スマートフォンの通信料が、二重に請求されていたらどうするでしょうか。
「今月は少し高いな」と思いながらも、二重請求だと気づかなければ、そのまま支払ってしまうことはあるかもしれません。
でも、気づいたあとも払い続ける人は、あまりいないでしょう。
今回は、通信料の話ではありません。
恋愛や夫婦関係で起こる、欲求の二重請求についてです。
「もっと好きだと言ってほしい」
「私の話を聞いてほしい」
「一緒に過ごす時間を作ってほしい」
「もう少し私のことを気にかけてほしい」
パートナーに、このようなことを求めるのはおかしなことではありません。
一人では満たせないものを、関係の中でお互いに与え合うこともあります。
ところが、相手が応えてくれているのに、なぜか満足できない。
「好きだよ」と言われても足りない。
一緒に過ごしても、すぐにまた寂しくなる。
話を聞いてもらっても、
「まだ私のことをわかっていない」
と感じる。
そのようなときには、今の相手へのお願いに、別の時代の欲求まで一緒に乗っていることがあります。
欲求を持つことが問題なのではない
パートナーに何かを求めると、
「自分の機嫌は自分で取らなければ」
「人に期待するから苦しくなる」
と言われることがあります。
たしかに、相手にすべてを何とかしてもらおうとすれば、関係は苦しくなります。
しかし、誰にも何も求めない関係が、よい関係とは限りません。
会いたい。
話を聞いてほしい。
困っているときには助けてほしい。
好きだと伝えてほしい。
これらは、親しい関係の中で自然に出てくるものです。
何でも一人でできる人であっても、パートナーにしか頼めないことはあります。
問題になるのは、欲求があることではありません。
今の相手に何を求めているのか、自分でもわからなくなっていることです。
「好き」と言われても満たされないのはなぜ?
たとえば、彼に、
「たまには、好きだと言ってほしい」
と伝えたとします。
彼は、
「好きだよ」
と言ってくれました。
本来なら、お願いしたことに応えてもらえたわけです。
ところが、しばらくすると、
「言われたから言っただけでしょう」
「もっと自然に言ってほしい」
「一回だけでは、本当に好きなのかわからない」
と感じます。
そこで、もう一度「好き」と言ってもらいます。
それでも足りない。
もっと言葉がほしい。
もっと態度で示してほしい。
自分から頼まなくても、彼のほうから気づいてほしい。
このとき、欲しいのは「好き」という言葉だけではないのかもしれません。
「私は大切にされる人だと、完全に信じさせてほしい」
「これから先も見捨てられないと証明してほしい」
「今まで誰からも十分に愛されなかった分まで、あなたが埋めてほしい」
そのような大きなものが、「好きと言ってほしい」というお願いの中に含まれていることがあります。
これが、欲求の二重請求です。
今日のお願いに、過去の請求書が混ざっている
欲求の二重請求とは、今のパートナーに対する欲求に、過去に満たされなかった欲求まで上乗せされている状態です。
子どもの頃、親から気持ちを聞いてもらえなかった。
頑張っても褒めてもらえなかった。
困っているときにも、自分で何とかするしかなかった。
以前の恋人から、何度も裏切られた。
結婚生活の中で、長い間一人で家事や子育てを背負ってきた。
こうした経験があると、今の相手に、
「私の話を聞いてほしい」
とお願いしたとき、その日の話だけではなくなります。
子どもの頃に聞いてもらえなかった話。
以前の恋人にわかってもらえなかった気持ち。
何年も夫に伝えられずにきた不満。
それらが、今の一回の会話にまとまって出てくることがあります。
相手は今日の話を聞いている。
けれども、こちらは何年分もの「聞いてほしかった」を求めている。
これでは、相手が一時間話を聞いてくれても、足りません。
現在の相手が応えていない場合もある
ただし、満たされないからといって、すべてを過去の問題にする必要はありません。
今の相手が、実際にほとんど応えていない場合もあります。
「話を聞いてほしい」と伝えても、スマートフォンを見たまま返事をする。
「一緒に過ごしたい」と言っても、いつも自分の予定を優先する。
「困っている」と伝えても、
「それくらい自分でやれば」
と言われる。
このような状態なら、満たされないのは当然です。
一度だけ話を聞いてもらったからといって、それまで何年も聞いてもらえなかった寂しさが消えるわけでもありません。
欲求の二重請求を考えるときには、次のことを分ける必要があります。
