仕事の経験は十分にある。
後輩から質問されれば答えられる。
困っている人がいれば、自然に手を貸すこともできる。
ところが、
「今度から、このチームをまとめてほしい」
「新人の指導をお願いしたい」
「あなたが責任者として決めてください」
と言われた途端、急に自信がなくなる人がいます。
人をまとめるなんて、自分には向いていない。
指示を出したら、偉そうに思われそう。
自分の判断で失敗したら、責められるかもしれない。
もっと優秀な人がやるべきではないか。
そんなふうに考え、できれば上の立場を避けたいと思います。
実際の仕事はできるのに、人を教えたり、決めたり、注意したりする立場になると怖くなる。
そこには、能力だけでは説明できない心理が関係していることがあります。
「権威を持つ」とは、偉く振る舞うことではない
権威と聞くと、
学校の先生。
親。
上司。
先輩。
組織の責任者。
といった、自分より上にいる人を思い浮かべるかもしれません。
中には、権威という言葉に、
人を従わせる。
上から命令する。
反対意見を許さない。
自分の立場を利用する。
といった印象を持つ人もいるでしょう。
けれども、権威を持つことは、必ずしも人を支配することではありません。
人に説明する。
方針を決める。
必要なことを伝える。
誰かに仕事を任せる。
問題が起きたときに判断する。
経験してきたことを、次の人へ渡す。
こうした役割を担うことも、権威ある立場に入ります。
肩書きがなくても、年齢や経験を重ねるほど、誰かから頼られたり、判断を求められたりする場面は増えていきます。
自分では今までと同じつもりでも、後輩から見れば先輩です。
子どもから見れば親です。
経験の少ない人から見れば、すでに知っている人、決められる人に見えます。
そのとき、自分がこれまで「上にいる人」に向けてきた感情が、今度は自分へ返ってくるように感じることがあります。
評価する側ではなく、評価される側でいたい
上の立場になると、決めることが増えます。
どの方法で進めるのか。
誰に何を任せるのか。
何を優先するのか。
どこまで許容し、どこで注意するのか。
決めれば、誰かが不満を持つこともあります。
全員の希望をかなえられないこともあります。
これまで部下や後輩の立場で、
「あの上司は判断が遅い」
「説明が足りない」
「もっと現場のことを考えるべきだ」
と思っていた人ほど、自分が上の立場になったときに、
「今度は、私が同じように評価される」
と感じます。
人のやり方を見て意見を持つ側から、自分のやり方を見られる側へ移るからです。
責任ある立場が怖いのは、仕事ができないからではなく、批判される位置に立つことが怖いからかもしれません。
昔嫌いだった上司と同じになるのが怖い
過去に、立場を使って人を押さえつける上司や先輩がいた人もいます。
話を聞かずに命令する。
失敗すると、人前で責める。
自分の間違いは認めない。
相手によって態度を変える。
部下の手柄を自分のものにする。
そのような人を見て、
「私は絶対に、あんな人にはならない」
と思ったかもしれません。
この決意が強いと、自分が人を指導する立場になったとき、必要なことまで言えなくなる場合があります。
仕事の期限を守ってほしい。
同じ間違いが続いているので確認してほしい。
周囲に影響が出ているので、やり方を変えてほしい。
本来なら伝える必要があることでも、
「注意したら、あの上司と同じになるのではないか」
「相手を傷つけるのではないか」
と考え、言葉を飲み込みます。
そして、自分が代わりに直す。
相手に言わず、自分が残業する。
問題が大きくなるまで待ってしまう。
厳しい権威になりたくないために、権威を使わないようにするのです。
しかし、必要なことを伝えないままでは、相手も何を直せばよいのかわかりません。
周囲も、
「責任者なのに、なぜ何も言わないのだろう」
と困ることがあります。
相手を押さえつけることと、必要なことを明確に伝えることは同じではありません。
完璧に見えた人と、自分を比べてしまう
反対に、尊敬していた上司や親、先生がいた人もいます。
いつも落ち着いていた。
質問すれば、すぐに答えてくれた。
困ったときには、適切な判断をしてくれた。
仕事で迷っている姿を見たことがなかった。
その人を見て、
「上に立つ人とは、何でもできる人なのだ」
と思うことがあります。
すると、自分が同じ立場になったとき、
「私は、あの人のようにはできない」
と感じます。
わからないことがある。
判断に迷う。
感情的になる日もある。
全員の様子を細かく見ることはできない。
そんな自分には、人を率いる資格がないように思えてきます。
けれども、当時の自分には、その人の見えている部分しかわかりませんでした。
