やりたいことがわからないのはなぜ?「できること」ばかり選んでしまう理由

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「あなたは、何がしたいですか?」

そう聞かれると、急に答えが出なくなることはありませんか。

仕事で何ができるかと聞かれれば、いくつも答えられる。

人の話を聞くこと。

資料をまとめること。

段取りを組むこと。

家族の予定を調整すること。

困っている人の代わりに動くこと。

けれども、「自分は何をしたいのか」と聞かれると、よくわからない。

休日に何をしたいか考えても、思いつくのは掃除、買い物、用事の片づけ。

習い事を探していても、

「仕事に役立つだろうか」

「資格が取れるだろうか」

「続けられるだろうか」

と考えているうちに、申し込む気がなくなる。

やりたいことが何もないというより、何を基準に選べばよいのかわからなくなっているのかもしれません。

できることと、やりたいことは違う

料理が得意だからといって、毎日料理をしたいとは限りません。

人の相談に乗るのが上手だからといって、いつでも相談を聞きたいわけでもありません。

仕事を任せられるからといって、その仕事をこの先も続けたいとは限りません。

ところが、周囲から「できる人」と思われると、そのことを何度も頼まれるようになります。

料理が上手な人は、家族の食事を用意する役になる。

段取りが上手な人は、職場の調整役になる。

話を聞くのが上手な人は、友人から相談を持ち込まれる。

頼まれればできる。

やれば、それなりに結果も出せる。

人から感謝されることもあるでしょう。

こうして長い間続けていると、

「できるのだから、これが自分のしたいことなのだろう」

と思うようになることがあります。

けれども、できることは能力の話です。

やりたいことは、自分の希望の話です。

二つは重なることもありますが、同じとは限りません。

得意なことが「自分の役割」になっていく

子どもの頃から、周囲の期待に応えるのが得意だった人もいます。

親が忙しそうなら、自分のことは自分でする。

家族の空気が悪くなれば、間に入る。

学校では、先生に頼まれた仕事を引き受ける。

職場では、誰もやりたがらないことを先に片づける。

そのような行動をすると、

「しっかりしているね」

「あなたなら任せられる」

「本当に助かる」

と言ってもらえます。

自分が何をしたいかよりも、何をすれば役に立てるかを考えるほうが、周囲との関係を保ちやすかったのかもしれません。

そのやり方は、これまでの人生を乗り切るうえで役立ってきたでしょう。

ただ、役に立つことを優先する時間が長くなると、自分の希望を確かめる機会が少なくなります。

「何がしたい?」と聞かれても、すぐに答えられないのは当然かもしれません。

ずっと別の質問に答えてきたからです。

「何を求められているのか」

「何をすれば迷惑をかけないのか」

「何をすれば認められるのか」

そちらを先に考えることが、いつの間にか当たり前になっていたのです。

やりたいことまで「役に立つか」で選んでしまう

何かに興味を持っても、すぐに価値を計算してしまうことがあります。

英語を勉強するなら、仕事で使えるのか。

文章を書くなら、収入になるのか。

料理を習うなら、家族に喜ばれるのか。

旅行に行くなら、何か学びがあるのか。

絵を描いてみたいと思っても、

「今さら始めて、何になるのだろう」

と考える。

せっかく芽を出した興味を、役に立つかどうかの審査にかけてしまうのです。

もちろん、時間やお金には限りがあります。

何も考えずに始めればよい、という話ではありません。

ただ、始める前から意味や成果を求めすぎると、自分が本当に興味を持っているのかを確かめる前に、候補から外してしまいます。

やりたいことが見つからないのではなく、役に立つと証明できないものを、自分で認めていないこともあるのです。

やりたいことは、考えるだけではわからない

自分が何をしたいのかを知るために、ノートを開いて何時間も考える人がいます。

興味のあることを書き出す。

向いている仕事を調べる。

性格診断を受ける。

自分の過去を振り返る。

それらが参考になることはあります。

ただ、考えるだけで「これが私のやりたいことだ」と確信できるとは限りません。

料理に興味があるなら、一度作ってみなければわかりません。

陶芸が気になるなら、実際に土に触れてみなければわかりません。

