「ちゃんと言ったよね?」
「いや、そんな話は聞いてないけど」
こんなやりとりは、夫婦や恋人同士で意外とよく起こります。
たとえば、本当は「今週は二人で過ごす時間を作ってほしい」と思っているのに、口にしたのは「最近、仕事が忙しいね」だけだった。
本当は「今日は疲れているから少し手伝ってほしい」と思っているのに、「私がやるからいいよ」と言ってしまった。
本当は「さっきの言い方が悲しかった」と伝えたいのに、「別に気にしてない」と答えてしまった。
こういうとき、自分の中では、本当に言いたかったことも、実際に口にした言葉も、ひと続きになっています。そのため、自分では「寂しいことも、手伝ってほしいことも、悲しかったことも伝えた」という感覚になりやすいのです。
でも相手が聞いたのは、「仕事が忙しいね」「私がやるからいいよ」「別に気にしてない」という言葉です。心の中にあった「一緒にいたい」「手伝ってほしい」「悲しかった」までは、言葉にしなければわからないことがあります。
ここに、「私はちゃんと伝えた」と「そんなことは聞いていない」というズレが生まれます。
「態度に出していた」は、相手には別の意味に見える
伝わらなかった側には、「何度も態度に出していた」「それとなく言ってきた」「普通ならわかると思う」という感覚があります。
疲れているときにはため息をついた。不満があるときには返事を減らした。助けてほしいときには、忙しく動いている姿を見せた。本当は会いたいときには、「今週も予定があるんだね」と言った。
本人にとっては、どれも十分な合図です。だから相手が気づかないと、「私のことを見ていない」「これだけ一緒にいるのに、どうしてわからないの」と悲しくなります。
ところが相手からすると、ため息は「疲れているのだろう」と見えているだけかもしれません。返事が少なければ「機嫌が悪そうだから今は話しかけない方がいい」と考え、忙しそうなら「邪魔をしない方がいい」と思うこともあります。「今週も予定があるんだね」は、単なる予定の確認として聞いているかもしれません。
こちらが出した合図と、相手が受け取った意味は同じとは限らないのです。
情報を受け取るのが得意な人と、気持ちを受け取ってほしい人
こうしたすれ違いには、会話の受け取り方の違いも関係しています。
一概には言えませんが、男性や自立傾向の強い人の中には、予定や事実、問題を解決するための情報を受け取ることは得意でも、言葉になっていない気持ちを読み取ることはあまり得意ではない人がいます。
「今日は仕事で疲れた」と言われれば、「早く寝た方がいい」と考える。「最近、帰りが遅いね」と言われれば、「仕事が忙しいから」と理由を説明する。「これ、大変なんだよね」と聞けば、「こうすれば早く終わるよ」と解決方法を考える。
本人としては、ちゃんと話を聞き、相手の役に立とうとしているのです。
一方で、女性には、答えや解決策以上に「私がどう感じているかをわかってほしい」と感じる人が多くいます。「今日は疲れた」と言ったとき、本当に欲しかったのは「じゃあ早く寝れば」という答えではなく、「今日は大変だったんだね」という言葉だった、ということがあります。
「最近、帰りが遅いね」と言ったのも、帰宅時間の理由を聞きたいのではなく、「二人の時間が減って寂しい」という気持ちを受け取ってほしかったのかもしれません。
どちらが正しいということではありません。情報を受け取ることが得意な人もいれば、言葉の奥にある気持ちまで感じ取るのが得意な人もいるということです。
ただ、自分とは違う受け取り方をする人に対して、「愛情があればわかるはず」と考えると、すれ違いが大きくなります。
察してほしいと思うのは、自然なことでもある
何も言わなくても、相手が気づいてくれた。頼まなくても手伝ってくれた。寂しいと言わなくても、「会いたかった」と言ってくれた。
それはうれしいものです。「私のことを見てくれている」「わかってくれている」と感じるからです。
実際、言われなくても気づくのが得意な人もいます。長く一緒にいるうちに、表情や声の調子から相手の気持ちがわかるようになることもあるでしょう。
ですから、察してほしいと思うこと自体が問題なのではありません。
