「言ってくれればやるよ」
家事や家庭のことで不満を伝えたとき、夫からこう返される。
夫としては、やりたくないと言っているわけではありません。
「何をしてほしいのか言ってくれたらやる」
本人なりには、協力するつもりなのでしょう。
でも妻は、その言葉を聞いて余計に腹が立つことがあります。
「どうして私が言わなきゃいけないの?」
「同じ家に住んでいるんだから、自分で気づいてよ」
「私がいちいち指示することなの?」
ゴミ出しなら曜日は決まっている。
旅行に行くなら、行き先やホテルを考えるのも二人のこと。
家庭の用事なら、自分だけに関係する話ではありません。
それなのに、なぜ自分が「お願いする人」で、夫が「お願いされたらやる人」なのか。
妻が腹を立てているのは、夫が何もしてくれないことだけではないのです。
「お願いするって何?」と思ってしまう
たとえば、ゴミ出しは大抵の場合、曜日が決まっていますよね。
妻からすれば、「曜日は決まっているんだから、わかるでしょう」と思います。
ところが夫は、夫婦の間で「ゴミ出しはあなたの担当」と決めていなければ、「出してほしいと言われたときに出せばいい」と思っていたりします。
悪気があるわけではありません。
そもそも、その家事を「自分が気づいてやること」として見ていないのです。
妻には、ここが納得できません。
「ゴミ出しは私の仕事で、あなたは頼まれたときだけ手伝う人なの?」となるからです。
家事だけではありません。
旅行の日程を考える。
家電の買い替えを調べる。
役所で必要な手続きを確認する。
家族の予定を調整する。
二人に関係することなのに、「必要なら言って」と言われると、「どうして二人のことを、私が把握して、考えて、あなたに頼まなきゃいけないの?」という怒りが出てくることがあります。
妻が欲しいのは、頼んだことをやってくれる夫ではなく、二人のことを二人のこととして一緒に考えてくれる夫なのかもしれません。
本当に「言われないとわからない」こともある
妻の「言わなくてもわかるでしょう」という気持ちは、よくわかります。
ただ、実際には、女性が思っている以上に男性は気づいていないことがあります。
もちろん個人差はあります。
けれど、妻には「見ればわかること」でも、夫にはそもそも意識に上がっていないことがあるのです。
妻は、
「ゴミ箱がいっぱいだから、そろそろまとめよう」
「旅行の日が近いから、そろそろ予約を考えよう」
「洗剤が減っているから買っておこう」
と自然に考える。
一方、夫は、「必要なら言ってくれればやる」と、本当に思っているのです。
どちらが正しいというよりも、二人が同じ感覚で、ものごとを見ていないのです。
「家のことは妻が中心」という前提を持っていることもある
育ってきた家庭の中で、家事は母親がするものだった男性もいます。
父親は仕事をして、母親が家のことをする。
何か必要なことがあれば、母親が父親に頼む。
そういう家庭の中で育てば、「家のことは妻が中心になって考え、必要なときに夫が手伝う」という形を、ごく自然なものとして身につけていることがあります。
本人に「女性に家事を押しつけよう」という意識があるとは限りません。
それが家庭というものだと思っているだけかもしれません。
一方、妻は、「二人で暮らしているんだから、家のことも二人で考えるのが当たり前」と思っている。
すると、同じ家で暮らしながら、そもそもの前提が違っていることになります。
そして、その前提について一度も話したことがない夫婦も珍しくありません。
ルールを決めても、妻が満たされないことがある
「それなら担当を決めればいい」という話になることがあります。
毎週火曜日は夫がゴミを出す。
風呂掃除は夫。
旅行のホテルは夫が調べる。
確かに、ルールを決めれば負担は減るかもしれません。
でも妻が、「それでも何か違う」と感じることがあります。
夫は決められたことはやる。
けれど、ゴミ以外のことには気づかない。
風呂掃除はするけれど、洗剤がなくなっていることには気づかない。
旅行のホテルは調べるけれど、それ以外は妻任せ。
すると妻は、「決めたことしかやらない」と感じます。
妻が欲しかったのは、家事の分担を決めることではなかったのかもしれません。
「今日は大変そうだから、これをやっておこう」
「そろそろこれが必要かな」
「次の予定、どうする?」
