「どこに行きたい?」
と聞かれて、
「どこでもいいよ」
と答える。
本当は食べたいものがあったけれど、相手が行きたそうなお店に合わせる。
休日はゆっくりしたかったけれど、頼まれた用事を引き受ける。
傷つくことを言われても、場の空気を悪くしたくなくて笑って流す。
そんなことを何度も続けているうちに、ふと思うことがあります。
「私のことは、どうでもいいのかな」
「どうして私ばかり、相手のことを考えているのだろう」
相手に合わせてきたのは、関係をうまくやっていきたかったからです。
相手を困らせたかったわけでも、自分だけを優先してほしかったわけでもありません。
それなのに、合わせれば合わせるほど、自分が大切にされていないように感じることがあります。
自分の希望を言わないほうが、関係はうまくいくと思っていた
人に合わせることが多い人は、もともと周りをよく見ています。
相手が疲れていそうなら、自分の話は後にする。
意見が違っても、揉めそうなら自分が引く。
誰かの機嫌が悪ければ、それ以上悪くならないように振る舞う。
こうしたことを自然にやっている人もいます。
子どもの頃から、家族の様子を見て動くことが多かったのかもしれません。
自分が何かを言うと、家族が不機嫌になったり、面倒そうな顔をされたりした経験がある人もいます。
「今それを言わないで」
「わがままを言わないの」
「みんな我慢しているのだから」
そんな言葉を何度も聞いていると、自分の希望を言わないことが、周りとうまくやっていく方法になります。
大人になってからも、
「私が合わせたほうが早い」
「これくらいなら我慢できる」
と考えるようになります。
その方法で、実際に揉め事を避けられたこともあったでしょう。
ただ、揉め事が起きないことと、自分が大切にされていると感じられることは、同じではありません。
相手には「それでいい人」に見えていることがある
いつも「どちらでもいい」と答えていると、相手からは、本当にどちらでもいい人に見えることがあります。
頼み事を断らなければ、
「頼んでも問題ない人」
と思われるかもしれません。
傷つくことを言われても笑っていれば、
「このくらいの冗談は平気な人」
と受け取られることもあります。
自分の中では、相手のために我慢しています。
けれども、その我慢は相手からは見えません。
「本当は嫌だけれど、あなたのために受け入れています」
とは伝えていないからです。
相手は、こちらが差し出した答えをそのまま受け取っているだけ、という場合もあります。
その結果、自分の中には我慢が積み重なります。
「私は何度も譲っている」
「いつも相手の希望を優先している」
「これだけ考えているのだから、相手も私のことを考えてくれるはず」
そう思うようになります。
ところが相手は、こちらが何を我慢しているのかを知りません。
この認識の違いが続くと、
「私はこんなに大切にしているのに、相手は私を大切にしてくれない」
という思いが強くなっていきます。
言わなくても気づいてほしい気持ち
我慢してきた人ほど、
「これくらいは気づいてほしい」
と思うことがあります。
自分は相手の表情や声の調子から、いろいろなことを察しています。
疲れているようなら話しかけない。
機嫌が悪そうなら、刺激しないようにする。
欲しそうなものがあれば、言われる前に用意する。
自分がいつもそうしているからこそ、
「相手も同じように、私の気持ちに気づいてくれるはず」
と思います。
ところが、人によって気づくところは違います。
言われなくても察する人もいれば、言葉にされなければわからない人もいます。
自分が相手の気持ちを読むことに慣れているからといって、相手も同じようにできるとは限りません。
それでも、
「どうして言わないとわかってもらえないのだろう」
と感じることがあります。
本当は、
「今日はこの店に行きたい」
「その言い方は嫌だった」
「今回は引き受けられない」
と言いたい。
けれども、それを言って相手に嫌な顔をされたら、やはり自分は大切にされていないとわかってしまう気がする。
だから言わずに我慢して、相手が自分から気づいてくれるかどうかを待ちます。
そして気づいてもらえないと、さらに傷つくことになります。
希望を伝えることが、わがままに感じる
自分の希望を言おうとすると、
「こんなことを言ったら、面倒な人だと思われるかもしれない」
「相手を困らせるのではないか」
「自分勝手だと思われたくない」
という気持ちが出てくる人もいます。
そのため、希望を伝えることと、相手に無理をさせることを同じように考えてしまいます。
けれども、
「私はこうしたい」
と伝えることと、
「私の言う通りにしなければ許さない」
と迫ることは違います。
希望を伝えても、相手が応じられないことはあります。
自分が食べたいものと、相手が食べたいものが違う日もあります。
自分が会いたい日と、相手の都合が合わないこともあります。
その時に話し合ったり、別の案を考えたりすることで、関係が作られていきます。
最初から自分の希望をなかったことにしてしまうと、話し合うこともできません。
大切にされるために、もっと尽くそうとしてしまう
大切にされていないと感じると、
「もっと相手の役に立てば、大切にしてもらえるかもしれない」
と考えることがあります。
さらに気を利かせる。
さらに頼み事を引き受ける。
相手が望みそうなことを先回りしてやる。
けれども、それを続けるほど、相手から見える自分の希望は少なくなっていきます。
相手のために動く人。
何を頼んでも受け入れてくれる人。
自分の希望は特にない人。
そんな役割ばかりが強くなります。
本人は「私も大切にしてほしい」と思っているのに、関係の中では、相手を支える側に固定されてしまうのです。
相手に尽くすことが悪いわけではありません。
自分がしたくてしているなら、それも一つの関わり方です。
ただ、
「これをしなければ、大切にしてもらえない」
と思ってやっているのなら、どれだけやっても足りないと感じやすくなります。
本当に大切にされていない場合もある
ここまで書いてきたように、希望が伝わっていないために、相手が気づいていない場合もあります。
ただし、すべてが伝え方の問題というわけではありません。
嫌だと伝えても繰り返される。
断ると責められる。
こちらの都合はいつも無視される。
話し合おうとしても、まともに取り合ってもらえない。
このような状態が続いているなら、実際に相手がこちらを尊重していない可能性もあります。
「私の伝え方が悪いのだろう」
「もっとわかりやすく言えば変わるかもしれない」
と、自分だけの問題にし続ける必要はありません。
伝えていないためにわかってもらえていないのか。
伝えているのに軽く扱われているのか。
この二つは分けて考える必要があります。
まず、自分が何を望んでいたのかを知る
長く人に合わせてきた人は、
「では、あなたはどうしたいのですか」
と聞かれても、すぐには答えられないことがあります。
相手の希望を考えることには慣れていても、自分の希望を考える機会が少なかったからです。
大きなことを決めようとしなくてもかまいません。
今日は何を食べたいのか。
今は話したいのか、一人になりたいのか。
引き受けられるのか、今日は難しいのか。
その言い方をされて、本当はどう感じたのか。
そうした小さなところから、自分の気持ちを確認していきます。
相手に伝える前に、まず自分が自分の希望を知る必要があります。
何を我慢しているのかわからないままでは、相手にも伝えられないからです。
関係の中で、自分の希望も扱われるようにする
人に合わせているのに大切にされていないと感じる時、さらに頑張って相手に合わせても、苦しさが増えることがあります。
カウンセリングでは、
なぜ自分の希望を言えなくなったのか。
希望を伝えた時に、何が起こると思っているのか。
これまでの人間関係で、どのような役割を引き受けてきたのか。
今の相手は、こちらの希望を話し合える人なのか。
そうしたことを一緒に整理していきます。
相手を優先することをすべてやめるのではなく、相手の希望と同じように、自分の希望も関係の中で扱われるようにしていく。
そのために、どこから変えていけるのかを考えていきます。




