伝えたつもりなのに伝わらない|察してほしい気持ちがすれ違いになる理由

伝えたつもりが伝わらない理由 仕事・対人関係

「ちゃんと言ったよね?」

「いや、そんな話は聞いてないけど」

このやりとり、意外とよくあります。

ちなみに、私の母は高齢なのですが、買い物から帰ると、

「あれ、買ってきてって言ったのに!」

と怒られることがあります。

私は、まったく聞いた記憶がない。

けれど母の中では、きちんと頼んだことになっているようです。たぶん頭の中では、三回くらい私へ伝えているのでしょう。

ただ、今回扱いたいのは、それとは少し違う「言ったつもり」です。

たとえば、

「最近、仕事が忙しいね」

と言った。

本当は、

「今週は、二人で過ごす時間を作ってほしい」

と思っていた。

「私がやるからいいよ」

と言った。

本当は、

「たまには気づいて手伝ってほしい」

と思っていた。

「別に気にしてない」

と言った。

本当は、

「さっきの言い方が悲しかった」

と伝えたかった。

本人の中では、言葉の前後にある気持ちまで全部つながっています。

ところが相手に届いたのは、実際に口から出た言葉だけです。

ここに、

「私は伝えた」

「そんな話は聞いていない」

という、すれ違いが生まれます。

自分の中では、何度も伝えている

伝わらなかった側には、

「何度も態度に出していた」

「それとなく言ってきた」

「普通ならわかると思う」

という感覚があります。

疲れているときには、ため息をついた。

不満があるときには、返事を減らした。

助けてほしいときには、忙しそうに動いている姿を見せた。

本当は会いたいときには、

「今週も予定があるんだね」

と言った。

本人にとっては、どれも十分な合図です。

だから相手が気づかないと、

「私のことを見ていない」

「これだけ一緒にいるのに、何もわかっていない」

と感じます。

ところが相手からすると、

ため息は、疲れているだけに見えた。

返事が少ないのは、機嫌が悪いのだと思った。

忙しそうだったため、邪魔をしない方がよいと考えた。

「予定があるんだね」は、単なる確認に聞こえた。

同じ場面を見ていても、意味の受け取り方は違います。

相手へ届いたのは、気持ちの一部分だけ

「言ったつもり」の会話では、本当に伝えたいことが省略されていることがあります。

「最近、帰りが遅いね」

この言葉の中には、

寂しい。

もっと話したい。

一緒に過ごす時間を作ってほしい。

私との時間も大切にしてほしい。

という気持ちが入っているかもしれません。

けれど、言葉として出たのは、

「帰りが遅い」

という事実だけです。

相手は、

「仕事だから仕方がない」

「来週からは少し早くなるよ」

と答えるかもしれません。

その返事を聞いて、

「そういうことを言っているんじゃない」

と、さらに腹が立つ。

でも、相手には「寂しい」も「一緒にいたい」も届いていません。

本人の中では、そこまで伝えた感覚があるため、話がかみ合わなくなるのです。

直接言うと、相手の答えを聞かなければならない

それなら、最初から具体的に言えばよい。

頭では、そう理解できます。

「土曜日の夜は、一緒に過ごしたい」

「今日は疲れているから、食器を洗ってほしい」

「さっきの言い方が悲しかった」

そのように伝えれば、相手にもわかりやすくなります。

けれど、直接言うと、相手から答えが返ってきます。

「土曜日は予定がある」

「今日は自分も疲れている」

「そんなつもりで言ったわけではない」

自分の希望を明確にするほど、断られたり、否定されたりする可能性も明確になります。

遠回しに言っている間は、

はっきり断られずに済む。

自分の希望を否定されたと感じずに済む。

相手を困らせたと思わずに済む。

「私は何も要求していない」という立場も保てる。

察してもらうことを期待する背景には、相手への依存だけでなく、拒絶される怖さを避ける意味がある場合があります。

察してもらえれば、傷つかずに済む

自分から言わなくても、相手が気づいてくれた。

頼まなくても、手伝ってくれた。

寂しいと言わなくても、会いに来てくれた。

それは、とてもうれしいものです。

自分の気持ちを説明しなくても、わかってもらえたと感じるからです。

反対に、言わなければ何もしてくれない相手を見ると、

「私に関心がないから気づかない」

