「人間関係をよくしたいなら、感謝を伝えましょう」
そんな話を聞いたことがある人は多いでしょう。
カウンセリングでも、関係を立て直していきたいときに、
「相手に感謝していることを、言葉にして伝えてみましょう」
とご提案することがあります。
ただし、「ありがとう」と一度伝えれば、すぐに関係がよくなるわけではありません。
むしろ、関係が悪くなっているときほど、最初は相手に警戒されたり、素直に受け取ってもらえなかったりすることがあります。
そこで、
「せっかく感謝したのに、何なのよ」
とやめてしまいたくなるのですが、関係が悪くなった時間が長いほど、感謝が届くまでにも時間がかかります。
急に「ありがとう」と言われたら、相手も戸惑う
最近ケンカが増えているカップルがいたとします。
会話をすれば、どちらかが不機嫌になる。
ちょっとした言葉にも腹が立つ。
以前のように話せなくなっている。
そんな中で、彼女が関係をよくしたいと思い、
「いつもありがとう」
と伝えたとします。
こちらとしては、勇気を出して言った言葉です。
もしかすると、
「俺のほうこそ、いつもありがとう」
なんて返ってくることを、ほんの少し期待するかもしれません。
ところが実際には、
「は?」
「急にどうしたの?」
「何かあるの?」
と返ってくることがあります。
言った側としては、
「いや、だから、ありがとうって言っているのよ」
となります。
けれども、最近までケンカばかりしていた相手から、急に「ありがとう」と言われたら、相手が戸惑うのも無理はありません。
「何か頼みたいことがあるのかな」
「また後から文句を言われるのではないか」
「本当にそう思っているのかな」
と警戒することもあるでしょう。
これは、二人の間に、これまでのやり取りが積み重なっているからです。
一度の「ありがとう」で、これまでの印象は変わらない
関係が悪くなるまでには、それなりの時間がかかっています。
何度もケンカをした。
お互いにきつい言い方をした。
話を聞いてもらえなかった。
自分の頑張りをわかってもらえないと感じた。
その積み重ねによって、
「この人は、私に感謝していない」
「何をしても文句を言われる」
「どうせ本当のことは言ってくれない」
というイメージができています。
そのため、一度「ありがとう」と言われても、それまでの印象のほうが強く残ります。
相手からすれば、
「昨日まで怒っていたのに、今日は急に何なのだろう」
となるわけです。
一度の感謝で伝わらないのは、言い方が悪かったからでも、感謝が足りなかったからでもありません。
それまでに作られた印象を変えるには、何度か同じ経験を重ねる必要があるということです。
感謝は、相手の反応を変えるために伝えるのではない
ここで注意したいのは、
「ありがとうと言えば、相手も優しくなるはず」
という期待です。
関係をよくしたくて感謝を伝えるのですから、相手の反応を期待する気持ちが出るのは自然です。
ただ、
「私はありがとうと言ったのだから、あなたも何か返して」
となると、感謝が交換条件になってしまいます。
相手がうれしそうにしない。
感謝を返してくれない。
態度が変わらない。
すると、
「人がせっかく言ったのに」
と腹が立ちます。
これでは、「ありがとう」を伝える前よりも、怒りが増えてしまうことがあります。
感謝を伝えるときには、相手がどんな反応をするかは、いったん相手に任せます。
受け取ってくれるかもしれない。
疑うかもしれない。
何も言わないかもしれない。
その反応を見て、すぐにうまくいっているかどうかを決めつけないことが大切です。
「いつもありがとう」より、具体的に伝える
関係が悪くなっているときに、
「いつもありがとう」
とだけ伝えても、相手には何に感謝されているのかわからないことがあります。
場合によっては、
「いつもって何?」
「普段は文句ばかりなのに」
と思われるかもしれません。
そんなときは、相手も忘れているような、具体的な出来事を伝えます。
たとえば、
「先週、私が帰るのが遅くなった日に、洗濯物を取り込んでくれたでしょう。疲れていたから、すごく助かった。ありがとう」
「この前、私が仕事のことで落ち込んでいたとき、口を挟まずに話を聞いてくれたでしょう。あのとき聞いてもらえてありがたかった」
「昨日、出かける前にゴミをまとめてくれていたよね。時間がなかったから助かった。ありがとう」
「前に私が風邪をひいたとき、飲み物を買ってきてくれたこと、覚えている? あのとき本当に助かった。ありがとう」
というように、
- いつのことなのか
- 相手が何をしてくれたのか
- 自分はどう助かったのか
まで伝えます。
相手自身も忘れているような小さなことだからこそ、
「ちゃんと見ていたんだ」
「覚えていたんだ」
と伝わります。
大きな感謝より、小さな事実を積み重ねる
関係をよくしたいと思うと、つい気持ちを大げさに表す言葉を伝えたくなります。
「あなたと出会えてよかった」
「いつも支えてくれてありがとう」
「あなたが必要なの」
もちろん、本当にそう感じているなら、伝えてもよいでしょう。
ただ、関係が悪くなっているときには、気持ちを大げさに表した言葉ほど相手が受け取りにくいことがあります。
今の関係と、言っていることの重さが合わないからです。
そのため、最初は具体的でわかりやすい出来事から伝えたほうがよいのです。
ドアを押さえてくれた。
荷物を持ってくれた。
連絡をくれた。
話を聞いてくれた。
家にあるものを補充してくれた。
自分が忘れていた用事を覚えていてくれた。
