仕事もできる。
周囲から頼られている。
困っている人がいれば、すぐに動ける。
何か問題が起きても、自分で考えて対処してきた。
それなのに、ふとした瞬間に、
「私がいなくても、誰も困らないのではないか」
「できなくなったら、必要とされなくなるのではないか」
「何の役にも立っていない私は、ここにいていいのだろうか」
と感じることがあります。
無価値感というと、
「私には何の取り柄もない」
「私は誰よりも劣っている」
と、自分を否定している人を思い浮かべるかもしれません。
けれども、無価値感は、いつもわかりやすい自己否定として出るわけではありません。
よく働く。
人に尽くす。
頼まれたことを断らない。
期待以上の成果を出そうとする。
誰かの問題を、自分のことのように引き受ける。
そのように、周囲からは自信があり、しっかりした人に見える形で表れることもあります。
頑張れている間は、自分の価値を感じられる。
人の役に立っている間は、自分の居場所がある。
けれども、何もできない日や、誰にも必要とされていない時間になると、自分の価値までなくなったように感じる。
それも、無価値感の表れ方の一つです。
- 無価値感とは、自分に価値がないように感じること
- 「できない私には価値がない」と感じる
- 役に立つことで、自分の居場所を作ってきた
- 頑張っている人ほど、無価値感に気づきにくい
- 恋愛では、尽くすことで選ばれようとする
- 嫌なことを断ると、捨てられそうに感じる
- 愛されると、何か返さなければ落ち着かない
- 問題を抱えた相手を選びやすくなることもある
- 仕事では、成果を出しても次の証明が必要になる
- 評価が下がると、自分全体を否定されたように感じる
- 無価値感は、家族の中で身につけた役割と関係する
- 失敗や別れを、自分の価値の証明にしてしまう
- 褒められても受け取れないのはなぜか
- 能力があることと、雑に扱われてよいことは別
- 役に立たない自分を見せられる関係があるか
- 「今回は何をしたいか」で決める
- 頼られない時間に出てくる気持ちを見る
- 無価値感をなくすことより、価値を証明する行動に気づく
- 無価値感の奥にある「居場所」の問題
- 頑張ることをやめるのではなく、目的を変える
- 何もしない自分に価値を感じられなくても
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無価値感とは、自分に価値がないように感じること
無価値感とは、自分には価値がない、意味がない、必要とされる理由がないと感じることです。
これは、価値の有無を示す客観的な事実ではありません。
けれども、本人にとっては、とても現実的な感覚です。
「考えすぎだよ」
「あなたには良いところがたくさんあるよ」
と言われても、簡単には変わりません。
頭では、
「そこまで自分を悪く考えなくてもいい」
とわかっていることもあります。
仕事で評価された経験もある。
人から感謝されたこともある。
自分なりに頑張ってきたこともわかっている。
それでも、
「今はできているから評価されているだけ」
「役に立たなくなったら、離れていくはず」
「期待に応えられなくなったら、がっかりされる」
という感覚が残ります。
無価値感がある人は、いつも自分を嫌っているとは限りません。
条件を満たしている間だけ、自分を認められるのです。
「できない私には価値がない」と感じる
仕事で成果を出した。
難しいことをやり遂げた。
周囲から褒められた。
そのときは、自信を感じられるかもしれません。
けれども、その感覚が長く続きません。
一つの仕事が終わると、すぐに次の課題を探します。
今回うまくいっても、
「次も同じようにできるとは限らない」
と思います。
褒められても、
「たまたまです」
「周りに助けてもらっただけです」
と受け取らずに終わらせます。
成果を出すことで一時的に自分の価値を確認しても、また証明し直さなければならなくなるのです。
この状態では、仕事を頑張ること自体が問題なのではありません。
頑張ることが、自分の能力を使うためではなく、
自分にはここにいる価値があると証明するため
になっています。
そのため、失敗したときの苦しさも強くなります。
一つの仕事がうまくいかなかっただけなのに、
「私は何をやってもダメだ」
と感じる。
注意を受けただけなのに、
「もう期待されていない」
と思う。
担当を外れただけなのに、
「自分は必要のない人間になった」
と受け取る。
出来事への評価と、自分全体の価値が結びついているのです。
役に立つことで、自分の居場所を作ってきた
無価値感を抱えている人の中には、役に立つことで人との関係を作ってきた人がいます。
家族が困っていれば助ける。
職場で誰かが忙しそうなら、自分の仕事でなくても引き受ける。
