「別に嫌ではありません」
「私がやったほうが早いので」
「そこまで気にしていません」
そう思っていたはずなのに、ある日突然、
「もう無理」
という気持ちが出てくることがあります。
仕事を頼まれても、ずっと引き受けてきた。
家族の都合を優先することにも、慣れていた。
恋人に合わせることも、それほど苦ではないと思っていた。
ところが、ある出来事をきっかけに、相手の顔を見るのも嫌になる。
仕事へ行こうとすると、強い抵抗が出る。
それまで平気だったことが、急に耐えられなくなる。
周囲からは、
「そんなに嫌なら、もっと早く言えばよかったのに」
と思われるかもしれません。
けれども、本人も、自分がそこまで嫌だったことに気づいていなかった場合があります。
感じていたはずの怒りや悲しみ、望みが、自分でもわかりにくくなっていたのです。
このように、感じると困る感情や欲求を、自分の意識から遠ざける心の働きを「抑圧」と呼ぶことがあります。
- 抑圧とは、自分でも感情に気づきにくくなること
- なぜ感情をわからなくする必要があったのか
- 「我慢している」という自覚がない
- 怒りに気づかず、不機嫌だけが残る
- 悲しみを感じないために、冷めたようになる
- 「何をしたい?」と聞かれても答えられない
- 何も感じないことと、納得していることは違う
- 喜びも受け取りにくくなることがある
- 仕事では、限界になるまで負担に気づかない
- 家族では、役割が当たり前になりやすい
- 恋愛では、ある日突然気持ちがなくなったように感じる
- 感情は、そのまま相手へぶつけなくてよい
- 出来事・考え・感情・望みを分ける
- 感情がわからないときは、行動からたどる
- 「今はわからない」と扱ってよい
- 感情に気づいたあと、すぐ行動を変えなくてもよい
- 抑圧を責めない
- こちらの記事もどうぞ
抑圧とは、自分でも感情に気づきにくくなること
私たちは、感じたことをすべて言葉や行動にするわけではありません。
腹が立っていても、その場では言わない。
悲しくても、仕事中は気持ちを切り替える。
不満があっても、話す時期を待つ。
このように、自分の気持ちがわかったうえで、今は表に出さないと決めることがあります。
一方、抑圧が起きているときは、
「私は怒っている」
「本当は断りたい」
「寂しい」
という感情そのものが、自分にもわかりにくくなっています。
嫌だったのに、嫌ではなかったと思う。
傷ついていたのに、何とも感じていないと思う。
本当は助けてほしいのに、一人でやりたいと思う。
自分の希望を聞かれても、何も浮かばない。
感情を意識的に隠しているというより、感じていることへ近づけなくなっている状態です。
なぜ感情をわからなくする必要があったのか
感情がわからなくなるのには、理由があります。
子どもの頃、
「嫌だ」と言ったら怒られた。
泣くと、面倒そうにされた。
腹を立てると、わがままだと言われた。
親が大変そうで、自分の希望を言える雰囲気ではなかった。
家族の中で、自分がしっかりする必要があった。
そのような環境では、感情に気づくこと自体が負担になります。
「私は嫌だ」
とわかってしまうと、それを言えない苦しさが出ます。
「助けてほしい」
と気づいても、誰にも頼れないなら、さらに寂しくなります。
「お母さんに腹が立つ」
と思ったら、愛してはいけない人になったように感じることもあります。
そこで、
嫌ではないことにする。
困っていないことにする。
何も望んでいないことにする。
そうやって感情から離れることで、その環境を生きやすくしたのかもしれません。
抑圧は、本人が未熟だから起きるものではありません。
感じたままではやっていけなかった状況で、身につけた対応です。
ただ、大人になって環境が変わったあとも同じ方法が続くと、自分が何を望んでいるのかわからない苦しさにつながります。
「我慢している」という自覚がない
感情を抑えている人が、いつも「我慢しています」と感じているとは限りません。
むしろ、
「これくらい普通です」
「みんなやっていることです」
「私が気にしすぎなのかもしれません」
と思っています。
仕事を多く任されても、
「できるから頼まれているだけ」
と考える。
家族から何度も頼られても、
「家族なのだから当然」
と思う。
恋人の予定ばかり優先していても、
「相手は忙しいから仕方がない」
と納得する。
一つひとつには、もっともらしい理由があります。
そのため、自分が負担を感じていることに気づきにくくなります。
けれども、理由があることと、負担を感じていないことは同じではありません。
