家事のやり方について話していただけなのに、最後には、
「だから、あなたはいつもそうなのよ」
「そっちだって同じだろう」
と、別の話になってしまう。
仕事の進め方について意見を出しただけなのに、
「こちらのやり方を否定するのか」
「自分の考えが正しいと言いたいだけでしょう」
と、お互いに引けなくなる。
親子で進路について話していたはずが、
「あなたのためを思って言っているの」
「結局、お母さんの思いどおりにしたいだけでしょう」
と、話し合いそのものができなくなる。
最初は、何かを決めたり、困っていることを解決したりするための会話だったはずです。
ところが途中から、
「どちらの考えが正しいのか」
「どちらが間違いを認めるのか」
という争いに変わってしまうことがあります。
このように、相手より優位に立とうとしたり、自分の考えを認めさせようとしたりして、二人が引っ張り合う状態を「パワーストラグル」と呼ぶことがあります。
日本語にすると、主導権争いや力比べです。
ただし、本人たちは「相手に勝ちたい」と思っているとは限りません。
自分の話をわかってほしい。
これ以上、軽く扱われたくない。
間違っていると思われたくない。
そんな気持ちから説明を重ねるうちに、相手を納得させなければ終われない状態になるのです。
話し合いが、勝ち負けの争いに変わるとき
パワーストラグルは、最初から大きな問題で始まるとは限りません。
たとえば、夫婦の間で、
「使ったものは元の場所に戻してほしい」
と伝えたとします。
本来なら、
「どこまでならできそうか」
「置き場所を変えたほうがよいか」
「忘れたときはどうするか」
を話せばよい問題です。
ところが相手が、
「そんな細かいことまで言われたくない」
と返すと、伝えた側は、
「私は細かいことを言っているのではない。毎回片づける側の負担をわかってほしい」
と思います。
そこで強く説明すると、相手は、
「こちらをだらしない人間だと言いたいのか」
と受け取り、さらに反発します。
こうなると、話題は「使ったものをどうするか」ではなくなります。
私は間違っていない。
あなたの受け取り方がおかしい。
いや、そちらの言い方が悪い。
どちらが悪かったのか。
過去にも同じことがあった。
このように、話し合うべき問題から離れ、立場を守る争いへ変わっていきます。
相手に否定されたと感じると、引けなくなる
意見が違うだけなら、相談できることもあります。
しかし、相手の言葉を、
「自分を否定された」
「能力がないと言われた」
「大切にされていない」
と受け取ると、簡単には引けなくなります。
たとえば、職場で、
「この方法では時間がかかるので、別の進め方を検討しませんか」
と言われたとします。
仕事の方法についての提案であっても、
「今までの私の仕事は無駄だったと言いたいのか」
「私には判断力がないと思っているのか」
と感じることがあります。
すると、提案の中身を検討するより先に、
「この方法には、これだけの理由があります」
と自分を守る説明が始まります。
相手も、
「だから、その方法には問題があると言っているんです」
と説明を強めます。
お互いに、相手の話を聞くためではなく、自分が間違っていないことを示すために話すようになります。
言葉の量は増えているのに、理解はほとんど進みません。
謝ったら負けたように感じる
パワーストラグルが起きているときは、謝ることも難しくなります。
少し言い方が強かった。
相手の説明を最後まで聞かなかった。
自分にも確認不足があった。
そのことに気づいていても、
「ここで謝ったら、全部こちらが悪かったことにされる」
と感じます。
相手も同じように、
「先に謝ったら、相手の言い分を認めることになる」
と思っています。
そのため、どちらも少しのことでも認められません。
「確認しなかった点は悪かった」
と認めても、
「だからといって、すべて相手の判断が正しかった」
という意味にはなりません。
しかし、勝ち負けの状態では、一部を認めることが全面降伏のように感じられます。
その結果、二人とも自分の立場を守り続け、話が終わらなくなります。
過去の不満まで持ち出したくなる
現在の問題だけでは、自分のつらさが伝わらないと感じると、過去の出来事を持ち出したくなります。
「今日だけの話じゃない」
「前にも同じことがあった」
「私はずっと我慢してきた」
たしかに、今回だけの問題ではない場合もあります。
何度伝えても変わらなかった。
同じ負担を長く引き受けてきた。
何度も約束を破られた。
そうであれば、過去を含めて話す必要はあります。
ただ、怒りの勢いで、
「結婚したときから、あなたは何もわかっていなかった」
