「やさしくされたい」と思っているはずなのに、いざ男性から親切にされると、なぜかイラッとする。
仕事を手伝おうとされたとき。
重いものを持とうとしてくれたとき。
「無理しなくていいよ」と声をかけられたとき。
素直に「ありがとう」と思えればいいのに、
「私一人ではできないと思ってる?」
「頼んでないんだけど」
「そんなふうに扱われる筋合いはない」
という気持ちが先に出てくることがあります。
そのあとで、
「やさしくしてくれただけなのに、どうして腹が立つんだろう」
「私、性格が悪いのかな」
と、自分でも戸惑ってしまう。
けれども、やさしさにイラッとするとき、腹を立てているのは親切そのものではないことがあります。
そのやさしさによって、自分が「できない側」「守られる側」「下の立場」に置かれたように感じているのかもしれません。
「やさしくされた」より「できないと思われた」が先にくる
自分の力で何とかすることに慣れてきた人にとって、「できる私」は自信の一部になっています。
人に頼らずに仕事を覚えた。
困っても自分で考えて乗り越えた。
家族の中でも、しっかりする役を担ってきた。
男性が多い職場で、軽く扱われないように結果を出してきた。
そうやって積み上げてきたものがあるからこそ、誰かに手を差し出された瞬間、
「今までの頑張りを見ていない」
「私の能力を信用していない」
と感じることがあります。
相手はそこまで考えていないかもしれません。
それでも、自分の中では「親切を受けた」という出来事が、「能力を低く見られた」という意味に変換されます。
すると、「ありがとう」より先に怒りが出てきます。
怒りは、自分の価値を守るために出ているのです。
「私はできる」
「私は一人でもやってこられた」
「私を下に置かないで」
そんな気持ちが、イライラとなって表に出ているのかもしれません。
男性が相手だと、競争スイッチが入りやすい
女性から「手伝おうか」と言われたときには素直に受け取れるのに、男性から同じことを言われると腹が立つ。
そんな人もいます。
男性からのやさしさに強く反応するとき、心の中で競争スイッチが入っていることがあります。
男性を前にすると、
「負けたくない」
「できる人だと認めさせたい」
「女だからと軽く扱われたくない」
という気持ちが出てくるのです。
仕事の中で、男性よりも頑張らなければ認められなかった経験がある人もいるでしょう。
意見を言っても聞いてもらえず、男性が同じことを言った途端に採用された経験があるかもしれません。
「女性には無理だろう」と決めつけられたり、補助する側に回されたりして、悔しい思いをしてきた人もいるでしょう。
そのような経験が重なると、男性からの親切が、単なる気づかいには見えにくくなります。
「あなたにはできないでしょう」
「僕が教えてあげるよ」
という意味が含まれているように感じるのです。
すると、やさしくされた瞬間に、それまで積み上げてきた自分の力を否定されたような感覚が出てきます。
本当は相手と競争したいわけではない。
対等に扱ってほしいだけなのです。
それでも心は、男性のやさしさを「上下関係が始まる合図」のように受け取り、反射的に戦う態勢へ入ることがあります。
父親に認めてもらいたかった気持ちが残っていることもある
男性に対する競争心や反発をたどっていくと、父親との関係に行き着くことがあります。
もっと話を聞いてほしかった。
頑張っていることに気づいてほしかった。
女の子として可愛がるだけでなく、一人の人間として認めてほしかった。
「お前には無理だ」と言わずに、信じてほしかった。
父親に対して、そんな思いを抱えていた人もいるでしょう。
父親から愛情を受けていなかったということではありません。
父親なりに大切にしてくれていたかもしれません。
それでも、本人が欲しかった形と、父親が差し出した愛情の形が違っていたことはあります。
守ろうとしてくれたけれど、本当は能力を認めてほしかった。
心配してくれたけれど、本当は自分の考えを尊重してほしかった。
可愛がってくれたけれど、結果を出したときにもっと喜んでほしかった。
父親に愛されたかどうかと、父親との間に心残りがあるかどうかは、必ずしも同じではありません。
愛されていた記憶がある人にも、
「もっと私を見てほしかった」
「私の気持ちをわかってほしかった」
という思いが残ることがあります。
心理学では、父親への愛着や憧れ、父親に認められたい気持ち、母親との競争心などが恋愛や男性との関係に影響する心の動きを、エレクトラコンプレックスという視点から考えることがあります。
父親に愛された確信を持ちにくかった人は、
「男性に認めてもらうには、頑張らなければならない」
「できる私でいなければ、愛されない」
という感覚を持つことがあります。
その状態で男性からやさしくされると、安心するより先に、
「今までの頑張りを見てもらえていない」
「できない女として扱われている」
と感じることがあります。
一方、父親から特別に愛された感覚が強い人も、男性からの関わりに敏感になることがあります。
自分をよく見て、気持ちを察し、丁寧に扱ってくれた父親が基準になっていると、表面的な親切には、