友人から相談されれば、疲れていても話を聞く。
恋人に問題があれば、自分が何とかしようとする。
役に立てば、感謝されます。
頼られます。
必要とされます。
そこに、自分の居場所を感じることができます。
けれども、
「今日は余裕がない」
「今回はできない」
「私も助けてほしい」
と言うことは難しくなります。
役に立てない自分を見せたら、関係が終わるように感じるからです。
周囲からは、
「面倒見がよい人」
「責任感が強い人」
「何でもできる人」
と見られます。
本人も、その評価を自分らしさとして受け入れます。
ところが、頼られなくなったり、自分の代わりに誰かが役割を担ったりすると、寂しさや不安が出ます。
仕事が減って楽になったはずなのに、落ち着かない。
家族が自分でできるようになったのに、置いていかれたように感じる。
相談されなくなっただけで、距離を置かれたように思う。
必要とされることと、愛されることが同じになっていると、役割がなくなったときに、自分の価値まで失ったように感じます。
頑張っている人ほど、無価値感に気づきにくい
「私は自分に価値がないと思っています」
とはっきり自覚している人ばかりではありません。
むしろ、
「私はやるべきことをやっているだけ」
「人に迷惑をかけたくないだけ」
「頼まれたら断れない性格だから」
と思っていることがあります。
忙しく動いている間は、無価値感を感じずに済みます。
次にやることがある。
誰かに頼られている。
仕事の結果が出ている。
その間は、自分の価値について考えなくて済むからです。
ところが、体調を崩して働けなくなったり、仕事を辞めたり、子育てが一段落したりすると、
「私はこれから何をすればいいのだろう」
「何もしていない自分には意味がない」
という感覚が出ることがあります。
これまで仕事や役割によって見えにくくなっていた無価値感が、表に出てくるのです。
その苦しさから、また予定を増やします。
新しい資格を取る。
誰かの世話を始める。
求められていない仕事まで引き受ける。
休むことが必要な時期にも、何かの役に立とうとします。
立ち止まると、自分の価値がなくなったように感じるためです。
恋愛では、尽くすことで選ばれようとする
無価値感は、恋愛にも影響します。
「何もしなくても愛される」
という感覚が持ちにくいと、
「相手に何かを与えなければ、選んでもらえない」
と感じます。
相手の予定に合わせる。
相手が困っていれば助ける。
不満があっても言わない。
忙しい相手に負担をかけないよう、自分の寂しさを飲み込む。
相手の家事や仕事まで手伝う。
本当は嫌なことでも、
「これくらい受け入れなければ」
と思う。
尽くしている間は、相手に必要とされているように感じられます。
しかし、自分ができることを差し出し続けても、必ず大切に扱われるとは限りません。
むしろ、相手がその状態に慣れ、
「この人は何をしても離れない」
と思うこともあります。
それでも、
「もっと理解すれば」
「もっと支えれば」
「私が変われば」
と努力を増やしてしまう。
相手から愛情を受け取ることより、相手にとって役に立つ存在になることを優先しているのです。
嫌なことを断ると、捨てられそうに感じる
無価値感があると、自分の希望や限界を伝えることも難しくなります。
「今日は会えない」
「その言い方は嫌です」
「私はそうしたくありません」
「今は手伝えません」
と伝えたとき、相手に嫌われる気がします。
自分に価値があると感じられないため、
相手の希望に応えない自分を、誰が選ぶのだろう
と思うからです。
そのため、嫌なことを受け入れます。
不満を口にせず、相手の機嫌を優先します。
そして限界になると、
「こんなにしてきたのに、何も返してくれない」
という怒りが出ます。
相手のためにしたことの中には、本当にしてあげたかったこともあるでしょう。
けれども、
「これをしなければ愛されない」
という不安からしていたこともあるかもしれません。
その二つを分けないまま尽くし続けると、自分も相手も、何を望んでいる関係なのかわからなくなります。
愛されると、何か返さなければ落ち着かない
無価値感がある人は、愛情を受け取ることにも戸惑うことがあります。
親切にされる。
贈り物をもらう。
心配してもらう。
困ったときに助けてもらう。
本来ならうれしい場面でも、
「申し訳ない」
「何か返さなければ」
「これほどしてもらう理由がない」
と感じます。
相手が好意でしていることでも、借りを作ったように思うのです。
そして、同じくらいのものを返そうとします。
相手が望んでいなくても、何かをして埋め合わせようとします。
受け取ったままでいることが落ち着かないからです。
愛情を受け取るために、同等の成果や働きを返す必要はありません。
けれども、これまで役に立つことで関係を作ってきた人には、何もしないで受け取ることが難しく感じられます。
