外では、とても感じのいい夫。
職場の人には気を遣い、友人とは楽しそうに話している。近所の人にも笑顔で挨拶をする。
ところが家に帰ると、ほとんど話さない。
こちらから話しかけても短い返事だけで、表情もあまり変わらない。
そんな夫を見て、「外の人にはあんなに感じよくできるのに、どうして私にはしないんだろう」と思ったことはないでしょうか。
そんな夫を見ていると、「私には優しくしなくてもいいと思っているのかな」「私はもう、大切にする相手ではないのかな」と、寂しさや腹立たしさが出てくることもあるでしょう。
外で感じよくしている夫にも、いろいろなタイプがある
外で愛想がいいからといって、その人がいつも余裕があって、人と話すことが大好きだというわけではありません。
人から嫌われたくない気持ちが強い人もいれば、仕事では感じよく振る舞うのが当然だと思っている人もいます。
人との関係を悪くしないために、相手の表情を見たり、その場に合わせたりしている人もいるでしょう。
本人は、「頑張って愛想よくしている」という自覚すらないかもしれません。
長い間そうやって人と関わってきたので、それがその人にとって普通になっている場合もあります。
心理学では、こうした社会の中で人と関わるときの「外向きの顔」を、ペルソナと呼ぶことがあります。
ペルソナは、嘘の自分ということではありません。
いい人、やさしい人、真面目な人、頑張る人。
「こうしていれば人とうまくやっていける」と、これまでの経験の中で身につけてきた自分の一面です。
ちょっと想像してみてください。
毎日、外では「感じのいい自分」でいようと気を遣い続けていたら、やはり疲れますよね。
周りから「やさしい人ですね」「いつも感じがいいですね」と言われても、自分の中では「そうしているから好かれているだけかもしれない」と感じる人もいます。
すると心のどこかに、
「この顔をやめたら、嫌われるかもしれない」
という不安を持つこともあります。
外でそんなふうに人に合わせている人ほど、家に帰ると、その役割を下ろしたくなります。
もう人からどう見られるかを気にしなくていい。
話したくなければ話さない。
疲れていたら、そのままの顔をする。
わかりやすく言えば、外用の自分と家用の自分を使い分けているような状態です。
外で感じよくしているからといって、家でも同じように振る舞えるとは限りません。
外で人に合わせることに力を使っている人ほど、家ではその反動が出ることがあります。
妻の前では、外向きの自分を外しているのかもしれない
外では感じよく振る舞っている人ほど、家に帰るとその反動が出ることがあります。
外では相手にどう見られるかを気にし、場の雰囲気に合わせ、必要なら笑顔を作る。そうやって一日を過ごしていると、家ではもう何も頑張りたくないと思うこともあるでしょう。
そのとき妻は、「気を遣わなくてもいい相手」として見られていることがあります。
多少無愛想でも、この人なら離れていかない。
話さなくても、わかってくれるだろう。
疲れている自分をそのまま見せても大丈夫。
そんな安心感があるからこそ、外では見せない疲れや不機嫌さが出ることもあります。
ここだけを見ると、「妻には心を許しているからなんだ」と考えることもできます。
でも妻からすると、そう簡単には受け入れられないこともあります。
「私にはもう気を遣う必要がないと思っているんだ」
「私は優しくしなくても離れない相手なんだ」
そんなふうに見えることもあります。
夫にとっては「家では無理をしていないだけ」でも、妻には「私には気を遣う必要がないと思っている」と見えることがあるのです。
外では話せるのに、家では話せなくなる人もいる
外で感じよくしている理由が、必ずしも「いい人でいようとしているから」とは限りません。
仕事中は役割がはっきりしているから話しやすい人もいます。
何を話すのか、どう振る舞えばいいのかがある程度決まっている場では、意外とよく話せる。
でも家に帰ると、「夫として何を話せばいいのかわからない」という人もいます。
妻から、
「今日どうだった?」
「何かあった?」
と聞かれても、仕事の報告ならできるけれど、自分が何を感じたのかを話すのは苦手。
仕事の話なら、「何があったか」「どう対応したか」を話せば済みます。
でも夫婦の会話では、「どう感じたの?」「どう思ってる?」と、自分の内側を言葉にすることを求められることがあります。
そういう会話に慣れていない人は、何を言えばいいのかわからなくなり、黙ることでその場をやり過ごそうとすることがあります。
妻が気持ちの話を始めると、どう返したらいいのかわからない。
すると、短い返事だけになる。
スマホを見る。
話題を変える。
妻には、それが「私に興味がない」「話したくないんだ」と見えてしまうことがあります。
でも夫の中では、嫌いだから話さないのではなく、何を話せばいいのか、どう関わればいいのかわからないということもあります。
外では会話できるのに、夫婦になると会話が減る人がいるのは、こういう違いもあります。
結婚したことで「もう大丈夫」と思っていることもある
もう一つ、結婚したことで「夫婦の関係はもう大丈夫」と感じている場合もあります。
恋人だった頃は、相手に嫌われたくなかった。
もっと好かれたいと思っていた。
だから、相手の話を聞いたり、会えたら嬉しそうにしたり、喜びそうなことを考えたりしていた。
