夫はなぜ浮気するのか|刺激・承認・逃げ場を外に求める心理

夫はなぜ浮気するのか オススメ記事

夫の浮気が発覚したとき、妻の中には、何度も同じ疑問が浮かぶことがあります。

なぜ浮気したのか。
私に何が足りなかったのか。
浮気相手の何がよかったのか。
私より、その人の方がよかったのか。
夫は本当に、その人を好きだったのか。

浮気された側にとって、この疑問はとてもつらいものです。

ただ腹が立つだけではありません。
ただ悲しいだけでもありません。

自分の価値まで崩れてしまうような痛みがあります。

「私では足りなかったのかな」
「私がもっと優しくしていればよかったのかな」
「私が女として見られなくなったからなのかな」
「私が悪かったから、外に行ったのかな」

そんなふうに、自分へ矢印が向いてしまうこともあります。

でも、まず分けておきたいことがあります。

浮気の理由を考えることと、浮気の責任を妻が背負うことは違います。

夫がなぜ浮気したのかを理解することは、夫をかばうためではありません。
妻が自分を責めすぎないために、何が起きていたのかを整理するためです。

夫の浮気には、愛情だけでは説明できないものが隠れていることがあります。

刺激がほしかった。
認められたかった。
男として見られたかった。
家庭とは違う顔でいられる場所がほしかった。
毎日の責任やプレッシャーから少し離れて、気楽に過ごせる時間がほしかった。

つまり、浮気相手そのものというより、浮気相手といるときに感じる気分や心地よさに流されていたのかもしれません。

かなり身勝手な話です。

でも、その身勝手さを整理しておくことは大事です。
なぜなら、ここを整理しないと、妻が必要以上に「私のせい」と思い込んでしまうからです。

浮気は「愛」だけで起きるとは限らない

浮気というと、どうしてもこう考えてしまいます。

夫は浮気相手を好きだったのか。
私より浮気相手を愛していたのか。
浮気相手の方が魅力的だったのか。

もちろん、そこが気になるのは当然です。

でも、浮気が起きる背景は、必ずしも「本気の恋愛」だけではありません。

むしろ、本人の中ではもっと曖昧なこともあります。

寂しかった。
刺激がほしかった。
褒められたかった。
必要とされたかった。
現実の面倒なことから逃げたかった。
自分がまだ男として通用する感じがほしかった。

それを「恋愛」と呼んでいたり、
「癒やし」と呼んでいたり、
「たまたま」と言っていたりすることがあります。

でも、妻から見れば、呼び名はどうでもいいのです。

恋愛だろうが、逃げ場だろうが、刺激だろうが、裏切りは裏切りです。

ここで大事なのは、夫が浮気相手に何を感じていたかよりも、何を外に求めていたのかです。

浮気相手が特別な人だったというより、夫が自分に足りないと感じている何かを、外側の誰かで埋めようとした可能性があります。

これは「不足原則」と呼ばれるもので、厳しい言い方になってしまいますが、結果として妻が与えていなかった何かがあったとも言えます。

夫自身が、自分の空虚さや不満や不安を、夫婦間で解決する努力をせずに、外に補給先を作ったということです。

刺激がほしい夫は、日常を低く見積もることがある

夫婦生活は、どうしても日常になります。

仕事。
家事。
お金。
子どものこと。
親のこと。
健康のこと。
将来のこと。

結婚生活や長い付き合いの中には、キラキラした場面ばかりではありません。

むしろ、ほとんどは地味です。

ゴミを出す。
洗剤を買う。
保険の話をする。
夕飯をどうするか考える。
体調が悪い日に機嫌が悪くなる。
疲れていると会話が雑になる。

これが生活です。

でも、夫の中に「日常はつまらないもの」「家庭は責任を果たす場所」「外には楽しい自分でいられる場所がある」という分け方になってしまうと、浮気相手との時間が急に魅力的に見えることがあります。

浮気相手の前では、生活の責任を負わなくていい。
家計の話もしなくていい。
親戚づきあいの話もしなくていい。
疲れた顔を見せなくていい。
かっこいいところだけを出せる。
少し気の利いたことを言えば、喜んでもらえる。