人前に出る前に、何度も準備していたかもしれません。
一人で決めず、別の人に相談していたかもしれません。
表には出さなくても、迷いや失敗があったかもしれません。
完璧に見えた人も、最初から何でもできたわけではないでしょう。
それでも、過去の自分が作った「立派な権威者」のイメージと比べると、今の自分はいつまでも足りなく見えてしまいます。
全員に納得してもらおうとして、決められなくなる
上の立場になることに抵抗がある人は、一方的に決めることを避けようとします。
「皆さんは、どう思いますか?」
「どちらがよいでしょうか?」
「何か希望があれば、全部言ってください」
と、丁寧に意見を聞きます。
意見を聞くこと自体は必要です。
ただ、全員が納得する答えが出るまで決められないと、話は進みません。
早く進めたい人もいれば、慎重に考えたい人もいます。
新しい方法を試したい人もいれば、今までのやり方を変えたくない人もいます。
全員の希望が一致するとは限りません。
誰かの希望を採用すれば、別の人には不満が残ることもあります。
それでも、責任者には決めなければならない場面があります。
ところが、
「私が決めたら、反対した人に嫌われる」
と思うと、いつまでも意見を集め続けます。
最終的には、
「皆さんの希望に合わせます」
と、決める役割を周囲へ返してしまいます。
これでは、周囲も誰の判断に従えばよいのかわからなくなります。
意見を聞くことと、決定まで全員に任せることは違います。
人に任せず、自分で全部やってしまう
責任ある立場になると、人に仕事を任せる必要も出てきます。
ところが、
指示するのが苦手。
途中で確認すると、監視しているように感じる。
修正を頼むと、相手を否定するようで言いにくい。
失敗されたら、自分の責任になる。
そんな気持ちがあると、任せるより自分でやったほうが早いという結論になります。
自分が実務をすべて引き受ければ、誰かに指示を出す必要はありません。
注意する必要もありません。
相手から不満を向けられることも減ります。
けれども、自分の仕事は増え続けます。
部下や後輩は、仕事を覚える機会を持てません。
責任者だけが忙しく、周囲は何をすればよいかわからない状態になります。
人に任せることは、自分の仕事を押しつけることではありません。
どこまで任せるのかを決める。
必要な情報を渡す。
途中で確認する。
失敗したときには、どう修正するかを一緒に考える。
それも、上の立場に求められる役割です。
「嫌われない上司」になろうとすると苦しくなる
責任ある立場になっても、以前と同じ関係でいたいと思うことがあります。
同僚だった人が部下になる。
仲のよかった後輩を指導する側になる。
今まで一緒に不満を言っていた相手に、今度は会社側の方針を伝えなければならない。
関係が変わることに戸惑います。
そこで、
「上司だと思わなくていいから」
「何でも友達のように話してね」
と、距離をなくそうとすることがあります。
もちろん、話しやすい関係は大切です。
ただ、上司と部下には同じ責任があるわけではありません。
上司には、成果や仕事の進め方を確認し、必要なときには修正を求める役割があります。
そこを曖昧にしたまま、全員から好かれようとすると、必要なことが言えなくなります。
言わずに我慢した分だけ、ある日突然強く怒ってしまうこともあります。
相手と親しく接することと、役割の違いをなくすことも別です。
上の立場に立つと、相手の不満も受けることになる
責任ある立場では、正しい判断をしても不満を向けられることがあります。
仕事の負担を公平に分けたつもりでも、
「なぜ自分が、この仕事をしなければならないのか」
と言われる。
期限を守るために方法を決めても、
「こちらの意見を聞いてもらえなかった」
と言われる。
相手の成長を考えて仕事を任せても、
「責任を押しつけられた」
と受け取られる。
どれだけ丁寧に説明しても、全員に喜ばれるとは限りません。
上の立場になることを避けたい人の中には、責任よりも、この不満を受けることを怖がっている人がいます。
自分が不満を向けられると、
「私の判断がすべて間違っていたのではないか」
「リーダーになる資格がなかったのではないか」
と感じます。
けれども、誰かが不満を持ったことと、判断がすべて間違っていたことは同じではありません。
相手の不満を聞き、見直す必要があるところは修正する。
それでも必要な方針なら、理由を説明して進める。
どちらも責任ある立場の仕事です。
過去の権威者に向けた怒りが、自分を苦しくさせる
過去に上司や親、先生に対して、
「もっと私のことを見てほしかった」
「どうして話を聞いてくれなかったのか」
「立場が上だからといって、何をしてもいいと思っていた」
