線を向けられた。

女性らしい服装をしたときに、望まない反応を受けた。

そうした経験があると、「女性性」という言葉から、性的な評価や危険まで連想することがあります。

現在の相手がその意味で話していなくても、自分の中では過去の経験と結びついているため、強い拒否感が出るのです。

頭では別の意味だとわかっても、拒否感が消えない

女性性は、可愛らしさや受け身だけを意味するものではない。

感情を感じることや、好意を受け取ることも含まれる。

男性の中にも、感受性や育む力はある。

そのような説明を聞いて、

「言いたいことはわかる」

と思える人もいるでしょう。

それでも、

「女性性を開きましょう」

と言われると、やはり反発したくなる。

これは、知識が足りないからとは限りません。

潜在意識や無意識には、過去に言われたこと、そのときに感じたこと、当時の自分が理解したことが残っている場合があります。

たとえば、

「女性らしくすると、自分の意見を失う」

「受け入れたら、また我慢させられる」

「頼ったら、相手に主導権を握られる」

「女性として見られたら、能力を評価してもらえない」

という感覚です。

現在の自分は、

「今の相手はそんなことを言っていない」

と理解できます。

ただ、実際に頼ろうとしたり、感情を見せようとしたりすると、以前の怖さや悔しさが出てきます。

そのため、考え方を変えるだけでは、反応が変わりにくいことがあります。

女性性を否定することで、自分の希望まで遠ざけていないか

女性性という言葉が嫌いでも、それ自体は問題ではありません。

使いたくない言葉を、無理に受け入れる必要もありません。

ただ、その言葉と一緒に、自分が本当は望んでいることまで遠ざけている場合があります。

本当は、信頼できる人には頼ってみたい。

好意を向けられたら、疑わずに受け取ってみたい。

女性らしい服を楽しみたい日もある。

恋愛では、能力や役割だけでなく、自分そのものを見てほしい。

疲れたときには、「今日はできない」と言ってみたい。

うれしいときには、考えすぎず喜びたい。

けれど、それらがすべて「女らしくなること」と結びついていると、

「そんな自分にはなりたくない」

と拒否したくなることがあります。

また、可愛く頼れる女性や、女性性という言葉を肯定する女性を見ると、なぜか苛立つこともあります。

その人自身が嫌いというより、自分が我慢させられてきた女性像と重なっているのかもしれません。

相手を見るたびに、

「私はあんなふうにはなれない」

「また私が足りないと言われている」

と感じれば、苦しくなるでしょう。

現在も、古い女性像を押しつける人はいる

すべての反応を、過去の感情だけで説明する必要はありません。

現在も、

「女性は男性を立てるべき」

「女性性を開けば、男性が変わる」

「あなたが受け取り上手になれば、夫婦はうまくいく」

「女性が柔らかくなれば、家庭はまとまる」

という話し方をする人はいます。

実際に責任を取らない男性や、女性へ世話や感情面の負担を求める家庭もあります。

職場で女性にだけ愛想や気配りを求める人もいます。

そのような環境で感じる違和感まで、

「あなたが女性性を受け入れていないから」

と説明されたら、さらに腹が立つでしょう。

相手が引き受けるべき責任まで、女性側の考え方や女性性の問題に変える必要はありません。

本当に押しつけられているのか。

過去の経験が重なっているのか。

その両方があるのか。

分けて考えることが大切です。

本当に問題なのは、女性性という言葉を嫌うことではない

女性性という言葉を好きになる必要はありません。

その言葉を使わなくても、自分の感情や生き方を考えることはできます。

確認したいのは、女性性を嫌うことによって、現在の選択まで狭くなっていないかということです。

人に頼る場面をすべて避ける。

好意を向けられると疑う。

うれしさや悲しさを出さない。

女性として見られることを避けるため、服装や振る舞いを制限する。

恋愛で気持ちを見せることができない。

誰かに守られたり、支えてもらったりすると落ち着かない。

こうしたことが続いているなら、「女性性をどう受け入れるか」より先に、なぜそれほど警戒する必要があったのかを見ていく方がよい場合があります。

押しつけられた女性像と、自分が選びたい生き方を分ける

過去に求められた女性像と、現在の自分が望む生き方は同じとは限りません。

優しくする日があってもよい。

はっきり意見を言う日があってもよい。

誰かに頼ることも、自分で決めて行動することもできます。

女性らしい服を楽しむことと、男性の言うことに従うことは結びつきません。

好意を受け取ることと、自分の考えを譲ることも別です。

家族を大切にすることと、自分ばかりが世話を引き受けることも違います。

女性性を肯定するか、拒否するか。

その二択で考えなくてもよいのです。

自分が嫌だったものは何か。

本当はどう扱ってほしかったのか。

今は、何を自分で選びたいのか。

そこを分けていくことで、「女性性」という言葉に振り回されにくくなります。

それでも、言葉を聞いただけで強い怒りや嫌悪感が出るときには、現在の考えだけでは整理しにくい感情が残っていることがあります。

カウンセリングでは、女性性を受け入れるよう説得するのではなく、その言葉から何を連想するのか、誰からどのような役割を求められたのか、そのとき何を感じていたのかを確認していきます。

当時は言えなかった怒りや、能力を見てもらえなかった悔しさ、本当は守ってほしかった寂しさを扱いながら、「女らしくすると自分を失う」と理解した出来事を、現在の視点から見直していくこともあります。

過去の感情が整理されてくると、女性性という言葉を好きになるとは限りません。

ただ、誰かに頼るか、自分でやるか。

どのような服を選ぶか。

好意を受け取るか、断るか。

自分の感情をどこまで表現するか。

それを、過去の反発だけで決めず、現在の自分が選びやすくなります。

女性性という言葉を使うかどうかも含めて、自分で決めてよいのです。

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