そりゃ、楽でしょう。

いいところだけを出して、面倒な部分は家庭に置いてくるのですから。

いわば、生活の本編は妻に任せて、浮気相手とは予告編だけを上映しているようなものです。

妻からすると、たまったものではありません。

こちらは、夫の疲れた顔も、だらしないところも、機嫌の悪さも、生活の現実も引き受けてきた。
それなのに外では、ちょっといい顔をして、刺激をもらっている。

それで「癒やされた」と言われても、いや、それはあなたが生活の面倒な部分を持ち込んでいないからでしょう、という話です。

刺激を外に求める夫は、日常の価値を見落としていることがあります。

妻との日常があるからこそ、外では気楽な自分でいられていた。
帰る場所があるからこそ、浮気相手との時間を非日常として楽しめていた。

そこを忘れて、外の刺激だけを「本当の自分」のように感じてしまう。

これが、浮気の中で起きる大きな勘違いのひとつです。

承認がほしい夫は、「すごいですね」に弱くなる

浮気の背景には、承認欲求が絡むこともあります。

妻からすれば、夫はもう大人です。

仕事もしている。
家庭もある。
それなりに年齢も重ねている。
今さら、そんなに褒められたいものなのかと思うかもしれません。

でも、人は年齢を重ねても、認められたい気持ちがなくなるわけではありません。

特に、家の中で夫が「できて当たり前」の存在になっていると、外で少し褒められたときに、妙に気持ちよくなることがあります。

「すごいですね」
「頼りになります」
「奥さんがうらやましいです」
「こんな話、他の人にはできません」
「一緒にいると落ち着きます」

こういう言葉で、急に元気になる。

妻からすれば、そんな数行のメッセージで元気になるのか、という感じです。

でも、入る人は入ります。

家庭の中では、夫は「生活を共にする人」です。
妻から見れば、いいところも悪いところも知っている人です。
だから、毎日「すごいですね」とは言いません。

それは冷たいからではありません。
生活しているからです。

でも、浮気相手は違います。

夫の一部だけを見てくれる。
仕事での顔、余裕がある顔、頼れる顔、少し格好つけた顔。
そこだけを見て、「すごい」と言ってくれる。

すると夫は、そこで自分が回復したように感じることがあります。

ただし、これは愛情というより、補給に近いものです。

褒められて気分がよくなる。
必要とされて自分に価値があるように感じる。
男として見られて、まだいけるような気がする。

その感覚をくれる相手に惹かれてしまう。

でも、認められたい気持ちを、どう扱うかは本人の問題です。

妻が毎日褒めたり持ち上げたりしなければ浮気してしまう、というほど単純な話ではありませんが、もしそう感じてしまう関係だとしたら、夫婦というより少しバランスが偏っている状態かもしれません。

夫の承認欲求を、妻がずっと一人で満たし続けなければならないわけではありません。

逃げ場がほしい夫は、問題を解決せずに外へ行く

夫婦関係に問題があるとき、向き合うのは面倒です。

話し合いをする。
自分の非を認める。
相手の不満を聞く。
自分の寂しさも言葉にする。
これからどうするか考える。

これは、かなりエネルギーがいります。

だから、そこから逃げたくなる人もいます。

家庭にいると気が休まらないと感じる。
妻といると緊張してしまう。
話し合うと責められる気がする。
自分の気持ちを言っても分かってもらえない気がする。
でも、一人でいるのも寂しい。

そういうときに、外に逃げ場を作ることがあります。

浮気相手の前では、夫婦問題を解決しなくていい。
家庭の責任を背負わなくていい。
自分が悪かったことに向き合わなくていい。
ただ「わかってくれる人」の前で、少し楽になれる。

