「浮気されたらどうしよう」
「いつか捨てられるのではないか」
恋愛がうまくいっているときにも、そんな不安が消えないことがあります。
彼から連絡が来ている。
会えば優しい。
今のところ、浮気を疑うような事実もない。
それでも、
「この状態が、ずっと続くはずがない」
「私が気づいていないだけで、何かあるのではないか」
と考えてしまう。
そして、もし本当に浮気が発覚したり、突然別れを告げられたりすると、もちろん深く傷つきます。
腹も立ちます。
悲しくて眠れなくなることもあるでしょう。
ところが、その気持ちのどこかに、
「ほら、やっぱり」
という感覚が混ざることがあります。
決して、浮気されてうれしいわけではありません。
別れたかったわけでもありません。
それでも、自分がずっと恐れていたことが現実になると、
「私の感じていたことは間違っていなかった」
と、少しほっとしてしまうのです。
なぜ、悪い予感が当たったときに、そのような感覚が出てくるのでしょうか。
- つらい結果でも「わからない状態」は終わる
- 「私の見方は正しかった」と確認できる
- よい結果を期待するほうが怖い人もいる
- 悪い予想には「備えられる」という利点がある
- 「やっぱり」が、次の恋愛にも持ち越される
- 不安が浮気を起こすわけではない
- 捨てられる前に、自分から離れようとする
- 傷つかない相手を選ぶこともある
- 浮気される前に、自分が浮気することもある
- 慣れた失望のほうが、知らない幸せより扱いやすい
- 恋愛以外でも「やっぱり」は起こる
- よい出来事を例外にしていないか
- 「絶対に裏切られない」と信じる必要はない
- 予想と事実を分けてみる
- 当たった予感と、外れた予感を両方見る
- 「やっぱり」と思った後に確認したいこと
- 悪い未来を当てるより、今の自分を見失わない
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つらい結果でも「わからない状態」は終わる
悪い予感を持っている間は、何も決まっていません。
浮気されるかもしれない。
されないかもしれない。
別れを告げられるかもしれない。
このまま関係が続くかもしれない。
どちらになるのかわからない状態が続きます。
彼の連絡が少し遅れるたびに、
「何かあったのではないか」
と考える。
会っているときにスマートフォンを伏せて置いただけで、気になる。
以前より会う回数が減ると、
「気持ちが冷めたのではないか」
と不安になる。
何も起きていない時間にも、頭の中では何度も悪い未来を経験しています。
ところが、実際に浮気がわかったり、別れを告げられたりすると、内容はつらくても、少なくとも「どうなるかわからない状態」は終わります。
自分が恐れていたものの正体が、はっきりします。
「何かあるのではないか」と考え続けなくてよくなる。
そのため、悲しさや怒りの中に、わずかな解放感が混ざることがあるのです。
「私の見方は正しかった」と確認できる
悪い結果が起きたときには、
「私は間違っていなかった」
という感覚も出てきます。
ずっと浮気を疑っていた。
周囲からは、
「考えすぎでは?」
「彼をもう少し信じたら?」
と言われていた。
自分でも、
「私が疑い深いだけなのかもしれない」
と思うことがあった。
そこで本当に浮気が発覚すれば、
「やっぱり、私が感じていたことは正しかった」
と思います。
起きたことはつらい。
それでも、自分の見方が間違っていなかったことには、ほっとするのです。
これは、
「浮気されてよかった」
ということではありません。
自分の感覚を否定し続ける必要がなくなったということです。
よい結果を期待するほうが怖い人もいる
一般的には、よい未来を期待したほうが気分よく過ごせそうです。
「きっと、この関係はうまくいく」
「彼は私を大切にしてくれる」
「これからも一緒にいられる」
そう思えれば、恋愛を楽しめるでしょう。
しかし、これまで期待して傷ついた経験がある人にとっては、よい結果を信じることのほうが怖い場合があります。
大切にされていると思ったら、裏切られた。
将来の話までしていたのに、突然別れを告げられた。
信じていた人から、嘘をつかれた。
