趣味が続かないのはなぜ?飽きっぽさと自己否定を見分ける心理

ヨガマットで昼寝する女性 感情・心のしくみ

ヨガを始めようとマットを買い、最初の数回は気分よく体を動かしていた。

ところが、動画の先生のように動けず、同じ時期に始めた人の上達を見るうちに、マットを広げる回数が減っていく。

初心者なのだから上手くできなくて当然だと、頭ではわかっている。それでも練習するたびに、「やっぱり私には向いていない」と感じてしまう。

やがてヨガをやめ、次に興味を持ったカメラを買う。「今度こそ続くかもしれない」と期待するものの、しばらくすると同じことが起きる。

趣味が変わること自体は、問題とは限りません。けれど、やめるたびに「また続かなかった」「私には何もない」と感じるなら、趣味以上のものを失ったように感じている可能性があります。

この記事では、興味が次々変わる、上手くできない自分を責めて趣味から離れることの違いをお伝えします。

・趣味が続かない理由を、やめたあとの気持ちから見分ける方法
・上手くできなくなると、急に興味まで失ったように感じる理由
・趣味を自分の価値を証明するテストにしないための考え方

趣味が続かない理由は一つではない

趣味が続かないと、

「私は飽きっぽい」
「根気がない」
「何をやっても中途半端」

と、自分の性格を評価したくなることがあります。

けれども、趣味をやめる理由は一つではありません。

始めてみたら、思っていたほど興味を持てなかった。

知りたかったことがわかり、満足した。

仕事や家庭が忙しくなり、時間を取れなくなった。

費用や通う距離が負担になった。

別のことへ関心が移った。

上手くできない自分を見るのが苦しくなった。

これらは、同じ「続かなかった」という結果でも、中で起きていることが違います。

生活や興味が変わり、趣味を終えることもあります。その経験を面白かったと思えたり、また気が向いたらやろうと考えられたりするなら、無理に問題を探す必要はありません。

確認したいのは、やめたあとに何が残るかです。

経験への満足が残るのか。

次の興味へ自然に移っているのか。

それとも、「またできなかった」という自己評価だけが残るのか。

興味が移っただけなら、趣味は無駄になっていない

一つのことを長く続け、深く極める人もいます。

一方で、新しい世界に触れること自体を楽しむ人もいます。

料理を始めたことで、食材の選び方が変わった。

植物を育てたことで、季節の変化に気づくようになった。

カメラを持ったことで、街の景色を見る目が変わった。

数か月しか続かなかったとしても、経験したことは残ります。

しばらく離れたあと、数年たってから再開することもあります。別の趣味と組み合わさり、思わぬところで役立つ場合もあるでしょう。

趣味は、資格や仕事のように結果を出するものではありません。

何年続けたか。

どこまで上達したか。

人に見せられる成果があるか。

それだけで価値が決まるものでもありません。

興味を持ち、試してみて、ある程度満足した。そこで次へ移ったのなら、その趣味はすでに役割を終えたのかもしれません。

苦しいのは「上手くできない自分」から離れるとき

趣味をやめたあとに強い自己否定が残る場合、興味がなくなったことだけが理由ではない可能性があります。

始めたばかりの頃は、新しい道具や知識に触れるだけで楽しいものです。

これから上手くなれる気がする。

新しい仲間ができるかもしれない。

今までと違う自分になれそう。

その期待によって、気持ちが動きます。

ところが、しばらくすると、思うようにできない時期が来ます。

カメラを買っても、思い描いた写真にならない。

楽器を練習しても、同じ部分で何度も間違える。

手芸を始めても、見本のように仕上がらない。

語学を学んでも、覚えたはずの単語が出てこない。

このとき、

「まだ慣れていない」

と考えられれば、試行錯誤を続けられます。

しかし、

「上手くできない私は、やっぱり何をやってもダメ」

と感じると、練習するたびに自分を評価されているような苦しさが生まれます。

趣味を楽しんでいたはずが、いつの間にか、自分の能力を確認する時間へ変わってしまうのです。

趣味をやめたくなるとき、興味がなくなったとは限りません。