ところが結婚すると、どこかで「もう夫婦になったんだから大丈夫」と感じる人もいます。
本人がはっきりそう意識しているわけではなくても、態度には出ることがあります。
外の人との関係は、今も何もしなければ悪くなるかもしれない。だから感じよくする。相手の様子も見る。
でも妻との関係は、何もしなくても続くと思ってしまう。
すると、恋人だった頃には自然にしていたことが少しずつ減っていきます。
話を聞く。笑顔を向ける。「ありがとう」と言う。相手がどうしているか気にかける。
そうしたことが減っていくと、妻からは、「結婚したら、もう私との関係には何もしなくていいと思っているの?」と見えることがあります。
夫にとっては、「もう夫婦なんだから大丈夫」という感覚でも、妻にとっては、「私はもう大切にしなくてもいい相手になったのかな」という寂しさになることがあるのです。
同じ夫の態度でも、感じ方は人によって違う
ここまで、夫が外では感じよくしているのに、家では無愛想になるいくつかの理由を見てきました。
でも、同じような夫と暮らしていても、妻がみんな同じように感じるわけではありません。
「外ではかなり気を遣っているんだろうな。家では疲れているんだな」と思う人もいます。
一方で、
「外の人にはあんなに感じよくできるのに、どうして私にはしないんだろう」
「私はもう、優しくしなくてもいい相手なんだ」
と寂しくなる人もいます。
こうした違いには、これまで見てきた夫婦のあり方や家族の関係、自分自身の経験、そして今現在の夫との関係が影響していることがあります。
たとえば、実家の父親も無口だったけれど、母親とはうまくやっていたという人なら、夫の無口さをそれほど問題に感じないかもしれません。
反対に、これまでの恋愛で相手が急に冷たくなった経験があったり、今の夫婦関係の中で自分への関心が薄いと感じていたりすると、夫の無口さを「私にはもう興味がない」という意味に感じることもあります。
私たちは、目の前で起きたことだけで寂しくなったり腹が立ったりしているわけではありません。
その出来事を、自分がどう見ているかによって、出てくる感情も変わります。
「夫が無口だから寂しい」のではなく、
夫が無口なことを、自分がどう感じているのかによって、寂しさの度合いは変わることがあります。
だから大切なのは、
私は、夫のその態度をどういう意味だと感じているのだろう
と見てみることです。
「家では疲れているんだ」と感じているのか。
「私にはもう気を遣わなくていいと思っている」と感じているのか。
「私との関係には関心がないように見える」と感じているのか。
そこがわかると、自分が夫に何を求めているのかも見えやすくなります。
では、妻はどうしたらいい?
まず、「外では優しいのに、私には冷たい」という夫の態度を、そのまま「私は大切にされていない」という意味に決めつけないことです。
ここまで見てきたように、夫には、外で人に合わせて疲れている、家では外向きの自分を外している、気持ちを言葉にするのが苦手、結婚したことで「もう大丈夫」と感じているなど、いろいろな理由があるかもしれません。
そのうえで、「私は、この夫の態度の何が一番つらいんだろう」と考えてみます。
会話がないことなのか。
自分に関心を向けてもらえていないように感じることなのか。
一緒にいても、夫婦としてつながっている感じがしないことなのか。
そこがわかると、「もっと優しくして」という言葉だけではなく、自分が本当に求めていることが見えやすくなります。
たとえば、「家で少し話す時間がほしい」「私の話を聞いてほしい」「たまには二人で何かしたい」など、必要としていることは人によって違います。
夫の理由を理解することと、自分の寂しさを我慢することは同じではありません。
「そういう人だから仕方ない」と諦めるのでもなく、「どうして私にはできないの」と責め続けるのでもなく、自分は何に寂しさを感じていて、夫婦の間に何がほしいのかを知る。
そこが、今の関係を見直すときの大事なところになります。
夫を変えることだけを考えるより、
「私は何に寂しさを感じているのか」
「夫婦の間に本当は何がほしいのか」
そこがわかると、自分ができることも見えやすくなります。
まとめ|夫が変わらなくても、寂しさが軽くなることはある
外では優しいのに、家では無愛想な夫。
「もっと話してほしい」「もう少し優しくしてほしい」と思うこともあるでしょう。
もちろん、夫が変わってくれたら楽になることもあります。
でも、夫が無口なことと、「私は大切にされていない」と感じることは、同じではありません。
夫の無口さをどう感じているのか。その奥で、自分は何を寂しいと思っているのか。
そこがわかってくると、夫がすぐには変わらなくても、同じ態度に以前ほど振り回されなくなることがあります。
カウンセリングでも、「夫をどう変えるか」だけを見るのではありません。
「私は何に寂しさを感じているのか」
「本当は何がほしいのか」
というところを見ていきます。
夫が無口だから寂しいと思っていたけれど、本当に苦しかったのは別のところだった。
そこに気づくことで、夫との関わり方も、自分の感じ方も変わっていくことがあります。
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