そのような経験があると、
「期待しなければ、傷は浅く済む」
と考えるようになります。
最初から、
「どうせ最後には離れていく」
と思っておけば、別れが来ても驚かずに済む。
「浮気されるかもしれない」と警戒しておけば、何も知らないまま裏切られることは避けられる。
悪い未来を予想することが、自分を守る準備になるのです。
悪い予想には「備えられる」という利点がある
悪い予想をしていると、常に苦しいだけのように見えます。
けれども、その人にとっては利点もあります。
彼の言動を細かく確認できる。
浮気の兆候を早く見つけられる。
捨てられそうになったら、先に距離を取れる。
本気で好きになる前に、自分の気持ちを止められる。
何か起きたときに、
「まったく予想していなかった」
という状態を避けられます。
予想外の出来事に巻き込まれるよりも、自分が予想していた悪い出来事が起きるほうが、対応しやすいと感じるのです。
しかし、悪い結果に備えることに多くの力を使っていると、今この瞬間を安心して過ごすことが難しくなります。
彼と楽しく食事をしていても、
「いつまで続くのだろう」
と考える。
愛情を伝えられても、
「今だけかもしれない」
と疑う。
幸せを感じる前に、その幸せが終わったときの準備を始めてしまいます。
「やっぱり」が、次の恋愛にも持ち越される
一度悪い予感が当たると、
「男性は浮気する」
「最後には私は捨てられる」
「人を信じると傷つく」
という考えが、さらに強くなることがあります。
次の恋愛では、以前よりも警戒します。
彼が何もしていなくても、
「前の彼も、最初は優しかった」
と思う。
連絡が少し遅れただけでも、
「また同じことが始まった」
と感じる。
今の彼を見ているつもりでも、以前の恋愛の続きとして見てしまいます。
そして何か問題が起きれば、
「やっぱり、今回も同じだった」
と考えます。
一回目より二回目。
二回目より三回目。
繰り返すほど、
「これは私の人生では必ず起きることだ」
と感じるようになります。
不安が浮気を起こすわけではない
ここは、きちんと分けて考える必要があります。
浮気を不安に思っていたから、相手が浮気をしたわけではありません。
捨てられると恐れていたから、相手が別れを選んだわけでもありません。
浮気をするかどうかは、相手が選ぶことです。
約束を破った責任も、嘘をついた責任も、実際に行動した側にあります。
「私が疑っていたから、浮気されたのだ」
と自分のせいだと考える必要はありません。
ただ、強い不安を抱えていることで、その後の行動が変わることはあります。
彼を何度も試す。
何もないのに、何度も疑う。
先に冷たい態度を取る。
「どうせ浮気するでしょう」と責める。
相手が離れる前に、こちらから関係を壊したくなる。
これらが二人の関係に影響することはあります。
相手の行動の責任と、自分が不安から取っている行動は、別々に見る必要があります。
捨てられる前に、自分から離れようとする
「いずれ捨てられる」と思っている人は、相手との距離が近くなるほど怖くなることがあります。
好きになればなるほど、失ったときの傷は大きくなる。
大切にされればされるほど、それがなくなったときにつらい。
そこで、関係が深まる前に距離を取ります。
急に連絡を減らす。
相手の欠点ばかりを探す。
本当は好きなのに、そっけない態度を取る。
他の人にも気があるように振る舞う。
相手が困るようなことを言って、愛情を確かめる。
こうして相手が離れていくと、
「ほら、やっぱり私は捨てられた」
となります。
自分が先に距離を取ったことや、何度も相手を試したことは見えにくくなり、最後に相手が離れた事実だけが残ります。
そして、
「人は最後には離れていく」
という考えが、また強くなります。
傷つかない相手を選ぶこともある
捨てられることが怖いと、それほど好きではない相手を選ぶ場合もあります。
大好きな人に振られたら立ち直れない。
それなら、失っても何とかなる人と付き合う。
強く惹かれる相手とは距離を取り、自分を好きだと言ってくれる人を選ぶ。
ところが、関係が始まると物足りなくなります。
自分はそれほど相手を求めていない。