上手くできない自分を何度も見ることが苦しくて、その場から離れたくなっている場合があります。

新しい趣味に「新しい自分」を期待している

趣味を始めるとき、活動そのものへの興味に加えて、自分が変わることへの期待を持つことがあります。

ヨガを始めたら、生活が整いそう。

英語を話せるようになったら、自信を持てそう。

料理を覚えたら、毎日の暮らしが充実しそう。

カメラが上手くなったら、自分にも人に話せるものができそう。

こうした期待が、始める力になることはあります。

ただ、趣味へ「今の自分を変えてくれる役割」を強く求めると、上手くいかない時期に失望も大きくなります。

思ったほど生活は変わらない。

急には自信がつかない。

人に見せられるほど上達しない。

趣味が期待どおりに自分を変えてくれないと、

「これも違った」

と感じ、次の趣味を探します。

すると、新しい趣味を見つけた瞬間に、再び希望が戻ります。

「これなら私にもできるかもしれない」

「今度こそ、自分に合うものかもしれない」

始めた直後は、まだ失敗していません。

できない自分も見えていません。

何にでもなれる可能性が残っています。

そのため、続けることより、新しく始めることのほうが気持ちよく感じられる場合があるのです。

初心者の時間を、適性の判定に使ってしまう

新しいことを始めれば、できない期間があります。

道具の使い方がわからない。

手順を覚えられない。

動きがぎこちない。

何度も同じ間違いをする。

本来は、その期間を通って少しずつ慣れていきます。

けれども、早い段階で、

「向いている人なら、もっと簡単にできるはず」

と考えると、初心者の時間が適性試験になります。

一度上手くできなければ、向いていない。

覚えるのに時間がかかれば、才能がない。

人より遅ければ、続けても意味がない。

この考え方だと、上達する前の段階で「向いているかどうか」を判断してしまうことになります。

SNSも影響します。

自分は始めたばかりなのに、長く続けている人の作品や、特に上手くできた場面を見る。

相手の完成形と、自分の練習途中を比べれば、差が大きく見えるのは当然です。

それでも、

「あの人はできているのに、私はできない」

と受け取ると、趣味の時間が楽しくなくなります。

やめると安心し、次を始めると希望が戻る

上手くできない自分を見続けるのが苦しいと、趣味をやめた直後には少し楽になります。

もう練習しなくていい。

人と比べなくていい。

できない自分をわざわざ確認しなくていい。

道具を見るたびに感じていた焦りからも離れられます。

ただ、ホッとしたあとに、

「また続かなかった」

という思いが出てきます。

何かを身につけたい。

夢中になれるものがほしい。

人に話せる趣味がほしい。

その希望が残っているため、次の趣味を探します。

新しい趣味を始めるときには、まだ以前のような失敗はありません。

再び、

「今度こそ」

と思えます。

そして上手くできない時期になると、同じ自己否定が出てきて、また離れたくなる。

この繰り返しが続くと、趣味が変わることより、

「結局、私には何も続けられない」

という考えが強くなっていきます。

「続ける人が偉い」と感じる背景

趣味は自由な時間に行うものですが、続けることに強い義務を感じる人もいます。

始めたことは最後までやるべき。

道具を買った以上、使い続けるべき。

途中でやめるのは、お金の無駄。

何年も続けてこそ、趣味と言える。

そのように考えると、趣味を始めた瞬間から責任が発生します。

子どもの頃、習い事をやめたいと言っても認めてもらえなかった。

何かを途中でやめると、「根気がない」と言われた。

得意なことや結果を出したことだけを褒められた。

一度始めたら、楽しんでいるかどうかより、続けていることを評価された。

こうした経験があると、現在は自分で選んだ趣味でも、

「やめたら失望される」

「続かなければ、自分の評価が下がる」

と感じることがあります。

その一方で、義務になった趣味は楽しくありません。

楽しくないのにやめることも許せず、道具を見るたびに気が重くなることがあります。

やめたあとの気持ちで、自分の状態を確認する

趣味が続かなかったときは、続いた期間だけで判断せず、次のことを確認してみてください。