そんなふうに、自分の負担を気にかけてもらったり、家庭のことを一緒に見てもらったりすることだったのかもしれません。
だから、ルールどおりにやってもらっても、気持ちが満たされないということになってしまいます。
「言ってくれればやる」と「言わなくても気づいてほしい」
夫は、「言ってくれればやる」と言う。
妻は、「言わなくても気づいてほしい」と思う。
どちらも本人の中ではもっともです。
夫からすると、「何をしてほしいのか言ってくれた方がわかりやすい」でしょう。
妻からすると、「なぜ二人のことを私だけが考えて、夫に指示までしなければならないの?」となります。
さらに妻は、「言ってやってもらっても意味がない」と感じることがあります。
頼んだから動いてくれた。
それでは、自分の負担に夫が気づいてくれたことにはならないからです。
本当に欲しかったのは、
「大変そうだな」
「これ、やっておこうか」
「二人のことだから、一緒に考えよう」
という関わりだったりします。
関係性が近いほど「わかっているはず」が増えていく
夫婦は長い時間を一緒に過ごします。
だから、「これくらいわかっているはず」と思うことが増えていきます。
何年も一緒に暮らしているのだから。
私がどんなときに疲れるのか知っているはず。
どういうことが嫌なのかもわかっているはず。
家のことだって、毎日見ているのだからわかるはず。
そう思うのは自然なことです。
でも、長年一緒に暮らしているからといって、相手の頭の中までわかるわけではありません。
育った家庭が違います。
何を経験してきたかも違う。
人に頼ったり、協力することへの考え方も違う。
家族ならどこまで言葉にするものなのかという感覚も違います。
本人にとっての「普通」は、相手にとっての「普通」とは限らないのです。
妻も、夫の考えをわかっていないことがある
妻からすると、「夫は何も考えていない」ように見えることがあります。
けれど、夫の話を聞いてみると、
「勝手にやって違うと言われるのが嫌だった」
「妻のやり方があると思っていた」
「手を出すと邪魔になると思っていた」
「困っているなら言うだろうと思っていた」
ということもあります。
もちろん、それで妻の負担がなくなるわけではありません。
ただ、「何も考えていなかった」と思っていた相手にも、相手なりの考えがあったということはあります。
カウンセリングでご夫婦それぞれからお話を伺うと、お互いに「そんなふうに思ってたの!」ということは本当に少なくありません。
妻は夫をわかっているつもりだった。
夫も妻をわかっているつもりだった。
でも実際には、お互いに知らなかったことがたくさんある。
夫婦であっても、そういうことは多々あるのです。
話し合おうとすると、責め合いになることもある
だからこそ、言葉にして話すことは大切です。
ただ、ここにも難しさがあります。
それまで不満をためてきた夫婦ほど、いざ話し合おうとすると、相手を責める言い方になりやすいのです。
「あなたって、本当に何も気づかないよね」
「言われたことしかやらないよね」
「どうして私ばっかり考えなきゃいけないの?」
妻としては、自分の気持ちを伝えているつもりでも、夫には、「お前はダメだ」と言われているように聞こえることがあります。
すると夫も、
「だったら言えばいいだろ」
「俺だってやってる」
「そっちだって○○じゃないか」
と返す。
気がつけば、二人のことを話していたはずが、「どちらが悪いか」の話になってしまいます。
「あなたは」ではなく、「私は」から話してみる
こんなときは、「あなたはどうして○○なの?」から始めるより、「私はこう感じている」から話してみる方法があります。
たとえば、
「私ね、家のことを私が全部考えて、必要なことをあなたにお願いする形になると、一人で家庭を背負っているような気持ちになるんだよね」
「私ね、ゴミを出してほしいということだけじゃなくて、家のことを一緒に考えてもらえたら、うれしいんだと思う」
と伝える。
これは、相手の問題点を指摘する話とは違います。
自分には今の状況がどう見えているのか。
自分は何を感じているのか。
自分は本当はどうしたいのか。
そこを相手に伝えることです。
そして、「あなたはどう思ってる?」と聞いてみる。
夫から、「家事はあなたがやるものだと思ってた」という答えが出るかもしれません。