特別なことではなくても、自分が助かったことを伝えます。
ちょっとした「ありがとう」を何度も伝えることで、
「この人は、私がしたことを見ている」
という経験が少しずつ増えていきます。
最初は受け取ってもらえないこともある
具体的に感謝を伝えても、
「別に、それくらい普通でしょう」
「そんなこと、わざわざ言わなくていい」
「急にどうしたの?」
と返されることがあります。
そこで、
「せっかく言ったのに」
と言い返したくなるかもしれません。
けれども、相手もまだ慣れていません。
これまで感謝を伝え合うことが少なかった関係なら、どう受け取ってよいのかわからないこともあります。
照れくさくて、そっけない返事になる人もいます。
疑いがあるために、すぐには受け取れない人もいます。
だからといって、伝えた感謝が無駄になったわけではありません。
表面では受け取らなかったように見えても、言われたことは残っている場合があります。
続けることは、我慢することではない
感謝を伝え続けると聞くと、
「相手が冷たくても、何を言われても耐えなければならないの?」
と思う人もいるかもしれません。
感謝を続けることと、自分の不満を飲み込むことは別です。
ありがたいと思ったことには、ありがとうと伝える。
困っていることについては、困っていると伝える。
傷ついたことについては、別の機会に話し合う。
この三つを一緒にしてしまわないことが大切です。
たとえば、
「仕事を頑張ってくれていることには感謝している。でも、私が話している途中でスマートフォンを見ることについては、やめてほしいと思っている」
ということは両立します。
相手に感謝しているからといって、何でも受け入れる必要はありません。
不満があるからといって、相手がしてくれたことまで無かったことにする必要もありません。
感謝を伝えることで、自分の見方も変わっていく
関係が悪くなっているときは、相手の嫌なところばかりが目に入ります。
何をしても腹が立つ。
少しくらい何かをしてくれても、
「それくらい当然でしょう」
と思う。
相手も同じように、こちらの嫌なところばかり見ているかもしれません。
具体的な感謝を探すことは、相手を無理に素晴らしい人だと思い込むことではありません。
相手が実際にしてくれたことを、もう一度見つけることです。
腹が立つところはある。
納得できないこともある。
それでも、すべてが悪いわけではない。
そのように見られるようになると、二人の関係を「よいか悪いか」だけで判断しなくなります。
感謝を伝えることは、相手のためだけではなく、自分が相手の見方を広げることにもつながります。
関係が悪いときほど、結果を急がない
「ありがとう」を伝え始めたのに、相手の態度がすぐに変わらない。
それは珍しいことではありません。
長い間積み重なった不信感や怒りは、一度や二度の言葉では変わらないからです。
ただ、相手の反応が変わらないからといって、
「この方法は意味がない」
とすぐに決める必要もありません。
今日伝えた感謝が、今日そのまま返ってくるとは限りません。
何度か続けるうちに、
「最近、少し違うな」
と相手が感じ始めることがあります。
やがて、相手からもちょっとだけ感謝が返ってくることがあるかもしれません。
ただし、それを目的にして数を数え始めると、また苦しくなります。
「私は五回言ったのに、相手は一回しか言っていない」
となると、感謝を数えて比べるようになってしまいます。
感謝は、貸し借りを記録するためのものではありません。
本当に感謝していることを伝える
関係をよくする方法として、
「毎日三つ感謝を伝えましょう」
という話を聞くことがあります。
ただ、数をこなすために、思ってもいないことを言う必要はありません。
無理に感謝を探して、
「今日も元気でいてくれてありがとう」
「一緒にいてくれてありがとう」
と言っても、自分が白々しいと感じていれば、続きません。
まずは、本当に助かったことを一つ探します。
大きなことではなくても構いません。
自分が少し楽になったこと。
気にかけてもらったこと。
相手が自分のために動いてくれたこと。
それを、具体的に伝えます。
本当に感じた感謝であれば、相手の反応が思ったものと違っても、
「私はあのことをありがたいと思った」
という事実は変わりません。
「ありがとう」を伝え続ける意味
関係が悪くなっているときの感謝は、すぐに相手を変えるためのものではありません。
二人の間に、
「あなたがしてくれたことを、私は見ています」
という経験を増やすためのものです。
最初は警戒されるかもしれません。
受け取ってもらえないこともあるでしょう。
それでも、具体的な出来事を伝え続けることで、これまでとは違うやり取りが少しずつ増えていきます。
もちろん、感謝だけですべての問題が解決するわけではありません。
話し合う必要があることもあります。
変えてほしいことを伝える必要もあります。
それでも、相手を責める言葉ばかりになっている関係の中に、感謝の言葉が加わることには意味があります。
カウンセリングでは、ただ「ありがとうと言いましょう」とお伝えするのではなく、誰に、どの出来事について、どのように伝えるかを一緒に整理することがあります。
相手が忘れているようなちょっとした出来事を思い出し、
「あのとき、こうしてくれて、私はこんなふうに助かった。ありがとう」
と伝える。
関係が悪いときほど、最初は伝わりにくいものです。
だからこそ、一度の反応だけで諦めず、伝え続けることが大切なのです。




