「私はこういう人」が変わるとき|誰かとの出会いで生まれる新しい自分

感情・心のしくみ

「私は、人に頼るのが苦手」

「私は、恋愛より仕事を優先するタイプ」

「私は、人前に出るような人間じゃない」

「私は、こういう人」

私たちは、自分についていろいろなイメージを持っています。

それは、これまでの経験の中で作られてきたものです。

何度も失敗したから、「私は向いていない」と思うようになった。

人に頼ってうまくいかなかったから、「私は一人でやる方が楽」と思うようになった。

仕事で評価されてきたから、「頑張れる私でいることが大事」と思うようになった。

そうやって作られてきた「私はこういう人」という感覚は、簡単には変わらないように思えます。

でも、誰かと出会ったことで、それまでの自分の見方が変わることがあります。

「私は頼れない人」だと思っていたのに、この人には頼れた。

「私は人前に出るのが苦手」だと思っていたのに、この人に背中を押されて挑戦してみた。

「恋愛なんて面倒」と思っていたのに、この人となら一緒にいたいと思った。

人との出会いによって、それまでとは違う自分が現れることがあります。

そして、その体験によって、

「私はこういう人」と思っていた自分そのものが、少し変わっていくことがあります。

この記事のポイント

私たちは、これまでの経験や人との関係の中で、

「私はこういう人」

という自己概念や、

「こう生きるべき」

「これが大切」

という価値観を作っています。

でも、それらはずっと固定されているとは限りません。

誰かと出会い、その人との間でこれまでとは違う体験をすると、

「私にはこんな一面もあるんだ」

と、自分の見方が変わることがあります。

大切だと思うものが変わることもあります。

私は、こうした変化も、人と人の「あわい」に新しく生まれるものの一つだと考えています。

「私はこういう人」は、どこからできたのか

自分についてのイメージは、最初から決まっていたわけではありません。

たとえば、

「私はしっかりしている人」

という自己イメージ。

子どもの頃から、

「お姉ちゃんなんだから」

と言われてきたのかもしれません。

親が忙しくて、自分のことは自分でやるしかなかったのかもしれません。

仕事で責任ある役割を任され、

「あなたなら大丈夫」

と言われ続けてきたのかもしれません。

そうした経験が積み重なると、

「私は人に頼らず、自分でできる人」

という感覚ができていきます。

それは決して悪いことではありません。

その自分で生きてきたからこそ、乗り越えられたこともたくさんあります。

ただ、

「私は自分でやる人」

という見方が強くなると、

「助けてほしい」

「誰かに任せたい」

「今日は頑張れない」

という自分が出てきても、

「これは私らしくない」

と打ち消してしまうことがあります。

「私はこういう人」という自己概念によって、そこに当てはまらない自分が見えにくくなることがあるのです。

誰かと出会うと、それまでとは違う自分が出てくる

ところが、ある人との関係では、それまでとは違う自分が出てくることがあります。

何でも自分でやってきた人が、

「この人には、お願いしてみようかな」

と思う。

いつも周囲を励ます側だった人が、

「今日は話を聞いてほしい」

と言える。

慎重で、新しいことにはなかなか手を出さなかった人が、

「この人と一緒なら、やってみたい」

と思う。

そんな自分が出てくると、

「私って、こんなことをする人だったんだ」

と驚くことがあります。

ここで、

「本当は昔からこういう自分が隠れていた」

と考えられる場合もあるでしょう。

でも、それだけではないと私は思っています。

その人と出会い、その人との間で何かを体験したからこそ、それまでにはなかった気持ちや選択が生まれることもあります。

「この人なら頼っても大丈夫かもしれない」

という安心が生まれたから、頼る自分が出てきた。

「やってみたら」と背中を押してくれる人との間に、勇気や信頼が生まれたから、挑戦する自分が出てきた。

人とのあわいに生まれた感情が、それまでとは違う行動や選択につながることがあります。

自分一人だけでは、出てこなかった自分です。

どちらが「本当の自分」かを決めなくてもいい

そうなると、

「頼れない私と、頼れる私は、どちらが本当の私なんだろう」

と思うことがあります。

でも、どちらか一方だけを本当の自分にしなくてもいいのだと思います。

誰にも頼らず頑張ってきた自分も自分。

ある人に頼ることができた自分も自分です。

そして、これから別の体験をすれば、さらに違う自分が出てくるかもしれません。

大切なのは、

「本当の私はどれ?」と決めることではなく、「私には、こんな関わり方もできるんだ」と知ることです。

「私は頼れない人」

だったものが、

「私は一人でやることが得意。でも、誰かに頼ることもできる」

に変わる。

自分についての見方が広がると、選べる行動も増えてきます。

価値観も、出会いによって変わることがある

変わるのは自己概念だけではありません。

何を大切にするかという価値観も、人との出会いによって変わることがあります。

たとえば、

「仕事で結果を出すことが何より大切」

と思っていた人がいたとします。

仕事を頑張る。

評価される。

収入を上げる。

それが自分にとって一番大切だった。

でも、ある人と出会って、

一緒に夕食を食べる時間。

どうでもいい話をする時間。

困ったときに助け合うこと。

そんなものに、今までとは違う価値を感じるようになる。

すると、

「仕事より恋愛が大事になった」

という単純な話ではなく、

「誰かと一緒に過ごすことも、私は大切にしたいんだ」

という新しい価値観が生まれることがあります。

反対に、ある人との出会いによって、

「私はもっと自分の仕事を大切にしたい」

「私は一人になる時間も必要なんだ」

と気づくこともあるでしょう。

人と関わることで、

自分が何を大切にしたいのかが、改めて見えてくることがあります。

相手に染まっただけなのか?