別れたくはないけれど、深く関わりたいとも思えない。
すると、
「私は誰かを本気で好きになれない」
と感じます。
しかし、好きになれないのではなく、本気で好きになったあとに失うことを避けているのかもしれません。
傷つかないために選んだ関係では、深く傷つかない代わりに、深く喜ぶことも難しくなります。
浮気される前に、自分が浮気することもある
相手から裏切られるのが怖くて、自分が先に別の人と関係を持つこともあります。
「どうせ彼も浮気する」
「私だけが真剣になるのは損だ」
「逃げ道を作っておいたほうがいい」
本人は、自分を守るためにそうしているつもりかもしれません。
ただ、その行動によって関係が壊れれば、
「やっぱり恋愛はうまくいかない」
という結果になります。
浮気をされたくないという思いから始まったのに、自分が浮気をする側になる。
捨てられたくないという思いから始まったのに、相手が離れざるを得ない状況を作る。
こうしたことが起きるのは、本当に望んでいる結果よりも、慣れている結末へ進んだほうが落ち着くことがあるからです。
慣れた失望のほうが、知らない幸せより扱いやすい
これまで何度も期待を裏切られてきた人にとって、失望はつらいものですが、よく知っている感情でもあります。
どう落ち込むか。
どう一人で耐えるか。
どう相手を諦めるか。
何をすれば日常に戻れるか。
自分なりの対処方法を知っています。
一方、長く大切にされることには慣れていないかもしれません。
何も疑わなくてよい関係。
困ったときには助けてもらえる関係。
言いたいことを話しても、離れていかない関係。
そのような状態になると、
「いつ壊れるのだろう」
と落ち着かなくなることがあります。
よい状態を知らないために、どう振る舞えばよいのかわからないのです。
そこで、以前と同じ失望が起きると、
「知っている世界に戻った」
という感覚が出てきます。
つらいけれど、扱い方はわかる。
これが、悪い予感が当たったときの「やっぱり」に含まれていることがあります。
恋愛以外でも「やっぱり」は起こる
悪い予感が当たってほっとする心理は、恋愛だけではありません。
職場で、
「どうせ私の頑張りは評価されない」
と思っている。
そして、昇進から外されると、
「ほら、やっぱり」
と感じる。
本当は悔しいのに、自分の見方が正しかったことには納得します。
家族に対して、
「何を言っても、わかってもらえない」
と思っている。
勇気を出して話したのに、軽く扱われると、
「やっぱり話すだけ無駄だった」
となる。
友人関係で、
「どうせ最後には私だけ誘われなくなる」
と思っている。
実際に一度誘われなかっただけで、
「やっぱり私は必要とされていない」
と感じる。
最初から悪い結果を予想していると、それに合う出来事ばかりが目につくようになります。
反対に、評価されたこと、理解してもらえたこと、誘ってもらえたことは、
「たまたま」
として軽く流してしまうことがあります。
よい出来事を例外にしていないか
「どうせ捨てられる」と思っている人に、彼が愛情を伝えたとします。
すると、
「今はそう思っているだけ」
と受け取ります。
彼が時間を作って会いに来ても、
「今回は暇だっただけ」
と考えます。
困っているときに助けてくれても、
「恋人なら当然でしょう」
となります。
一方で、連絡が遅れた日は、
「気持ちが冷めた証拠」
として強く記憶します。
悪い出来事は、自分の考えを証明するものとして扱う。
よい出来事は、例外や偶然として扱う。
これを繰り返していると、どれだけ大切にされても、
「私は大切にされない」
という考えは変わりません。
よいことだけを見る必要はありません。
ただ、自分の予想と違う出来事を、すぐに無かったことにしていないかは確認したいところです。
「絶対に裏切られない」と信じる必要はない
悪い未来ばかり考えてしまう人に、
「彼を信じましょう」
「浮気されないと思いましょう」
と言っても、簡単には切り替えられません。
そもそも、人がこれから何をするかを、完全に予測することはできません。
どれだけ誠実に見える人でも、将来まで絶対に裏切らないという保証はありません。
だからといって、毎日裏切りに備えて過ごす必要もありません。
