これまでの経歴を聞かれたので、簡単に答えた。
自慢したつもりはないし、誰かと比べたつもりもない。
それなのに、相手の態度が変わることがあります。
それまで普通に話していた人が、急によそよそしくなる。
何かと張り合ってくるようになる。
自分の話にだけ、微妙な反応をする。
必要な情報を、自分にだけ伝えてくれない。
こちらの失敗を待っているような言い方をされる。
しばらくたってから、
「最初は怖い人だと思っていました」
と言われることもあります。
そんなとき、
「私の言い方が悪かったのかな」
「知らないうちに、自慢していたのかな」
「相手を見下しているように聞こえたのかもしれない」
と、自分の中に原因を探してしまう女性は少なくありません。
もちろん、自分の話し方や態度を振り返ることは必要です。
ただ、相手の態度が変わった理由が、すべて自分の言い方にあるとは限りません。
自分では「必要なことをやってきただけ」と思っていても、周囲には、本人が思っている以上に力のある人として見えていることがあるからです。
自分では必死だっただけでも、周囲には力のある人に見える
自分のことは、自分がいちばんよく知っています。
決断するまでに迷ったこと。
何度も失敗したこと。
自信を失った時期。
誰にも相談できず、一人で考え続けたこと。
もう無理だと思いながら、それでも仕事へ行ったこと。
本人は、そのすべてを知っています。
だから、自分を特別に強い人だとは思いません。
「困ったことが起きたから、何とかしただけ」
「誰も代わってくれなかったから、自分でやっただけ」
「生活を止めるわけにはいかなかったから、働いただけ」
そんな感覚でしょう。
けれども、周囲に見えているのは、その途中とは限りません。
問題が起きても落ち着いて対応する。
必要なことを判断する。
自分の意見を言う。
人の機嫌だけで考えを変えない。
一度うまくいかなくても、また立て直す。
途中で投げ出さず、最後までやり遂げる。
周囲には、そうした現在の姿が見えています。
本人が知っているのは、必死だった自分。
周囲が見ているのは、いくつもの経験を乗り越え、判断力や対応力を身につけた自分です。
この二つの見え方には、かなりの違いがあります。
周囲には、苦労していた時期まで見えていない
若い頃、仕事で大きな失敗をした。
男性が多い職場で、軽く扱われないように人一倍働いた。
不利な立場から実績を積み上げてきた。
離婚や失恋のあとも、生活を続けるために働いた。
経済的に苦しい時期を、自分で立て直した。
誰にも言えない問題を抱えながら、普段どおり仕事をしていた。
そのような経験を、周囲へ詳しく話していない女性は少なくありません。
つらかった時期を語るより、今やるべきことを片づけてきた。
泣いていたことを話すより、必要な結果を出してきた。
だから周囲には、現在の結果だけが見えます。
「あの人は仕事ができる」
「何があっても動じない」
「自信がある」
「一人で何でもできる」
「もともと恵まれていた」
本人が聞けば、
「そんなことはない」
と言いたくなるでしょう。
けれど、そこまでの過程を知らない人は、現在の姿からその人を判断します。
本人にとっては、やらなければならなかったこと。
相手にとっては、自分にはできないことをやっている人。
この違いが、尊敬や憧れになることもあれば、警戒や比較につながることもあります。
あなたを見て、相手が自分の不足を感じることがある
力のある人を見たとき、すべての人が張り合うわけではありません。
「私もあんなふうになりたい」
と憧れる人もいます。
「この人から学びたい」
と近づく人もいます。
「頼りになる人がいて助かる」
と感じる人もいます。
一方で、相手を見たことで、自分の足りない部分を強く意識する人もいます。
仕事ができる人を見て、自分の力不足を感じる。
落ち着いて話す人を見て、自分が頼りなく思える。
自分の意見を持つ人を見て、自分には何もないように感じる。
評価されている人を見て、自分は選ばれない側にいるように思う。
すると、こちらが何もしていなくても、
「この人の前では、自分が劣って見える」
「この人がいると、私は評価されない」
「この人は、自分を見下しているに違いない」
と感じることがあります。
相手は、自分の中で起きている比較を、そのままこちらの態度として受け取る場合があります。
こちらは普通に説明したつもりでも、
「できない私を責められた」
と受け取る。
自分の考えを伝えただけでも、
「私の意見を否定された」
と感じる。
経歴を答えただけでも、
「自分の方が上だと言われた」
と感じる。
そこから、距離を取る、張り合う、批判する、情報を渡さないという態度が出ることがあります。
もちろん、すべてを相手の比較や劣等感で説明することはできません。
本当にこちらの言い方が強かった可能性もあります。
結論を急ぎ、相手が話す時間を取っていなかったのかもしれません。
自分にとって簡単なことを、相手にも簡単なこととして扱っていた可能性もあります。