  • その趣味で知りたかったことは、ある程度わかったか
  • やめたあとに、満足と自己否定のどちらが強く残っているか
  • 興味が別の方向へ移ったのか、恥ずかしさから離れたのか
  • 誰とも比べなければ、もう少し続けたいと思うか
  • 上手くならなくても、その活動自体を楽しめるか
  • やめたことを、人に知られたくないと感じているか
  • 次の趣味に「今度こそ自分を変えてほしい」と期待していないか

趣味を離れたことに納得しているなら、そこで終えて構いません。

少し休んだあとに再開したくなることもあります。

一方、興味はあるのに、できない自分を見るのが苦しくて離れているなら、続け方を変える余地があります。

趣味を自己評価のテストにしないために

趣味を始める前に、何のためにやるのかを決めておくと、自分を評価してしまう気持ちが減りやすくなります。

上達したいのか。

気分転換にしたいのか。

人と交流したいのか。

一度体験してみたいだけなのか。

生活に新しい刺激がほしいのか。

目的によって、続ける期間も必要な努力も変わります。

一度体験したいだけなら、三回参加して終えても目的は達成しています。

気分転換が目的なら、上手くなることより、その時間に気持ちが切り替わるかが大切です。

上達したいなら、できない期間があることも予定に入れる必要があります。

最初から、

「一年続けなければ」

と決めるより、

「まずは三回やってみる」
「一か月後に、続けたいか見直す」
「人の作品を見るのは、慣れてからにする」

など、確認する時期を決める方法もあります。

また、一度離れた趣味を再開しても構いません。

しばらく休んだことを、最初からやり直しだと考える必要もありません。

趣味は契約ではありません。

興味や生活に合わせて、近づいたり離れたりしてよいものです。

方法を知っても、上手くできない自分を見られないとき

人と比べない。

目的を決める。

短い期間で試してみる。

方法はわかっていても、実際に上手くできない場面になると、強く落ち込むことがあります。

その場合、趣味の続け方だけが問題ではないのかもしれません。

失敗したとき、以前誰からどのような言葉をかけられたのか。

できないことがあると、自分をどのような人だと評価するのか。

上手くできないまま人前にいることを、なぜ恥ずかしいと感じるのか。

趣味を持つことで、どのような自分になろうとしていたのか。

そこまで見ていくと、趣味をやめるたびに苦しくなる理由がわかってきます。

まとめ|続いた期間だけで、趣味の価値を決めない

趣味が続かない理由は、根気の有無だけでは説明できません。

知りたいことを知り、興味が別の方向へ移った。

生活が変わり、時間を取れなくなった。

試してみた結果、自分には合わないとわかった。

そのような終わり方もあります。

一方、趣味をやめるたびに、

「またできなかった」
「私には何もない」
「次こそは続けなければ」

と感じるなら、趣味が自己評価のテストになっている可能性があります。

上手くできない自分を見ることが苦しくてやめ、次の趣味に新しい自分を期待する。この流れを繰り返しているなら、「何を続けるか」だけを考えても、同じ苦しさが残ることがあります。

カウンセリングでは、できないときに自分へどのような評価を下すのか、途中でやめることを誰に責められるように感じるのか、上達や成果によって何を証明しようとしているのかを整理していきます。

過去に失敗を笑われた悔しさや、結果を出したときだけ認められた寂しさが残っている場合、その感情を解放し、当時の経験を現在の視点から理解し直します。上手くできるかどうかだけで自分を判断しなくなると、興味を持ったことを試し、続けるか離れるかを、そのときの自分に合わせて選びやすくなります。

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趣味をやめるたびに、自分の能力や価値まで低く感じてしまうときには、続かなかった理由だけでなく、上手くできない自分をどのように見ているのかから一緒に整理できます。

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