という怒りを持っていることがあります。
その怒りが残っていると、自分が同じ立場になったとき、
「今度は私が、誰かから同じように責められる」
と感じやすくなります。
過去の権威者を理解し、許すことは、自分がその立場へ進むために必要になる場合があります。
ただし、許すとは、その人の行動を正しかったことにすることではありません。
当時の上司は、何人もの部下を抱え、余裕がなかったのかもしれない。
親自身も、親になる準備が十分にできないまま、生活を支えることで精いっぱいだったのかもしれない。
先生は、一人で多くの生徒を見なければならず、全員の事情を細かく知ることができなかったのかもしれない。
そうした事情を見ることと、傷ついた自分の気持ちを否定することは別です。
事情があったとしても、言われた言葉に傷ついた。
もっと話を聞いてほしかった。
別の伝え方をしてほしかった。
その気持ちは、そのまま認める必要があります。
そのうえで、
「あの人にも、できなかったことがあった」
と見ることができると、権威ある人は完璧でなければならないという考えが少し変わってきます。
自分も、できないことを抱えながら役割を担ってよいと思いやすくなります。
過去の人と同じやり方を選ぶ必要はない
以前の上司が威圧的だったからといって、自分も同じ上司になるわけではありません。
親が話を聞いてくれなかったからといって、自分も子どもの話を聞けない親になるとは限りません。
自分は、自分なりのやり方を選べます。
意見を聞いたうえで、必要なことは決める。
間違えたときには認めて修正する。
わからないことは、詳しい人に相談する。
できないことまで、できるふりをしない。
相手の成長に必要な仕事は任せる。
相手の不満を聞いても、すべて言いなりにはならない。
自分が過去にされて嫌だったことを知っているからこそ、別の関わり方を選ぶこともできます。
過去の権威者と自分は、同じ人ではありません。
完璧な人ではなく、修正できる人になる
上に立つ人も、判断を間違えることがあります。
相手の事情を見落とすこともあります。
説明が足りないこともあります。
任せる仕事の量を間違えることもあるでしょう。
重要なのは、一度も間違えないことではありません。
間違えたときに、
「確かに、こちらの確認が足りなかった」
「その点は、やり方を変えたい」
と修正できることです。
立場を守るために間違いを認めない人より、必要なところを認めて調整できる人のほうが、周囲は相談しやすくなります。
謝ることも、権威を失うことではありません。
「説明が足りなかったこと」は認めながら、「この期限は守ってほしい」と伝えることもできます。
自分の間違いを認めることと、役割を放棄することは別です。
自分はどんな上司、先輩、親でありたいのか
過去に出会った人を基準にすると、
あの人のようになってはいけない。
あの人のようにならなければならない。
という二つの間で苦しくなります。
必要なのは、過去の人を基準にし続けることではなく、自分がどのような関わりをしたいのかを考えることです。
決める前に、人の話を聞く。
理由を説明する。
任せた仕事には、必要な支援をする。
できていないことは伝える。
できていることも言葉にする。
自分だけで抱え込まず、相談する。
全員に好かれることより、役割を果たすことを優先する。
すべてを完璧にできなくても、自分が大切にしたい姿勢を決めることはできます。
権威を持つことは、自分の経験を人に渡すこと
長く仕事をしてきた人には、積み重ねてきた経験があります。
失敗したからこそ、わかることもあります。
迷ったからこそ、説明できることもあります。
自分では当たり前にしていることが、経験の少ない人には役立つこともあります。
それでも、
「私なんて、人に教えられるほどではない」
と引っ込めてしまえば、その経験は自分の中に残ったままです。
権威を持つとは、偉い人になることではありません。
自分が得てきたものを使い、必要な判断をし、次の人へ渡していくことでもあります。
カウンセリングでは、なぜ上の立場になることに抵抗があるのかを整理します。
過去にどのような上司や親、先生を見てきたのか。
その人たちへ、どんな怒りや期待を持っていたのか。
自分が同じ立場になったら、何を言われると感じているのか。
嫌われること、間違えること、責任を持つことのうち、何が一番怖いのか。
それらがわかると、過去に見てきた人のやり方と、これから自分が選ぶやり方を分けやすくなります。
上の立場に立つことは、何でもできる人になることではありません。
わからないことは相談し、間違えたら修正しながら、それでも必要なときには決める。
その役割を、今の自分にできる方法で引き受けていくことなのです。




