浮気の責任と夫婦の問題は分けたい。でも責めずにはいられない心理

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夫の浮気が発覚したあと、よく言われることがあります。

「責めすぎてはいけない」
「浮気の責任と、夫婦の間にあった問題は分けて考える」

これは、どちらも大事なことです。

夫婦関係に問題があったとしても、浮気していい理由にはなりません。
浮気をした責任は、浮気をした本人にあります。

一方で、関係改善を考えるなら、二人の間に何があったのかを見ていく必要もあります。

そして同時に、「責めすぎると関係が悪化する」と言われることも多いです。

だからこそ、責任と問題を分けて考えることは、たしかに大切なのです。

ただ、問題はここからです。

人の心は、そんなに簡単に分けられるものではありません。

頭ではわかっている。
でも、感情がついてこない。

浮気したのは夫。
でも、私にも悪いところがあったのかもしれない。

夫婦関係は冷めていた。
でも、だからといって浮気は許せない。

関係改善したい。
でも、夫の顔を見ると責めずにはいられない。

もう責めるのはやめようと思う。
でも、ふとした瞬間にまた思い出して、言わずにはいられなくなる。

そして、責めたあとに自分を責める。

「あんな言い方をしなければよかった」
「また責めてしまった」
「これでは関係改善なんてできない」
「私が夫の気持ちを遠ざけているのかもしれない」

浮気された側なのに、なぜか自分の言動まで責め始めてしまう。

これが、浮気後の苦しさです。

頭で理解していても、気持ちはすぐにはついてきません。

「責めてはいけない」とわかっていても、責めずにはいられない

浮気されたあと、妻は何度も夫を責めたくなります。

「どうしてそんなことをしたの?」
「私のことを何だと思っていたの?」
「本当に悪いと思っているの?」
「浮気相手とはどういうつもりだったの?」
「私が知らない間、どんな顔で家に帰ってきていたの?」

一度聞いたことを、また聞きたくなることもあります。

昨日聞いた。
先週も聞いた。
もう答えは聞いた。

それでも、また聞きたくなる。

なぜなら、答えがほしいだけではないからです。

この傷の大きさをわかってほしい。
自分が何をしたのか、ちゃんと見てほしい。
私がどれだけ苦しかったか、軽く扱わないでほしい。
「もう終わった」で済ませないでほしい。

そういう気持ちがあるからです。

そしてもう一つ、本当はこういう気持ちもあります。

責任を取ってほしいのではなく、今感じているこの苦しさをなんとかしてほしい。

でも、その苦しみの原因が夫の浮気だからこそ、
「責任を取って」という形でしか言えなくなる。

だから、「責めてはいけない」と言われても、そんなに簡単には止まりません。

責めても関係が悪くなるだけだということは、頭ではわかっている。
でも、言わずにはいられない。

それほど傷ついているのです。

責めたいわけではない。
でも、責める形でしか出せない痛みがある。

責めたあとに、ものすごく反省することもある

夫を責めたあと、少し時間がたつと、今度は別の苦しさが出てくることがあります。

言いすぎたかもしれない。
あの言葉はきつかったかもしれない。
夫も反省しているのに、私は責め続けている。
これでは夫の気持ちが冷めてしまうかもしれない。
関係改善したいのに、私が壊しているのかもしれない。