事情を理解していても、嫌なものは嫌かもしれません。
相手が悪くなくても、寂しさは出ます。
引き受けると決めたことでも、疲れることはあります。
感情を認めることは、相手を悪者にすることではありません。
怒りに気づかず、不機嫌だけが残る
怒りを抑圧していると、自分では怒っていないと思っていることがあります。
「別に腹は立っていません」
と言いながら、相手の話し方がやけに気になる。
家族の生活音にイライラする。
職場の人のミスばかりが目につく。
関係のない場面で、強い言い方になる。
怒りの原因になった相手には何も言わず、別の人へ不機嫌が向くこともあります。
本人は、
「最近、余裕がないだけ」
「なぜかイライラする」
と感じています。
けれども、その前に、
本当は断りたかった。
自分ばかり負担していると感じた。
無視されたようで悲しかった。
言いたいことを飲み込んだ。
という出来事があったかもしれません。
怒りをそのまま相手へぶつける必要はありません。
ただ、
「私はあのとき腹が立っていたのかもしれない」
と自分の中で認められないと、怒りが何に向いているのかわからないまま、別の場面へ広がることがあります。
悲しみを感じないために、冷めたようになる
大切な人との関係がうまくいかなかったとき、急に気持ちが冷めたように感じることがあります。
「もうどうでもいい」
「最初から、そこまで好きではなかった」
「別れて正解だった」
そう思うことで、悲しみや寂しさから離れられます。
本当に気持ちが変わった場合もあります。
ただ、失ったことを認めると苦しいため、関係の価値を下げている場合もあります。
楽しかった時間まで否定する。
相手の欠点だけを思い出す。
自分が傷ついたことを認めない。
そのようにしていれば、悲しまなくて済むように感じます。
けれども、感じなかったことにした悲しみが、その後の人間関係へ影響することがあります。
新しい相手にも期待しない。
親しくなる前に欠点を探す。
好きになること自体を避ける。
悲しみを認めることは、過去の相手へ戻ることではありません。
自分にとって大切な関係だったことを、自分の中で認めることです。
「何をしたい?」と聞かれても答えられない
感情だけでなく、自分の希望もわからなくなることがあります。
「どこへ行きたい?」
「何が食べたい?」
「これからどうしたい?」
と聞かれても、答えが浮かばない。
考えているうちに、
「相手はどこへ行きたいだろう」
「一般的には、どちらを選ぶべきだろう」
「迷惑にならない答えは何だろう」
と、周囲の希望を探し始めます。
これまで長く、人の都合に合わせてきた人には、自分の希望を考える機会が少なかったのかもしれません。
希望を持っても通らなかった。
希望を言うと、困らせることになった。
周囲の望みに合わせるほうが、関係がうまくいった。
そのため、最初から自分の希望を感じないようになったことがあります。
「やりたいことを見つけましょう」と言われても、すぐには出てきません。
まずは、はっきりした夢や目標を探すより、
今日は何を食べたくないか。
どの予定を負担に感じているか。
誰と会ったあとに疲れているか。
どの話を聞くと、うんざりするか。
といった反応からたどるほうが、自分の感覚に近づきやすいことがあります。
何も感じないことと、納得していることは違う
相手から嫌なことを言われても、何も感じない。
大変なことが起きても、淡々と対応できる。
周囲からは、
「冷静ですね」
「強いですね」
と言われる。
本人も、自分は平気なのだと思っています。
ただ、何も感じないことが、状況を受け入れていることとは限りません。
感情へ近づかないことで、目の前のことを処理している場合があります。
その場では役立ちます。
家族の問題が起きたとき、感情に飲み込まれず手続きを進める。
仕事でトラブルがあったとき、冷静に対応する。
そのあとも生活を維持する。
こうした力が必要な時期もあります。
ただ、出来事が落ち着いたあとにも何も感じない状態が続き、
眠っても疲れが取れない。
何をしても楽しめない。
人と会うのが面倒になる。
以前好きだったことにも関心が向かない。
という変化があるなら、気持ちを後回しにしたままになっていないか確認してもよいでしょう。
体調の変化にはさまざまな原因があります。
不調が続く場合は、感情だけの問題と決めず、必要に応じて医療機関へ相談してください。
喜びも受け取りにくくなることがある
嫌な感情だけを感じないようにしたつもりでも、うれしさや楽しさまでわかりにくくなることがあります。
