褒め言葉を受け取れない妻|素直に喜べないとき、夫婦の間で起きること

恋愛・夫婦関係

「その服、似合ってるね」夫にそう言われたとき、

「何言ってるの、こんなの安物だよ」と返す。

「今日、なんかいい感じだね」と言われても、

「別にいつもと同じだけど」と答える。

髪型を褒められれば、「今さら気づいたの?」と言ってしまうこともあるでしょう。

本当は、ちょっとうれしい。

でも、そのうれしさをそのまま返すのは、恥ずかしい。

「ありがとう」と素直に言うのも、どこか落ち着かない。

そんなことが続いていると、いつの間にか夫が褒めなくなっていた、ということがあります。

夫は、昔はもっと褒めていたのかもしれない

「うちの夫は、昔から何も言わない人だから」そう思っている妻もいます。

けれど、付き合っていた頃や新婚当初を振り返ると、

「その服、似合ってるね」
「髪型変えた?」
「今日きれいだね」

と、今より言ってくれていたこともあります。

それに対して、

「そんなことないよ」
「どこが?」
「適当なこと言わないで」
「誰にでも言ってるんじゃないの?」

と返していた。

妻としては、夫を拒絶したつもりはありません。

照れくさかっただけかもしれません。

ところが夫から見ると、

「言っても喜ばれない」
「褒めると否定される」
「余計なことを言わない方がいいのかもしれない」

と感じることがあります。

一度ではなく、それが何度も続けば、夫がだんだん言わなくなることもあります。

もちろん、もともと褒め言葉をあまり口にしない人もいるので、一概には言えません。

褒め言葉を否定しているつもりでも、夫には好意を突き返されているように見えることがある

夫が、「その服、似合ってる」と言ったとき、妻は自分の服について、単純に答えているつもりかもしれません。

「いや、そんなに似合ってないよ」と。

でも夫が差し出したものは、服の客観的な評価だけとは限りません。

「いいと思った」
「似合っていると思った」
「そう感じたから伝えた」

という、夫なりの好意でもあります。

そこに毎回、「そんなことない」と返ってくると、夫には、「自分の感じ方を否定された」ように見えることがあります。

もちろん妻には、そんな意図はありません。

ただ、夫には妻の照れや戸惑いまではわからないのです。

妻は「私はそうは思わない」と答えているだけでも、夫には「その言葉は受け取りません」と返されたように感じることがあります。

自分が見ている自分を、夫より優先してしまう

褒め言葉を受け取れない理由の一つに、自分に対する自己評価があります。

夫が、「きれいだね」と言っても、「いや、全然きれいじゃない」と思う。

「その服似合ってる」と言われても、

「もっと痩せている人の方が似合う」
「若い頃ならともかく」
「鏡で見たら全然そんなことない」

と感じる。

すると、夫がどう見ているかよりも、自分が自分をどう見ているかの方を優先してしまいます。

「私はそう思っていないのだから、夫の言葉の方が間違っている」という形になってしまうのです。

けれど、自分から見える自分と、夫から見える自分は同じではありません。

自分では気になる部分があっても、夫はそこを見ていないかもしれません。

年齢を重ねた自分を「もう若くない」と見ていても、夫はその人らしい雰囲気を魅力に感じているかもしれません。

自分の評価だけが、正解とは限らないのです。

「ありがとう」が恥ずかしいこともある

褒められたとき、「ありがとう」と返すだけなのに、それがとても恥ずかしい人もいます。

自分で自分を褒めているように感じる。