これもまた、かなり都合のいい話です。

家庭の中で向き合うべき問題を、外で一時的に忘れているだけだからです。

逃げ場としての浮気は、その場では気持ちが楽になるかもしれません。

でも、問題は何も解決していません。

むしろ、浮気が発覚した時点で、問題は何倍にも増えます。

夫婦関係の問題。
浮気の責任。
嘘をついた問題。
信頼を壊した問題。
浮気相手との後始末。

全部、まとめて戻ってきます。

逃げ場のつもりで作った場所が、結果的に家庭をさらに苦しくする。

浮気には、そういう面があります。

浮気相手が特別なのではなく、その人といるときの自分が気分よくなれただけかもしれない

妻にとって、浮気相手は腹立たしい気持ちとともに、どんな人なのかと興味も湧いてしまう存在です。

どんな人なのか。
何歳なのか。
どこがよかったのか。
私より何が上だったのか。
どんな言葉を交わしていたのか。
夫はどんな顔をしていたのか。

考え始めると止まらなくなることがあります。

でも、夫の浮気を考えるとき、浮気相手ばかりに意識が向きすぎると、かえって妻自身がつらくなってしまうことがあります。

もちろん、浮気相手の存在を無視する必要はありません。
実際に関係があったのなら、傷ついて当然です。

ただ、夫が本当に求めていたのは、その人そのものというより、そこにいる時の自分だった可能性があります。

褒められる自分。
必要とされる自分。
まだ男として見られる自分。
家庭の責任から少し離れた自分。
疲れた中年ではなく、ちょっといい感じの自分。

そこに酔っていたのかもしれません。

打ち上げ花火のようなものです。

一瞬、華やかに見える。
周りも少し見上げてくれる。
自分も特別になったような気がする。

でも、花火は日常の生活には役立ちません。

日々の暮らしを支えるものでもありません。
雨の日に傘を差してくれるわけでもありません。
具合が悪い日に洗濯物を取り込んでくれるわけでもありません。

それでも、その一瞬の華やかさに目を奪われてしまう人がいます。

妻からすれば、そんな打ち上げ花火のために、こちらの日常を壊さないでほしいという話です。

妻が「私のせい」と背負いすぎなくていい理由

夫が浮気した理由を考えると、妻はどうしても自分を責めやすくなります。

私が冷たかったから。
私が女性としての魅力を見せられていなかったから。
私が忙しすぎたから。
私が夫を褒めなかったから。
私が話を聞かなかったから。

夫婦関係の中に、すれ違いや寂しさがあった可能性はあるでしょう。

そこは、関係を続けるなら、いつか見ていく必要があります。

でも、ここで順番を間違えないことが大切です。

夫婦関係に問題があったことと、浮気していいことは別です。

寂しかったなら、寂しいと言う。
不満があったなら、話し合う。
向き合えないなら、距離の取り方を考える。
別れるなら、別れる手順を踏む。

選択肢はいくつもありました。

その中で、嘘をついて外に関係を作ったのなら、その責任は夫にあります。

妻が完璧ではなかったとしても、それは浮気の許可証にはなりません。

ここを間違えると、妻は必要以上に背負ってしまいます。

私が変われば、夫は浮気しなかったのか。
私がもっと満たしてあげればよかったのか。
私が悪かったから、こうなったのか。

そうやって、自分の傷よりも先に、夫の満たされていない気持ちをどうにかしようとしてしまう。

でも、夫の心の穴を、妻が全部埋めることはできません。

そもそも、本人が自分の空虚さを自分で見ようとしない限り、誰かがどれだけ注いでも、また別のところで足りなくなります。

穴のあいたバケツに水を入れ続けるようなものです。

妻がどれだけ頑張っても、底に穴があれば、また減っていく。

だから大事なのは、妻がもっと注ぐことではありません。

夫自身が、自分の中に何が足りないと感じていたのかを見ていくことです。

夫の心理を理解するほど、妻の痛みが置き去りになることがある

夫は寂しかったのかもしれない。
認められたかったのかもしれない。
家庭がしんどかったのかもしれない。
男として見られたかったのかもしれない。

そう理解しようとすることは、悪いことではありません。

むしろ、関係を続けたいなら、いつか必要になる視点かもしれません。

でも、ここで気をつけたいことがあります。

夫の心理を理解しようとしすぎて、自分の痛みが置き去りになることです。

「夫も苦しかったんだ」
「浮気相手は逃げ場だったんだ」
「私にも足りないところがあったんだ」
「だから、私がもっと変わらなきゃ」

こうなってしまうと、妻の傷がまた後回しになります。

夫を理解することと、自分を責めることは違います。

夫の背景を見ることと、浮気を許可することも違います。

そして、夫の心理を整理することと、妻が一人で全部抱えることも違います。

ここがごちゃごちゃに混ざると、何をどう考えればいいのか分からなくなり、とても疲れてしまいます。

怒りもある。
でも、夫の事情も考えてしまう。
責めたい。
でも、責めすぎると関係が壊れる気もする。
やり直したい。
でも、信じられない。
自分が悪かった気もする。
でも、やっぱり納得できない。