「大切なら、言われなくてもわかるはず」

と思うことがあります。

ただ、相手が察して動いたかどうかと、大切に思っているかどうかは、いつも同じではありません。

人によって、気づく場所が違います。

自分なら気づく変化に、相手は気づかないことがあります。

こちらが相手の気持ちを先回りしてきた人ほど、

「私はここまで考えているのに、なぜ相手は考えないの?」

という不満も強くなります。

自分も周囲の気持ちを先回りしてきた

子どもの頃から、人の様子をよく見てきた人もいます。

親が疲れていそうなら、話しかけるのをやめる。

機嫌が悪そうなら、怒らせないように動く。

家族が困っていたら、頼まれる前に手伝う。

誰かが言葉にしなくても、

「今は一人になりたいのだろう」

「本当は助けてほしいのだろう」

と考える。

そうやって周囲の気持ちを読み取ることが、人との関係を保つ方法だったのかもしれません。

すると、大人になってからも、

「私は相手のことを察している。相手も同じように察してくれるはず」

と思いやすくなります。

愛情とは、言わなくてもわかること。

気づかいとは、頼まれる前に動くこと。

そのような理解が残っている場合があります。

けれど、相手は同じ家庭で育った人ではありません。

こちらと同じ場所へ気づき、同じ意味を読み取るとは限らないのです。

希望を言うと、誰を困らせる気がしますか

自分の希望を言えない背景には、過去の経験が影響していることがあります。

「今日は一緒にいてほしい」

と言ったら、

「忙しいのに困らせないで」

と返された。

「それは嫌だ」

と言ったら、

「わがままを言わないの」

と叱られた。

悲しかったことを伝えたら、

「そんなことで傷つく方がおかしい」

と笑われた。

断ったら、相手が不機嫌になった。

気持ちを話したあと、責め返された。

話し合おうとしたことで、関係が終わった。

そのような経験があると、

「気持ちを言うと、相手を困らせる」

「希望を言えば、わがままだと思われる」

「本音を見せると、関係が悪くなる」

という感覚が残る場合があります。

本人は、昔の出来事を思い出しながら黙っているわけではありません。

現在は、

「今言うほどのことではない」

「相手も忙しいから」

「わざわざ説明しなくてもわかるでしょう」

と考えているかもしれません。

その判断の奥で、以前わかってもらえなかった悲しさや、拒絶される怖さが動いていることがあります。

我慢がたまると、「何度も言った」が強い怒りになる

最初は、わずかな不満だった。

一度くらいなら、自分がやればよいと思った。

相手も忙しいのだから、今回は言わずにおこうと考えた。

けれど、同じことが何度も続く。

そのたびに、遠回しな言葉や態度で合図を出す。

相手は気づかない。

本人の中には、

「またわかってもらえなかった」

という気持ちが積み重なります。

そして限界になると、

「私は何度も言ったよね!」

と強い怒りが出ます。

相手は、

「そんな話は初めて聞いた」

と驚きます。

本人は、

「何度も伝えてきたのに、今まで全部無視されていた」

と感じる。

相手は、

「何も言わなかったのに、急に怒られた」

と感じる。

こうして、二人とも自分が傷つけられた側になります。

「言っても無駄」が会話を終わらせていく

察してもらえない経験が続くと、やがて何も言わなくなることがあります。

「どうせ言ってもわからない」

「説明するのも面倒」

「もう期待しない」

会話は、予定や家事、仕事の連絡だけになる。

怒りより、諦めが増える。

相手が話しかけても、

「別に」

「何でもいい」

と答える。

一見、喧嘩は減ったように見えます。

けれど、気持ちが関係から離れ始めていることもあります。

限界まで我慢したあと、突然別れや退職を決める人もいます。

本人にとっては、長く考えた末の結論です。

相手からは、

「急にどうしたの?」

と見えます。

この差も、「伝えたつもり」と「聞いていない」の積み重ねから生まれます。

相手が本当に話を聞かない場合もある

すれ違いが起きると、伝える側にばかり問題があるように感じるかもしれません。

けれど、現実には、何度はっきり伝えても聞こうとしない人もいます。

都合の悪い話だけ忘れる。

気持ちを話すと、

「面倒くさい」

と切り捨てる。