調子に乗っているように見えそう。

「やっぱり自分でもそう思っているんだ」と思われそう。

そんな気持ちが出てくることがあります。

日本では、褒められたら否定する方が謙虚だ、という感覚もあります。

「いえいえ、そんなことないです」

という返しに慣れている人もいるでしょう。

だから、夫から褒められたときにも、反射的に否定してしまう。

ただ、夫婦の間では、その謙遜が続くことで、好意のやり取りそのものが減っていくことがあります。

褒められると「もっとやらなきゃ」と思ってしまう

褒め言葉を、評価や期待として受け取る人もいます。

「料理上手だね」と言われると、「これからもちゃんと作らなきゃ」と思う。

「きれいだね」と言われると、「いつもきれいにしていないといけない」と感じる。

すると、褒め言葉がうれしいものではなく、これから自分が背負う課題のようになります。

だから、受け取る前に否定したくなる。

「そんなことないよ」と言っておけば、期待されずに済むような気がするのです。

過去に、褒められたあとで嫌なことがあった人もいる

褒め言葉を受け取れない背景には、過去の経験が影響していることもあります。

「かわいいね」と言われたあとで、無理なお願いをされた。

親切にされたあとで、見返りを求められた。

「君ならできる」と言われて、できない量の仕事を任された。

褒められて気を許したあとで、傷つけられた。

そういう経験があると、「褒め言葉のあとには何かある」と感じるようになることがあります。

夫が純粋に褒めているだけでも、

「何が目的なんだろう」
「何か頼みたいことがあるのでは」
「この後何を言われるんだろう」

と身構えてしまう。

夫の言葉と、過去の経験が重なってしまっていることもあるのです。

夫が細かな変化に気づかないからといって、関心がないとは限らない

妻からすると、

「髪を切ったのに気づかない」
「口紅の色を変えたのに何も言わない」
「新しい服を着ているのに気づいていない」

ということが寂しく感じられることもあります。

女性同士なら、

「髪切った?」
「その色似合うね」
「今日いつもと雰囲気違うね」

と気づくことも多いでしょう。

一方で、一般に男性は、女性ほど細かな変化に気づかないことがあります。

もちろん個人差はありますが、髪を数センチ切ったことや、口紅の色が少し変わったことまで自然に気づける男性ばかりではありません。

だから、「気づかない=私に興味がない」とは限りません。

細かな変化には気づかなくても、「今日はなんとなくいい感じだな」と思っていたり、服装や髪型そのものではなく、全体の雰囲気を見ていることもあります。

ただ、せっかく夫が何かに気づいて言葉にしたとき、その言葉を毎回否定していると、夫はますます言わなくなることがあります。

「昔は褒めてくれたのに」が起きるまで

妻は、「昔はもっと褒めてくれた」と思っている。

夫は、「昔は言っていたけど、言っても否定された」と思っている。

ここで、お互いがまったく違う記憶を持っていることがあります。

妻からすれば、「結婚したら私に関心を持たなくなった」と見える。

夫からすれば、「言っても意味がないから言わなくなった」となっている。

すると、

夫が言わない。
妻が寂しくなる。
たまに夫が褒める。
妻は照れや戸惑いから否定する。
夫はまた言わなくなる。

というやり取りが続きます。

妻は「もっと褒めてほしい」と思っているのに、いざ褒められると受け取れない。
夫は「言っても受け取ってもらえない」と感じて、だんだん言わなくなる。
その結果、妻はますます「夫は私に関心がない」と感じることがあります。