こうして、今度は自分を責め始める。

でも、また何かのきっかけで怒りが出る。

夫が普通にテレビを見ている。
スマホを触っている。
帰宅が遅い。
ため息をつく。
「またその話?」という顔をする。
妙に疲れたような顔で黙る。

その瞬間に、また怒りが戻ってくる。

そして、責める。
責めたあとに、また反省する。

この繰り返しになることがあります。

まるで、心の中でアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状態です。

怒りたい。
でも、壊したくない。

わかってほしい。
でも、嫌われたくない。

責任を取ってほしい。
でも、本当はこの苦しさをどうにかしてほしい。

この矛盾した気持ちが、妻の中で同時に起きています。

責めずにいられないほど傷ついている。
でも、責め続けると自分もしんどくなる。

その二つの気持ちが同時にあるのです。

夫も悪いことをしたと思っていても、責められ続けると守りに入る

ここで、夫側の反応も現実として見ておく必要があります。

もちろん、浮気した責任は夫にあります。

そこは曖昧にしてはいけません。

ただ、人の心はそんなにきれいに割り切れるものではありません。

夫が本当に「悪いことをした」と思っていたとしても、責められ続けると、だんだん守りに入ることがあります。

最初は謝っていた。
でも、何度も責められるうちに黙る。
黙っていると、さらに妻が怒る。
追い詰められると、今度は逆ギレする。

「もう謝っただろ」
「いつまで言うんだ」
「そんなに責められたら、こっちも無理だ」
「お前のそういうところがしんどかったんだ」
「だから家に居場所がなかったんだ」

こうなると、妻はさらに傷つきます。

いや、あなたが浮気した話をしているのに、なぜ私が責められているのか。

そう思うのは当然です。

ただ、夫の中では、責められ続けることで「自分が悪い」という感覚に耐えられなくなっている場合があります。

罪悪感がある。
でも、責められるのはつらい。
自分が悪いと認め続けるのもしんどい。
だから、どこかで自分を守りたくなる。

その結果、逆ギレしたり、話をそらしたり、妻の言い方を問題にしたりする。

もちろん、それで夫の責任がなくなるわけではありません。

でも、現実の夫婦の会話では、こういうことが普通に起きます。

妻は傷ついて責める。
夫は責められて守りに入る。
夫が守りに入るから、妻は「反省していない」と感じる。
さらに責める。
夫はさらに逃げる。

この悪循環に入ってしまうのです。

妻が本当にほしいのは、夫を痛めつけることではない

妻が夫を責めるとき、表面だけ見ると、攻撃しているように見えるかもしれません。

でも、本当にしたいことは、夫を痛めつけることではない場合が多いです。

自分がしたことの重さをわかってほしい。
私がどれだけ傷ついたかを見てほしい。
浮気をなかったことにしないでほしい。
責任から逃げないでほしい。
同じことを繰り返さないでほしい。

そしてもう一つ、

今この苦しさを、どうにかしてほしい。

そこなのだと思います。

でも現実には、その苦しみは夫だけの力ではどうにもならない部分もあります。

夫が謝ること、態度を改めること、向き合うことは必要です。
それは責任として当然のことです。

でも、傷ついた心そのものを回復させるのは、夫だけではできません。

それでも妻は、苦しみの原因が夫の浮気だからこそ、
夫に何とかしてほしいと思ってしまう。

その結果、責める言葉として出てしまうのです。

「最低」
「気持ち悪い」
「よく平気で帰ってこられたね」
「私の人生を壊した」
「どうせまたやるんでしょ」
「浮気相手のところに行けばいいじゃない」

本当は、苦しさをわかってほしい。
でも、口から出るのは、夫を攻撃する言葉になる。

そして夫は、その言葉に反応します。

「そんな言い方をされたら無理」
「そこまで言うならもういい」
「俺だって限界だ」

すると、妻はまた傷つきます。

言い方の問題にしないでほしい。
私がここまで言うほど傷ついたことを見てほしい。

そう思います。

このすれ違いは、とても苦しいです。

妻は、苦しさをなんとかしてほしい。
夫は、攻撃されているように感じる。
妻は、攻撃したいのではなく、傷をわかってほしい。
夫は、妻の気持ちを理解する前に自分を守ってしまう。