「昔からいつも自分勝手だった」
と、相手全体を否定する話になると、相手は現在の問題に向き合うより、自分を守ることに集中します。
相手も、
「そっちだって、あのときはこうだった」
と過去を出してきます。
二人とも資料を持ち寄り、相手の悪さを証明する裁判のようになります。
これでは、今日何を決めるのかがわからなくなってしまいます。
本当は、何をわかってほしいのか
正しさを争っているように見えても、本当に求めているものは別にあることがあります。
家事について怒っている人が、本当に伝えたいのは、
「片づけ方が間違っている」
ではなく、
「私だけが気づき、私だけが後始末する状態を当然にしないでほしい」
なのかもしれません。
仕事の進め方について譲れない人は、
「自分の案を採用してほしい」
だけではなく、
「これまで考えてきたことを、簡単に無視しないでほしい」
と思っているのかもしれません。
親が子どもの進路に反対するときも、
「親の言うとおりにしてほしい」
だけではなく、
「あとで困る姿を見るのが怖い」
という気持ちがある場合があります。
子どもの側は、
「親の意見を全部否定したい」
のではなく、
「自分の人生を、自分で選ぶ人として扱ってほしい」
と思っているのかもしれません。
ところが、その気持ちを言わずに、
「普通はこうする」
「それは間違っている」
「あなたは何もわかっていない」
と正しさの言葉で伝えるため、相手には要求や攻撃として届きます。
自分の意見を持つことと、相手を負かすことは違う
パワーストラグルをやめるというと、
「自分が黙って譲ればいいのか」
と思う人がいます。
しかし、話し合いを終わらせるために、いつも自分が我慢する必要はありません。
相手が約束を守らない。
仕事を一方的に押しつける。
家族だからという理由で、自分だけに負担を背負わせる。
そのような状況で、
「関係のために私が折れよう」
と考え続ければ、問題は残ります。
必要なのは、自分の希望や問題点を引っ込めることではありません。
相手に、
「私が正しいと認めなさい」
と迫ることと、
「私はこの状態では困る。今後はこうしてほしい」
と伝えることを分けることです。
相手が自分の考えを理解しないままでも、具体的な約束を決めることはできます。
完全に気持ちが一致しなくても、生活上の役割を分担することはできます。
話し合いの目的を、同意を取ることから、必要なことを決めることへ変えます。
「どちらが正しいか」ではなく「何を決めるのか」に意識を向ける
話が勝ち負けになってきたときは、二人で何を決める必要があるのかを確認します。
たとえば、家事の話であれば、
「どちらのやり方が正しいか」
ではなく、
「毎日どこまで終わっていれば、二人とも生活しやすいか」
を決めます。
仕事であれば、
「誰の案が優れているか」
ではなく、
「期限、予算、作業量を考えると、どの方法が使えるか」
を確認します。
親子の進路であれば、
「親の経験と子どもの希望のどちらが正しいか」
ではなく、
「本人が選ぶために、どんな情報や準備が必要か」
を話します。
問題を具体的にすると、相手の人格を評価する必要が減ります。
「あなたは無責任だ」
ではなく、
「提出日の前日に渡されると確認できないので、二日前までに共有してほしい」
と伝えられます。
「あなたは私のことを何も考えていない」
ではなく、
「予定を決める前に、一度こちらの都合も聞いてほしい」
と伝えられます。
浮気の責任と、夫婦関係の問題を混ぜない
浮気が発覚した夫婦では、強いパワーストラグルが起きることがあります。
浮気をされた側は、
「裏切ったことをきちんと認めてほしい」
と思います。
浮気をした側は、責められ続ける中で、
「夫婦関係が悪かったことにも原因がある」
と言いたくなることがあります。
ここで分けなければならないのは、
浮気を選んだ責任と、以前からあった夫婦関係の問題です。
浮気をした責任は、浮気を選んだ側にあります。
夫婦関係に寂しさや不満があったとしても、それによって浮気の責任が半分ずつになるわけではありません。
一方で、二人が関係を続けると決めたなら、
- 何が起きていたのか
- どこまで説明してもらう必要があるのか
- 浮気相手との関係をどう終わらせるのか
- 再発を防ぐために何を変えるのか
- 以前からあった夫婦間の問題をどう扱うのか
を順番に話す必要があります。
これらを一度に話すと、
「浮気をしたほうが悪い」
「いや、夫婦関係を悪くしたそちらにも責任がある」
という争いになり、何も決まりません。
責任を曖昧にせず、その後の関係についても別に扱うことが必要です。
相手が話し合いに応じない場合もある
