「どうして、これくらい言わなくてもわからないの?」
「普通なら、自分からやるでしょう」
「私がこんなに大変なのに、よく平気でいられるよね」
本当は、手伝ってほしい。
もう少し気にかけてほしい。
自分の希望を聞いてほしい。
けれども、それをそのまま頼むのは嫌だ。
できれば相手のほうから気づき、自分の意思で動いてほしい。
そんなとき、頼む代わりに、不機嫌になったり、正しさで責めたり、相手が断りにくい言い方をしたりすることがあります。
本人としては、相手を支配したいわけではないかもしれません。
「私ばかりが我慢している」
「何度言っても変わってくれない」
「このくらいしてくれてもいいはず」
と思っているだけでしょう。
ただ、相手に選択の余地を与えず、自分が望む行動へ追い込もうとしているなら、それはコントロールになっていることがあります。
人をコントロールするとはどういうことか
人をコントロールするとは、相手の気持ちや都合よりも、自分が望む結果を優先し、その結果になるよう相手を動かそうとすることです。
わかりやすいものでは、
「言うことを聞かないなら、ひどい目に遭わせる」
「私の指示どおりにしなさい」
といった脅しや命令があります。
ただ、日常の人間関係で起きるコントロールは、もっとわかりにくい形をしています。
夫が家事をしないと、何も言わずに大きな音を立てて片づける。
恋人からの連絡が遅いと、返事が来てもわざと無視する。
家族に頼みたいことがあるとき、
「私が全部やればいいんでしょう」
と言って、相手が罪悪感から動くのを待つ。
職場で協力してほしいとき、
「普通、そこまで説明しなくてもわかるよね」
と、正しさを使って断れない雰囲気を作る。
相手が自分で選んだように見えても、実際には、選ばなかったときに不機嫌、非難、罪悪感が待っている。
これでは、相手は自分の意思で動いたというより、面倒なことを避けるために従ったことになります。
不機嫌になること自体がコントロールなのではない
腹が立てば、不機嫌になることはあります。
悲しいときに笑顔でいる必要もありません。
感情が表情や声に出ることまで、すべてコントロールと考える必要はないでしょう。
違いは、その不機嫌を何のために使っているかです。
「今日は腹が立っているから、少し一人で考えたい」
と伝えるのと、
何も説明せずに黙り込み、相手が謝ったり、希望どおりに動いたりするまで冷たい態度を続けるのとでは、意味が違います。
前者は、自分の状態を説明しています。
後者は、不機嫌によって相手を動かそうとしています。
本人は意識的にやっていない場合もあります。
これまで、言葉で頼んでも聞いてもらえなかった。
不機嫌になったときだけ、周囲が動いてくれた。
そんな経験が続けば、不機嫌は相手に気づかせるための方法になります。
「普通はこうするでしょう」と正しさで迫る
正しさも、相手を動かすために使われることがあります。
「夫婦なら、これくらい協力するのが普通でしょう」
「恋人なら、毎日連絡するものでしょう」
「家族なら、困っている人を助けるでしょう」
たしかに、そう考える人は多いかもしれません。
しかし、「普通」を持ち出したからといって、相手の考えや事情が消えるわけではありません。
本当は、
「私は家事を一人で抱えることに疲れている」
「一日一回は連絡がほしい」
「今回は手伝ってもらいたい」
と伝えたいのです。
ところが、自分の希望として伝えると、相手から、
「今はできない」
「私はそこまで必要だと思わない」
と言われる可能性があります。
それが怖いため、
「これは私個人の希望ではなく、誰が見ても当然のことです」
という形にして、相手が断れないようにするのです。
コントロールしたくなる人ほど、お願いが苦手
人を動かそうとする人は、何でも強く要求できる人に見えるかもしれません。
実際には、素直にお願いすることが苦手な場合があります。
「手伝ってほしい」
「今日は話を聞いてほしい」
「できれば一緒に来てほしい」
そう言って、断られたらどうするのか。
「今は無理」と言われたら、自分は必要とされていないように感じるかもしれません。
「それはやりたくない」と言われたら、自分の希望を軽く扱われたように感じるかもしれません。
お願いには、相手が断る可能性があります。
そのため、最初から断れない言い方を選びます。
「私がこれだけ大変なのに、手伝わないの?」
「本当に私を大切に思っているなら、できるよね?」
「あなたのせいでこうなったのだから、責任を取って」
これなら、相手が断ったときに、「冷たい人」「愛情のない人」「無責任な人」ということにできます。
お願いを断られるより、相手のほうを悪いことにしたほうが、自分の傷は見なくて済むのです。
察してもらうことで、愛情を確認したくなる
「言わなくても気づいてほしい」と思うこともあります。
自分の顔を見れば、疲れていることくらいわかるはず。