「ありがとう」と受け取るだけで終わると、自分ばかり得をしたように思う。
そのため、人に与えることはできても、与えられる側にはなかなか回れません。
問題を抱えた相手を選びやすくなることもある
恋愛で、いつも問題を抱えた相手に惹かれる人もいます。
仕事が不安定な人。
人間関係の問題が多い人。
過去の傷を抱えている人。
誰かの助けが必要な人。
そのような相手であれば、自分の出番があります。
支える。
理解する。
待つ。
問題を解決する。
必要とされる役割を持てます。
反対に、精神的にも生活面でも安定していて、こちらの助けを必要としない相手には、何をすればよいのかわからなくなることがあります。
ただ一緒にいる。
何も解決せずに話す。
相手から大切にされる。
その関係では、自分の価値を働きで証明する場面がありません。
そのため、
「物足りない」
「私がいなくても平気そう」
「この人は本当に私を必要としているのだろうか」
と感じます。
必要とされることと、大切にされることは同じではありません。
けれども、無価値感があると、問題を解決する役割がない関係に、自分の居場所を見つけにくくなることがあります。
仕事では、成果を出しても次の証明が必要になる
仕事で成果を出せる人にも、無価値感があります。
仕事ができることで、自分の価値を保っている場合です。
目標を達成しても、すぐに次の目標へ向かう。
褒められても、自分よりできる人を探す。
一つ失敗すると、これまでの実績まで意味がないように感じる。
休んでいる同僚を見ると、腹が立つ。
自分がこれほど頑張っているのに、同じように評価される人が許せない。
そこには、単なる向上心だけでなく、
「結果を出さなければ、自分は必要とされない」
という不安が関係していることがあります。
そのため、仕事量を減らせません。
人に任せることも難しくなります。
自分がいなくても仕事が回ると、自分の存在意義までなくなるように感じるからです。
「自分でやったほうが早い」
と仕事を引き受けながら、内側では、
「誰も私を助けてくれない」
「どうして私ばかり忙しいのだろう」
という不満がたまります。
頼られることで価値を感じ、頼られすぎることで苦しくなる。
この矛盾が起きます。
評価が下がると、自分全体を否定されたように感じる
仕事の評価は、本来、その時点の成果や役割に対するものです。
けれども無価値感が強いと、
「今回は評価されなかった」
ではなく、
「私は評価される人間ではない」
と受け取ります。
上司から修正を求められた。
企画が通らなかった。
昇進できなかった。
仕事を別の人へ任された。
そうした出来事が、自分全体への否定のように感じられます。
そのため、必要以上に落ち込んだり、反対に相手を強く批判したりすることがあります。
「あの上司は見る目がない」
「あの人は実力もないのに評価されている」
と考えることで、自分の価値が下がった感覚から逃れようとするのです。
実際に不公平な評価が行われている場合もあります。
そのときは、環境の問題として扱う必要があります。
ただ、仕事上の一つの評価が、自分の人生全体の評価にまで広がっていないかは、分けて見たほうがよいでしょう。
無価値感は、家族の中で身につけた役割と関係する
無価値感は、親に褒められなかったから生まれる、と単純に決められるものではありません。
家族の中で、どのような役割を担っていたかも関係します。
親を困らせない子でいた。
弟や妹の面倒を見ていた。
家族の空気を読み、問題を起こさないようにしていた。
成績を上げることで、親を喜ばせようとした。
親の愚痴や悩みを聞く役だった。
自分の希望より、家族の事情を優先した。
このような環境では、
「何もしなくても、自分の居場所がある」
と感じる機会が少なくなります。
役に立つ。
手がかからない。
期待に応える。
家族を支える。
そうしているときに、関係が保たれていたからです。
もちろん、親が意図的に子どもを利用していたとは限りません。
親にも余裕がなかった。
家庭を維持するだけで精いっぱいだった。
子どもがしっかりしていたため、つい頼ってしまった。
そのような事情もあります。
ただ、子どもの側には、
自分は誰かの役に立つことで、この家にいられる
という感覚が残ることがあります。
大人になって環境が変わっても、同じ方法で人との関係を作ろうとします。
失敗や別れを、自分の価値の証明にしてしまう
失恋や挫折をきっかけに、無価値感が強くなることもあります。
恋人から別れを告げられた。
信頼していた人に裏切られた。
仕事で失敗した。
長く頑張ったことが結果につながらなかった。
そのとき、
「この関係はうまくいかなかった」
ではなく、
「私は愛される価値がない」
と感じる。
「今回の仕事で失敗した」
ではなく、