必要なのは、
「絶対に悪いことは起こらない」
と思い込むことではなく、
「何か起きたとしても、そのときの自分には選択肢がある」
と考えることです。
浮気がわかったら、事情を聞く。
今後の条件を話し合う。
関係を続けるか、離れるかを考える。
一人では決められなければ、誰かに相談する。
捨てられたら自分の人生が終わるのではなく、その後の生活を選び直すことができます。
悪い結果を予測し続けなくても、起きたときに考えられることは残っています。
予想と事実を分けてみる
不安が出てきたときには、まず事実を確認します。
彼から三時間連絡がない。
これは事実です。
「浮気相手と会っている」
というのは、今の段階では予想です。
以前より会う回数が減った。
これは事実です。
「私に飽きたから会わない」
というのは、理由を聞くまでは予想です。
事実と予想が混ざると、予想した出来事がすでに起きているように感じます。
そして、彼に確認するときも、
「誰と会っていたの?」
「もう私のことは好きではないのでしょう」
と、結論を決めた聞き方になります。
まずは、
「最近、会う回数が減っているけれど、何か理由がある?」
と事実について聞くことができます。
その答えを聞いたうえで、どう考えるかを決めても遅くありません。
当たった予感と、外れた予感を両方見る
悪い予感が強い人は、当たった予感をよく覚えています。
「あのときも、嫌な感じがしていた」
「やっぱり私の予感は当たる」
と思います。
けれども、実際には外れた予感もたくさんあるかもしれません。
連絡が遅くて浮気を疑ったけれど、仕事をしていただけだった。
表情が暗くて別れを考えていると思ったけれど、体調が悪かった。
休日に会えないと言われて不安になったけれど、家族の用事だった。
悪い予感が外れたときには、
「何もなくてよかった」
で終わるため、記憶に残りにくいものです。
当たったものだけを集めれば、
「私の悪い予感は必ず当たる」
と感じます。
外れたものも含めて見れば、予感は事実ではなく、いくつもある可能性の一つだったとわかります。
「やっぱり」と思った後に確認したいこと
悪いことが起きたとき、
「やっぱり」
と思うこと自体を責める必要はありません。
長い間、同じことを恐れてきたのなら、自然に出てくる反応です。
ただ、そのあとに、
「これで何が証明されたと思っているのだろう」
と考えてみます。
この人が浮気したから、すべての男性が浮気すると証明されたのか。
今回別れを告げられたから、自分は誰からも最後には捨てられると決まったのか。
職場で評価されなかったから、自分がどこへ行っても報われないと決まったのか。
一つの出来事と、これからの人生全体を結びつけていないでしょうか。
今回起きたことは、今回の相手や場所で起きた出来事です。
そこから学ぶことはあっても、未来の結末まで決めるものではありません。
悪い未来を当てるより、今の自分を見失わない
悪い予感を持ち続けていると、実際に起きたとき、
「私は正しかった」
と思えます。
しかし、悪い未来を正確に当てることが、自分を幸せにするとは限りません。
予想が当たっても、傷つくことは変わりません。
むしろ、何も起きていない時間まで不安に使ってきた分、長く苦しむことになります。
大切なのは、
「浮気されるか、されないか」
を頭の中で何度も予測することだけではありません。
今の関係で、実際に何が起きているのか。
自分はどのように扱われているのか。
不安があるなら、何を確認したいのか。
問題が起きたとき、自分は何を選べるのか。
そこへ意識を戻していくことです。
カウンセリングでは、悪い予感を無理になくそうとするのではなく、なぜ悪い結果を予想していたほうが自分を守れるように感じるのかを整理します。
過去のどの出来事から、
「期待すると危険だ」
「最後には裏切られる」
と思うようになったのか。
そして、今の相手との間で実際に起きていることと、過去から続いている予想を分けていきます。
悪い予感が当たらなければ、自分の感覚が間違っているということではありません。
「やっぱり」と言える結果を待たなくても、自分が感じている違和感を確かめ、必要な選択をすることはできるのです。




