~好意が負担になるとき、二人の間で起きていること~
いつも気にかけてくれる友人がいる。
困ったときには助けてくれるし、何かと声をかけてくれる。とても親切な人です。
それなのに、その友人から連絡が来ると、なぜか気が重くなる。
嫌いなわけではない。むしろ、ありがたいと思っている。
でも、食事に誘われると断りづらいし、何かをしてもらうたびに申し訳ない気持ちになる。
そのうち、連絡が来てもすぐに返事をしなくなり、できれば少し距離を置きたいとさえ思うようになる。
親切にしてくれている相手なのに、どうしてこんな気持ちになるのでしょうか。
人間関係の中では、相手の行動そのものよりも、その行動を自分がどう受け取るかによって、さまざまな感情が生まれます。
そして、その感情が、二人の関係を思いがけない方向へ変えていくこともあるのです。
親切にされたら、何か返さなければいけない?
誰かに親切にしてもらったら、お礼を言ったり、何かお返しをしたりすることがあります。
それ自体は、ごく自然なことですよね。
でも、親切にされるたびに「何か返さなければ」と感じているとしたら、どうでしょう。
例えば、友人が食事をごちそうしてくれたとします。
「ありがとう。うれしいな」と思えるなら、その時間を楽しめるでしょう。
ところが、「ごちそうしてもらって申し訳ない。今度は私が何かしてあげなければ」と思うと、食事が終わったあとも、何か返さなければならないという気持ちが続きます。
もちろん、お返しをすることが悪いわけではありません。
ただ、「何かしてあげたい」と思うことと、「何かしなければならない」と感じることには違いがあります。
前者は自分の気持ちから生まれるものですが、後者には、そうしなかった場合に何か困ったことが起きるのではないかという不安が含まれていることがあるのです。
では、その不安はどこから生まれるのでしょうか。
自分をどう思っているかが、親切の受け取り方を変える
ここで関係してくるのが、自分自身をどう感じているかということです。
例えば、自分には人から大切にしてもらうだけの価値があると思えている人なら、誰かの親切を比較的素直に受け取れるかもしれません。
ところが、自分にはそれほどの価値がないと感じている人の場合は、少し事情が違ってきます。
「私なんかに、こんなによくしてくれるなんて」
「何もしていないのに、こんなに親切にしてもらっていいのだろうか」
そんな思いが生まれることがあるのです。
親切にしてくれた相手と、親切にされている自分。
その二人が対等だと思えないのかもしれません。
自分には、好意を受け取るだけの価値がないと感じているとしたら、何かを返すことで、ようやく相手と釣り合うような気持ちになることもあるでしょう。
つまり、相手からお返しを求められたわけではないのに、自分の中では、親切にされることと、何かを返すことが結びついているわけです。
こうした感じ方には、過去の経験が影響している場合もあります。
何かをしてもらうたびにお礼を求められたり、相手の期待に応えないと責められたりした経験があれば、親切にされることに不安を感じるようになるかもしれません。
また、そのような経験がはっきり思い当たらなくても、自分の価値を低く感じていることで、好意を受け取るのが難しくなっている場合もあります。
もちろん、誰もが同じ理由で申し訳なくなるわけではありません。
大切なのは、親切にされたとき、自分の中で何が起きているのかということです。
二人とも悪気がないのに、関係が苦しくなる
最初の友人の話に戻って考えてみてください。
友人は、ただ親切にしているだけかもしれません。
困っていれば助けたいと思うし、一緒に食事をするのも楽しい。だから誘ってくれるのでしょう。
ところが、親切にされる側は、相手に申し訳ないと感じています。
そのため、本当は気が進まない誘いでも断れなくなったり、自分の予定を変更して相手に合わせたりするようになります。
そして、そんなことが何度も続くと、友人と会うこと自体が負担になってきます。
ここで、少し不思議なことが起きます。
最初はうれしかったはずの親切が、いつの間にか、相手を避けたくなる理由になっているのです。
では、友人の側では何が起きているでしょうか。
最近、連絡しても返事が遅い。以前ほど誘いに応じてくれなくなった。
「何かあったのかな」「元気がないのかな」と心配になり、以前より頻繁に連絡するかもしれません。
ところが、その連絡を受けた側は、ますます気が重くなります。
「こんなに心配してくれているのに、返事もしないなんて申し訳ない」
そう感じながらも、連絡を返すことが負担になっているので、さらに距離を置こうとします。
友人は、距離を置かれる理由がわからず、不安になる。
その不安から、さらに相手を気にかける。
すると、ますます負担を感じる。
こうして、二人とも相手を傷つけようとしているわけではないのに、関係が苦しくなっていくことがあるのです。
問題は、いったいどこにあるのでしょうか
ここで、「親切にされる側が、もっと素直に受け取ればいい」と考えることもできるでしょう。
確かに、自分自身への評価が変われば、親切を受け取るときの気持ちも変わるかもしれません。
では、親切にしている友人の側には、何も関係がないのでしょうか。
例えば、友人が相手の様子をよく見て、断りやすい誘い方をしたり、少し距離を置きたいという気持ちを尊重したりすれば、二人の関係はまた違ったものになるかもしれません。
反対に、友人自身が「親切にしているのだから、もっと感謝してほしい」と感じている場合もあるでしょう。
そうなると、申し訳ないと感じている人の負担は、ますます大きくなるかもしれません。
つまり、どちらか一方の心理だけを見ていても、二人の関係で起きていることのすべてがわかるわけではないのです。
自分が相手をどう感じているのか。
相手は自分をどう感じているのか。
そして、その気持ちによって、お互いにどんな行動を取っているのか。
それらが影響し合いながら、二人の関係はつくられていきます。
だからこそ、人間関係の問題を考えるときには、自分の気持ちだけでも、相手の行動だけでもなく、二人の間で何が起きているのかを見ていくことが大切なのだと思います。
人が変わると、同じ親切でも感じ方が違うのはなぜ?
ここまで、親切にされることが負担になる心理について考えてきました。でも、ここで、もう一つ不思議なことがあります。
同じように親切にされても、ある人からの親切は素直に受け取れるのに、別の人からの親切は申し訳なく感じてしまう。
そんなことはないでしょうか。
もし、親切を受け取れない理由が自分自身への評価だけにあるのなら、相手が変わっても、感じ方はそれほど変わらないように思えます。
ところが、実際には、相手によって感じ方が違うことがあります。
それは、なぜなのでしょう。
もしかすると、私たちは、相手そのものだけでなく、その人との関係の中で、さまざまな感情を感じているのかもしれません。
そして、その感情が、相手の言葉や行動の意味まで変えていることがあるのです。
人と人との「あいだ」には、目には見えないけれど、お互いの感じ方や行動に影響を与えているものがある。
そこに目を向けてみると、これまでとは違った人間関係の見え方が生まれるかもしれません。
AWAI ― あわい ― 2027年1月から始まります
人と人、自分と誰か、自分と過去や居場所。
私たちは、さまざまなものとの関係の中で、自分自身を感じています。
2027年1月から始まる「AWAI ― あわい ―」は、そうした関係の中で自分に何が起きているのかを、レクチャーと体験を通して見つめていく心理ワークショップです。
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