頼りたいわけじゃない。でも、もう一人で抱えたくない

自分で解決する力はあるものの、すべてを一人で抱え続けることに疲れた オススメ記事

仕事で問題が起きれば、どう対処するかを考える。

親のことが気になれば、必要なことを調べる。

これからの生活に不安があれば、収入や住まい、働き方について現実的な方法を探す。

何かあっても、自分で考えることはできる。

これまでも、そうやって多くのことを乗り越えてきた。

だから、誰かに自分の人生を何とかしてほしいわけではありません。

代わりに決めてほしいわけでもない。

自分の生活を誰かに預けたいわけでもない。

それでも最近、

「もう、何もかも一人で考えるのは疲れた」

と思うことが増えてきた。

頼りたいわけではない。

ただ、もう一人で抱え続けたくない。

そんな気持ちが出てくることがあります。

自分でできないわけではない

一人で抱え込んでいる人が、何もできずに困っているとは限りません。

むしろ、考える力も判断する力もあります。

問題が起きれば、必要なことを調べる。

選択肢を並べ、メリットとデメリットを考える。

感情だけで決めないように、現実的な条件も確認する。

そして最後は、自分で答えを出します。

周囲から見れば、しっかり対応できている人です。

本人も、

「これくらいなら、自分で何とかできる」

と思っています。

実際、何とかできるのです。

ただ、できることと、負担がないことは同じではありません。

一つの問題が終われば、また次のことを考える。

仕事、家族、将来、人間関係。

それぞれについて考え、判断し、結果を引き受ける。

自分でできてしまうからこそ、疲れていることを周囲にも自分にも見過ごされやすくなります。

「人に頼ればいい」と言われると、少し違う

一人で抱えていることを話すと、

「もっと人に頼ったらいいのに」

と言われることがあります。

けれども、その言葉を聞いても、あまりしっくりこないことがあります。

誰かにすべてを任せたいわけではないからです。

仕事を辞めるかどうかは、自分で決めたい。

親とどのように関わるかも、自分で考えたい。

これからどこで、どのように暮らすかも、自分で選びたい。

相手の意見どおりに動きたいわけでもありません。

ただ、自分一人の頭の中だけで、何日も同じことを考え続けるのがつらい。

考えている途中で、

「今、こんなことで迷っている」

と話せる人がほしい。

結論を出してもらうより、自分が何を考えているのかを一緒に見てくれる人がほしい。

求めているのは、依存できる相手より、自分の判断を尊重しながら関わってくれる相手なのかもしれません。

欲しいのは、答えより一緒に考えてくれる人

相談すると、すぐに答えを出してくれる人がいます。

「それなら、こうしたほうがいいよ」

「もう辞めたら?」

「気にしすぎじゃない?」

「考えていても仕方がないよ」

相手は助けようとしているのでしょう。

それでも、言われた側は、

「そういうことではないんだけどな」

と感じることがあります。

自分でも、選択肢はわかっています。

辞めるか、続けるか。

話すか、距離を取るか。

引き受けるか、断るか。

知りたいのは、一般的な正解ではありません。

自分がなぜ決められないのか。

どこで引っかかっているのか。

何を失うことが怖いのか。

その部分を一緒に見てほしいのです。

「どちらを選びたいの?」

と急かされるより、

「今、何がいちばん気になっている?」

と聞いてもらいたい。

「こうすればいい」

と答えを渡されるより、

「そこまで一人で考えていたんだね」

と、まずわかってもらいたい。

解決してもらいたいわけではなくても、自分が抱えているものを誰かと共有したいことはあります。

人に話す頃には、すべて整理し終えている

自分で何とかしてきた人は、考えている途中を人に見せることが苦手な場合があります。

何が起きたのか。

自分はどう感じたのか。

どこで困っているのか。

これからどうするつもりなのか。

そこまで自分の中で整理してから、ようやく人に話します。

「こういうことがあって、いろいろ考えたんだけど、今回はこうすることにした」

話の中には、すでに結論があります。

聞いた相手も、

「そうなんだ。決まってよかったね」

と返すでしょう。

けれども、本人が本当に誰かにいてほしかったのは、結論が出たあとではなかったのかもしれません。

どうしたらよいかわからず、何度も同じことを考えていた時間。

腹が立ったり、悲しくなったり、それでも相手をかばいたくなったりしていた時間。

答えがまとまらず、自分でも自分の気持ちがわからなかった時間。

その途中に、誰かにいてほしかった。

ところが、その状態を見せることができないため、人に話す頃には相談ではなく報告になっています。

周囲には、

