「もっと向き合ってほしい」
「私とちゃんと話してほしい」
「大事な話になると、いつも逃げるよね」
夫婦関係や恋愛関係の中で、そんな思いを抱くことがあります。
こちらは、関係をよくしたいから話したい。
このままにしたくないから、一緒に考えてほしい。
ところが相手は、話を始めようとすると黙る。話題を変える。「今それを話す必要ある?」と言う。その場から離れてしまうこともあります。
すると、「どうして私ばかり、この関係のことを考えているんだろう」と、寂しさや怒りが強くなっていきます。
一方で、話し合いを避けている側には、
「何を言っても責められる気がする」
「向き合ってと言われても、何をすれば正解なのかわからない」
「また自分の悪いところを並べられるのではないか」
という思いがあることもあります。
同じ「話し合い」を、一方は「二人で関係をよくするための時間」、もう一方は「自分が責められる時間」と受け取っている。
ここに、夫婦のすれ違いが生まれることがあります。
「向き合ってほしい」で本当に求めていること
「向き合ってほしい」という言葉には、いろいろな思いが入っています。
「私の話をちゃんと聞いてほしい」
「二人の問題なのだから、あなたにも考えてほしい」
「私だけが悩んでいる状態にしないでほしい」
「すぐに答えが出なくてもいいから、一緒に考えてほしい」
本当に求めているのは、相手を言い負かすことではないはずです。
自分一人ではなく、この人も同じ関係の中にいるのだと感じたい。
その気持ちが、「向き合ってほしい」という言葉になっていることがあります。
ところが、「向き合う」という言葉はかなり曖昧です。
言っている側には意味がわかっていても、言われた側には、「何をすれば向き合ったことになるの?」とわからない場合があります。
「一緒に考えてほしい」が、「あなたが悪い」に聞こえるとき
たとえば、妻が夫に、「最近、全然話せていないよね。もう少し夫婦のことに向き合ってほしい」と言ったとします。
妻が伝えたいのは、
「もっと二人の時間を持ちたい」
「このまま距離ができていくのが寂しい」
「どうしたらいいか一緒に考えてほしい」
ということかもしれません。
でも夫には、
「あなたは夫としてちゃんとしていない」
「あなたのせいで夫婦関係が悪くなっている」
「今からあなたの問題点について話します」
と言われたように聞こえる場合があります。
すると、夫は話に入る前に身構えます。
黙る。
理由を説明する。
自分にも言い分があると言う。
「今日は疲れているから」と話を終わらせようとする。
妻には、それがまた「逃げている」ように見えます。
追いかけるほど逃げ、逃げられるほど追いたくなる
こうしたやり取りが何度も続くと、二人の間に決まった形ができていくことがあります。
妻は、以前にも話を聞いてもらえなかった経験がある。
だから今度こそ伝わるように、詳しく説明する。
夫が黙ると、「また逃げるの?」「ちゃんと答えてよ」と、さらに話そうとする。
夫はますます、「何を言っても怒られる」と感じて黙る。
夫が黙れば黙るほど、妻には、「この人は関係をよくする気がない」と見えてしまう。
向き合ってほしい側には、「私は一人で悩みたくない。あなたにも一緒に考えてほしい」という思いがある。
話し合いを避けたくなる側には、「また責められるのではないか。何を言っても正解にならないのではないか」という思いがある。
一人が近づこうとして強く言うほど、もう一人が離れる。
離れられるほど、さらに強く近づきたくなる。
実際には、一人は関係をよくしたくて話そうとし、もう一人は責められることを避けたくて距離を取っている。
ところが相手から見ると、それぞれが「向き合う気がない」「責めてばかりいる」ように見えてしまうことがあります。
話し合いが尋問のようになるのにも理由がある
「向き合ってほしい」と言う側が、最初から相手を責めたいわけではないでしょう。
でも、長い間わかってもらえなかった。
何度言っても変わらなかった。
自分ばかり我慢してきた。
そう感じていると、ようやく話すときには、それまでの不満も一緒に出てきます。
「どうしてわかってくれないの?」
「前にも言ったよね?」
「私がどれだけ我慢してきたかわかってる?」
「結局、何も考えていないんでしょう?」
言いたくなるのには、それだけ積み重なってきたものがあります。
ただ、相手からすると、質問に答えるたびに責められるように感じることがあります。
何か説明すれば、「それは言い訳でしょ」と言われる。
黙れば、「また逃げる」と言われる。
謝れば、「本当にわかってる?」と言われる。
こうなると、本人には「話し合い」より「何を答えても終わらない」に見えることがあります。
だからといって、責めている側だけが悪いという話ではありません。
それまで向き合ってもらえなかった寂しさが、強い言葉になっていることもあるからです。
大切なのは、誰が悪いかを決めることより、二人のやり取りが今どんな形になっているのかを見ることです。
「向き合って」だけでは、相手にはわからないことがある
相手に向き合ってほしいときには、「向き合ってよ」だけで終わらせず、「何を一緒に考えてほしいのか」まで言葉にしてみると、話が変わることがあります。
たとえば、
「最近ほとんど話す時間がないから、これからどうしたら二人の時間を作れるか相談したい」
「家事の負担が今のままだとしんどいから、どこを変えられるか一緒に考えてほしい」
「最近ケンカが増えていて、このままは嫌だから、二人でどうしたらいいか話したい」
という伝え方です。
「あなたの態度を直してほしい」という話と「今起きていることを一緒に考えたい」では、相手が受け取るものが変わります。
また、「今日は結論を出したい」のか、「まず話を聞いてほしい」のか、「あなたがどう思っているのか知りたい」のかも違います。
そこが具体的になるほど、相手も何を求められているのかわかりやすくなります。