ただ、相手が察してくれないことで何度も喧嘩になったり、「私は大切にされていない」と苦しくなったりしているのなら、「わかるはず」と期待し続けると苦しくなってしまいます。
「寂しいから、今週は二人で過ごしたい」
「今日は疲れているから、食器洗いをお願いしたい」
「さっきの言い方で、私は悲しくなった」
相手が受け取れる形の言葉にすることが必要になります。
わかっていても言えないのは、断られるのが恐いから
ところが、「だったら最初からそう言えばいい」と言われても、簡単にできないことがあります。
「土曜日は一緒に過ごしたい」と言えば、「その日は無理」と断られるかもしれない。「今日は手伝ってほしい」と頼めば、「自分も疲れている」と言われるかもしれない。「さっきの言い方が悲しかった」と伝えれば、「そんなことで?」と返されるかもしれません。
遠回しに言っている間は、はっきり断られずに済みます。「私はそこまで求めていない」という形にもしておけます。
察してほしいという気持ちの奥に、拒絶されることへの恐れがある場合があります。
そして、その恐れは、今の相手との関係だけで生まれたとは限りません。
以前、自分の希望を伝えたときに「わがまま」と言われた。寂しいと話したら相手にされなかった。嫌だと言ったら怒られた。何かを頼むと迷惑そうな顔をされた。
そんな経験が続けば、「私の希望は受け入れてもらえない」「本音を言うと嫌われる」「何かを求める私は面倒な人だ」と思うようになることがあります。
すると今の相手が何も言っていなくても、「どうせ嫌がられる」「きっと断られる」と先に考えて、自分から言わないようになります。
「私は拒絶される」という恐れには、投影が隠れていることもある
もう少し深く見ていくと、ここには心理学でいう「投影」が関係している場合があります。
投影とは、自分の中にある思いや感情を、相手の中にあるものとして感じることです。
「きっと断られる」と強く思っているとき、自分自身にも誰かを断ったり、距離を取ったりした経験があるかもしれません。
もちろん、「自分が断ったのだから、今度は自分も断られる」という話ではありません。誰にでも、断らなければならなかった経験はあります。
余裕がなくて誰かのお願いに応えられなかったこともあるでしょう。好意を向けられても同じ気持ちを返せなかったこともあるかもしれません。苦しい関係から離れなければならなかったこともあります。
ただ、そのことについて「相手を傷つけてしまった」「私は冷たい人間だ」「拒絶する私は悪い」という思いが残っていると、「自分も同じように拒絶されるのではないか」と感じることがあります。
でも、自分が誰かを断ったときにも理由があったはずです。相手そのものを否定したかったわけではなく、そのお願いには応えられなかった、その関係は続けられなかったということもあります。
そこがわかってくると、相手から「今日は無理」と言われたときにも、「私自身を拒絶された」とは限らないと思えるようになります。
お願いを断られることと、自分を否定されることは別
「今日は一緒に過ごしたい」と言ったら、「今日は難しい」と返ってきた。
そのとき、「やっぱり私は大切ではない」「私よりほかの予定の方が大事なんだ」と感じることがあります。
でも、「今日は難しい」という返事は、本来はその日の予定についての答えです。それが「私は愛されていない」というところまで広がるのであれば、自分の中にある「私は受け入れてもらえない」という思いが重なっているのかもしれません。
もちろん、いつも断られる、こちらの気持ちを聞いてもらえない、話すたびに馬鹿にされるという状態なら話は別です。その場合は、自分の受け取り方だけではなく、相手との関係そのものを見る必要があります。
でも、一度希望が通らなかったことと、自分が大切にされていないことは同じではありません。
この二つを分けられるようになると、本音や希望を伝えることへの恐れも変わっていきます。
「気持ち」「希望」「お願い」を分けてみる
何をどう言えばいいのかわからないときは、自分の中にあるものを「気持ち」「希望」「お願い」に分けてみると、伝えやすくなります。
