「別に、自分を責めているつもりはないんです」
そう話す人でも、よく聞いていくと、疲れているのに休まない、人には頼らない、できたことより足りないところを見る、自分のためにお金や時間を使うことには迷う、ということがあります。
誰かには「無理しないでね」と言えるのに、自分には言わない。
人へのプレゼントなら良いものを選ぶのに、自分のものになると「これで十分」と済ませる。
そんなふうに、自分への厳しさは「私はダメ」「もっと頑張れ」と責める言葉だけで現れるわけではありません。
もしかすると、自分ではごく普通だと思っている日々の選択の中に、ずっと自分を追い込んできたものが隠れているのかもしれません。
この記事のポイント
自分への厳しさは、わかりやすい自己否定だけではありません。
たとえば、
- 疲れていても休まない
- 人には頼らず、自分で何とかしようとする
- 自分のための時間やお金を後回しにする
- 本当はもっと楽な方法があっても選ばない
- 人には良いものを与えるのに、自分には「これでいい」と済ませる
- 本当は嫌だったことまで「これくらい我慢すればいい」と飲み込む
- できたことより、まだできていないことを見る
こうしたことも、自分との関わり方の一つです。
問題は、本人にとってそれがあまりにも当たり前になっていると、自分に厳しくしていること自体に気づきにくいということです。
自分への厳しさは「自分を責める言葉」だけではない
自分に厳しいというと、
「こんなこともできないなんて」
「もっと頑張らなきゃ」
「私ってダメだな」
と、自分を責めることを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも自分への厳しさです。
でも、もっと気づきにくい形もあります。
たとえば、仕事が続いてかなり疲れている。
休日くらいゆっくりすればいいのに、
「せっかくの休みだから」
と朝から家事をして、買い物に行って、用事を済ませる。
夕方にはクタクタになっている。
それでも本人は、
「自分に厳しくしています」
とは思っていません。
むしろ、
「やることがあるからやっただけ」
と思っていることが多いでしょう。
でも、同じ状態の友人から、
「最近ずっと忙しくて、休みの日も動かなきゃいけなくて」
と聞いたら、
「今日はもう休んだら?」
と言えるかもしれません。
人には許せることを、自分には許していない。
そこにも、自分への厳しさがあります。
自分のことになると、なぜか後回しになる
もう一つ、気づきにくいのが、自分により良いものを与えないことです。
これは、高価なものを買った方がいいという話ではありません。
節約したい人もいるでしょうし、物にお金をかけないことを好む人もいます。
大切なのは、金額ではなく、
「自分だから、これくらいでいい」
という扱いが繰り返されていないかということです。
たとえば、本当はもう使いにくくなっているものがある。
毎回使うたびに不便なのに、
「まだ使えるから」
と自分には買い替えない。
家族のものなら、
「毎日使うんだから、使いやすい方がいいよ」
と選べるのに、自分のことになると急に「もったいない」が出てくる。
あるいは、本当はもう少し居心地のいい場所で過ごしたい。
本当はもう少し自分のための時間が欲しい。
本当は、もっと丁寧に扱ってほしい。
それでも、
「これくらいで十分」
「わざわざそこまでしなくても」
「私が我慢すれば済むから」
と、自分への配分だけを減らしてしまう。
これも、自分を責める言葉はありません。
だからこそ、自分への厳しさだとは気づきにくいのです。
なぜ、自分にそこまで厳しくなったのか
では、なぜ自分にだけ厳しくしてしまうのでしょう。
それには、その人なりの理由があります。
子どもの頃から、
「ちゃんとしていなさい」
と言われることが多かったのかもしれません。
頑張ったときに認めてもらえることが多く、
「頑張る私でいれば大丈夫」
という感覚を持つようになったのかもしれません。
親が忙しく、
「迷惑をかけないようにしよう」
と早くから自分のことを自分でやってきた人もいるでしょう。
何かを欲しがったときに嫌な顔をされた経験から、
「自分のために求めるのは申し訳ない」
と感じるようになった人もいるかもしれません。
こうした経験を何度も重ねていると、
「人には与える。でも自分は後でいい」
「できることは自分でやる」
「疲れていても頑張る」
ということが、自分にとっての普通になります。
それは、当時の自分にとって必要な生き方だったのかもしれません。
だから、大人になってから頭で、
「もっと自分を大切にしよう」
と思っただけでは、なかなか変えられないことがあります。
頭では「休んでいい」とわかっているのに、休めない
「そんなに頑張らなくてもいい」
「もっと人に頼ったらいい」
「自分のためにもお金を使っていい」
そう言われれば、
「そうですよね」
と理解できる。
それでも、実際にやろうとすると落ち着かない。
休んでいると、
「こんなことをしていていいのかな」
と思う。
頼ろうとすると、
「迷惑じゃないかな」
と不安になる。
自分のために何かを買おうとすると、
「別にそこまで必要じゃないし」
とやめたくなる。
こういうとき、顕在意識では「自分を大切にしたい」と思っていても、その奥には別の感情があることがあります。