職場そのものが社員同士を競わせ、誰もが余裕を失っている場合もあるでしょう。
それでも、自分の言動を振り返っても明確な問題が見つからず、特定の人から繰り返し張り合われたり、価値を下げるような扱いを受けたりするなら、相手の中で起きている比較も考える必要があります。
相手の態度が変わると、すぐ自分に原因を探してしまう
何もしていないのに警戒されたり、冷たくされたりすると、理由がわかりません。
自分が人から嫉妬や警戒を向けられる存在だと思っていない人ほど、
「私に悪いところがあるはず」
と考えます。
さっきの話は、自慢に聞こえたのだろうか。
意見を言いすぎたのだろうか。
もっと相手に合わせればよかったのだろうか。
私は知らないうちに、上から話しているのだろうか。
そして次に会ったときには、必要以上に自分を低く見せます。
「私なんて全然できません」
「たまたまうまくいっただけです」
「失敗ばかりしていますよ」
「あなたの方が、ずっとすごいです」
実績を軽く扱う。
本当は知っていても、知らないふりをする。
自分の意見を控える。
うまくいった話より、失敗した話を多くする。
相手の表情が変わると、すぐ話を引っ込める。
頭では、
「そこまで自分を下げる必要はない」
とわかっているかもしれません。
けれど、実際に相手が不機嫌になると、反射的に自分を低く表現してしまいます。
ここには、現在の相手との関係だけでは複雑なものが影響している場合があります。
自分の力を見せると、関係が悪くなると感じていませんか
過去に、自分が目立ったことで人間関係が悪くなった経験はないでしょうか。
成績がよかったことで、友人から仲間外れにされた。
先生や上司に褒められたあと、周囲から嫌みを言われた。
仕事で成果を出したら、さらに仕事を増やされた。
意見をはっきり言うと、「きつい」「生意気」「可愛げがない」と言われた。
きょうだいより褒められたとき、家族の雰囲気が悪くなった。
頑張ったことを喜んでほしかったのに、「調子に乗らないで」と言われた。
自分の得意なことを話したら、「自慢ばかり」と責められた。
周囲よりできると知られたことで、助けてもらえなくなった。
こうした経験があると、潜在意識や無意識に、
「目立つと攻撃される」
「できることを見せると嫌われる」
「評価されると、誰かが不機嫌になる」
「力がある人に見られると、助けてもらえなくなる」
「相手より上に見えたら、関係が壊れる」
という感覚が残ることがあります。
本人は、過去の出来事を思い出しながら行動しているわけではありません。
現在の自分は、
「謙虚にしているだけ」
「相手に配慮しているだけ」
「わざわざ実績を言う必要はない」
と思っているかもしれません。
その奥では、以前と同じように嫌われることや、仲間から外されることを避けようとしている可能性があります。
だから、「自分を低く見せなくてよい」と理解しても、実際の場面になると変えにくいのです。
自分を低く表現することで、何を避けてきたのだろう
自分の力を隠すことで避けているのは、相手との衝突だけとは限りません。
頑張ったのに、一緒に喜んでもらえなかった悲しさ。
何も悪いことをしていないのに責められた悔しさ。
結果を出すほど負担を増やされたことへの怒り。
力がある人として扱われ、誰にも助けてもらえなかった寂しさ。
相手の機嫌を守るために、自分を控え続けた不満。
本当は、
「よく頑張ったね」
「うまくいってよかったね」
と認めてもらいたかった気持ち。
そうした感情を感じる余裕がないまま、
「目立たない方が面倒が起きない」
「私が控えれば、関係は続く」
と考えるようになった人もいます。
自分を低く見せることには、関係を守るための意味があったのです。
ただ、以前は必要だった方法が、現在の人間関係にも合っているとは限りません。
自分の意見を言わない。
評価される機会を避ける。
責任ある立場を断る。
実績を正しく伝えない。
本来の能力より低い役割へとどまる。
張り合ってくる人の前でだけ、自分らしく話せなくなる。
このような状態が続くと、相手との衝突を避けるために、仕事や生活の選択まで狭くなっていきます。
自分を低く見せても、相手の比較は消えない
相手からすでに「力のある人」と見られている場合、
「私なんてたいしたことありません」
と自分を下げても、相手の見方が変わらないことがあります。
むしろ、
「余裕があるから謙遜している」
「本当は自分の方が上だと思っているのに」
「こちらに合わせて、できないふりをしている」
と受け取られることもあります。
自分を低く見せることは、相手の価値を高くすることと同じではありません。
自分が下がったつもりでも、相手の中にある比較は残ります。
一方で、
「私は、この仕事には経験があります」
「この部分は、これまで何度も対応してきました」
と自分の力を認めたうえで、
「この分野については、あなたの意見を聞かせてもらえますか」
「さっきの説明は、とてもわかりやすかったです」
「そこに気づいたのは、すごいと思いました。私は見落としていました」