何年も一緒にいるのだから、何をしてほしいか察してほしい。
こちらが頼む前に動いてくれたら、大切にされていると感じられる。
反対に、頼まなければ何もしない相手を見ると、
「私のことを見ていない」
「本当は大切ではないのだ」
と感じます。
ここでは、家事をしてくれるかどうかだけでなく、愛情があるかどうかまで試しているのです。
しかし、相手が何に気づくかは、その人によって違います。
自分なら気づくことに、相手も気づくとは限りません。
また、気づいていても、どのように手を出せばよいかわからない場合もあります。
察してくれなかったことを、すぐに愛情のなさへ結びつけると、頼めば済むことが、二人の関係全体の問題になってしまいます。
先回りして全部やり、あとから相手を責める
自立している人のコントロールは、「相手に何かをやらせる」だけではありません。
相手が動く前に、自分で全部やってしまうこともあります。
頼むより、自分でやったほうが早い。
説明するのも面倒。
相手に任せて失敗されるくらいなら、最初から自分がやる。
そうして家事も、仕事も、家族の用事も引き受けます。
ところが、引き受ける量が増えるほど、
「どうして誰も手伝おうとしないの?」
と腹が立ちます。
周囲からすれば、自分が動く前に終わっている。
頼まれてもいない。
手を出すと、やり方が違うと言われる。
そのため、ますます任せるようになります。
そして本人は、
「結局、私がやらなければ何も進まない」
と確信します。
自分で全部やることも、やり方や結果を自分の管理下に置くという意味では、コントロールになる場合があります。
相手を動かせても、満たされない
不機嫌になった結果、夫が家事をしてくれた。
別れをほのめかしたら、恋人が会いに来た。
正論で責めたら、相手が謝った。
望んでいた結果になったのですから、満足できそうです。
ところが、
「言わなければやらなかった」
「私が怒ったから動いただけ」
「本心からしたことではない」
という思いが残ります。
自分が動かしたとわかっているため、相手の行動を愛情として受け取りにくいのです。
そして次は、
「言われなくても自分からやって」
と求めるようになります。
相手が自分の意思で動いたかどうかまで、管理したくなります。
しかし、人の気持ちまで自分の望む形にすることはできません。
行動を変えさせることはできても、
「心からやりたいと思ってほしい」
まで要求すると、終わりがなくなります。
コントロールとお願いの違い
お願いは、自分が望んでいることを相手に伝えることです。
「今日は疲れているから、食器を洗ってもらえる?」
「帰りが遅くなるときは、連絡をもらえると助かる」
「今は意見よりも、話を聞いてもらいたい」
お願いしたからといって、相手が必ず応じるとは限りません。
今はできないと言われることもあります。
別の方法を提案されることもあります。
そのうえで、二人がどうするかを話します。
コントロールは、相手が断ったり、別の意見を出したりする余地をなくす方法です。
お願いは、相手の選択を認めながら、自分の希望も伝える方法です。
ただし、お願いなら何でも断られて我慢しなければならない、ということではありません。
毎回断られる。
こちらの希望だけが軽く扱われる。
話し合おうとしても、相手が応じない。
そのような関係なら、「お願いの仕方が悪い」と考えるだけでは不十分です。
二人の関係を続けるために何が必要なのかを話す必要があります。
お願いと自分の対応は分けて考える
相手に選択の余地を与えるというと、
「では、どんなことも相手が嫌なら仕方がないの?」
と思うかもしれません。
ここで大切なのは、「してほしいことを伝えること」と、「それが叶わなかったときに自分がどうするか」は別だという点です。
「帰宅が遅くなるときは連絡してほしい」
これは、相手へのお願いです。
一方で、何度話しても連絡がなく、それによって自分の生活や気持ちに影響が出ているなら、
「連絡がない状態が続くなら、私は今後の生活の仕方を見直す」
と、自分の行動を決めることができます。
これは、相手を従わせるための言い方ではありません。
「言うことを聞かなければ罰を与える」
という意味ではなく、
「この状況では、私はこういう選択をする」
と、自分の立場をはっきりさせているだけです。
浮気をした相手に対しても同じです。
「あなたのせいで傷ついたのだから、私の機嫌を直しなさい」
と、感情の処理をすべて相手に任せるのと、
「関係を続けるなら、何があったのか説明してほしいし、今後どうするかを話し合いたい」
と伝えるのとでは意味が違います。
問題が起きたときに、説明や今後の対応を求めることまで、相手をコントロールしていると考える必要はありません。
相手を尊重することと、何でも許すことは違う
相手の意思を尊重するとは、相手の希望をすべて受け入れることではありません。