「この人はいつも自分で決められる」

と見えます。

本人の中には、

「結局、私は何でも一人で考えている」

という寂しさが残ります。

一人で決めることと、一人で抱えることは違う

自分の人生について、自分で決めることは大切です。

誰かに相談しても、最後に選ぶのは自分です。

ただ、自分で決めることと、決めるまでの負担をすべて一人で持つことは同じではありません。

たとえば、仕事を辞めるか迷っているとします。

退職するかどうかを決めるのは本人です。

けれども、

「最近、職場へ行くだけで疲れる」

「辞めたいけれど、収入がなくなるのも怖い」

「もう頑張りたくない気持ちと、途中で投げ出したくない気持ちが両方ある」

と誰かに話すことはできます。

話した相手に、答えを出してもらう必要はありません。

話しているうちに、自分が何を大切にしたいのかが見えてくることもあります。

自分の気持ちを誰かに話したからといって、自分で考える力がなくなるわけではありません。

人と負担を分けることは、自分の判断を渡すこととは違うのです。

途中の自分を人に見せられない

答えが出た自分なら、人に見せられる。

冷静に話せる自分なら見せられる。

問題を乗り越えたあとの自分なら見せられる。

けれども、

「まだわからない」

「気持ちがまとまらない」

「自分でも何をしたいのかわからない」

という状態は見せにくい。

そういう人もいます。

考えがまとまっていない自分を見せたら、頼りない人だと思われるかもしれない。

感情のままに話したら、面倒な人だと思われるかもしれない。

同じ話を何度もしたら、相手をうんざりさせるかもしれない。

そんなことを考えているうちに、

「もう少し自分で整理してから話そう」

となります。

そして一人で考え続けます。

考えがまとまった頃には、いちばん苦しかった時間は過ぎています。

人に見せられるのは、いつも立て直したあとの自分だけになります。

相談すると、自分の問題を奪われるように感じる

過去に誰かへ相談したことで、かえって苦しくなった人もいるでしょう。

悩みを話したら、

「あなたにも悪いところがある」

と言われた。

迷っていると話したら、勝手に話を進められた。

助けてほしいと言ったら、相手のやり方に従うよう求められた。

話を聞いてほしかっただけなのに、説教が始まった。

そのような経験があれば、人に話すことは、自分の問題へ相手を招き入れることになります。

相手に話した途端、

「だったら、こうしなさい」

と主導権を取られる。

あとから、

「あのとき助けてあげた」

と言われる。

こちらが違う選択をすると、

「せっかく相談に乗ったのに」

と不満をぶつけられる。

それなら最初から自分で考えたほうがよい。

そう思うようになるのも自然なことです。

誰にも話さないことで、自分の考えや自由を守ってきた面もあります。

ずっと「考える役」を担ってきた

家族の中で、いつも周囲のことを考える役だった人もいます。

親が疲れていれば、自分の話を控える。

家族の誰かが困っていれば、どうすればよいかを考える。

問題が起きれば、感情を出すより先に対処する。

誰かが混乱しているときには、自分まで混乱しないようにする。

そのような生活の中では、自分のことを誰かと一緒に考える経験を持ちにくくなります。

自分が考える側。

相手は相談してくる側。

自分が話を聞く側。

相手は気持ちを話す側。

その役割が長く続くと、自分の問題まで自分だけで処理することが当たり前になります。

周囲からも、

「あなたならわかってくれる」

「あなたは冷静だから」

「あなたなら一人で何とかできるでしょう」

と言われます。

頼られることは、信頼されているようでうれしい。

けれども、頼られるたびに、自分は誰にも頼らない人になっていきます。

本当は、誰かに一緒にいてほしかった

一人で抱え込む人の中には、

「助けてもらえなくても構わない」

と思っている人もいます。

ただ、その奥を見ていくと、

本当は、話を聞いてほしかった。

一緒に迷ってほしかった。

自分が答えを出すまで、急かさずにいてほしかった。

何も解決できなくても、気にかけてほしかった。

そんな気持ちが残っていることがあります。

また、

「どうして私ばかりが考えなければならなかったのか」

という怒りがある場合もあります。

誰かが混乱すれば、自分が落ち着く。

誰かが投げ出せば、自分が続きを引き受ける。

自分が困ったときにも、結局は自分で解決する。

そんなことを長く続けていれば、疲れるのは当然です。

それでも怒りを表に出さず、

「私は一人でやるほうが楽だから」

と考えてきたのかもしれません。

本当に一人がよかったのか。

一人でやるしかなかったため、それを自分の好みだと思うようになったのか。

そこは分けて見ていく必要があります。