「私が欲しいのは、そういうことじゃない」
「やさしくするなら、もっと私のことを見てよ」
という不満が出ることもあります。
父親との関係がどのようなものだったとしても、目の前の男性に反応しているように見えて、過去に満たされなかった思いが一緒に動いていることがあるのです。
やさしさを受け取ると、「負けた側」に移った気がする
競争しているとき、人間関係は横並びでは見えません。
できる人と、できない人。
助ける人と、助けられる人。
守る人と、守られる人。
上にいる人と、下にいる人。
そんなふうに関係を捉えていると、誰かのやさしさを受け取った瞬間、自分が下へ移動したように感じます。
そのため、
「自分でできます」
「余計なことをしないでください」
「そんなに困っていません」
と、相手の手を払いのけたくなります。
やさしさが嫌なのではありません。
受け取ったあと、自分の立場が変わってしまうようで怖いのです。
助けてもらったら、相手の意見を聞かなければならない。
親切にされたら、こちらも何かを返さなければならない。
守ってもらったら、相手のほうが強いと認めることになる。
そんな感覚があると、親切は安心ではなく、主導権を奪われるような出来事になります。
本当は、やさしさを受け取ったからといって、それまで培ってきた能力がなくなるわけではありません。
一つ手伝ってもらったことと、自分一人では何もできないことも同じではありません。
それでも心の中に競争が残っていると、その二つが同じことのように感じられてしまうのです。
本当に「上から目線」のやさしさもある
ここで気をつけたいのは、イラッとした反応をすべて、自分の心のクセだと決めないことです。
実際に、親切の形を取りながら、相手を下に置こうとする人もいます。
頼んでいないのに勝手に手を出す。
こちらのやり方を否定し、自分の方法を押しつける。
「女性には難しいでしょう」と決めつける。
助けたことを理由に、あとから口を出す。
断っているのに、「遠慮しなくていいから」と聞き入れない。
これは、やさしさを受け取れない人の問題だけではありません。
相手がこちらの意思や境界線を尊重していないこともあります。
だから、イラッとしたときに、
「私が素直じゃないからだ」
とすぐに自分を責める必要はありません。
まずは、何が嫌だったのかを見てみます。
手伝われたことが嫌だったのか。
言い方が引っかかったのか。
自分の考えを聞かずに進められたことが嫌だったのか。
女性だからできないと決めつけられたように感じたのか。
そこを分けていくと、今の相手に対して伝える必要があることと、過去から続いている反応が見えやすくなります。
イラッとしたとき、心の中で何が起きたのか
男性からやさしくされて腹が立ったとき、すぐに笑顔で受け取ろうとしなくてもかまいません。
まず、自分の中に出てきた反応を確かめます。
「私をできない人だと思った?」
「上から扱われた気がした」
「男性に守られる側に回るのが嫌だった」
「本当は助かったのに、悔しかった」
「うれしかったと認めると、負けた感じがした」
同じ「イラッとした」でも、その奥にある気持ちは人によって違います。
怒りの奥に、悔しさがあることもあります。
恥ずかしさや、心細さが隠れていることもあります。
「もっと早く助けてほしかった」という寂しさが残っている場合もあります。
父親に認めてほしかったのに認めてもらえなかった気持ちが、今の男性への怒りとして出ていることもあるでしょう。
その怒りをなくそうとするよりも、
「私は何をわかってほしかったのだろう」
と考えてみる。
すると、「やさしさが嫌」というだけでは説明できなかった気持ちが、少しずつ言葉になっていきます。
受け取るか断るかを、自分で決められる関係へ
やさしくされたら、すべて受け取らなければならないわけではありません。
「ありがとう。でも、ここは自分でやりたい」
「助かる。こちらだけお願いしてもいい?」
「気持ちはうれしいけれど、今は手を出さずに見ていてほしい」
そんなふうに、自分で選ぶこともできます。
受け取ることと、相手に従うことは別のことです。
断ることと、相手を拒絶することも同じではありません。
自分でできる力を持ちながら、必要なときには誰かの手も借りる。
親切の内容が合わなければ、何が必要なのかを伝える。
相手がこちらを尊重しないときには、距離を取る。
そうやって選択肢を増やしていくと、人との関係を勝ち負けだけで見なくてもよくなっていきます。
やさしさにイラッとするのは、性格が悪いからではありません。
これまで自分の力や誇りを守るために、必要だった反応なのかもしれません。
そして、その奥には、
父親に愛されたかった。
一人の人間として認めてほしかった。
男性と対等に関わりたかった。
本当は守ってほしいときもあった。
そんな、長いあいだ言葉にできなかった気持ちが残っていることがあります。
目の前の男性に対する怒りだけを何とかしようとしても、同じ反応が繰り返されるときがあります。
カウンセリングでは、今の出来事と父親との関係の中で残っている感情を分けながら、「男性にどう扱われると腹が立つのか」「本当はどのように関わってほしかったのか」を整理していきます。