今の相手が、現在の関係で引き受けるべき部分。
今の関係の中で、長い間積み重なってきた不足。
今の相手とは直接関係のない、過去から残っている欲求。
何もかも、
「私が求めすぎているのだ」
と自分の問題にしてしまうと、今の相手に伝えるべきことまで言えなくなります。
我慢してきた人ほど、まとめて請求したくなる
欲求の二重請求は、普段から何でも要求している人だけに起こるものではありません。
むしろ、長い間ほとんど何も求めずにきた人に起こることがあります。
迷惑をかけてはいけない。
頼むより、自分でやったほうが早い。
相手も忙しいのだから仕方がない。
このくらい我慢しなければ。
そう考えて、自分の欲求を後回しにしてきた。
しかし、欲求は、無かったことにはなりません。
頼めなかった分。
気づいてもらえなかった分。
一人で頑張った分。
それらがたまってくると、ある日、
「どうして、これくらいのこともしてくれないの?」
と一気に出てきます。
表面上は、今日の小さな出来事に怒っているように見えます。
けれども実際には、何年分もの請求書をまとめて差し出しているのかもしれません。
彼からすれば、
「今日、連絡が一時間遅れただけなのに、なぜそこまで怒るの?」
となります。
こちらからすれば、
「今日だけの話ではないのよ!」
となります。
どちらも、見ている請求書の枚数が違うのです。
相手が払えない請求書もある
過去に親から十分に認めてもらえなかった人が、パートナーに、
「私のことを認めてほしい」
と思うことがあります。
パートナーが褒めても、満足できない。
仕事ぶりを認めてもらっても、
「本当の私をわかっていない」
と感じる。
相手がどれほど言葉を重ねても、親から欲しかったものと同じにはなりません。
パートナーは、親ではないからです。
また、以前の恋人から受けた裏切りについて、今の彼に、
「絶対に私を不安にさせないで」
と求めても、完全には応えられません。
今の彼が誠実に接していても、以前の恋人が残した不信感まで消すことはできないからです。
相手が支払えるのは、現在の関係の中で生まれた請求です。
自分がしていないことへの謝罪。
自分が与えたわけではない寂しさ。
出会う前からあった不信感。
そこまで全部引き受けることはできません。
「満たしてくれない人」に見えてくる
二重請求に気づかないままだと、相手が何をしてくれても、
「まだ足りない」
と感じます。
すると、相手はだんだん、
「何をしても満足してもらえない」
と思うようになります。
最初は応えようとしていた人も、次第に疲れてきます。
好きだと伝えても疑われる。
時間を作っても、もっと求められる。
話を聞いても、
「全然わかっていない」
と言われる。
そのうち、
「もう何をしても同じではないか」
と、応えること自体をやめてしまうことがあります。
すると、こちらは、
「やっぱりこの人は、私を大切にしてくれない」
と感じます。
相手が引いたことで、最初から持っていた不安が証明されたように思うのです。
こうして、
求める。
相手が応える。
それでも足りない。
さらに強く求める。
相手が疲れて離れる。
ますます不安になる。
という流れができてしまいます。
オラオラ請求、理論請求、泣き落とし請求
相手がなかなか欲求に応えてくれないと、伝え方も強くなっていきます。
「普通、恋人ならこれくらいするでしょう」
と、正しさで迫る。
「私がどれほど苦しんでいるかわかる?」
と、相手の罪悪感に訴える。
「あなたが変わらないなら、もう無理だから」
と、関係を終わらせる可能性をちらつかせる。
言い方は違っても、
「とにかく、この不足をあなたが埋めて」
という請求です。
本人としては、相手を困らせたいわけではありません。
これほど言わなければ、わかってもらえないと思っているだけです。
ただ、強く請求されるほど、相手は内容よりも責められていることに反応します。
こちらは欲求を伝えている。
相手は攻撃されていると感じて守りに入る。
これでは、本当にしてほしいことが伝わりません。
今日の請求書と、昔の請求書を分ける
欲求の二重請求に気づいたときに必要なのは、
「もう何も求めない」
と我慢することではありません。
今の相手に求めたいことと、今の相手だけでは満たせないものを分けることです。
たとえば、
「もっと私を大切にしてほしい」
ではなく、
「私が話しているときは、スマートフォンを置いて、十分ほど聞いてほしい」
と伝える。
「もっと一緒にいたい」
ではなく、
「月に二回は、二人で食事をする時間を作りたい」
と伝える。
