本当は、わかってほしい。
できれば、そばにいてほしい。
けれども、誰かが近づいてくると落ち着かなくなる。
やさしくされると、何か裏があるように感じる。
心配されても、
「平気です」
と答えてしまう。
寂しいのに、相手へ冷たい態度を取る。
関係が深くなりそうになると、自分から距離を置く。
こうした反応には、心の防衛が関係していることがあります。
心の防衛とは、傷つき、不安、恥、寂しさ、悔しさなどを感じることから、自分を守ろうとする反応です。
人を疑うことだけが防衛ではありません。
怒る。
黙る。
笑ってごまかす。
何でも一人でやる。
完璧に振る舞う。
相手を先に批判する。
関係が壊れる前に、自分から離れる。
これらも、自分を守る方法になることがあります。
心の防衛とは、自分を守るために起きる反応
人は、危険を感じたときに身を守ります。
それは身体だけでなく、気持ちについても同じです。
以前、信じた人に裏切られた。
弱っているときに見下された。
本音を話したら、否定された。
助けを求めたのに、迷惑そうな顔をされた。
好きな人から突然離れられた。
そのような経験があると、
「もう同じ思いはしたくない」
と感じます。
そこで心は、傷つく可能性を減らすための方法を覚えます。
最初から期待しない。
人を信用しすぎない。
本音を見せない。
相手より先に距離を取る。
つらくても助けを求めない。
こうしておけば、以前と同じ痛みを避けられるように感じるからです。
防衛は、本人を困らせるために生まれたものではありません。
これまで自分を守るために役立ってきた方法です。
ただ、過去には必要だった防衛が、今のすべての人間関係にも使われ続けると、別の苦しさが出てきます。
防衛は「何も感じないため」にも使われる
防衛というと、人を遠ざける行動を思い浮かべるかもしれません。
けれども、感じたくない気持ちを隠すためにも使われます。
本当は悲しい。
けれども、悲しみを認めたら立っていられない気がする。
そこで、
「別にどうでもいい」
と思うことにする。
本当は寂しい。
けれども、寂しいと言って受け入れてもらえなかったら、もっとつらい。
そこで、相手へ冷たくする。
本当は怖い。
けれども、怖がっている自分を見せたくない。
そこで、相手を強い言葉で責める。
表に出ている感情と、その奥にある感情が違うことがあります。
怒りの奥に不安がある。
無関心の奥に悲しみがある。
批判の奥に恥ずかしさがある。
強がりの奥に助けてほしい気持ちがある。
表面の反応だけを止めようとしても、奥にある感情が扱われないままでは、別の形で防衛が続くことがあります。
傷ついたときほど「平気」と言ってしまう
本当につらいときに限って、
「平気です」
「気にしていません」
「一人で何とかできます」
と言う人がいます。
心配されること自体が嫌なのではありません。
つらい自分を見せたあと、どう扱われるかわからないことが怖いのです。
面倒な人だと思われるかもしれない。
重い話をする人だと避けられるかもしれない。
気を使われるようになり、今までの関係が変わるかもしれない。
弱っていることを知られたら、立場が下になるかもしれない。
そう感じると、苦しい状態を隠します。
周囲から見ると、本当に一人でできるように見えます。
本人も、助けを求めずにやり切ります。
そのため、ますます誰からも声をかけられなくなることがあります。
そして、
「結局、誰も助けてくれない」
と感じます。
誰にも頼れない現実がある場合もあります。
一方で、助けが必要なことを誰にも見せていないため、周囲が気づけない場合もあります。
寂しいときほど、相手へ冷たくなる
相手にもっと関わってほしい。
連絡がほしい。
自分の気持ちをわかってほしい。
そう思っているのに、素直に伝えられず、相手へ冷たくすることがあります。
「もういい」
「好きにすれば」
「別に会わなくても困らない」
と言ってしまう。
本音を伝えたときに断られたら、傷つきます。
そのため、先に相手を突き放します。
自分から離れた形にすれば、相手に捨てられたと感じずに済むからです。
けれども、相手には、
「一人にしてほしいのだ」
「関わらないほうがよいのだ」
と伝わります。
本当は近づいてほしいのに、相手を遠ざける言葉を使っているため、望んだ結果とは反対のことが起きます。
その結果、
「やはり誰も私の気持ちをわかってくれない」
という思いが強くなることがあります。
やさしさや好意を疑ってしまう
人からやさしくされたときに、すぐ受け取れないこともあります。
なぜこんなに親切なのだろう。
何か頼みごとがあるのではないか。
あとで見返りを求められるのではないか。
弱っていると思われているのではないか。
そのように考えます。
過去に、親切のあとで要求された経験がある。
助けてもらったことを、長く責める材料にされた。
好意を信じたら、裏切られた。
そのような経験があれば、疑うことで自分を守りたくなるのも自然な反応です。
ただ、目の前の相手が本当に同じ人とは限りません。
今の相手の言動を見ず、過去の相手と同じ結果になると決めると、信頼できる関係まで遠ざけることがあります。