この状態で一人で考え続けると、同じところをぐるぐる回りやすくなります。

だからこそ、カウンセリングの場を使う意味があります。

カウンセリングでは、夫を責めるか許すかを急いで決める必要はありません。

まず、何に傷ついたのか。
何に腹が立っているのか。
夫の問題と、夫婦の問題がごちゃ混ぜになっていないか。
自分が背負いすぎているものは何か。
本当は、これからどうしたいのか。

そこを一緒に整理していきます。

夫の心理を理解することは大切です。
でも、その前に、妻自身の心が置き去りになっていないかを見ることも大切です。

ひとりで考えていると、どうしても「私が悪かったのかも」に戻ってしまう方は、カウンセリングを使ってみてください。

関係改善を考えるなら、「夫が何を外に求めていたのか」を見る

関係を続けるかどうか。
やり直すのかどうか。
許せるのかどうか。

そこを考える前に、見ておきたいことがあります。

夫が浮気相手に何を求めていたのかです。

刺激だったのか。
承認だったのか。
逃げ場だったのか。
男として見られる感覚だったのか。
家庭では言えない弱音を言える場所だったのか。
責任から離れた時間だったのか。

ここが見えないまま、「もうしない」と言われても、妻の中では納得しにくいと思います。

なぜなら、外に求めていたものがそのまま残っていれば、形を変えてまた同じことが起きる可能性があるからです。

浮気相手と別れたとしても、承認欲求が強いままなら、また誰かに褒められたときに気持ちが動くかもしれません。
逃げ場が必要なままなら、家庭で問題が起きたときに、また外へ逃げたくなるかもしれません。
刺激がないと自分を保てないなら、普段の生活をつまらないものだと感じてしまい、また刺激を求めて外に目が向くかもしれません。

だから、関係改善を考えるなら、浮気相手との関係を終わらせるだけでは十分とは言えないのです。

夫が、自分の中にあった不足感をどう扱うのか。
妻との関係の中で、何から逃げていたのか。
外に求めていたものを、今後どう向き合っていくのか。

そこを見ていく必要があります。

もちろん、これは妻だけが頑張って夫を満たしていくという話ではありません。

夫自身も、自分の問題として向き合い、どうしていくのかを考えていく必要があるということです。

まとめ

夫はなぜ浮気するのか。

その理由は、単純に「浮気相手を好きになったから」だけでは説明できないことがあります。

刺激がほしかった。
承認されたかった。
男として見られたかった。
日常から逃げたかった。
家庭では見せない顔でいられる場所がほしかった。

そうしたものを、外に求めていたのかもしれません。

でも、それは妻の責任という意味ではありません。

夫婦関係に問題があったことと、浮気していいことは別です。

寂しさや不満があったなら、話し合う道もあったはずです。
向き合う道もあったはずです。
距離を取る道もあったはずです。

それをせずに、外に補給先を作ったのなら、その責任は夫にあります。

妻が見るべきなのは、

私に何が足りなかったのか

だけではありません。

夫は何を外に求めていたのか。
その不足感を、自分で扱う気があるのか。
夫婦関係の問題と、浮気の責任を分けて考えられているのか。

そこです。

そして、妻自身も、自分の痛みを後回しにしすぎないことです。

夫の心理を理解しようとするほど、自分を責めてしまうことがあります。
関係改善を考えるほど、妻だけが頑張ろうとしてしまうことがあります。

でも、浮気で傷ついた心を、一人で整理しきるのは簡単ではありません。

夫を責めたい気持ち。
理解したい気持ち。
やり直したい気持ち。
もう無理かもしれないと思う気持ち。

それらが混ざっているときは、まず自分の中で何が起きているのかを整理することから始めていいのです。

カウンセリングは、答えを急いで決める場所ではありません。

自分の傷を置き去りにせず、夫の心理と自分の気持ちを分けて見ていく場所として使ってもらえればと思います。


関連記事

浮気発覚後の夫の態度や、浮気相手とは終わったと言われても不安が残る気持ちについては、こちらの記事でも詳しく扱っています。

カウンセリングのご案内

一人で考えるほど、自分を責めてしまう。
夫の心理を理解しようとしているのに、自分の気持ちがどこにあるのかわからなくなる。

そんなときは、カウンセリングで一緒に整理していくこともできます。

タイトルとURLをコピーしました