「うれしくないのに喜ばなきゃいけない」ということではない

ここまで読むと、「じゃあ、夫に褒められたら、うれしくなくても喜ばなきゃいけないの?」と思う人もいるでしょう。

そういうことではありません。

自分では、「そんなに似合っているとは思わない」と感じているなら、その感覚を無理に変える必要はありません。

ただ、「私はそう思わない」と「夫はそう思ってくれた」は両方あってもいいのです。

たとえば、「私はそんなに似合ってると思ってなかったけど、あなたはそう思ってくれたのね。ありがとう」でもいい。

「自分ではよくわからないけど、そう言ってもらえるとうれしい」でもいい。

自分の感じ方を否定せずに、相手の感じ方を受け取ることはできます。

「ありがとう」が言えないなら、その理由を見る

「じゃあ、これからはありがとうと言いましょう」だけですむなら、ことは簡単です。

けれど実際には、「ありがとうと言えばいい」と頭ではわかっていても、言えないことがあります。

そこには理由があります。

恥ずかしいのかもしれません。

自分にはそんな価値がないと思っているのかもしれません。

褒められると期待される気がするのかもしれません。

過去に、褒められたあとで嫌なことが起きたのかもしれません。

「受け取ったら何か返さなければならない」と感じていることもあります。

人によって、理由は違います。

だから、言葉だけを練習しても、その奥にあるものがそのままなら、どこか無理が出ます。

褒め言葉を受け取れる自分になる

褒め言葉を受け取れるようになるというのは、

「私はきれい」
「私は素敵」
「私は価値がある」

と無理に思い込むことではありません。

夫が、「きれいだね」と言ったとき、「私はそこまでそう思っていないけれど、この人はそう感じてくれたんだな」と受け取れる。

それで十分です。

相手の感じ方を、そのまま相手のものとして受け取る。

そして、それを受け取ったからといって、何かを返す義務が生まれるわけでもありません。

もっときれいでいなければならないわけでもない。

期待に応え続けなければならないわけでもない。

ただ、「そう思ってくれたことは、うれしい」と受け取れる。

その状態に近づいていくことが大切なのだと思います。

まとめ|夫の言葉が届く関係を作っていく

夫が褒めなくなったとき、「もう私に興味がない」と感じることがあります。

もちろん、本当に関心が薄くなっている場合もあるでしょう。

ただ、昔は言っていたのに、何度も否定されるうちに言わなくなった、ということもあります。

そして妻が否定してきたのにも、その人なりの理由があります。

大切なのは、「これからはちゃんとありがとうと言おう」と自分に言い聞かせることだけではありません。

なぜ自分は褒め言葉を受け取りにくいのか。

受け取ると何が起きそうで怖いのか。

相手の好意を受け取ったとき、自分の中でどんな気持ちが出てくるのか。

そこを見ていくことです。

カウンセリングでは、褒められたときに何が起きているのかを見ていきます。

その理由は、人によって違います。

大切なのは、褒め言葉を受け取ったときに、自分の中で何が起きているのかを知り、その反応に振り回されなくなっていくことです。

夫の言葉を受け取れるようになることは、夫に合わせることでも、機嫌を取ることでもありません。

「私はそうは思っていないけれど、あなたはそう思ってくれたのね」

そうやって、相手の感じ方を相手のものとして受け取れるようになっていく。

すると、「ありがとう」という言葉も、以前より自然に出てくるようになります。

夫婦の間で止まっていた好意のやり取りが、そこからまた動き始めることがあります。

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途中でシャッターを閉じてしまうと、本音は届かない 夫婦の会話でよく起こるのは、途中で心のシャッターを閉じてしまうことです。 「もういい」 「どうせわかってくれない」 「言っても無駄」 「またケンカになるだけ」 「これ以上言ったら嫌われる」 「これ以上近づいたら、別れることになるかもしれない」 そう思うと、言葉を止めてしまう。 黙る。 不機嫌になる。 距離を取る。 話題を変える。 感情をしまい込む。 でも、そこで止めると、本当に言いたかったことは届きません。 表面には怒りだけが残ります。 夫には、妻がただ怒っているように見える。 妻には、夫がただ逃げているように見える。 でも、本当はその奥に別の言葉があるのかもしれません。 「寂しかった」 「一緒にいたかった」 「私も役に立ちたかった」 「あなたの力になりたかった」 「置いていかれるようで怖かった」 「頑張っていることはわかっている。でも、私のことも見てほしかった」 こうした言葉は、出すのに勇気がいります。 でも、本音に近い言葉ほど、相手に届く可能性があります。 ## 「腹が立つけど、一緒にいたい」と言えるか 夫婦のすれ違いをほどくために、きれいな言葉を用意する必要はありません。 長い説明ができなくてもいいのです。 たとえば、 「腹が立つけど、本当は一緒にいたい」 この一言でも、かなり本音に近い言葉です。 