反対に、誰からの好意も疑わず受け入れる必要もありません。
大切なのは、
「私は疑い深いから直さなければ」
と考えることではなく、
「この人は、こちらの断る自由を認める人だろうか」
「助けたことを理由に、選択へ踏み込んでこないだろうか」
「言葉と行動が一致しているだろうか」
と、現在の相手を見ることです。
否定される前に、相手を批判する
自分に自信がないときほど、相手の欠点が気になることがあります。
相手に評価される前に、
「あの人は大したことがない」
「考えが浅い」
「どうせうまくいかない」
と批判する。
先に相手の価値を下げておけば、その人から否定されても傷つきにくく感じます。
たとえば、仕事のできる人を見て不安になったとき、
「あの人は上司に取り入っているだけ」
と思う。
魅力的な人を見て比較が始まったとき、
「あの人は中身がない」
と考える。
相手の問題が実際に見えている場合もあります。
ただ、自分の不安や劣った感覚を避けるために、相手の欠点を探していることもあります。
批判の前に、
「この人を見て、私は何を感じたのだろう」
と確認すると、防衛の奥にある気持ちが見つかることがあります。
怒りで自分を守ることもある
本当は傷ついているのに、怒りだけが出ることがあります。
約束を忘れられた。
話を聞いてもらえなかった。
大切に扱われていないように感じた。
そのとき、
「寂しかった」
「悲しかった」
と伝える代わりに、
「普通は忘れないでしょう」
「あなたはいつもそう」
と責める。
悲しさを伝えて受け止めてもらえなかったら、さらに傷つきます。
怒りなら、相手より強い立場にいるように感じられます。
そのため、悲しさや寂しさを怒りへ変えて、自分を守ることがあります。
怒ること自体が問題とは限りません。
理不尽な扱いを受けたときには、怒りが必要です。
ただ、怒りだけを使い続けると、自分が本当に伝えたかったことが相手へ届きにくくなります。
一次的には悲しさや怖さがあり、そのあとに怒りが出ている場合には、両方を分けて考える必要があります。
完璧に振る舞うことも防衛になる
失敗しない。
人に迷惑をかけない。
いつも正しく判断する。
頼まれたことは期待以上に仕上げる。
こうした完璧さも、自分を守る方法になることがあります。
失敗しなければ、責められない。
何でもできれば、見捨てられない。
人の期待に応え続ければ、居場所を失わない。
そのため、できないことを隠します。
わからないことを質問できません。
余裕がなくても引き受けます。
周囲からは能力の高い人に見えますが、本人は常に、
「失敗したら終わり」
という緊張の中にいます。
完璧にできる力が問題なのではありません。
完璧でいなければ、人との関係や自分の立場を守れないと感じていることが苦しさにつながります。
何でも一人で抱えることも防衛になる
人に頼れないことも、心の防衛と関係します。
頼んで断られたら傷つく。
できない人だと思われたくない。
弱っていると知られたくない。
助けてもらうと、相手に従わなければならない気がする。
そう感じるため、最初から自分でやります。
一人でやれば、相手の反応に振り回されずに済みます。
期待して裏切られることもありません。
けれども、その方法だけを使うと、負担は自分に集中します。
疲れても頼れない。
相手が助けようとしても断る。
それでも心の中では、
「誰かに気づいてほしい」
と思っている。
こうして、一人でいたい気持ちと、支えてほしい気持ちが同時に存在することがあります。
関係が深くなる前に、自分から離れる
人との距離が近くなったときに、急に相手が嫌になることがあります。
それまで楽しく話していた。
好意も感じていた。
ところが、相手がこちらを大切にし始めた途端、欠点ばかりが目につく。
連絡を返すのが面倒になる。
距離を取りたくなる。
相手への気持ちが本当に変わった場合もあります。
一方で、関係が深くなることで、
自分の本音が知られる。
相手を失ったときの傷が大きくなる。
期待してしまう。
頼る自分が出てくる。
そのことを恐れて、離れようとする場合があります。
親しくなる前に関係を終わらせれば、深く傷つかずに済みます。
けれども、これを繰り返すと、
「どうして私は人と長く関われないのだろう」
という悩みが残ります。
過去には必要だった防衛が、今も続いている
心の防衛は、過去の状況では役立っていたかもしれません。
家庭で感情を見せると、さらに責められた。
人に頼ると、期待を裏切られた。
本音を言っても、聞いてもらえなかった。
親しくなった人に、急に離れられた。
その状況では、
何も言わない。
期待しない。
一人でやる。
誰も信用しない。
先に離れる。
という方法が、自分を守ってくれました。
問題は、その方法が悪かったことではありません。
状況が変わったあとも、同じ反応だけが続いていることです。
今は、話を聞こうとする相手がいるかもしれない。
断っても関係を切らない人がいるかもしれない。
助けたことを、支配の材料にしない人もいるかもしれない。
それでも、過去と同じ結果になると思い、最初から関係を閉じることがあります。