自分には自分の希望があり、相手には相手の希望があります。
二つが同じとは限りません。
そのときに、
「私に合わせなさい」
と一方的に決めるのではなく、
「私はこうしたい。あなたはどうしたい?」
と話すのが、対等な関係です。
意見が合わなければ、調整できるのかを考える。
どうしても譲れないことなら、その関係を続けるかどうかを決める。
相手を尊重しても、自分の希望を諦める必要はありません。
自分の希望を伝えても、相手を従わせる必要はありません。
コントロールされやすい人との間で役割が固定される
コントロールは、一人だけで成立するわけではありません。
一方が不機嫌になり、もう一方がすぐに機嫌を取る。
一方が正論で責め、もう一方が自分の希望を引っ込める。
このやり取りが繰り返されると、
不機嫌になる人と、なだめる人。
決める人と、従う人。
要求する人と、我慢する人。
という役割が固定されます。
従う側は、争いを避けるために合わせているのかもしれません。
嫌われたくない。
関係を壊したくない。
反論すると、もっと面倒になる。
そのため、自分の希望を言わなくなります。
すると、コントロールする側は、
「この人には私が決めてあげなければ」
と思うようになります。
互いの行動が、相手の役割を強めていくのです。
コントロールを減らすには、頼む前の怖さを見る
不機嫌や正論で相手を動かしたくなったときには、まず、
「私は本当は何を頼みたいのだろう」
と考えてみます。
手伝ってほしい。
自分を優先してほしい。
話を聞いてほしい。
予定を相談してほしい。
謝ってほしい。
言葉にすると、思ったより単純なお願いかもしれません。
次に、
「そのまま頼むと、何が起こりそうで怖いのだろう」
と考えます。
断られるのが怖い。
面倒な人だと思われたくない。
自分の希望には価値がないと感じたくない。
頼んだのに動いてくれなければ、愛されていないとわかってしまいそう。
コントロールをやめるには、言い方だけを変えるのではなく、この怖さを扱う必要があります。
断られても、あなたの望みはなくならない
お願いを断られると、自分まで拒絶されたように感じることがあります。
しかし、相手が今回応じられないことと、自分の望みが大切ではないということは同じではありません。
今は時間がない。
その方法には賛成できない。
別のやり方ならできる。
相手にも事情があります。
断られたときに、
「では、いつならできる?」
「別の方法はある?」
「これは私にとって重要なのだけれど、どう考えている?」
と話を続けることができます。
一度断られたら終わりでも、相手を従わせなければ負けでもありません。
お願いは、一回で相手を動かすための技術ではなく、二人の違いを持ち寄るための会話です。
相手が自分から動く余地を残す
相手のやり方が気になり、自分の方法どおりに動いてほしくなることもあります。
家事を頼んだのに、手順が違う。
仕事を任せたのに、進め方が違う。
こちらから見れば、非効率に感じる。
そこで細かく指示を出し、途中で取り上げてしまうと、相手は自分で考えなくなります。
任せるなら、どこまでが必要な結果で、どこからは相手に任せるのかを分ける必要があります。
食器が洗えていればよいのか。
並べ方まで同じでなければ困るのか。
締め切りまでに仕事が終わればよいのか。
途中の順番まで決める必要があるのか。
自分と違うやり方を認められないと、相手は手伝う人ではなく、指示どおりに動く人になります。
相手を動かすより、自分の希望を伝える
人をコントロールしたくなるとき、本当に欲しいのは支配ではないことが多いものです。
協力してほしい。
自分の大変さに気づいてほしい。
愛情を感じたい。
一人で背負いたくない。
ただ、それをお願いして断られるのが怖いため、相手が断れない方法を使います。
不機嫌になる。
正しさで迫る。
罪悪感を持たせる。
先に全部やり、あとから責める。
それで相手が動いても、自分から選んでくれた感じは得られません。
だから、また別の方法で動かそうとします。
この繰り返しから抜け出すには、相手を思い通りにする方法を増やすのではなく、自分が何を望んでいるのかを言葉にすることです。
そして、相手の返事を聞いたうえで、自分はどうするのかを選びます。
カウンセリングでは、コントロールしてしまう自分を責めるのではなく、なぜお願いすることがこれほど難しくなったのかを整理します。
頼んでも聞いてもらえなかった経験。
自分の希望より、周囲の都合を優先してきた時間。
断られると、自分の存在まで拒絶されたように感じる理由。
そこが見えてくると、不機嫌や正論に代わって、
「私はこうしてほしい」
「これは引き受けられない」
「あなたはどうしたい?」
と伝えやすくなります。
相手を動かすことではなく、自分の希望を持ったまま、相手の希望も聞けること。
それが、コントロールではない関係を作る土台になります。




