「何かできることある?」
そう聞かれる。
本当は、
「今日は話を聞いてほしい」
「少し一緒にいてほしい」
「一人でいるのがしんどい」
と思っている。
でも、口から出るのは、
「ありがとう。大丈夫」
という言葉。
相手が帰ったあとで、
「本当は大丈夫じゃなかった」
と思う。
人にお願いすることが、まったくできないわけではありません。
荷物を持ってもらう。
帰りに買い物を頼む。
仕事の一部を手伝ってもらう。
こうした具体的なお願いなら、言えることもある。
でも、本当に弱っている時ほど言えない。
「今日はもう頑張れない」
「不安で仕方がない」
「一人では抱えられない」
「ただ、そばにいてほしい」
そういうお願いになると、急に言葉が出なくなる。
助けてほしい気持ちはある。
でも、弱っている自分を相手に見せることはできない。
そんな方は少なくありません。
小さなお願いなら言える
自分で何とかすることに慣れてきた人でも、軽いお願いならできることがあります。
「これを取って」
「駅まで送って」
「帰りに牛乳を買ってきて」
してほしいことがはっきりしていて、相手の負担もそれほど大きくなさそうなことなら言いやすい。
頼んだ結果もわかりやすい。
荷物を持ってもらう。
買い物をしてもらう。
作業を一つ手伝ってもらう。
これなら、お願いする側も気持ちを整えやすいのです。
ところが、
「今日はつらいから話を聞いてほしい」
「何をしてほしいのかわからないけれど、一人にしないでほしい」
となると、言いにくくなります。
相手に何をしてもらえばいいのか、自分でもはっきりしない。
ただ気にかけてほしい。
自分が弱っていることを知ってほしい。
その気持ちを、そのまま相手に渡すことが難しいのです。
本当に助けてほしいことほど言えない
体調が悪い時に、
「薬を買ってきて」
とは言えても、
「心細いから、少しそばにいて」
とは言えない。
仕事が忙しい時に、
「この資料を手伝って」
とは言えても、
「もう限界で、何も考えられない」
とは言えない。
悩みがある時に、
「どうしたらいいと思う?」
とは聞けても、
「不安だから、ただ話を聞いてほしい」
とは言えない。
具体的な用事に変えられるお願いは言える。
でも、自分の気持ちをそのまま見せるお願いは難しい。
頼んだ内容よりも、
「こんなことで弱っている私をどう思うだろう」
ということが気になるからです。
重いと思われないだろうか。
面倒な人だと思われないだろうか。
困らせてしまわないだろうか。
そこまで考えているうちに、
「やっぱり大丈夫」
と言ってしまう。
そして、また一人で抱えることになります。
助けを求める時まで、相手に気を使ってしまう
弱っている時くらい、そのまま助けを求めてもよさそうなものです。
でも、自分で何とかしてきた人は、助けを求める時まで相手に気を使います。
今、忙しくないだろうか。
こんな話を聞かせたら困るだろうか。
どのくらいまでなら話していいだろうか。
重くならないように、少し明るく話した方がいいだろうか。
途中で笑いを入れた方が、相手も聞きやすいだろうか。
そうやって相手が受け取りやすい形に整えているうちに、本当に苦しい部分が抜けていきます。
「ちょっと疲れていて」
「まあ、何とかなると思うけど」
「たいしたことじゃないんだけど」
そんな前置きを重ねる。
相手から見れば、そこまで困っているようには見えません。
すると、
「それなら大丈夫そうだね」
と言われる。
本当は大丈夫ではない。
でも、自分で大丈夫そうに見せていたのです。
弱っている自分を見せると、相手を困らせる気がする
カウンセリングでお話を伺っていると、子どもの頃から、弱っている自分を見せにくかった方もいます。
泣くと、親が困った顔をした。
つらいと言うと、
「お母さんだって大変なの」
と言われた。
甘えようとすると、
「もう大きいんだから」
「お姉ちゃんでしょう」
と返された。
親が疲れていたので、自分の悩みまで話せなかった。
家族の誰かが不安定だったので、自分はしっかりしていなければならなかった。
そんな家庭では、子どもが弱っている自分を見せると、家族の負担が増えてしまうことがあります。
自分が泣けば、親がもっと疲れる。
自分が困れば、家の中がさらに大変になる。
自分まで弱ったら、誰も家族を支えられなくなる。
そう感じてきた人もいます。
そのため、
「助けてほしい」
と思っても、相手に言う前に我慢する。
自分の気持ちを小さくする。
元気なふりをする。
そうすることで、家族のバランスをとってきたのかもしれません。
しっかりしている自分なら見せられる
人に見せられる自分と、見せられない自分が分かれていることがあります。
仕事ができる自分。
相手の話を聞ける自分。
冷静に考えられる自分。
困っている人を助けられる自分。
こういう自分なら見せられる。
むしろ、周りからも頼られます。
でも、
何も決められない自分。
不安でいっぱいの自分。
泣いている自分。
どうしてほしいのかもわからない自分。
そういう自分は見せられない。
弱っている時ほど、人から離れようとする。
連絡を返さなくなる。
一人で考え続ける。
何とか元気になってから、人に会おうとする。
人に助けてもらうのではなく、自分で元の状態に戻ってから関係の中へ戻ろうとするのです。
助けてもらっても、早く元気な側へ戻ろうとする
勇気を出して話せたとしても、長く弱っていることは難しい場合があります。
少し話を聞いてもらうと、
「もう大丈夫」
「聞いてもらっただけでラクになった」
と早めに話を切り上げる。
相手が心配してくれると、
「そんなに心配しなくても平気」
と答える。
助けてもらった後は、すぐに相手の話を聞く側へ戻る。
「あなたは最近どうなの?」
と話題を変える。
支えてもらう時間が長くなると、落ち着かなくなるからです。
一方的に受け取っているような気がする。
相手に負担をかけ続けているような気がする。
早く元気にならなければならないと思う。
そのため、本当に支えてもらう前に、いつもの「大丈夫な自分」へ戻ってしまいます。
弱っている自分を見せられないことにも理由がある
弱いところを見せられないと、
「私は素直ではない」
「かわいげがない」
「人を信じていない」
と思うことがあります。
でも、そうとは限りません。
弱っている自分を見せないことで、家族を困らせずに済んだ。
自分で何とかすることで、生活を保ってきた。
人に頼らないことで、がっかりすることを避けてきた。
しっかりしていることで、認められてきた。
その生き方があったから、乗り越えてこられたこともたくさんあったはずです。
だから、
「もっと弱いところを見せましょう」
と言われても、簡単にはできません。
弱っている自分を見せた時、何が起きると思っているのか。
相手をどのくらい困らせる気がするのか。
助けてもらう間、自分はどんな人になるように感じるのか。
そこを見ないままでは、助けを求める言葉だけを覚えても使えないことがあります。
カウンセリングで見ていくこと
カウンセリングでは、
「人に頼りましょう」
とだけお伝えするわけではありません。
どんなお願いなら言えるのか。
どんな自分は見せられないのか。
本当に苦しい時、誰の顔が思い浮かぶのか。
弱音を吐いた時、家族の中で何が起きていたのか。
しっかりしていない自分を見せると、何を失う気がするのか。
そうしたことを一緒に整理していきます。
軽いお願いはできる。
でも、
「今日はもう無理」
「一人ではしんどい」
「ただ、そばにいてほしい」
とは言えない。
そして口から出るのは、
「大丈夫」
という言葉。
そんなことが続いているのなら。
頼り方を覚えることより先に、なぜ弱っている自分を相手に見せられないのか。
そこを一度、見てみてもいいのかもしれません。
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