頼る怖さ。
人に負担をかける罪悪感。
自分だけ楽をすることへの抵抗。
「頑張っていない私は価値がない」と感じる怖さ。
過去の経験の中で感じてきたものが潜在意識や無意識に残っていると、頭で考えたこととは違う反応が出ることがあります。
だから、
「わかっているのにできない」
のです。
自分に厳しくすることで、うまくやってきたのかもしれない
自分に厳しくすることには、もう一つの側面があります。
それによって、人間関係や生活を何とかうまく回してきたのかもしれないということです。
頑張れば、人に頼らなくて済む。
期待に応えていれば、がっかりされにくい。
自分の欲しいものを我慢すれば、誰かと揉めなくて済む。
自分より相手を優先すれば、関係を保ちやすい。
そう考えると、自分への厳しさは単に「自分を嫌っているから」だけではありません。
人とうまくやるため。
傷つかないため。
認めてもらうため。
居場所をなくさないため。
そういうやり方で、ここまでやってきたのかもしれません。
だから、それをいきなり、
「今日から自分に優しくしよう」
と変えようとしても、心のどこかでは怖くなることがあります。
これまで自分に厳しくすることで何とかやってこられたのであれば、まずはその理由にも目を向けた方がいいのです。
まず、「自分にどう接しているか」に気づいてみる
では、どうすればいいのでしょう。
まずは、自分をすぐに変えようとするより、
「私は普段、自分にどんな接し方をしているんだろう」
と見てみることからです。
自分にどんな言葉をかけているか。
それだけではありません。
疲れた自分をどう扱っているか。
失敗した自分をどう扱っているか。
助けを必要としている自分をどう扱っているか。
欲しいものがある自分をどう扱っているか。
そして、
自分に何を与えていて、何を与えていないのか。
ここも見てみます。
人には与えているものを、自分には与えていないことがあるかもしれません。
時間。
休息。
助け。
選ぶ権利。
心地よさ。
認める言葉。
大切に扱ってもらうこと。
そこに気づいたとき、
「私は自分を嫌っているつもりはなかったけれど、ずっと後回しにしていたんだな」
と初めて見えてくることがあります。
気づいたから、すぐ変えなくてもいい
気づいたからといって、
「では明日から自分を最優先にしましょう」
とする必要はありません。
それまで自分に厳しくすることで生きてきた人が、急に全部を変えようとすると、それもまた自分を追い込むことになります。
大切なのは、
「今、また自分を後回しにしているな」
「人には許せるのに、自分には許していないな」
「本当はこっちがいいのに、“私にはこれでいい”を選ぼうとしているな」
と気づくこと。
気づきは、変化そのものではなく、変化が始まる入口です。
そこから、
「今回はどうしよう」
と選べる余地ができます。
いつも通り頑張ることを選ぶ日があってもいい。
でも、ときには、
「今日は休んでみよう」
「これは人に頼んでみよう」
「私は本当はこっちが欲しい」
と、今までとは違う選択もできるようになるかもしれません。
自分との関係が変わると、周りとの関係も変わることがある
自分をどう扱っているかは、自分の中だけの問題ではありません。
いつも自分を後回しにしていると、人から後回しにされたときにも、
「仕方ない」
と受け入れてしまうことがあります。
何でも自分でやっていると、周囲も、
「この人は一人でできる人」
として関わるようになります。
嫌なことまで我慢していると、相手には「これで大丈夫なんだ」と伝わることもあります。
反対に、
「私はこれは嫌だな」
「今日は助けてほしい」
「私はこっちを選びたい」
と、自分の気持ちを少しずつ扱えるようになると、人との関わり方も変わっていくことがあります。
自分との関係と、人との関係は、別々ではないのです。
だから私は、人間関係に悩んでいるときにも、
「私は自分にどう接しているんだろう」
というところを見ることがあります。
「自分を大切にする」とは、どういうことか
「自分を大切にしましょう」
という言葉はよく聞きます。
でも、自分を大切にするというのは、いつも自分を褒めることでも、好きなものを何でも買うことでもありません。
まずは、
自分が疲れていることに気づく。
本当は嫌だったことに気づく。
助けが欲しいことに気づく。
もっと良いものを自分にも与えたいと思っていることに気づく。
そして、
「私はこの自分に、どう接したいんだろう」
と考えてみる。
そこから始まるのだと思います。
もし頭では、
「もっと自分を大切にしたい」
とわかっているのに、どうしても同じことを繰り返してしまうのであれば、その奥にはまだ十分に気づいていない感情や、過去の経験が残っていることもあります。
カウンセリングでは、ただ「自分に優しくしましょう」と考えるだけではなく、なぜ休むことが怖いのか、なぜ人に頼ると申し訳なくなるのか、なぜ自分には良いものを与えられないのか、といったところにある感情にも触れていきます。
そこが少しずつほどけてくると、
「自分にはこれくらいでいい」
ではなく、
「私は、本当はどうしたいんだろう」
から選びやすくなることがあります。
自分を責めているつもりはなくても、ずっと自分を追い込んできたのだとしたら。
まずは、それに気づくことから始めてみてもいいのだと思います。