誰かと出会って自分の考え方や価値観が変わると、

「私、影響されすぎているのかな」

と思うことがあります。

もちろん、相手に嫌われないために自分の考えを捨てて、相手の価値観に合わせてしまうこともあります。

その場合は、

「私は本当はどう感じているんだろう」

と見る必要があります。

でも、誰かの影響を受けることそのものが、自分を失うことではありません。

私たちはこれまでも、

家族。

友人。

先生。

恋人。

職場の人。

さまざまな人との関わりの中で、

「こんな生き方もあるんだ」

「これは私には合わない」

「私はこれを大切にしたい」

と考えながら、自分の価値観を作ってきました。

だから大切なのは、

「この人の影響を受けてはいけない」と遠ざけることではなく、その人との間で自分に何が起きているのかを見ることです。

私は本当にこれを大切にしたいのか。

この人といるから無理に合わせているのか。

それとも、この人と出会ったことで、今まで知らなかった価値に気づいたのか。

そこを見ていくと、同じ「影響を受けた」でも意味が違ってきます。

その人との間で、自分がどんな感情を感じているのかも、一つの手がかりになります。

怖くて合わせているのか。

安心感や信頼があるから、新しいことを選びたくなっているのか。

同じように行動が変わったとしても、あわいにある感情によって、その意味は違ってきます。

あわいでは、過去だけでなく新しいものも生まれる

以前、「間(あわい)」について、

人との関係には、

過去を映し出すもの

今を映し出すもの

新しく生まれるもの

があると書きました。

【誰かと出会って、何かが起こる|人と人の「間(あわい)」に生まれるもの】

今回取り上げているのは、この中の

「新しく生まれるもの」

です。

人との出会いは、過去にあったものを再現するだけではありません。

もちろん、過去の経験や感情を相手に投影することもあります。

でも、その人と実際に関わる中で、

これまでとは違う感情が生まれたり、

それまで選ばなかった行動を選べたり、

自分についての新しい見方が生まれたりすることがあります。

「私はこんなこともできる」

「私はこんなことを大切にしたい」

「私は、こういう関係を望んでいる」

それまでにはなかったものが、誰かとの「あわい」から生まれることがあるのです。

新しく起きたことを受け取れるか

ただし、新しいことが起きても、それだけで「私はこういう人」という見方が変わるとは限りません。

たとえば、ずっと

「私は人に頼れない人」

と思っていたとします。

あるとき誰かに頼ってみた。

相手は嫌な顔をせず、

「言ってくれてよかった」

と言ってくれた。

でもそこで、

「この人が特別なだけ」

「今回はたまたま」

「本当は迷惑だったと思う」

と考えたら、これまでの自己概念はほとんど変わりません。

新しい体験が起きても、それを自分の中に入れていないからです。

だから、

そこで起きたことを受け取る

ということが大切になります。

「私は頼ることができた」

「相手は受け入れてくれた」

「頼ったとき、私は思ったより安心していた」

「私にも、人を信頼できる部分があるのかもしれない」

起きたことや自分の感情を、すぐに否定せずに見てみる。

誰かから、

「あなたって、人を安心させるよね」

と言われたときも同じです。

「そんなことない」

とすぐ返すのではなく、

「この人には、私はそう見えているんだ」

と一度受け取ってみる。

それまで自分では価値だと思っていなかったものを、誰かとの関係を通して初めて受け取れることもあります。

受け取ると、「私はこういう人」が少し広がる

新しく起きたことを受け取ると、

「私は絶対に頼れない人」

だったものが、

「私は頼ることもできる人」

に変わるかもしれません。

「私は人前に出られない」

と思っていた人が、

「緊張するけれど、人前で話すこともできる」