褒められても、何とも思わない。
楽しみにしていた予定なのに、当日になると面倒になる。
欲しかったものを手に入れても、すぐ興味がなくなる。
自分が選んだことなのに、満足した感じがしない。
これは、必ず抑圧が原因というわけではありません。
疲労や生活状況も関係します。
ただ、
「期待すると、がっかりする」
「喜ぶと、あとで失うのが怖い」
「自分だけ楽しむと、申し訳ない」
と感じてきた人は、うれしい感情にも制限をかけることがあります。
喜びを感じることにも、これまでの人間関係が影響している場合があります。
仕事では、限界になるまで負担に気づかない
仕事で感情を抑えていると、負担を負担として扱えなくなります。
頼まれれば引き受ける。
理不尽な指示にも対応する。
周囲が仕事をしなくても、自分が補う。
本当は不公平だと感じていても、
「仕事だから」
「できる人がやればいい」
と処理します。
そしてある日、
会社へ行きたくない。
上司の声を聞くだけで腹が立つ。
仕事を全部投げ出したい。
という気持ちが出ます。
それまで我慢していた自覚がないため、
「なぜ急に、こんなに嫌になったのだろう」
と戸惑います。
けれども、急に嫌になったのではなく、長く気づかなかった負担があったのかもしれません。
限界になってから辞めるか続けるかを決める前に、
何を不公平だと感じているのか。
本来は誰の仕事なのか。
どこから負担が増えたのか。
何を断れずにきたのか。
を整理する必要があります。
家族では、役割が当たり前になりやすい
家族の中では、感情を抑圧していることにさらに気づきにくくなります。
親の世話をする。
家族の愚痴を聞く。
行事の段取りをする。
問題が起きれば、自分が連絡や調整をする。
長年続けてきたため、
「自分の役割だから」
と思っています。
本当は、誰かにも分担してほしかった。
感謝してほしかった。
自分の生活も優先したかった。
その気持ちへ気づくと、家族を見捨てる人になるように感じることがあります。
そこで、
「私は別に困っていない」
と思う。
けれども、家族から連絡が来るたびに気が重くなる。
会ったあとに、強い疲れが残る。
頼みを断れないのに、頼まれると腹が立つ。
こうした反応があるなら、愛情がないのではなく、負担を負担として認められていないのかもしれません。
家族を大切に思う気持ちと、これ以上は引き受けられない気持ちは同時に存在できます。
恋愛では、ある日突然気持ちがなくなったように感じる
恋愛でも、不満や寂しさを自覚しないまま関係を続けることがあります。
相手が忙しいから仕方がない。
私が我慢すればうまくいく。
希望を言ったら、面倒だと思われる。
そう考えて、自分の気持ちを後回しにします。
会いたかったこと。
もっと話を聞いてほしかったこと。
傷つく言い方をされたこと。
約束を軽く扱われたこと。
その場では何とも思わなかったことにする。
けれども、ある日、
「もうこの人には何も感じない」
と思うことがあります。
本当に愛情がなくなった場合もあります。
一方で、気持ちを感じることに疲れ、関係全体から離れようとしている場合もあります。
別れを決める前に、
いつ頃から会うことが負担になったのか。
どの出来事を、気にしないことにしたのか。
本当は何を伝えたかったのか。
を振り返ると、自分の中で何が起きていたのかわかることがあります。
感情は、そのまま相手へぶつけなくてよい
感情に気づくことと、相手へ伝えることは別です。
腹が立ったから、怒鳴らなければならないわけではありません。
悲しいから、相手にすべてわかってもらう必要もありません。
寂しいから、必ず関係を続けなければならないわけでもありません。
まずは自分の中で、
私は腹が立っている。
私は悲しかった。
私は本当は断りたかった。
私は大切に扱ってほしかった。
と確認します。
そのうえで、
相手へ伝えるのか。
伝えるなら、どこまで話すのか。
今回は距離を取るのか。
自分の中で理解できれば十分なのか。
を決めます。
感情を認めることは、感情のまま行動することではありません。
感情は、自分の状態を知るための情報です。
出来事・考え・感情・望みを分ける
自分の感情がわからないときは、四つに分けて考えると整理しやすくなります。
何が起きたのか
たとえば、
上司から、急ぎの仕事を追加で頼まれた。
恋人が約束の時間を変更した。
家族から、今週も手伝ってほしいと連絡が来た。
まずは、起きたことを確認します。
そのとき何を考えたのか
「断ったら評価が下がる」
「忙しいのだから仕方がない」
「家族なのだから、私がやるべき」