と相手の力を具体的に伝えることはできます。
自分の価値を下げずに、相手の価値を見る関わりです。
自分には自分の経験がある。
相手には、自分とは違う力がある。
二人とも同じ能力を持つ必要はありません。
それぞれの力を認められると、
「すごい人と、何もない自分」
という関係から、
「違うものを持っている二人」
という関係へ変わることがあります。
相手を認めることと、機嫌を取ることは違う
相手が警戒しているように見えると、
「すごいですね」
「さすがです」
と褒めて、何とか機嫌を直してもらおうとすることがあります。
けれど、関係を守るためだけの褒め言葉は、上から言われているように聞こえることがあります。
本心では評価していないのに、攻撃されたくないから褒める。
「あなたを認めてあげるから、私を嫌わないで」
という気持ちで接する。
これでは、こちらも相手も疲れてしまいます。
相手を認めるときは、その人が実際にしたことを見ます。
説明がわかりやすかった。
確認が丁寧だった。
自分にはなかった視点を出してくれた。
周囲が話しやすいように声をかけていた。
その人の対応によって、自分が助かった。
その事実を言葉にします。
また、相手の得意なことについては、素直に力を借りることもできます。
「この分野は、あなたの方が詳しいですよね。教えてもらえますか」
と頼まれたとき、相手は、
「この人の前で、自分は何もできない人にならなくてよい」
と感じるかもしれません。
ただし、これは相手の不機嫌を解消するために、自分が努力し続けるという話ではありません。
こちらが誠実に関わっても、敵対を続ける人はいます。
認めても攻撃してくる人には、現実的な対応が必要
相手の力を認め、具体的に伝えれば、すべての関係がよくなるとは限りません。
こちらが認めても、さらに張り合ってくる。
成果を横取りする。
必要な情報を渡さない。
人前で価値を下げようとする。
事実と違うことを周囲へ伝える。
こちらが失敗するまで攻撃を続ける。
そのような人もいます。
相手が求めているものが、
「自分にも価値があると感じること」
であれば、具体的に認められることで警戒が和らぐ可能性があります。
けれども、こちらを下げて自分が優位に立つことを求めている場合、いくら認めても満足しません。
そんな相手にまで、自信を与え続ける責任はありません。
相手のよいところは認める。
妨害や侮辱には線を引く。
職場であれば、やり取りや起きた出来事を記録する。
仕事の担当や権限を明確にする。
必要に応じて、上司や関係者へ相談する。
相手の比較や劣等感を理解することと、不当な扱いを受け入れることは別の話です。
自分の伝え方を見直す部分。
相手が引き受けるべき問題。
職場の仕組みや人間関係によって起きている問題。
それぞれを分けて考える必要があります。
自分の力を隠さずに付き合える関係へ
自分の実績や能力を認めることに、抵抗を感じる女性もいます。
「自分をすごいと思ったら、傲慢になりそう」
「自信満々な人だと思われたくない」
「人より上だと思う人にはなりたくない」
そんな気持ちが出てくるかもしれません。
けれど、
「私は、この仕事が得意」
「この経験を乗り越えてきた」
「困ったときに判断できる力がある」
「人から評価されてきた実績がある」
と事実を認めても、ほかの人の価値は下がりません。
自分の力を否定しなくなると、相手と同じ位置に見せるために、自分を低くする必要が減っていきます。
そして、相手の力も、以前より見つけやすくなります。
自分は判断が早い。
相手は人の話を丁寧に聞ける。
自分は問題への対応が得意。
相手は周囲が参加しやすい雰囲気を作れる。
自分は経験が多い。
相手は今までになかった発想を持っている。
自分の力と、相手の力は両立します。
それでも、頭ではそう理解できるのに、相手の表情が変わると自分を下げてしまうことがあります。
その場合は、「どう話せば怖がられないか」という方法だけを増やしても、同じ反応を繰り返す可能性があります。
自分の力を見せたとき、何が起きるように感じるのか。
過去に、目立ったことで関係が悪くなった経験はないか。
頑張ったことを喜んでもらえなかった悲しさや、何も悪くないのに責められた悔しさが残っていないか。
カウンセリングでは、現在の相手との間で実際に何が起きているのかを確認しながら、自分の言い方の問題、相手側の比較、過去の経験から出ている反応を分けて整理していきます。
当時は関係を守るために必要だった「自分を低く表現する」という方法を、現在も続ける必要があるのか。
今の自分は、本当はどのような人と、どのような関係を築きたいのか。
過去に抑えてきた感情を扱い、その出来事を現在の視点から理解し直していくことで、相手の反応をすべて自分の責任として引き受けにくくなることがあります。
自分の力を隠さなくても付き合える人。
力が違っても、張り合わずにいられる人。
互いの得意なことを認め、必要なときには力を借りられる人。
そのような関係を選ぶことも、これからの人間関係を考えるうえで大切な視点です。