「私は何をしても役に立たない」
と思う。
一つの出来事を、自分全体の価値を示す証拠として使ってしまうのです。
けれども、関係が終わる理由は一つではありません。
相性。
生活の違い。
相手の事情。
関係を維持する力の違い。
話し合いができるかどうか。
さまざまな要素があります。
仕事の失敗にも、経験不足、情報不足、役割分担、環境、判断の時期などが関係します。
自分に改善できる点がある場合もあります。
だからといって、自分そのものに価値がないという結論にはなりません。
褒められても受け取れないのはなぜか
無価値感がある人に、
「もっと自分の良いところを認めましょう」
と言っても、うまくいかないことがあります。
本人は、自分の良いところをまったく知らないわけではありません。
仕事ができる。
責任感がある。
人の気持ちを考えられる。
努力もできる。
それをわかっていても、
「できなくなったら価値がなくなる」
という不安が残っているのです。
できたことを数える方法も、場合によっては新しい採点になります。
今日は何ができたか。
どれくらい頑張ったか。
誰かの役に立ったか。
毎日、価値を証明する作業が続きます。
すると、何もできなかった日には、
「今日は価値のない一日だった」
と感じるかもしれません。
必要なのは、できたことを増やし続けることだけではありません。
何かができることと、自分が粗末に扱われてよいかどうかを分けることです。
能力があることと、雑に扱われてよいことは別
仕事ができる人にも、できないことがあります。
余裕がない日もあります。
間違えることもあります。
助けが必要なときもあります。
それでも、侮辱されたり、負担を押しつけられたり、都合よく扱われたりしてよいわけではありません。
恋愛でも同じです。
相手に何かをしてあげられなくても、嘘をつかれたり、約束を破られ続けたり、こちらの希望を無視されたりしてよい理由にはなりません。
無価値感が強いと、
「私にも悪いところがあるから」
「私がもっとできれば」
と、相手の扱いまで自分の能力の問題にしてしまうことがあります。
自分の改善点を考えることと、相手の不誠実な行動を受け入れることは別です。
自分に足りないところがあっても、嫌なことを嫌だと言えます。
できないことがあっても、必要な配慮を求められます。
役に立たない自分を見せられる関係があるか
無価値感を整理するときに考えたいのは、
何もしていない自分を見せられる相手がいるか
ということです。
相談に乗らなくても会える。
相手を楽しませなくても、一緒にいられる。
元気でなくても話せる。
答えを出せなくても、関係が続く。
手伝えないと伝えても、嫌われない。
そのような関係があるでしょうか。
もし、いつも役に立つ側でなければ人と関われないなら、関係の中でかなり働いていることになります。
人と会うたびに、
何をしてあげるか。
どう振る舞えば喜ばれるか。
何を話せば退屈させないか。
と考えます。
それでは、人と一緒にいても休まりません。
役に立たない自分を見せるとは、わざと何もしない人になることではありません。
できないときに、できないと言う。
わからないことを、わからないと言う。
困っているときに、助けを求める。
相手からの好意を、すぐに返済しない。
そうした関わりができるかを見ることです。
「今回は何をしたいか」で決める
無価値感が強いと、何かを頼まれたときに、
「私がやるべきか」
「断ったら役に立たない人になるか」
で判断します。
そこで、
「今回、私はどうしたいのか」
を確認します。
手伝いたいのか。
本当は休みたいのか。
今の自分に余裕があるのか。
頼まれた内容は、自分が引き受けるべきことなのか。
相手が自分でできることまで代わりにやろうとしていないか。
引き受けることもできます。
断ることもできます。
一部だけ手伝うこともできます。
相手の問題として返すこともできます。
役に立つ人かどうかではなく、今の状況に合う対応を選びます。
頼られない時間に出てくる気持ちを見る
誰にも頼られていないときに、どのような気持ちが出るでしょうか。
寂しい。
取り残された感じがする。
自分の出番がない。
人に忘れられたように思う。
何かしなければ落ち着かない。
その気持ちが出ると、すぐに新しい仕事や役割を探したくなります。
けれども、すぐに埋める前に、
「私は今、必要とされていないことが怖いのかもしれない」
と確認してみます。
誰かに頼られていなくても、人との関係が消えたわけではありません。
役割がない時間にも、自分の生活があります。
何かを生み出していない時間も、生活の一部です。
頭でそう考えるだけでは落ち着かないかもしれません。
だからこそ、実際の関係の中で、
断っても関係が続いた。
助けてもらっても見下されなかった。
何もしない日があっても、仕事の評価がすべてなくなることはなかった。
