衝撃の事実
私が小さかった頃、父方と母方の祖父母は、4人とも健在でした。 どうも私は、父方の祖母とはうまくいかなかったのですが、そのことは別の機会にお話しするとして、今日は、かなり衝撃的だった母方の祖母についてお話ししたいと思います。
母方の祖父は、以前のブログでお話ししたように、選挙に出るほどパワフルな人でした。 一方、祖母は物静かで、とても優しい人。 私たち孫が遊びに行くと、いつも温かく迎えてくれ、私は祖母のことが大好きでした。
しかし、祖父が亡くなってしばらく経ったある日、母が言いました。
『今日は、おばあちゃんを送って行くから』
突然の別れ
『どこに?』と思いましたが、祖母と一緒に車に乗ることなどなかったので、お出かけする気分で喜んでいたのですが、何だか様子が違いました。
母の実家を出るとき、親戚の人達がたくさん集まり、祖母と挨拶を交わしていました。 車の中も、なんだかしんみりとした雰囲気。
祖母は、私の頭を何度も撫でて、優しく話しかけてくれます。 けれど、何かが違う。
目的地に着くと、祖母は車を降り、父や母と何やら話をしていました。 母が『おばあちゃんに、さよなら言いなさい』と言うのです。
『さよなら?』
戸惑いながらも『バイバイ』と言うと、祖母はニッコリ笑って、また私の頭を撫でました。
車が走り出し、私は混乱しました。
『なんで?おばあちゃんは?』 『あの家は誰の家?』
疑問を母にぶつけると、衝撃の言葉が返ってきました。
『おばあちゃんは、本当のおばあちゃんじゃないのよ』
受け入れがたい現実
母の話によると、私の本当の祖母は、兄が生まれる1ヶ月ほど前に病気で亡くなっており、その後に祖父が再婚し、私たちのおばあちゃんになったそうです。
母が口にした『後添えさん』という言葉を、私は強烈に覚えています。 初めて聞く言葉で、何のことかわからず、母に質問すると、それは『後妻さん』のことだと説明されました。
当時、私は幼稚園児。 5歳か6歳くらい。
衝撃です。
『大好きなおばあちゃんが、おばあちゃんじゃなかった!!』
頭の中がぐちゃぐちゃになりました。
『そんなこと、もっと早く話しておいてくれたら、さっきおばあちゃんを、置いてこなかったのに!!』
『おばあちゃんが、あの知らないお家の人になるなら、ちゃんとおばあちゃんにさよならしたのにっ!!』
『おばあちゃんは、おばあちゃんじゃなくて、偽物だったのか?』
大混乱の幼児を乗せた車は、どんどん進んでいきました。
影響を与えた幼児期の体験(心理学的視点)
今思えば、この時の大混乱は、整理されないまま私の中にずっと残り続けていたのでしょう。
心理学的には、幼少期に強烈な出来事があると、それが無意識の中に深く刻み込まれ、大人になっても影響を与えることがあります。
例えば、この経験により、私は『女性らしい優しさ』に対して違和感を持つようになってしまいました。
幼い私は、優しくしてくれる女性=おばあちゃんだったのに、そのおばあちゃんは『偽物』と言われた。
この経験が私の心に残り続け、『女性らしい柔らかさ=偽物』という感覚を持つようになったのかもしれません。
結果として、私は優しく振る舞うことや、穏やかであることに対し、どこか違和感を覚えるようになってしまいました。
これは、心理学でいう『認知的不協和』の一例です。
人は、自分の中で信じていたことと、現実に起こったことが大きく食い違うと、強い心理的ストレスを感じます。
幼い頃の私は、『おばあちゃん=本当のおばあちゃん』という信念を持っていました。しかし、実際にはそうではなかったと知ったことで、混乱と不安が生じ、その状況をどう整理していいかわからなくなってしまったのです。
このような経験が強い感情と結びつくと、大人になってもその影響が残り、無意識のうちに特定の価値観や感情に影響を与え続けることがあります。
つまり、幼少期に学習した価値観が、自分の無意識の思考パターンとして定着し、その後の行動や感じ方に影響を与え続けるのです。
まとめ
幼児期の体験は、思っている以上に私たちの心に根強く残ります。
『女性らしい優しさは偽物?』『柔らかい笑顔に違和感を感じる』
この感覚は、大人になっても私の中にあり続けました。
今振り返ると、幼少期の混乱した気持ちが解消されないまま無意識に影響を与えていたのかもしれません。
やはり思うのです。
恐るべし、幼児期の体験と・・・。
※「私が子供だった頃」シリーズとして、過去の記事に加筆修正を行い、新しい内容を追加しました。