文章を書きたいと思うなら、短い文章でも書いてみなければ、書いている時間をどう感じるのかわかりません。

見ているときは楽しそうでも、実際にやってみると、それほど興味がなかったと気づくこともあります。

反対に、何となく始めたことが意外に面白く、もう一度やってみたくなることもあります。

やりたいことは、頭の中で正解を決めてから始めるものではなく、試したあとに少しずつわかってくるものなのです。

上手にできたかどうかだけで判断しない

初めて挑戦したことが、思ったようにできなかった。

すると、

「向いていない」

「これは私のやりたいことではない」

と、すぐに判断することがあります。

けれども、初めてなら上手にできないこともあるでしょう。

慣れない作業で疲れることもあります。

人前で緊張して、楽しさを感じる余裕がなかったのかもしれません。

上手にできなかったことと、やりたくなかったことは同じではありません。

反対に、上手にできても、まったく続けたいと思わないこともあります。

周囲からは褒められた。

先生から筋がいいと言われた。

結果も悪くなかった。

それでも、終わった瞬間に「もう一度やりたい」とは思わない。

その場合は、できることではあっても、したいことではない可能性があります。

見るべきなのは、出来栄えだけではありません。

やっている間に、もう少し知りたいと思ったか。

終わったあとにも、そのことを考えていたか。

失敗したけれど、もう一度試してみたいと思ったか。

誰にも褒められなくても、続けてみたいか。

そうした反応のほうが、自分の希望を知る手がかりになります。

「楽しいかどうか」だけでも決められない

やりたいことなら、最初から楽しいはずだと思う人もいます。

けれども、実際にはそうとも限りません。

興味はあるけれど、初めての場所に行くのが緊張する。

やってみたいけれど、失敗するのが恥ずかしい。

面白そうだけれど、ほかの人より下手な自分を見るのが嫌だ。

そのため、やっている最中は楽しさよりも緊張のほうが大きいこともあります。

それでも帰宅してから、

「次はもう少しこうしてみたい」

「あの部分をもう一度やってみたい」

と思うのであれば、興味は残っています。

一方で、始める前から気が重く、終わったことにほっとし、次の予定を考えるだけでうんざりするなら、続けたいことではないのかもしれません。

大人になると、「楽しい」「楽しくない」だけではなく、緊張、恥ずかしさ、評価への不安などが入り交じります。

そのため、一度の体験だけで結論を出さず、自分がどこに反応しているのかを見る必要があります。

認められたいことを「やりたいこと」と思っている場合もある

料理を作りたいと思って始めたけれど、上手にできないと急に興味がなくなる。

文章を書きたいと思っていたけれど、誰にも読まれないと続ける意味がないと感じる。

何かを始めたとき、活動そのものよりも、人からどう見られるかが気になることがあります。

「上手だと思われたい」

「すごいと言ってもらいたい」

「何かを持っている人になりたい」

その気持ちがあってもいけないわけではありません。

誰にでも、認められたい気持ちはあります。

ただ、人から評価されることが目的になると、評価されない期間を耐えられなくなります。

本当にそのことをしたいのか。

そのことができる自分になって、周囲から評価されたいのか。

ここを分けて考える必要があります。

誰にも見せないとしても、やってみたいと思うか。

すぐに上手にならなくても、もう少し続けたいと思うか。

その問いによって、自分が求めているものが見えやすくなります。

40代、50代になってから、やりたいことがわからなくなる

若い頃からずっと、目の前の課題に対応してきた人もいるでしょう。

仕事を覚える。

生活を安定させる。

家族を支える。

人間関係を壊さないようにする。

次々と必要なことが出てくるため、「自分は何をしたいのか」を考える時間がなくても、生活は進んでいきます。

ところが、40代、50代になると、これまでと同じように頑張るだけでは納得できなくなることがあります。

仕事はできる。

生活もある程度整っている。

周囲から見れば、大きな問題はない。

それでも、

「私は、この先も同じことを続けたいのだろうか」

という疑問が出てくる。

これは、目標を新しく見つけなければならないということではありません。