と考えたかもしれません。
本当は何を感じていたのか
腹が立った。
がっかりした。
面倒だった。
寂しかった。
怖かった。
感情がはっきりしない場合は、
「少なくとも、うれしくはなかった」
というところから始めても構いません。
何を望んでいたのか
仕事量を相談したかった。
約束を軽く扱ってほしくなかった。
家族で分担したかった。
一人で休む時間がほしかった。
望みがわかると、次に何をするかを考えやすくなります。
感情がわからないときは、行動からたどる
「今、どんな気持ちですか」
と聞かれても、わからないことがあります。
そのときは、感情を直接探さなくても構いません。
何をしたくなったかを見ます。
連絡を返したくなかった。
会う予定を取り消したくなった。
仕事を投げ出したくなった。
急に相手の欠点ばかり探した。
家へ帰って、何も話したくなかった。
行動には、感情の手がかりがあります。
また、
誰と会ったあとに疲れるか。
どの話題になると黙りたくなるか。
何を頼まれると腹が重くなるか。
どんな言葉を聞くと、考えたくなくなるか。
を振り返る方法もあります。
感情の名前がわからなくても、
「この場面は嫌だったようだ」
と気づければ、そこから先を考えられます。
「今はわからない」と扱ってよい
感情を聞かれたとき、正しい答えを出そうとする人がいます。
怒っているのか。
悲しいのか。
寂しいのか。
すぐに決めなければならないように感じます。
けれども、長く感情から離れてきた人が、すぐにはっきり答えられないこともあります。
その場合は、
「今はまだわからない」
「何も感じないというより、近づきたくない感じがする」
「言葉にはできないけれど、嫌だった気がする」
と扱って構いません。
はっきりした感情名をつけることより、自分の反応を無視しないことが大切です。
感情に気づいたあと、すぐ行動を変えなくてもよい
「本当は嫌だった」と気づいたからといって、すぐ仕事を辞めたり、家族との関係を切ったりする必要はありません。
感情に気づくことと、人生の決断をすることは別です。
まず、
何が嫌だったのか。
どの程度の負担なのか。
今後も続くことなのか。
相手と調整できるのか。
自分が変えられることは何か。
を考えます。
希望を伝える。
担当を分ける。
会う回数を減らす。
その場で返事をせず、考える時間を取る。
できることを一つずつ試します。
それでも状況が変わらないなら、距離や関係を見直すこともできます。
感情は、すぐ結論を出す命令ではありません。
今まで見落としていた自分の状態を知らせるものです。
抑圧を責めない
自分の気持ちがわからなかったことに気づくと、
「どうしてもっと早く気づかなかったのだろう」
「自分のことなのに、なぜわからないのだろう」
と責めたくなるかもしれません。
けれども、感情に気づかないことで、これまで生活を維持してきた面もあります。
腹を立てていたら、続けられなかった仕事。
悲しみを感じていたら、対応できなかった家庭の問題。
寂しさを認めたら、苦しくなりすぎた関係。
そのときには、感情から離れることが必要だったのかもしれません。
今は状況が変わり、少しずつ自分の気持ちを確認できる時期になった。
そう考えることもできます。
大切なのは、抑圧をなくそうとすることより、
どの感情を認めると困るのか。
何を感じたら、どのような自分になると思っているのか。
その感情を認めても、今の生活で扱える方法があるか。
を見つけていくことです。
カウンセリングでは、「感情をもっと出しましょう」と急ぐのではなく、これまで気持ちを抑える必要があった状況や、家族や人間関係の中で担ってきた役割を整理していきます。
腹を立てると、誰を傷つける気がするのか。
寂しさを認めると、誰かに依存する人になるように感じるのか。
断りたいと思うと、冷たい人になったように感じるのか。
自分の希望を持つと、周囲へ迷惑をかけると思っているのか。
そこがわかると、感情を相手へぶつけずに、自分の中で扱えるようになります。
「何を感じているかわからない」という状態にも、これまでそうする必要があった理由があります。
感情を無理に掘り起こすのではなく、日々の反応や行動から、自分が本当は何を嫌がり、何を望んでいたのかを確認していく。
その積み重ねが、自分の気持ちを置き去りにせず、人や仕事との関わり方を選ぶことにつながります。
こちらの記事もどうぞ
自分が何を感じているのかわからなくなった背景や、嫌だと思う前に仕事や家族の役割を引き受けてしまう理由を整理したい方は、カウンセリングをご利用いただけます。




