断ることより、相手をがっかりさせる方が怖いのはなぜ?

断ることより反応が怖い 仕事・対人関係

友人から、

「今度、ご飯に行こうよ」

とメッセージが届く。

嫌な相手ではない。

会えば楽しいし、話したいこともある。

ただ、その日は少し疲れている。

できれば予定を入れず、家でゆっくりしたい。

返信画面を開き、

「どうしよう」

と考える。

今日はやめておこうかなと思うものの、断る言葉が見つからない。

「疲れているから」と言うほどでもない。

ほかに予定があるわけでもない。

断ったら、がっかりするだろうか。

感じが悪いと思われないだろうか。

いろいろ考えているうちに、理由を考えること自体が面倒になってくる。

そして結局、

「行くね」

と返信する。

当日は普通に話せる。

会話も楽しめるし、相手への気遣いもできる。

ところが、帰り道になると急に疲れが出てくる。

家に着き、バッグをソファに置いたまま動けなくなる。

「今日は休みたかったな」

「なんで断れなかったんだろう」

そんな日が続いている人もいるのではないでしょうか。

誘われることが嫌なわけではない

断れない人は、誘ってきた相手を嫌っているわけではありません。

行けば楽しいこともある。

会いたい気持ちもある。

そのため、

「行きたくない」

とは言い切れない。

ただ、今日は疲れている。

今日は一人で過ごしたい。

今週は人に会う予定が続いているから、少し休みたい。

本当は、こうした自分の都合だけでも断っていいはずです。

ところが、

「嫌ではないのに断るのは申し訳ない」

と思ってしまう。

相手が嫌いではないなら、行くべきなのではないか。

予定が空いているなら、断る理由はないのではないか。

そう考えているうちに、自分が疲れていることは、断る理由にならなくなっていきます。

断るために、相手が納得する理由を探してしまう

仕事が入っている。

家族の用事がある。

体調が悪い。

すでに別の予定がある。

こうした理由があれば、断りやすい。

相手も納得してくれるだろうと思えるからです。

でも、

「今日は家にいたい」

「今は人と会いたくない」

「なんとなく疲れている」

となると、それでは理由として弱い気がする。

そこで、相手が納得してくれそうな理由を探し始めます。

何と言えば角が立たないか。

どこまで説明すればわかってもらえるか。

また今度と言うなら、いつなら会えるのか。

そこまで考えるくらいなら、行った方が早い。

そして、また予定を入れてしまう。

本当は、行くか行かないかを決めたいだけです。

でも、相手に納得してもらうところまで自分の役目だと思うと、断ることがとても大きな作業になります。

断った後の相手の気持ちまで考えている

断れない人が気にしているのは、断る言葉だけではありません。

断った後、相手がどう感じるかまで考えています。

「がっかりするかな」

「もう誘ってくれなくなるかな」

「私と会いたくないのだと思われるかな」

「感じが悪い人だと思われないかな」

一度誘いを断っただけで、その後の関係が悪くなるところまで考えてしまう。

すると、自分が休みたいかどうかよりも、相手がどう感じるかの方が大きな問題になります。

相手をがっかりさせないために行く。

嫌な人だと思われないために行く。

これからも誘ってもらえるように行く。

そうしているうちに、自分が本当はどうしたかったのかは後回しになる。

断れないのは、相手を大切にしているからだけではないのかもしれません。

断った後に相手が感じることまで、自分が引き受けようとしていることがあります。

相手が不機嫌になると、自分が悪い気がしていた

断った後の相手が気になるようになった背景には、これまでの人間関係が関係していることもあります。

例えば、子どもの頃。

何かを嫌だと言うと、親が不機嫌になった。

お願いを聞かないと、

「冷たい子ね」

「それくらいやってくれてもいいでしょう」

と言われた。

自分の希望を言うと、親が悲しそうな顔をした。

親が疲れている時は、甘えずに我慢した。