「やってほしいことがあれば言ってくれた方が助かると思ってた」かもしれない。
「勝手にやって違うと言われるのが嫌だった」ということもあるでしょう。
その答えが、妻の望んでいるものとは限りません。
聞けば腹が立つこともあると思います。
それでも、相手が何を考えているのかを知らないまま、「きっとこう思っている」と決めている状態とは違います。
「私はこう思っている。あなたは?」
このやり取りができると、相手を変えるための話し合いから、お互いが何を考えているのかを知るための話し合いに変わっていきます。
それでも「どうして私が言わなきゃいけないの」と思う
ここまで読むと、「結局、私から話さなきゃいけないの?」と思う人もいるでしょう。
「二人のことなのに、どうして私から話を始めなきゃいけないの?」
「家のことも考えて、夫に気づいてもらうための話し合いまで私がしなきゃいけないの?」
そう感じれば、話そうという気持ちになれないのも当然かもしれません。
さらに、自立的に生きてきた女性ほど、自分の気持ちを見せたり、助けを求めたりすることに抵抗がある場合があります。
「一緒に考えてほしい」
「気にかけてほしい」
「助けてほしい」
と言うことが、弱みを見せるように感じられることがあるからです。
どこかで、
「女性ばかり損をしている」
「男性は何もしなくても許されてきた」
という不満を抱えている人なら、夫にお願いすることが、男性に負けたように感じられることもあるでしょう。
目の前の夫だけに腹を立てているとは限らない
夫への怒りの中に、これまで男性との間で感じてきたものが重なっていることもあります。
父親に言いたいことを言えなかった。
男兄弟ばかり優遇されているように感じた。
以前付き合った男性に振り回された。
男性に頼ったことで嫌な思いをした。
そうした経験が積み重なっていると、夫が、「言ってくれればやるよ」と言っただけでも、「また男の人はそうやって、女に全部考えさせる」という怒りにつながることがあります。
また、母親が父親に抑えられているように見えて、「私は絶対に母親のようにはなりたくない」と思ってきた人もいます。
すると、夫に何かをお願いすること自体が、「男性に従うこと」のように感じられることもあります。
今目の前にいる夫とのやり取りに、これまで感じてきた悔しさや怒りが重なることがあるのです。
まとめ|二人のことを、二人のこととして話していく
「言ってくれればやる」
夫にそう言われて腹が立つとき、妻が求めているのは、頼んだ家事をしてもらうことだけではない場合があります。
「二人のこととして一緒に考えてほしい」
「私だけに家庭のことを考えさせないでほしい」
「私の負担にも気づいてほしい」
そんな気持ちがあるのかもしれません。
一方で夫は、本当に、「言われなければわからない」と思っていることがあります。
夫婦だからわかるはず。
長年一緒に暮らしているから知っているはず。
そう思っていても、育った家庭も経験してきたことも違えば、「当たり前」も違います。
だからこそ、「あなたはどうしてわからないの?」だけでなく、「私はこう感じている。あなたはどう思っている?」と話せることが大切になります。
ただ、自分の気持ちを伝えようとすると強い怒りが出る。
「どうして私から言わなきゃいけないの」という気持ちが消えない。
お願いするくらいなら、自分でやった方がいいと思う。
そんなときには、その抵抗にも理由があります。
カウンセリングでは、「こう言えば夫に伝わる」という会話の方法だけを考えるわけではありません。
なぜお願いすることにこれほど腹が立つのか。
なぜ「言ってやってもらうのでは意味がない」と感じるのか。
夫に本当は何をわかってほしいのか。
そこに、これまでの夫婦関係や過去の人間関係がどう重なっているのか。
そうしたところを見ていきます。
理由がわかってくると、何も言わずに自分で抱えることと、怒って相手を動かそうとすることの間に、別の関わり方が見えてくることがあります。
「私はこう思っている。あなたは?」
そんなやり取りを重ねながら、二人のことを、二人のこととして考えていく。
それが、家事の分担だけではなく、夫婦の関係そのものを変えていくことがあるのです。
▶ 初めてカウンセリングを受ける方へ
▶ カウンセリングメニュー・予約方法を見る