抱え込むほど、周囲には平気な人に見える

一人で抱えている人ほど、周囲には困っていないように見えます。

頼まれた仕事を終わらせる。

連絡にもいつもどおり返す。

人から相談されれば、きちんと話を聞く。

会えば笑って話す。

そのため、周囲は負担の大きさに気づきません。

「忙しそうだけど、この人なら何とかするだろう」

「困ったら自分から言うだろう」

と思われます。

本人は、

「誰も気にかけてくれない」

と感じる。

周囲は、

「何も言わないから、問題ないと思っていた」

と感じる。

どちらにも悪意はなくても、本人が抱えているものが見えないまま関係が続きます。

そして、

「どうせ話しても仕方がない」

「やはり自分でやるしかない」

という思いが強くなります。

何を分け、何を自分で持つのか

一人で抱えないために、何もかも人へ渡す必要はありません。

自分で持ちたいものまで、無理に手放す必要もありません。

自分で決めたいことは、自分で決める。

自分で担当したいことは、自分で行う。

そのうえで、どの部分なら誰かと分けられるかを考えます。

たとえば、

結論を出すのは自分だけれど、迷っていることを話す。

問題を解決するのは自分だけれど、つらかった気持ちは聞いてもらう。

親への対応は自分で決めるけれど、そのことで感じている負担をパートナーと共有する。

仕事の責任は自分が持つけれど、すべての作業を自分だけで引き受けない。

こうした分け方もあります。

「どうすればいいと思う?」

と答えを求める代わりに、

「今は答えを決めたいわけではなくて、少し話を聞いてほしい」

と伝えることもできます。

「解決してほしいわけではないけれど、今こういうことで疲れている」

と話してもよいのです。

求めている関わり方が伝わると、相手も何をすればよいのかがわかりやすくなります。

誰となら一緒に分かち合えるのか

一人で抱えないためには、相手を選ぶことも必要です。

誰にでも悩みを話せばよいわけではありません。

すぐに正解を教えようとする人。

本人の話より、自分の経験を長く話す人。

一度相談されると、相手の人生を管理しようとする人。

話した内容をほかの人へ伝える人。

そういう相手には、考えている途中を見せにくくて当然です。

一緒に分かち合える相手は、本人の決める力を取り上げません。

「私はこう思うけれど、決めるのはあなたでいい」

と言える。

すぐに結論を出そうとせず、迷っている時間にも付き合える。

話す日によって気持ちが変わっても、それを責めない。

何をしてほしいのか本人にもわからないとき、わからないまま話を聞ける。

そのような相手であれば、自分の人生を預けることなく、負担を共有できます。

話したあとに、自分の考えが狭くなったように感じるのか。

それとも、自分の気持ちが見えやすくなったと感じるのか。

相手との関係を考えるときには、そこも一つの目安になります。

もう一人で抱えたくないと思ったとき

長い間、一人で考えることで自分の生活を支えてきた人が、急に何もかも人へ話すのは難しいものです。

話すことに慣れていないだけでなく、誰かに関わってもらった先で、自由を奪われるように感じる場合もあります。

また、何を話せばよいか自分でもわからないことがあります。

事実は説明できる。

これから何をすべきかも考えられる。

けれども、本当は何がつらかったのかと聞かれると、答えが出てこない。

そのようなときは、現在抱えている問題だけでなく、なぜいつも結論まで一人で出そうとするのかを見ていくと、これまで気づかなかった感情が見えてくることがあります。

本当は誰に一緒に考えてほしかったのか。

話しても聞いてもらえなかった悲しさはなかったか。

相談すると自由を奪われると感じるようになった経験はないか。

誰にも気づいてもらえなかったことへの怒りを、ずっと抑えてこなかったか。

カウンセリングでも、すぐに答えを決めたり、人に頼れるようになることを目標にしたりするとは限りません。

まだまとまっていない気持ちを話しながら、どこまでを自分で持ち、何を誰かと分けたいのかを整理していきます。

一人で決められる力を持ったまま、一人だけで抱えない。

その選択肢が見えてくると、人との関係は、答えを報告するだけのものから、考えている途中にも誰かとつながれるものへ変わっていきます。

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自分で決めたい気持ちはあるのに、誰にも考えている途中を見せられず、いつも一人で結論まで出してしまう。何を人と分けることが怖いのか、誰かに関わってもらった先で何が起きると感じているのかを整理したい方は、カウンセリングをご利用いただけます。

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