になることもあります。

これは、それまでの自分を否定することではありません。

今までの自分に、新しく経験した自分が加わる

ということです。

私は一人でも頑張れる。

でも、人に頼ることもできる。

仕事を大切にしたい。

でも、誰かと過ごす時間も大切にしたい。

慎重な自分もいる。

でも、思い切って挑戦することもある。

「私はこういう人」が狭い一つの答えではなくなると、自分との付き合い方も少し変わってきます。

そこから、新しい選択が生まれる

自己概念が広がると、行動にも変化が出てくることがあります。

「私は人に頼れないから」

で終わるのではなく、

「前にも一度頼れたから、今度も少し頼ってみようかな」

と思える。

「私は人前が苦手だからやめておこう」

ではなく、

「緊張するだろうけれど、やってみたい気持ちもある」

と考えられる。

誰かとの関係の中で生まれた新しい体験を受け取ることが、次の新しい選択につながっていく。

私は、ここにも「むすひ」という考え方を感じています。

何かと何かが関わることで、それまでにはなかったものが生まれる。

そして、生まれたものを受け取ることで、さらに次のものが生まれていく。

人と人の関係でも、そんなことが起きるのだと思います。

「私はこういう人」を決めつけなくてもいい

「私はこういう人」という感覚は、私たちが生きていくうえで必要なものです。

でも、その自己イメージがあまりに強くなると、

自分にできること。

人との関わり方。

選べる生き方。

まで、「私らしいかどうか」で決めてしまうことがあります。

だから、誰かとの関係の中で、

「いつもの私とは違うな」

と思うことがあったら、

「これは私らしくない」

とすぐに否定せずに、

「どうしてこの人との間では、こんな私が出てきたんだろう」

と少し興味を持ってみてもいいのだと思います。

そこには、

今まで気づかなかった自分の気持ちがあるかもしれない。

これまで知らなかった自分の価値があるかもしれない。

新しく大切にしたくなったものがあるかもしれない。

誰かと出会って、自分の見方が変わっていく

誰かと出会って、何かが起こる。

その「何か」は、不安や怒りのような感情だけではありません。

自分についての新しい見方が生まれることもあります。

大切にしたいものが変わることもあります。

今までなら選ばなかったことを、選べるようになることもあります。

そしてそれは、

「本当の自分が見つかった」

ということだけではありません。

その人と出会い、関わったからこそ、

今までの自分にはなかった気持ちや行動が生まれることもあります。

たとえば、これまで人に頼れなかった人が、その人には頼ることができた。

それは、もともと隠れていた「本当の自分」が出てきたというより、その人との関係の中で、新しい自分が生まれたということです。

そこで起きたことを、

「たまたま」

「私らしくない」

と打ち消さずに受け取ってみる。

すると、

「私はこういう人」

だと思っていた自分に、

「こんな私もいる」

が加わっていきます。

自分の心に興味を持つというのは、嫌な感情の原因を探すことだけではありません。

自分の中に新しく生まれたものにも気づいていくことです。

そして、その新しい感情を受け取ることで、それまでとは違う選択がしやすくなることがあります。

「なぜこの人には頼れたんだろう」

「なぜこの人といると、やってみたいと思えるんだろう」

「私は今、何を大切にしたくなっているんだろう」

そんなふうに見ていくと、自分について知っているつもりだった世界が少し広がることがあります。

誰かと出会って、新しい自分が生まれる。

それを受け取ることで、また新しい選択が生まれる。

そんな変化も、人と人の「あわい」から生まれるものの一つだと思っています。

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