今の危険と、過去から続く警戒を分ける
人を疑ったり距離を取ったりすると、
「過去の傷があるからでしょう」
と言われることがあります。
けれども、すべてを過去の問題にするのは危険です。
今の相手が、
嘘を繰り返す。
約束を守らない。
断っても要求を続ける。
弱っているところへ入り込み、都合よく利用する。
こちらの話を聞かず、自分の考えを押しつける。
そのような人であれば、警戒や距離が必要です。
防衛反応を考えるときには、
今の相手の言動に、実際の問題があるのか
過去の経験が、現在の相手にも重なっているのか
を分けます。
どちらか一方だけとは限りません。
現在の相手に気になる言動があり、そこへ過去の経験が重なって、警戒がさらに強くなることもあります。
「疑う自分が悪い」と決めず、何を根拠に警戒しているのかを確認する必要があります。
防衛の壁と、境界線のドアは違う
人間関係では、心を守るための境界線が必要です。
ただ、防衛の壁と境界線は同じではありません。
防衛が壁になると、相手が誰であっても近づけません。
危険な人も入れませんが、信頼できる人も入れません。
こちらも外へ出られないため、助けを求めたり、気持ちを伝えたりすることが難しくなります。
一方、境界線にはドアがあります。
相手の言動を見て、開けるかどうかを選べます。
今はここまで話す。
このことはまだ話さない。
この頼みは引き受ける。
この要求は断る。
信頼できるとわかったら、もう少し開ける。
違和感があれば、途中で閉じる。
誰にでも心を開く必要はありません。
一度開けたら、開けたままにする必要もありません。
自分で開け閉めを決められることが、境界線を持つということです。
防衛をすべて取り払う必要はない
心の防衛を知ると、
「もっと人を信じなければ」
「心を開かなければ」
と思うかもしれません。
けれども、防衛をすべてなくす必要はありません。
人を見極める警戒心は必要です。
嫌なことを断る力も必要です。
自分のすべてを、誰にでも話す必要もありません。
目指すのは、誰に対しても無防備になることではありません。
過去の経験だけで全員を同じ人だと決めず、今の相手を見て選べることです。
近づく。
距離を置く。
一部だけ話す。
助けを求める。
断る。
関係を終わらせる。
その中から、状況に合うものを選べる状態です。
防衛が出た直前に何があったかを見る
自分の防衛に気づくには、反応が出た直前を振り返ります。
急に相手が嫌になった。
強い言葉で責めた。
連絡を返したくなくなった。
親切を疑った。
一人でやろうとした。
その直前に、何があったでしょうか。
心配された。
褒められた。
頼ってほしいと言われた。
関係について聞かれた。
自分の失敗を指摘された。
相手が別の人と楽しそうにしていた。
反応のきっかけがわかると、
「私は何から自分を守ろうとしたのだろう」
と考えられます。
見下されること。
拒絶されること。
依存する自分になること。
期待して裏切られること。
劣っている自分を見られること。
そこが見えてくると、表面の行動だけではなく、守ろうとしているものを扱えます。
誰に、何を、どこまで見せるかを選ぶ
心を開くことは、何でも話すことではありません。
信頼できるかまだわからない相手には、日常の話だけにする。
一度話したことを、相手がどのように扱うかを見る。
こちらの気持ちを否定せずに聞く人かを確認する。
断ったときに、不機嫌や攻撃で返さない人かを見る。
そのうえで、話す範囲を決めます。
一気に関係を深める必要はありません。
誰にも見せないか、すべてを見せるかの二択にしなくてもよいのです。
一部を話す。
反応を見る。
必要に応じて、次を決める。
そのように、自分で範囲を選べます。
心の防衛を責めない
防衛に気づくと、
「また人を遠ざけてしまった」
「どうして素直になれないのだろう」
と自分を責めることがあります。
けれども、防衛には理由があります。
過去に傷ついた。
頼れなかった。
話しても理解されなかった。
その経験から、自分を守る方法を身につけたのです。
まず必要なのは、防衛を急いでなくすことではありません。
何から守ろうとしているのかを理解することです。
そのうえで、
今も同じ守り方が必要なのか。
相手によって変えられないか。
壁のまま閉じるのか、ドアを少し開けるのか。
自分で選び直します。
カウンセリングでは、人を遠ざける行動だけを直そうとするのではなく、その反応が必要になった背景を整理していきます。
どのような場面で防衛が強くなるのか。
本当はどのような気持ちを感じているのか。
今の相手に実際の危険があるのか。
過去の相手と現在の相手が、どこで重なって見えているのか。
誰になら、どこまで気持ちを見せられそうか。
そうしたことがわかると、壁をすべて壊さなくても、自分でドアを開け閉めできるようになります。
心の防衛は、自分を守るために身につけてきたものです。
これからは、ただ閉じ続けるのではなく、相手と状況を見て、自分で距離を選ぶために使っていくことができます。
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