お願いを伝えると不機嫌になる。

言葉尻を捉えて責め返す。

「言ってくれればよかった」と言いながら、実際に言うと否定する。

話し合いへ参加する気がない。

このような相手の場合、伝え方を工夫するだけでは関係は変わりません。

自分が本当に伝えていなかったのか。

伝えたが、相手が受け取らなかったのか。

相手には、自分の意見と違う話も聞こうとする姿勢があるのか。

ここは分けて考える必要があります。

気持ち・希望・お願いを分けてみる

伝えようとすると、何から話せばよいかわからなくなることがあります。

そんなときは、気持ちと希望とお願いを分けると、言葉にしやすくなることがあります。

たとえば、

気持ち

「最近、一緒に過ごす時間が減って、寂しく感じている」

希望

「もう少し二人で話す時間がほしい」

お願い

「今週の土曜日、二時間くらい一緒に出かけられない?」

これらは同じように見えて、役割が違います。

気持ちは、自分の中で起きていることです。

希望は、自分が望んでいる関係や状態です。

お願いは、相手へ具体的に求める行動です。

「最近、忙しいよね」

という一言だけでは、どこまで伝えたいのか相手にはわかりません。

自分の中でも、寂しいのか、腹が立っているのか、予定を決めたいのかが混ざっていることがあります。

まず自分が何を感じ、何を望んでいるのかを整理することが、伝える前に必要になる場合があります。

伝えることは、相手を従わせることではない

気持ちを伝えれば、相手が必ず応えてくれる。

そうとは限りません。

「一緒に過ごしたい」

と伝えても、相手には予定があるかもしれません。

「手伝ってほしい」

と頼んでも、相手にも余裕がない日があります。

「さっきの言い方が悲しかった」

と話しても、すぐに納得してもらえないこともあります。

伝えることは、相手を思いどおりに動かすことではありません。

自分の中にあるものを、相手がわかる形で差し出すことです。

そして、相手の答えを聞くことでもあります。

だからこそ、伝えることには怖さがあります。

断られるかもしれない。

意見が違うかもしれない。

思ったような反応が返ってこないかもしれない。

それでも、言葉にしなければ、相手には選ぶことも、考えることもできません。

「察してほしい」から、二人で確認できる関係へ

言った方がよいと理解していても、実際には本音の一部しか言えない。

察してもらえないと、大切にされていないように感じる。

我慢がたまったあとで、強い言い方になってしまう。

この流れが何度も起きているなら、伝え方の例文を増やすだけでは変わりにくいことがあります。

カウンセリングでは、実際に相手へ何と言ったのか、本当は何をわかってほしかったのかを分けていきます。

直接言おうとすると、どのような怖さが出るのか。相手から何と言われると予想しているのか。過去に気持ちを伝えたとき、何が起きたのか。そのとき感じられなかった悲しさや怒りが残っていないかも見ていきます。

過去の経験を整理することで、相手の答えが自分の望みと違っても、自分そのものを拒絶されたと感じにくくなることがあります。

また、現在の相手が本当に話を聞ける人なのか、自分だけが相手の責任まで引き受けていないかも考えやすくなります。

すべてを説明しなければならないわけではありません。

言葉にしない思いやりもあります。

ただ、自分にとって大切なことまで、

「言わなくてもわかるはず」

に預け続けると、二人の間には、それぞれが想像した物語だけが増えていきます。

察してくれたら愛情がある。

察してくれなければ大切にされていない。

その二択から離れ、

「私はこう感じているけれど、あなたにはどう見えていた?」

と、二人で確認できる関係へ。

伝えるとは、完璧な言葉を選ぶことより、わかり合うための会話を始めることなのだと思います。

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具体的に伝えた方がよいと理解していても、言おうとすると怖くなり、遠回しな合図だけになってしまうときは、過去に気持ちを伝えて傷ついた経験が影響している場合があります。今の相手とのすれ違いと、過去から続く反応を分けて整理したい方は、カウンセリングをご利用いただけます。

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