「不安にさせないで」
ではなく、
「帰宅が遅くなるときは、わかった時点で連絡してほしい」
と伝える。
お願いが具体的になると、相手は自分に何ができるのかを考えやすくなります。
そして、実際に相手がしてくれたときには、
「本当に助かった」
と、その分を受け取ります。
してくれていることを受け取れているか
欲求が強くなっているときは、相手がしていないことばかりが目に入ります。
連絡をくれなかった日。
話を聞かなかったとき。
自分を優先してくれなかった予定。
そればかりを数えていると、すでにしてくれていることが見えなくなります。
こちらから連絡すれば返してくれる。
体調が悪いときは気にかけてくれる。
忙しくても会う時間を作っている。
自分なりのやり方で支えようとしている。
それで十分だと無理に思う必要はありません。
ただ、相手が実際にしてくれていることと、してくれていないことを分けて見ることは必要です。
してくれている分を受け取らないまま、
「何もしてくれない」
と伝えれば、相手には、自分の行動をすべて否定されたように聞こえます。
それが叶えば、本当に満たされるのか
お願いを伝える前に、自分に聞いてみたいことがあります。
「それをしてもらえたら、私は何を感じられるのだろう」
毎日「好き」と言ってもらえたら、大切にされていると感じられるのか。
一緒にいる時間が増えたら、寂しさは減るのか。
話を聞いてもらえたら、理解されたと感じられるのか。
そしてもう一つ、
「それをしてもらっても、また別の証明を求めるのではないか」
とも考えてみます。
好きと言われたら、今度は行動で示してほしくなる。
会う時間が増えたら、もっと自分を優先してほしくなる。
話を聞いてもらったら、考え方まで同意してほしくなる。
次々と条件が増えるなら、今のお願いの奥に別の欲求があるのかもしれません。
その場合は、相手へのお願いを増やすよりも、
「私は何を証明してもらおうとしているのだろう」
と考える必要があります。
過去の請求書は、別に扱う
過去に満たされなかったものが見えてきても、すぐに親を許したり、昔の出来事を納得したりする必要はありません。
まずは、
「私は、あのとき本当はこうしてほしかった」
と知ることです。
話を聞いてほしかった。
頑張ったことを認めてほしかった。
困っていることに気づいてほしかった。
自分を後回しにしないでほしかった。
それがわかるだけでも、現在の相手に何を求めているのかを分けやすくなります。
「あの頃の私が欲しかったものを、今の彼に全部与えてもらおうとしていたのかもしれない」
と気づけば、彼へのお願いを減らすというより、お願いの中身を整えられます。
パートナーにお願いしてよいことはある
欲求の二重請求に気づくと、
「では、私は何も求めてはいけないの?」
と思うかもしれません。
そうではありません。
今の関係の中でも、相手にしてほしいことはあります。
話を聞いてほしい。
一緒に過ごす時間がほしい。
言葉で愛情を伝えてほしい。
困ったときには協力してほしい。
自分だけが我慢しない関係にしたい。
これらは、関係を続けるうえで話し合ってよいことです。
ただ、
「これをしてくれたら、今までの寂しさが全部消えるはず」
という役割まで相手に任せないことです。
今のお願いは、今の関係の中で話し合う。
過去から残っているものは、それとは別に扱う。
この二つを分けられると、相手への要求も、自分の苦しさも整理しやすくなります。
何をしてもらっても満たされないときに見ること
パートナーが何をしてくれても満たされないときは、
「私の欲求が強すぎるのだ」
と責める必要はありません。
長い間、求めることを我慢してきたのかもしれません。
誰かにしてほしかったことを、ずっと一人で引き受けてきたのかもしれません。
今の関係で、本当に足りていないものがあるのかもしれません。
大切なのは、いくつもの不足を一つの請求書にまとめないことです。
今の相手に何をお願いしたいのか。
相手はすでに何をしてくれているのか。
それでも満たされないのは、どの時代の寂しさなのか。
一人で考えていると、今の不満と過去の不足が混ざり、すべてがパートナーの問題に見えてしまうことがあります。
カウンセリングでは、欲求を我慢する方法を考えるのではなく、今の相手への正当なお願いと、過去から残っている欲求を分けて整理します。
二重請求をやめるというのは、欲求を取り下げることではありません。
今の相手に渡す請求書を、相手が受け取り、二人で話し合える内容に書き直すことなのです。