あるいは、 「仕事ばかりで寂しい」 「責めたいわけじゃなくて、もっと一緒に過ごしたい」 「あなたが頑張っているのはわかる。でも、私も置いていかれている感じがしてつらい」 「家族のために頑張っているなら、その家族と過ごす時間も少し作ってほしい」 こういう言葉です。 ポイントは、相手を責める言葉にならないようにすること。 「あなたは仕事ばかり」 「あなたは家族を見ていない」 「あなたは私を大切にしていない」 これだけだと、夫は責められたと感じて防御に入るかもしれません。 でも、 「私は寂しい」 「私は一緒にいたい」 「私は置いていかれている感じがする」 と、自分の気持ちとして伝えると、少し届き方が変わります。 もちろん、それでも相手がすぐに受け取れるとは限りません。 でも、本音を隠して怒りだけをぶつけるよりは、関係を変える可能性が出てきます。 ## 夫側も「感謝されたい」と言っていい 夫側も、言っていい言葉があります。 「家族のために頑張っていることを、少しはわかってほしい」 「たまにはありがとうと言われるとうれしい」 「本当は自分も疲れている」 「仕事ばかりに見えるかもしれないけれど、家族を守りたいと思っている」 「一人で背負っている感じがして、しんどい時がある」 こういう言葉です。 結果重視の人ほど、途中で弱音を言うことを苦手に感じることがあります。 結果が出るまでは胸を張れない。 途中で「ありがとうがほしい」なんて言うのは情けない。 疲れていると言ったら、負けたような気がする。 そう思うこともあるかもしれません。 でも、夫婦関係では、途中経過を見せることが大切です。 完成した結果だけを見せるのではなく、途中の不安や疲れや願いも共有する。 それがあると、妻も、 「この人は一人で勝手に走っているのではなく、本当に家族のことを考えているんだ」 と感じやすくなります。 夫婦は、結果発表の場ではありません。 途中経過を分け合う関係でもあるのです。 ## 本音を言うことにはリスクがある 本音を言うことには、たしかにリスクがあります。 寂しいと言ったら、重いと思われるかもしれない。 一緒にいたいと言ったら、拒絶されるかもしれない。 感謝してほしいと言ったら、情けないと思われるかもしれない。 本当の気持ちを言ったら、関係が壊れるかもしれない。 そう感じることもあるでしょう。 だから、私たちは本音を隠します。 怒りに変える。 皮肉に変える。 黙る。 正論にする。 相手の欠点を責める。 でも、本音を隠したままでは、相手は本当のところを知ることができません。 夫婦関係で必要なのは、関係を修復するための本音です。 「あなたが悪い」と言うためではなく、 「私は本当はこう感じていた」と伝えるための本音です。 これは簡単ではありません。 恥ずかしいし、怖いし、勇気がいります。 でも、すれ違いが続いているなら、表面のケンカだけではなく、その奥にある言葉を出してみる価値はあるかもしれません。 ## 話し合いにならない時は、距離や第三者も必要 ただし、どんな場合でも二人だけで話し合えばいい、というわけではありません。 話そうとすると怒鳴られる。 人格を否定される。 無視が続く。 こちらの話をまったく聞いてもらえない。 怖くて本音が言えない。 話し合いがいつも一方的になる。 このような場合は、無理にぶつかり続けなくてもいいです。 夫婦のすれ違いを解くには、話し合いが大切です。 でも、安全に話せることが前提です。 もし二人だけで話すと傷つけ合うばかりになるなら、少し距離を取ることや、信頼できる第三者、カウンセラーなどを入れることも選択肢です。 本音を伝えることと、傷つけられ続けることは違います。 関係を良くするためにも、自分を守る視点は必要です。 ## まとめ 夫婦がすれ違う時、二人がまったく違うものを目指しているとは限りません。 夫も妻も、家族の幸せを願っている。 経済的に豊かになりたい。 安定した暮らしを作りたい。 そう思っている。 でも、夫は結果を重視し、妻はそこへ向かう途中経過を大切にしている。 この違いがあると、同じゴールを目指しているのに、心はすれ違ってしまうことがあります。 夫は、 「家族のために頑張っているのに、感謝されない」 と感じる。 妻は、 「家族のためと言いながら、今の私たちを見てくれない」 と感じる。 どちらも傷ついているのに、相手にはそれが届いていないのです。 大切なのは、どちらが正しいかを決めることではありません。 結果も大切。 途中経過も大切。 仕事の成果も大切。 日々の会話や一緒に過ごす時間も大切。 その両方を見ていくことです。 そして、ケンカになった時ほど、 「私たちは本当は何を目指していたのだろう」 と思い出してみる。 怒りの奥にある、 「寂しい」 「一緒にいたい」 「わかってほしい」 「役に立ちたい」 「家族を守りたい」 という本音に近づいてみる。 夫婦のすれ違いは、放っておくと距離になります。 でも、途中で気づけたなら、もう一度言葉にすることはできます。 「腹が立つけど、一緒にいたい」 そんな不器用な一言からでも、止まっていた会話が少し動き出すことがあるのではないでしょうか。
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