という経験を確認していく必要があります。
無価値感をなくすことより、価値を証明する行動に気づく
無価値感を二度と感じないようにしようとすると、また別の努力が始まります。
もっと自分を認めなければ。
もっと自信を持たなければ。
もっと愛される人にならなければ。
そうやって、自分を改善する課題を増やしてしまいます。
それよりも、
「今、価値を証明するために動こうとしていないか」
を見るほうが役に立ちます。
頼まれていないのに助けようとしている。
休む必要があるのに仕事を増やしている。
嫌われないために希望を飲み込んでいる。
親切を受けたあと、急いで返そうとしている。
評価を失わないために、できないと言えなくなっている。
その行動に気づいたら、
「本当に今、これをしたいのか」
「しなかったら、何が起きると思っているのか」
を考えます。
価値を証明しなくてもよいと、自分へ言い聞かせるだけでは変わりにくいものです。
証明しなかったときに、本当に関係や居場所がなくなるのかを、現実の中で確かめていくことが必要です。
無価値感の奥にある「居場所」の問題
無価値感は、
「自分の良いところを知らない」
という問題だけではありません。
何をすれば、ここにいてよいのか。
どのような自分なら、関係の中にいられるのか。
何ができなくなったら、必要とされなくなるのか。
そうした居場所の問題と関係しています。
役に立つ自分。
頑張る自分。
迷惑をかけない自分。
相手の期待に応える自分。
その自分でいることで関係を作ってきたなら、役割を減らすことは怖く感じます。
けれども、役割だけでつながっている関係では、役に立てなくなったときに自分が苦しくなります。
自分が何かをしてあげなくても続く関係。
こちらの希望や限界も扱ってもらえる関係。
一方だけが支えるのではなく、状況によって役割を交代できる関係。
そうした関係を経験することで、
「役に立たなければ、ここにはいられない」
という感覚も変わっていきます。
頑張ることをやめるのではなく、目的を変える
無価値感を扱うからといって、仕事を頑張ることや、人を助けることをやめる必要はありません。
能力を使うことが好きな人もいます。
人に喜んでもらうことがうれしい人もいます。
難しい仕事へ挑戦することに、やりがいを感じる人もいます。
ただ、
「これをしなければ、自分には価値がない」
という不安だけで動くと、やめることができません。
疲れても続ける。
相手が望んでいなくても助ける。
評価されても満足できず、次の成果を求める。
頑張ることを、
自分の価値を証明するためではなく、
自分がやりたいことに力を使うために選べるようになる。
人を助けることを、
必要とされるためではなく、
自分が手を差し出したい場面で選べるようになる。
そこが変わると、同じ行動でも苦しさが違ってきます。
何もしない自分に価値を感じられなくても
「何もしなくても自分には価値がある」
と言われて、すぐに納得できる人ばかりではありません。
これまで、何かをすることで居場所を作ってきたなら、そう思えないのも無理はないでしょう。
最初から、存在だけの価値を信じようとしなくてもかまいません。
まずは、
できないと伝えてもよいか。
助けを受けてもよいか。
成果が出なかった日に、自分全体を否定していないか。
誰かに選ばれなかったことを、自分の価値の証明にしていないか。
自分が役に立たない場面でも、関係が続く人はいるか。
そこを具体的に見ていきます。
無価値感は、きれいな言葉を何度も自分に言えば消えるものではありません。
これまで何によって自分の居場所を作り、何を失うことを恐れてきたのかを整理することで、価値を証明し続ける以外の関わり方が見えてきます。
カウンセリングでは、
頑張らなければならないと感じる場面。
人の役に立たないと落ち着かない理由。
愛情や親切を受け取るときに出る抵抗。
失敗や別れを、自分全体の否定として受け取ってしまう流れ。
家族や人間関係の中で担ってきた役割。
そうしたものを一緒に整理していきます。
「価値のある人にならなければ」と、さらに努力するためではありません。
何かができる日も、できない日も、自分を同じように扱える範囲を増やしていくためです。
頑張る力も、人を支える力も、これまで身につけてきた自分の力です。
ただ、その力を使わなければ、自分には居場所がないわけではありません。
何を差し出せるかだけでなく、自分がどのように関わりたいのかを選べるようになること。
それが、無価値感に振り回されずに人や仕事と関わることにつながります。
こちらの記事もどうぞ
頑張ることや人の役に立つことで自分の居場所を作ってきた理由や、頼られなくなると自分の価値までなくなったように感じる背景を整理したい方は、カウンセリングをご利用いただけます。




