「マジメだね」
「しっかりしているね」
「本当に気が利くよね」
褒められたはずなのに、なぜか素直に喜べないことがあります。
表向きは「ありがとうございます」と返しながら、頭の中では、
「それって、本気で言っている?」
「このあと何か頼むつもり?」
「しっかりしていると言えば、また私に任せられると思っていない?」
と、相手の言葉の裏を探してしまう。
褒められたのだから喜べばいいとわかっていても、心は先に身構えます。
それどころか、褒め言葉を聞いた瞬間に疲れたり、腹が立ったりする人もいます。
この反応には、これまでの人間関係の中で身につけてきた警戒が関係していることがあります。
褒められたのに、なぜか仕事が増える気がする
たとえば、職場で仕事を終えたあとに、
「さすがだね。安心して任せられるよ」
と言われたとします。
その言葉だけを聞けば、評価されたように感じます。
ところが、これまで何度も、
「頼りになるから、これもお願い」
「あなたならできると思って」
「ほかの人には任せられなくて」
と仕事を増やされてきた人は、「安心して任せられる」という言葉を、そのまま褒め言葉として受け取れません。
「次の仕事を断らせないために言っているのでは?」
「また私だけが引き受ける流れになるのでは?」
と考えます。
子どもの頃にも、似た経験があったかもしれません。
「お姉ちゃんだからえらいね」と言われたあと、弟や妹の世話を任された。
「あなたはしっかりしているから」と言われて、我慢する側に回された。
「聞き分けがよくて助かる」と褒められたため、自分の希望を言いにくくなった。
褒められることと、役割を押しつけられることが何度も一緒に起きると、心はその流れを覚えます。
褒め言葉を聞いただけで、
「このあと何をさせられるのだろう」
と警戒するようになるのです。
褒め言葉が「その役を続けて」に聞こえる
褒め言葉に抵抗が出るのは、何かを頼まれるからだけではありません。
その言葉によって、自分の役割を固定されるように感じることもあります。
「いつもしっかりしているね」
と言われれば、しっかりしていない日は見せられない。
「気が利くね」
と言われれば、これからも周囲に気を配らなければならない。
「マジメだね」
と言われれば、休んだり手を抜いたりする自分を出しにくくなる。
褒められた瞬間はうれしくても、その後に、
「これからも、その人物でいなければ」
という重さが残ります。
特に、周囲の期待に応えることで評価されてきた人は、褒め言葉を「あなたには、この役を続けてほしい」という要望として受け取りやすくなります。
だから、
「私はいつもしっかりしているわけではない」
「気が利かない日だってある」
「今日は誰かに任せたい」
と言いたくなり、褒めた相手に反発を感じることがあるのです。
自分の評価と相手の言葉が違いすぎる
褒め言葉を受け取りにくい理由には、自分に対する評価も関係します。
自分では、
「まだ十分にできていない」
「もっと上手にできたはず」
「今回は失敗したところも多かった」
と思っている。
そこへ相手から、
「完璧だったね」
「本当に仕事ができるね」
と言われると、言葉が自分の中に入ってきません。
むしろ、
「どこを見てそう言っているの?」
「本当は、できていないことに気づいているのでは?」
「気を遣って褒めているだけでしょう」
と疑いたくなります。
自分が見ている自分と、相手が見ている自分が違いすぎると、相手の言葉が嘘のように聞こえるのです。
自分に厳しい人ほど、できたことより、できなかったことを見ています。
周囲から見れば十分にできていても、本人の基準には届いていない。
そのため、褒め言葉を受け取るより先に、
「まだ褒められるほどではありません」
と打ち消したくなります。
褒められると、見抜かれていないようで寂しくなる
褒められてモヤモヤするときには、
「本当の私を見てもらえていない」
という寂しさが隠れていることもあります。
周囲からは、
「何でも一人でできる人」
「いつも落ち着いている人」
「困ったときに頼れる人」
と思われている。
けれども本人は、その裏で不安になったり、迷ったり、投げ出したくなったりしています。
それでも頑張っているのに、
「あなたはしっかりしているから平気だよね」
と言われると、
「私がどれだけ無理をしているかは見えていないんだ」
と感じることがあります。
欲しかったのは、
「しっかりしていてすごいね」
という評価よりも、
「ずっと頑張ってきたんだね」
「疲れていない?」
という言葉だったのかもしれません。
褒められているのに寂しくなるのは、評価された部分と、わかってほしかった部分が違っているからです。
自分が褒め言葉を使うときの感覚を重ねることもある
心理学では、自分の中にある思いや経験を、相手の中にあるものとして感じることを「投影」と呼びます。