向き合うことは、その場で答えを出すことではない
話し合いを避ける人の中には、「何か答えを出さなければいけない」と思っている人もいます。
だから、どうすればいいかわからない問題になると黙ってしまう。
「今はわからない」と言ったら怒られそうなので、話そのものから離れたくなる。
でも、向き合うことと、その場で解決することは同じではありません。
「今はどうしたらいいかわからない」と言うこともできます。
大事なのは、その後です。
「今日は答えが出ないけれど、もう少し考えたい」
「今は疲れているから、明日の夜にもう一度話したい」
「解決策は思いつかないけれど、あなたが困っていることは聞きたい」
そこまで言えれば、「今すぐ答えが出ない」と「この問題から逃げる」は違うものになります。
逆に、「また今度」と言ったまま何週間も話さないのであれば、話を先延ばしにしていることになります。
向き合うというのは、いつでもその場で話し続けることではありません。
いったん離れる必要があっても、また話に戻ってくる意思があることも大切です。
相手の話を聞くことと、相手に同意することは違う
話し合いになると、「相手の話を受け止めたら、自分が悪いことになる」と感じる人もいます。
でも、「あなたはそう感じていたんだね」と言うことは、「あなたの言っていることが全部正しい」という意味ではありません。
たとえば妻が、「あなたが仕事ばかりで、私はずっと寂しかった」と言ったとします。
夫は「家族のために働いていたんだから、そんなふうに言われるのは納得できない」と思うかもしれません。
それでも、「そんなに寂しかったとは思っていなかった」と聞くことはできます。
そして夫側も、「自分は家族のために働いていたつもりだった」と話すことができます。
片方の気持ちを認めたら、もう片方の気持ちがなくなるわけではありません。
向き合うというのは、一方が折れることではなく、二人の中にある違うものを同じ話し合いの中に置くことでもあります。
「責めないように話せば、相手は向き合う」とは限らない
落ち着いて話しても避ける。
何について話したいのか具体的に伝えても、「面倒くさい」と終わらせる。
時間を決めても、その時間になると逃げる。
自分の意見は言うけれど、相手の話は聞こうとしない。
何か問題が起きるたびに、「お前が気にしすぎ」と片づける。
このようなことが繰り返されているのであれば、
「もっと上手に伝えれば、きっと向き合ってくれる」と自分だけが努力し続けても限界があります。
話し合いは、一人ではできません。
相手がうまく話せなくても、
「関係について考える意思があるのか」
「相手の話を知ろうとする気持ちがあるのか」
という部分は重要です。
こちらが話し方を変えることはできます。
でも、相手が関係に参加するかどうかまで、こちらだけで決めることはできません。
「向き合ってもらう」ことだけが目的になっていないか
相手が逃げるほど、「何とか向き合わせなければ」という気持ちが強くなることがあります。
話し合いの席につかせる。
答えを言わせる。
気持ちを聞き出す。
そうしないと、この関係は何も変わらないように感じるからです。
けれども、本当に知りたいのは、「どうしたらこの人を話し合わせられるか」ではないはずです。
自分は、この人とどんな関係でいたいのか。
困ったことがあったとき、一緒に考えられる関係を望んでいるのか。
意見が違っても、それを話せる関係でいたいのか。
相手が今、その関係を作ろうとしているように見えるのか。
そこまで考えてみることも大切です。
「向き合ってくれるかどうか」は、相手の態度を見るための大事な材料にもなります。
向き合うとは、二人で問題を見ること
「向き合う」という言葉からは、二人が真正面から顔を合わせる姿を思い浮かべるかもしれません。
でも、夫婦や恋人同士で必要なのは、二人が互いを責めるために正面からぶつかることではないでしょう。
二人の間にある問題を、一緒に見ることです。
「あなたが悪い」
「いや、そっちが悪い」
とお互いを見るのではなく、
「最近、会話が減っているね」
「家事の負担で苦しくなっているね」
「ケンカになると二人とも話せなくなるね」
と、二人の間で起きていることを見る。
そして、
「このまま続けたいのか」
「変えるなら何ができるのか」
を考える。
一度の話し合いですべてが解決しなくても、「また一緒に考えよう」と言える。
それが、「向き合う」ということの一つなのだと思います。
まとめ|「向き合ってほしい」の奥にある願いを見る
「もっと向き合ってほしい」と思うとき、その奥には、「私一人に、この関係を背負わせないでほしい」という気持ちがあることがあります。
話を聞いてほしい。
二人の問題として考えてほしい。
すぐに答えが出なくても、逃げないでほしい。
そんな願いです。
一方で、言われた側には、「また責められる」「何を言っても間違いになる」
という怖さがあることもあります。
その二つがぶつかると、一人はもっと話そうとし、もう一人はもっと離れようとする。
そして、お互いが、「この人は私と向き合ってくれない」「この人とは話し合えない」と思うようになります。
カウンセリングでは、「どちらが正しい話し方をしているか」だけを見るのではなく、二人の間でどんなやり取りが繰り返されているのかを整理していくことがあります。
なぜ自分は、相手が逃げると追いかけずにはいられなくなるのか。
相手は、どんな話になると黙ったり離れたりするのか。
そこにはこれまでどんな感情が積み重なっているのか。
そして、自分は本当はこの人とどんな関係でいたいのか。
相手を話し合いの席から逃がさないことが、向き合うことの目的ではありません。
二人がそれぞれの考えや気持ちを持ったまま、同じ問題について一緒に考えられること。
その関係を二人とも作ろうとしているのかを見ていくことが、大切なのだと思います。