たとえば、
気持ち
「最近、一緒に過ごす時間が減って寂しい」
希望
「もう少し二人で話したり、一緒に過ごしたりする時間がほしい」
お願い
「今週の土曜日、二時間くらい一緒に出かけられない?」
という形です。
「最近忙しいね」だけでは、相手には寂しさまではわかりません。一方で、「もっと私を大切にしてよ」と言われても、相手には何を求められているのかわからないことがあります。
自分は何を感じているのか。二人の関係をどうしたいのか。そのために、今相手に何をお願いしたいのか。
そこまで言葉にできると、相手も初めて「自分はどうしたいのか」を答えることができます。
伝えることは、相手を思い通りに動かすことではない
自分の気持ちをきちんと伝えたら、相手がその通りにしてくれるとは限りません。
一緒に過ごしたいと言っても予定が合わないことはあります。手伝ってほしいと頼んでも、相手にも余裕がない日があります。悲しかったと話しても、相手には相手の言い分があるかもしれません。
伝えるというのは、自分の望む答えを相手から引き出すことではありません。
自分の気持ちや希望を相手にわかる形で伝え、そのうえで相手の気持ちも聞くことです。
そこで初めて、「私はこう思っていた」「あなたにはそう見えていたんだね」という会話ができます。
自分の希望と相手の希望が違うこともあります。その違いを知ったうえで、二人でどうするかを考える。
それが、察してもらうこととは違う、「話し合う」ということなのだと思います。
ただし、伝えても受け取ろうとしない人もいる
ここまで読むと、「結局、私の伝え方が悪いということなの?」と思うかもしれません。
そうとは限りません。
現実には、こちらがはっきり伝えても、聞こうとしない人もいます。気持ちを話せば「面倒くさい」と切り捨てる。お願いすると不機嫌になる。悲しかったと言うと馬鹿にする。「言ってくれればよかった」と言いながら、実際に言うと責め返す。
そういう相手との問題まで、「もっと上手に伝えなければ」と自分だけで抱える必要はありません。
自分は本当に言葉にしていなかったのか。それとも、伝えたのに相手が受け取ろうとしなかったのか。
相手には、自分とは違う気持ちや考えを聞く姿勢があるのか。自分の考えを変えたり、歩み寄ったりすることができるのか。
そこは分けて考える必要があります。
関係は一人では作れません。こちらが伝えることと、相手が聞こうとすることの両方が必要です。
まとめ|「わかるはず」から、二人で確かめられる関係へ
言わなくても気づいてもらえたら、うれしいものです。それを望むことまでやめる必要はありません。
ただ、「愛しているならわかるはず」「これだけ一緒にいるのだから察するはず」と思っているのに、実際には相手に伝わっていない。そこで何度も傷つき、二人の関係まで悪くなっているのであれば、相手に届く形で言葉にすることが必要になります。
そして、頭ではそれがわかっているのに言えないとしたら、「伝え方」の問題だけではないのかもしれません。
本音を出したら拒絶されるという恐れがある。自分の希望は受け入れてもらえないと思っている。過去に拒絶された経験が残っている。あるいは、自分が誰かを拒絶した経験への罪悪感を、今の相手に投影している。
そうしたものが重なると、「言えばいいだけ」のことが、とても難しくなります。
カウンセリングでは、何を言おうとすると恐れが出るのか、相手からどんな答えが返ってくると思っているのか、その感覚はどこから来たものなのかを見ていきます。
同時に、今の相手にこちらの話を聞こうとする姿勢があるのか、自分だけが関係を何とかしようとしていないかも大切なところです。
「察してくれたら愛されている。察してくれなければ愛されていない」という二択だけではなく、「私はこう感じていた。あなたにはどう見えていた?」と確かめられる。
そして、「私はこうしたい。あなたはどうしたい?」と話せる。
そんなやり取りができるようになると、「言ったつもり」と「聞いていない」の間にあった距離も変わっていきます。
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