人と会ったあとにどっと疲れるのはなぜ?|その人の前で引き受けている「役割」

仕事・対人関係

「嫌いなわけではないんだよね」

「むしろ、いい人だと思ってる」

それなのに、その人と会ったあとは、なぜかどっと疲れる。

帰ってきてから何もしたくなくなったり、一人になってようやくホッとしたりする。何か嫌なことを言われたわけでもないし、ケンカをしたわけでもない。

だからこそ、「どうしてこんなに疲れるんだろう」と自分でも不思議に思うことがあります。

もしかすると、その人と一緒にいる間、あなたは会話をしているだけではなく、何かの役割をずっと引き受けているのかもしれません。

相手を楽しませる役。
相手の話を受け止める役。
相手が落ち込んだら支える役。
場の雰囲気が悪くなったら、なんとかする役。

本人はそれを役割だとは思っていないこともあります。ただ、人と関わるときにはそうするものだと思ってきた。

そのため、会っている最中は普通に過ごしていても、帰ったあとに疲れが一気に出ることがあります。

疲れる相手の前では、同じ役割を引き受けていることがある

誰と会っても疲れるわけではないのに、特定の人と会うと疲れる。

そんなときは、その人との間で、自分がどんな役割を引き受けているのかを見てみると、理由がわかることがあります。

たとえば、相手が否定的な話をよくする人だったとします。

「それは違うと思う」
「どうせやっても無理だよ」
「あの人って本当にダメだよね」

聞いていて、あまり気分のいい話ではありませんが、そんな話を聞いているうちに、本当は嫌な気持ちになっていても、「でも、この人にも事情があるから」「優しく聞いてあげた方がいい」と、自分の不快感を抑えることがあります。

相手が依存的な人なら、「自分が支えなければ」と思うこともあるでしょう。相談されるたびに話を聞き、困っていれば助け、相手が落ち込んでいれば元気にしようとする。

相手が不機嫌になりやすい人なら、不機嫌にさせないように言葉を選び、相手の表情を見ながら話すかもしれません。

こうしたことを長い時間続ければ、疲れるのは不思議ではありません。

問題は、その役割をしていることそのものよりも、自分が疲れていても、その役割をやめられないことにあります。

心理学でいう「役割」とは何か

ここでいう役割とは、仕事上の役職や、母親・妻・上司といった立場のことだけではありません。

人との関係の中で、「私はこうしていなければならない」と、自分でも気づかないうちに引き受けている振る舞いも、役割の一つです。

たとえば、家族の中で誰かが不機嫌になるたびに、自分が場を明るくしてきた人がいるとします。

最初は、そのとき必要だった行動だったのかもしれません。自分が明るく振る舞えば、言い争いが止まった。親が笑ってくれた。家の中が少し落ち着いた。

そういう経験が続くと、「人が不機嫌なときは、私がなんとかする」という関わり方が身についていくことがあります。

すると大人になってからも、友人が落ち込んでいると元気にしようとしたり、職場で場の雰囲気が悪くなると自分が話題を変えたり、恋人が不機嫌になると自分から機嫌を取ったりします。