パワーストラグルは、双方が引っ張り合うことで続きます。
しかし、一方が話し方を変えれば、必ず相手も応じるとは限りません。
相手が、
「俺の言うとおりにすればいい」
「お前の意見を聞く必要はない」
「話し合うつもりはない」
という態度を取り続けることもあります。
その場合は、
「どう伝えれば相手が理解してくれるか」
だけを考え続けても、状況は変わりにくいでしょう。
自分が何を求めるのか。
それが受け入れられなければ、どうするのか。
どこまでは交渉し、どこからは自分の対応を決めるのか。
こちらを考える必要があります。
話し合いとは、相手を説得し続けることではありません。
二人の合意を探すことです。
合意できない場合には、別の方法を選ぶことも含まれます。
綱を手放すとは、相手に従うことではない
パワーストラグルは、綱引きにたとえられることがあります。
自分が強く引くほど、相手も強く引き返す。
相手が力を入れるほど、こちらも負けないように力を込める。
二人とも疲れているのに、どちらも手を離せません。
ここでいう「綱を手放す」とは、相手の言うとおりにすることではありません。
「私が正しいと認めさせるまで話す」
ことをやめるという意味です。
相手が自分をどう評価するかではなく、
「私は何に困っているのか」
「何を変えてほしいのか」
「変わらなければ、私はどう対応するのか」
へ戻ります。
たとえば、
「あなたは家族を大切にしていない」
と認めさせる代わりに、
「連絡なしで帰宅が遅くなると予定が立たない。遅くなる日は夕方までに連絡してほしい」
と伝える。
そして、連絡がない場合には、夕食を待たず自分の予定を進める。
これは相手に負けたわけではありません。
自分が困らないための対応を、自分で決めています。
話し合いを中断したほうがよいとき
お互いに興奮しているときは、話を続けても同じ言葉を繰り返しやすくなります。
声が大きくなる。
相手の言葉を途中で遮る。
過去の出来事が次々に出てくる。
「いつも」「絶対」「一度も」という言葉が増える。
このような状態になったら、その場で結論を出そうとしないほうがよい場合があります。
ただし、何も言わずに立ち去ると、相手には話を拒否されたように伝わります。
「今はお互いに話が強くなっているので、今日はここで止めたい」
「明日の夜、もう一度この件だけを話したい」
と、再開する時期を伝えます。
中断することと、問題を放置することは違います。
勝ち負けの勢いを下げてから、必要な話へ戻るための中断です。
パワーストラグルから抜け出すために確認したいこと
話し合いが進まなくなったときは、次のことを分けて考えてみます。
今、二人は何を決める必要があるのか。
私は相手に何をわかってほしいのか。
理解してもらうことと、具体的な変更を求めることが混ざっていないか。
相手に間違いを認めさせることが目的になっていないか。
自分の言い方や確認不足について、認められる部分はないか。
相手が応じない場合、自分はどう対応するのか。
すべてを一度の会話で解決しようとすると、話が広がります。
事実を確認する話。
気持ちを伝える話。
今後の約束を決める話。
必要であれば、これらを分けて話すこともできます。
勝たなければ、自分の気持ちが無視されるように感じることもある
相手に認めてもらうまで引けない人は、単に負けず嫌いなのではないことがあります。
子どもの頃から、話を聞いてもらえなかった。
家族の中で、力の強い人の意見がいつも通っていた。
意見を言うと、わがままだと責められた。
説明しても、最初から否定された。
そのような経験があると、今の話し合いでも、
「ここで引いたら、また自分の気持ちはなかったことにされる」
と感じることがあります。
現在の相手と話しているのに、過去に言えなかった分まで取り戻そうとしている場合もあります。
そのため、相手が少し反対しただけでも、絶対に引けなくなります。
カウンセリングでは、どちらが正しいかを決めるのではなく、なぜこの話になると自分の立場を守らなければならなくなるのかを整理します。
自分が本当に伝えたいことは何か。
相手に認めさせたいことと、生活上変えてほしいことは何か。
話し合いで決められることと、自分で対応を決めることは何か。
それらを分けていくと、相手に勝つまで終われない会話から、必要なことを伝え、決める会話へ変えやすくなります。
意見が違うことと、相手を否定することは同じではありません。
どちらか一人が負けなければ、話し合いが終わらないわけでもありません。
二人の考えが完全に一致しなくても、互いの立場を知り、今後どうするかを決めることはできます。