これまで「必要だからやる」ことばかりだった生活の中に、「自分はどうしたいのか」という疑問が入ってきたのかもしれません。

ところが、長年使ってこなかった基準なので、すぐには答えられません。

人生を変えるほどの「やりたいこと」を探さなくていい

やりたいことを探そうとすると、転職、起業、移住、資格取得など、大きなものを想像することがあります。

一生続けられるもの。

自分の才能を生かせるもの。

人生の目的と呼べるもの。

そこまで大きな答えを探すと、何も選べなくなります。

最初に確かめるのは、もっと小さなことでよいのです。

以前から気になっていた店に行ってみる。

読みたかった本を読んでみる。

一度だけ講座に参加してみる。

使ったことのない画材を買ってみる。

一人で出かけてみる。

興味がなかったとわかれば、それも一つの結果です。

やってみたからこそ、「これは違った」と判断できます。

それは失敗ではなく、自分について知ったということです。

いつも「正解」を選ぼうとすると動けなくなる

自立的な人ほど、始める前によく考えます。

お金を無駄にしたくない。

途中でやめたくない。

周囲に迷惑をかけたくない。

選んだからには、きちんと続けたい。

そのため、一度選んだら間違えられないような気持ちになることがあります。

けれども、やりたいことを知る過程では、合わないものを選ぶこともあります。

三回で飽きることもある。

思っていた内容と違うこともある。

途中で興味が別の方向に移ることもある。

試して、違いを知り、次を選ぶ。

その繰り返しによって、自分の好みが少しずつわかってきます。

最初から正解を選ぼうとするより、ちょっと試して判断するほうが、自分の希望に近づきやすいのです。

やりたいことがわからない理由は、同じ生き方を続けているからかもしれない

仕事では、求められた役割を引き受ける。

家族の中では、みんなの都合を優先する。

友人関係では、相手が行きたい店に合わせる。

恋愛では、相手に嫌われない選択をする。

こうしたことが長く続いていると、自分の希望がわからなくなるのは、趣味の問題だけではありません。

人生のさまざまな場面で、

「私はどうしたいか」

よりも、

「相手は何を望んでいるか」

を先に考えてきた可能性があります。

その場合、「やりたいことリスト」を作るだけでは、なかなか答えが出ません。

何をしたいかを考える前に、

「希望を言ったら、誰が困ると思っているのか」

「役に立たないことをすると、なぜ落ち着かないのか」

「人に認められない時間を、なぜ無駄だと感じるのか」

という部分を見ていく必要があります。

自分の場合は、何を優先してきたのか

やりたいことがわからない人は、希望のない人ではありません。

これまで、希望よりも優先しなければならないものが多かったのかもしれません。

期待に応えること。

役に立つこと。

失敗しないこと。

人に迷惑をかけないこと。

きちんと結果を出すこと。

それらを優先することで、仕事や生活を支えてきたのでしょう。

ただ、今まで役に立ったやり方が、これから先も自分に合うとは限りません。

できるから続けていること。

期待されるから引き受けていること。

本当はもうやりたくないのに、やめる理由がないこと。

反対に、興味はあるけれど、役に立たないという理由で外してきたこと。

こうしたものを分けていくと、「何がしたいか」だけではなく、「なぜ自分の希望を選択肢に入れられなかったのか」が見えてくることがあります。

やりたいことは、頭の中で最初からはっきり決める必要はありません。

少し気になることを試し、自分がどう感じたのかを確かめる。

その積み重ねによって、長い間後回しになっていた自分の希望が、少しずつ見えるようになるのかもしれません。

カウンセリングでは何を整理するのか

カウンセリングでは、無理にやりたいことを決めるのではなく、これまで何を基準に選んできたのかを整理します。

できるから続けていること。

期待されるから引き受けていること。

本当はもうやりたくないこと。

興味はあるけれど、役に立たないという理由で外してきたこと。

これらを分けていくと、「何がしたいのかわからない」という悩みの奥に、自分の希望を後回しにしてきた生き方が見えてくることがあります。

やりたいことを探すというよりも、これからは何を基準に選びたいのかを一緒に整理していくのです。

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