こうして、話し合いのはずが、だんだん耐久戦のようになっていきます。

「責任を取ってほしい」と「苦しみをどうにかしてほしい」は違う

理屈で言えば、責任を取ることと、苦しみを癒すことは別のものです。

責任は、行動で示すものです。
態度を改めること。
嘘をつかないこと。
向き合うこと。
もともとあった夫婦の問題にも目を向けること。

これは夫に必要なことです。

でも、今感じている苦しみそのものは、夫だけではどうにもできません。

それでも妻は、苦しみの原因が夫だからこそ、
「責任を取って」という形で求めてしまう。

ここがごちゃごちゃになると、関係はさらに苦しくなります。

責任を求めること自体は間違っていません。
でも、責めすぎると、その責任を果たすための関係そのものが壊れてしまうことがあります。

夫が向き合えなくなってしまうのです。

だからこそ、この二つを少しずつ分けていく必要があります。

分けて考えるとは、感情を切り捨てることではない

浮気の責任と夫婦の問題は分けて考える。

これは、特別に冷静な人だけができる考え方ではありません。

また、感情を切り捨てることでもありません。

分けて考えるというのは、こういうことです。

浮気した責任は夫にある。
でも、夫婦の間に積もっていた問題もあるかもしれない。

私は傷ついている。
そして、この苦しさはすぐには消えない。

夫に責任を取ってほしい。
でも、この苦しみは夫だけでは解決できない。

責めたい気持ちがある。
でも、責めすぎると距離ができてしまう。

こういう矛盾した気持ちを同時に持ちながら、それでも少しずつ整理していくことです。

きれいに割り切ることではありません。

ぐちゃぐちゃのままでも、少しずつ分けていくことです。

一人でやるには、かなり難しい作業でもある

浮気後の心の中では、いろいろなものが混ざっています。

怒り。
悲しみ。
未練。
愛情。
嫌悪感。
自分責め。
夫への期待。
夫への失望。
浮気相手への嫉妬。
関係改善したい気持ち。
もう終わりにしたい気持ち。

これを一人で整理しようとすると、かなり大変です。

今日は「やり直したい」と思う。
明日は「もう無理」と思う。
朝は冷静でいられたのに、夜にはまた怒りが出る。
夫が謝ると少し落ち着く。
でも、夫が普通にしているとまた腹が立つ。

それでいいのです。

心は、まっすぐ順番どおりには進みません。

ただ、一人で考え続けると、同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。

夫を責める。
反省する。
我慢する。
また爆発する。
また自分を責める。

この繰り返しで疲れてしまう。

そんなときは、カウンセリングを使ってください。

カウンセリングは、夫を責めるか許すかを決める場所ではありません。

怒りがあるまま、悲しみがあるまま、まだどうしたいかわからないまま、まず心の中を整理する場所です。

何に傷ついたのか。
何を夫にわかってほしかったのか。
何を本当は求めているのか。
責任の問題と自分の苦しさが、どの部分で混ざってしまっているのか。
自分はどうしたいのか。

そこを一緒に見ていくことができます。

まとめ

浮気の責任と、夫婦の間にあった問題は分けて考える。

これは大切です。

でも、人の心はそんなに簡単には割り切れません。

夫を責めずにはいられない。
責めたあとに、ものすごく反省する。
もう言わないと思ったのに、また言ってしまう。
夫も悪いことをしたと思っているのに、責められ続けると逆ギレする。
ときには、妻への気持ちが冷めていくこともある。

そういうことは、現実に起こります。

そしてもう一つ大事なのは、

妻が本当に求めているのは、責任そのものではなく、今感じている苦しみをどうにかしたいということです。

でも、その苦しみは夫だけでは解決できない。
それでも原因が夫だからこそ、責任を求めてしまう。

このズレが、さらに関係を苦しくします。

だからこそ、「分けて考える」は、感情を我慢するためのものではありません。

ぐちゃぐちゃになったものを、少しずつほどいていくための視点です。

浮気した責任は、夫にあります。
夫婦の問題には、必要なら二人で向き合う必要があります。

そして、苦しみは時間とプロセスの中で回復していくものです。

責めたい気持ち。
苦しさをどうにかしてほしい気持ち。
責めたあとの自己嫌悪。
それでもまだ、どうにかしたい気持ち。

その全部を見ながら、少しずつ整理していく必要があります。

きれいに割り切れなくていい。

むしろ、割り切れないところから始めるのが、浮気後の関係改善なのだと思います。

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浮気した夫の心理や、浮気相手とは終わったと言われても不安が残る気持ちについては、こちらの記事でも扱っています。

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夫を責めずにはいられない。
でも、責めたあとに自分も苦しくなる。
関係改善したいのに、どう話せばいいのかわからない。

そんなときは、カウンセリングで一緒に整理していくこともできます。

浮気の責任、夫婦の間にあった問題、自分の怒りや悲しさ。
それらが絡まって苦しくなっているときは、一人で結論を出そうとしなくても大丈夫です。

まずは、今の気持ちを整理するところから始めていきましょう。

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