家族の誰かが落ち込んでいると、自分が明るく振る舞った。

そうしたことが続くと、相手ががっかりしたり、不機嫌になったりすることを、自分の責任のように感じることがあります。

断ることは、ただ予定を断ることではなくなる。

相手を傷つけること。

関係を悪くすること。

自分が冷たい人になること。

そんな意味を持つようになることがあります。

だから、今目の前にいる友人が、実際に怒る人でなくても断りにくい。

今の相手だけを見て反応しているとは限らないからです。

相手の気持ちを守る役を続けてきた

家族の中で、誰かの気持ちを守る役を担っていた人もいます。

親が悲しまないように、言いたいことを言わない。

家族が揉めないように、自分が折れる。

相手が寂しそうだから、本当は嫌でも付き合う。

親の愚痴を聞き、気持ちが落ち着くまでそばにいる。

誰かの機嫌が悪いと、自分が何とかしようとする。

そうして家族のバランスをとってきた人にとって、相手の気持ちを気にすることは、特別なことではありません。

むしろ、当たり前にやってきたことです。

そのため大人になってからも、友人や恋人、職場の人がどう感じるかを先に考える。

自分が断れば、相手が困るかもしれない。

自分が行かなければ、寂しい思いをさせるかもしれない。

その人の気持ちまで自分が何とかしなければならないように感じる。

誘いを断れないのも、その続きなのかもしれません。

自分が我慢しなければ続かない関係になる

誘いを一度受けるだけなら、大きな問題ではないかもしれません。

でも、自分の疲れを後回しにすることが続くと、人に誘われること自体が負担になります。

メッセージが届いた瞬間、

「また予定を合わせなければいけない」

と思う。

まだ誘われただけなのに、断る理由を考え始める。

会いたいかどうかよりも、どう返事をすれば相手を傷つけないかで疲れる。

そして、引き受けた後は、

「早く帰りたい」

と思いながら、楽しそうに話す。

これが続けば、人付き合いそのものが重くなります。

本当は、相手が嫌なのではありません。

相手と関わるたびに、自分の都合を後回しにしなければならないことが苦しいのです。

そのまま我慢を続けるか。

限界になり、関係そのものを切るか。

そのどちらかになりやすい人もいます。

疲れている時は断る。

会いたい時には会う。

今は難しいけれど、また別の日に誘う。

本来は、その間にもいろいろな関わり方があります。

でも、断ることが相手を拒絶することのように感じられると、その選択肢が見えにくくなります。

上手な断り方を知っても、言えないことがある

断れない時、

「角が立たない断り方を覚えればいい」

と思うかもしれません。

もちろん、言い方を知ることが役に立つ場合もあります。

でも心の中では、

「嫌われるかもしれない」

「相手を傷つけるかもしれない」

「もう誘ってもらえなくなるかもしれない」

ということが起きています。

その状態では、

「今回はやめておくね」

という言葉を知っていても、なかなか送れません。

断る言葉がわからないのではなく、その言葉を送った後に起きると思っていることの方が怖いからです。

カウンセリングでは、断り方だけを考えるのではありません。

断ると、何が起きそうに感じるのか。

相手ががっかりすると、なぜ自分が悪い気がするのか。

誰の不機嫌や悲しそうな顔を、ずっと気にしてきたのか。

自分の希望を言った時、家族の中で何が起きていたのか。

そうしたことを一緒に整理していきます。

誘いを断れないのは、今の相手を大切にしているからだけではないのかもしれません。

これまでずっと、相手の気持ちまで自分の責任として引き受けてきたからなのかもしれません。

本当は休みたいのに、

「行くね」

と返信する。

そして、帰り道でぐったりする。

そんなことが続いているのなら、断り方を探す前に、

なぜ相手をがっかりさせることまで、自分の責任のように感じるのか。

そこを一度、見てみてもいいのかもしれません。

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