本人にとっては、それがあまりにも当たり前なので、「私は役割をしている」とは感じません。

むしろ、

「普通これくらいするでしょう」

「困っている人がいたら助けるでしょう」

「私がやった方が早いから」

と思っていることもあります。

でも、役割にはもう一つ特徴があります。

やりたいからやっているというより、やらないと落ち着かないのです。

話を聞きたくないのに聞いてしまう。助ける余裕がないのに引き受けてしまう。相手の機嫌を放っておけばいいと頭ではわかっていても、それができない。

役割が苦しくなるのは、この「やらないという選択がしにくい」ところです。

相手の関わり方そのものが疲れることもある

もちろん、こちらが何かを引き受けているから疲れるとは限りません。

相手が一方的に話し続ける。

こちらの話を何度も否定する。

頼みごとが多い。

断っても押しつけてくる。

会うたびに誰かの悪口ばかり聞かされる。

そうした関わり方そのものに疲れることもあります。

ただ、同じ相手と接していても、ものすごく疲れる人と、それほど気にならない人がいます。

否定的なことを言われても、「この人はこう考えるんだな」と受け取って終われる人もいます。頼られても、自分にできないことは断れる人もいます。

相手が依存的であっても、その依存を自分が引き受けなければ、距離を取ることもできます。

つまり、相手がどんな関わり方をする人なのかに加えて、自分がその相手にどう反応しているのかも、疲れ方に大きく関係しています。

「優しくしなければ」と思うと、不快感まで我慢する

「私は、人には優しくしたい」そう思うこと自体には、何も問題はありません。

ただ、それが、「どんな相手にも優しくしなければならない」になると、少し事情が変わります。

相手の話がしんどくても聞き続ける。

嫌なことを言われても笑って流す。

断りたいのに断らない。

相手が落ち込んでいたら、自分が元気にしなければと思う。

そこでは、相手に優しくすることが、自分の気持ちを我慢することと一緒になっています。

本当は不快なのに、「こんなことで嫌になる自分の方が冷たい」と思う。

本当はもう話を聞きたくないのに、「ここで帰ったら悪い」と思う。

本当は助けられないのに、「見捨てるみたいで嫌だ」と思う。

こうして、自分の感情よりも役割を優先していると、その人と会うたびに疲れがたまっていきます。

役割を引き受けるのにも理由がある

では、なぜその役割をやめられないのでしょうか。

「断ればいい」
「無理して聞かなければいい」
「距離を取ればいい」

頭ではそう思えても、実際にはできないことがあります。

そこには、その人なりの理由があります。

たとえば、子どもの頃から家族の中で、誰かの機嫌をとる役をしてきた人なら、「誰かが不機嫌なままなのは落ち着かない」と感じるかもしれません。

困っている人を助けるのが当たり前の家庭で育った人なら、「助けない私は冷たい人間だ」と感じることもあるでしょう。

自分の気持ちより、家族や周囲の都合を優先することが当たり前だった人なら、自分が嫌だと思っていること自体に気づきにくいこともあります。

また、人に嫌われることへの恐れが強い人は、役割をやめることで相手が離れていくように感じることがあります。

「優しくしなくなったら嫌われるかもしれない」

「頼まれたことを断ったら、必要とされなくなるかもしれない」

「話を聞かなかったら、冷たい人だと思われるかもしれない」

こうした恐れがあると、疲れていても役割を続けます。

同じ役割でも、背景にある感情は人によって違う

「人を助ける役をしてしまう」と言っても、その理由は一つではありません。

見捨てられることへの恐れから助ける人もいます。

自分が役に立つことで、関係が続くと思っている人もいます。

相手が苦しんでいると、自分まで苦しくなってしまい、早く楽にしてあげたくなる人もいます。

誰かを助けられなかった過去があり、そのときの罪悪感が残っている人もいるでしょう。

だから、「人を助けすぎないようにしましょう」ということだけでは、なかなか変わらないことがあります。

役割を引き受けている理由には、その人が経験してきたことや、そこで感じた感情、そこから身についた物事の見方が関係しています。

感情が変わると、物事の見え方も変わる

たとえば、困っている人を見ると、「私が何とかしなければ」と感じる人がいたとします。

そこには、「助けないと見捨てられる」「役に立たなければ愛されない」といった見方があるかもしれません。

その見方の背景にある寂しさや罪悪感、恐れなどが受け止められたり、解放されたりすると、同じ出来事を見ても、以前とは違って見えることがあります。

以前なら、「頼られた。私が助けなければ」と感じていた場面で、「この人は困っている。でも、これは私が引き受けることなのかな」と考えられるようになる。

以前なら、「嫌なことを言われたけれど、優しくしなければ」と思っていた場面で、「私は今、この話を聞いていてしんどいんだな」と、自分の感情にも気づけるようになる。

これは、無理に考え方を変えようとしているのではありません。

自分の中に残っていた感情が変化することで、出来事の見え方そのものが変わっていくのです。

役割を手放すと、疲れ方が変わる

役割を手放すというと、冷たくなることのように感じるかもしれません。
でも、そうではありません。

相手が困っていたら助けることもある。

話を聞きたいときは聞く。

優しくしたいときは優しくする。

ただし、「しなければならない」からするのではなく、「私はどうしたいのか」を選べるようになる。

そこが大きく違います。

相手が落ち込んでいても、今日は自分に余裕がなければ、「今は長く話を聞けない」と伝えることができる。

否定的な話が続いてしんどければ、「その話は今日は聞きたくない」と言うこともできる。

相手が依存してきても、自分がすべて引き受ける必要はないと思える。

そうすると、人と会うことに使うエネルギーが変わります。

相手の感情や問題まで自分が背負わなくてよくなるからです。

役割を手放したら、関係が変わることもある

自分が役割を手放すと、相手との関係も変わることがあります。

今までなら、いつでも話を聞いてくれた。

何を頼んでも断らなかった。

不機嫌になれば、こちらの機嫌を取ってくれた。

そんな関係で、自分が今までと同じように動かなくなると、相手も戸惑うかもしれません。

その結果、以前より対等に話せるようになることもあります。

これまで相手が何も言わなくても、こちらが気持ちを察して動いていた関係なら、それがなくなることで、相手も自分の気持ちや希望を言葉で伝えるようになることがあります。

一方で、今までの役割をしてくれないなら会いたくない、と相手が離れていくこともあります。

こちらから、「もうこの関係を続けなくてもいい」と思うこともあるかもしれません。

役割を手放した結果、関係がどうなるかはわかりません。

でも、少なくとも、自分が疲れ続けなければ成り立たない関係を、これまでと同じ形で続ける必要はなくなります。

「あの人と会うと疲れる」の中に、自分の人との関わり方が見える

特定の人と会ったあとにどっと疲れると、「あの人とは相性が悪いのかな」と思うかもしれません。

もちろん、本当に距離を取った方がいい相手もいます。

ただ、もう一つ見ておきたいのは、その人との間で、自分がどんな役割を引き受けているのかということです。

その役割をやめられない理由には、自分がこれまで経験してきた人間関係や、その中で感じてきた感情、身についた物事の見方が関係しています。

だからこそ、その背景が変わると、役割を手放すことができるようになります。

役割を手放せると、相手に合わせ続ける必要がなくなります。自分が嫌だと感じていることにも気づけるようになり、助けるのか、断るのか、距離を取るのか、話を聞くのかを、自分で選べるようになります。

その結果、人と会ったあとの疲れ方も変わっていきます。

カウンセリングでは、「その人と会うと疲れる」という出来事だけを見るのではなく、その相手との間でどんな役割を引き受けているのか、なぜその役割をやめにくいのか、その背景にどんな感情や体験があるのかを見ていきます。

役割を続ける理由になっていた感情が受け止められたり、解放されたりすると、「こうしなければならない」という見え方が変わることがあります。

そして、自分はこの人とどのように関わりたいのかを、これまでより自由に選べるようになっていきます。

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