たとえば、自分も相手に何かを頼みたいとき、
「本当に頼りになるよね」
と先に褒めたことがある。
会話を早く終わらせたいときに、
「さすがですね」
と話をまとめたことがある。
相手を傷つけないように、本心とは違う褒め方をしたことがある。
そんな経験があると、自分が褒められたときにも、
「相手も何か目的があるはず」
と考えやすくなります。
これは、自分が悪意のある人物だから起きるわけではありません。
自分が褒め言葉をさまざまな目的で使ったことを知っているからこそ、相手の言葉にも別の意味がある可能性を考えるのです。
ただ、相手が自分と同じ意図で褒めているとは限りません。
本当に感心して、思ったことを伝えただけの場合もあります。
自分の経験と、今の相手の意図を分けて考える必要があります。
実際に、褒め言葉で動かそうとする人もいる
褒め言葉を疑う反応を、すべて考えすぎとして扱う必要はありません。
実際に、褒めることで相手を動かそうとする人もいます。
「あなたしかできない」と言いながら、断りにくい仕事を押しつける。
「本当にやさしい人だよね」と言って、我慢を求める。
「理解のある妻だから」と持ち上げて、自分に都合のよい関係を続ける。
「あなたは心が広いから」と言い、傷つけたことを許してもらおうとする。
このような褒め方には、相手への評価だけでなく、
「だから、私の望むように動いてほしい」
という要求が含まれています。
褒められて違和感があったときには、
「私が受け取り下手だから」
と決めつける前に、その後の相手の行動も見てみることが大切です。
褒めたあとに、断りにくい依頼をしてくるのか。
こちらが断ると、態度を変えるのか。
褒めた役割から外れたときに、責めてくるのか。
相手の言葉だけでなく、関わり方全体を見ると、本当に警戒する必要があるのかが見えやすくなります。
褒め言葉を受け取ることと、期待に応えることは別
褒められたときに警戒する人は、
「ありがとうと言ったら、相手の期待を引き受けることになる」
と感じることがあります。
けれども、
「褒め言葉を受け取ること」
と、
「その後の頼みを引き受けること」
は別です。
「頼りになるね」と言われたら、
「そう感じてもらえたなら、うれしいです」
と受け取ってよい。
そのあと仕事を頼まれても、難しければ、
「今回は引き受けられません」
と断ることができます。
「やさしいね」と言われたことを受け取りながら、
「それは私にはできません」
と言ってもかまいません。
褒められたからといって、その人物であり続ける契約を結んだわけではないのです。
褒め言葉は受け取る。
依頼は依頼として考える。
相手の期待と、自分ができることを分ける。
この区別がつくと、「ありがとう」と言うことへの警戒は少しマシになります。
すぐに信じなくても、否定せずに置いておく
褒められても、すぐには信じられないことがあります。
そんなときに、無理に喜ぼうとする必要はありません。
「この人には、そう見えたのだな」
「私はそう思えないけれど、相手はそう感じたのかもしれない」
と、相手の感想として置いておくことはできます。
褒め言葉をすべて正しい評価として受け入れなくてもよいのです。
反対に、
「そんなことありません」
と、すぐに打ち消さなくてもよい。
自分では気づいていない部分を、相手が見ている可能性もあります。
まずは、
「ありがとうございます」
と返し、信じるかどうかはあとで考える。
それくらいの受け取り方でもよいでしょう。
褒められたときに、何を警戒しているのか
褒め言葉にモヤモヤしたときには、
「素直に喜べない私はおかしい」
と考えるよりも、何を恐れているのかを見てみます。
このあと何かを頼まれそうなのか。
同じ役割を続けるよう求められそうなのか。
自分の苦労を見ずに、結果だけ評価されたことが寂しいのか。
相手の言葉が、自分の自己評価とかけ離れているのか。
褒められたあと、調子に乗ったと思われるのが怖いのか。
理由が違えば、必要な対応も変わります。
相手に対して境界線を示した方がよいこともあります。
自分の基準が厳しすぎないかを見直す必要があることもあります。
本当は褒め言葉より、頑張りや気持ちをわかってほしかったと気づくこともあるでしょう。
褒め言葉を受け取れない背景には、これまで期待に応え続けてきたことや、褒められるたびに役割を増やされてきた経験が隠れていることがあります。
カウンセリングでは、誰からどのように褒められたときに警戒が出るのか、その言葉が過去のどのような経験と結びついているのかを整理していきます。
相手の好意まで疑わずに受け取りながら、引き受けたくない期待には応えない。
その二つを分けられるようになると、褒め言葉に振り回されにくくなっていきます。




