私が子供だった頃 ~兄の優しさと助けを受け取ること~

包帯を巻いた子供の手 心理学の基礎
兄の優しさと助けを受け取ること

血まみれ兄妹と母の帰宅

前回の記事の続きです。前回の記事はこちら 👉 「私が子供だった頃 ~兄との関係と強さの誤解~」

買い物から帰宅したら、血まみれの兄と妹を発見した母。 いつもなら反撃してくるはずの兄も、反撃せず、妹の血が止まらない!と訴えてくるわけです。

『どうしたの?』

やっと聞いた。

今思えば、兄を怒る前に聞くべきことではないかと思うのですが、母も動転していたのでしょう。

『自転車に挟まれた~!!』

兄に『あんたは、そこで待ってなさい!』と言って、私を母の自転車の荷台に乗せて、病院へ激走する母。

自転車で怪我したのに、自転車に乗せられる私の不安ったらなかったのですが、それよりも血が出て怖いことが勝ったのでしょう。 必死で母にしがみついていました。

兄の変化と母の言葉

病院へ着いてからのことは、あまり覚えていないのですが、確か何針か縫われました。
人生で初めて、いや初めてで最後です。縫ったのは・・・それなりの年齢になった今でも、私の右手中指には、縫った跡があります。

指を包帯でぐるぐる巻きにされて病院から帰ると、兄がちょこんと座って待っていました。
とても心配してくれていた様子で、『大丈夫か?』と何度も聞いてくれました。

帰宅した母は、血まみれになった縫物の生地を、『まっしゃーないなっ』(仕方ないの意味です)と言って怒りませんでした。
そして、家中を血まみれにし、救急箱をひっくり返す大惨事になってしまったと反省しきりの兄に、『ありがとうな。ちゃんと面倒みたってくれてんな』と言っていました。
半べそだった兄も、これでワーーーーーーーッと泣きだしてしまいました。

兄の心境としては、いつも怒られてばかりだし、今回もきっとひどく怒られるだろうと思って緊張していたのに、母に『ありがとう』なんて言われて、緊張の糸がプツンと切れたのだと思います。

痛さと怖さのあまり、兄の事は眼中になかったと思われる私ですが、病院へ行き、治療してもらって安心した後に、『あれっ??兄ちゃんって、めっちゃ心配してくれてた?』『めっちゃ一生懸命してくれた?』と思って、少し好きになったのでした。

とは言っても、翌日からは、相変わらずライダーキックやら、タイガーチョップやらをお見舞いされるのですが・・・

ライダーキックは、仮面ライダーの技で、タイガーチョップは、タイガーマスクの技です。あしからず・・・

心理学的解説 ~助けを受け取ること~

普段は、あまり男性から愛されないけど、とことん困ったピンチの時は、必ず誰かが助けてくれるという、妙な自信は、この頃生まれたのかもしれません。

私がそう思っているからかどうかは、わかりませんが、実際に人生で困ったことや、ピンチはたくさんあったのですが、最終的には、誰かが助けてくれていたことに、その後だーーーーーいぶたってから気づくのでした。

気づかないことが多かったので、何でも自分で何とかしなくてはと思っていたのですが、じっくりと思い返してみれば、いつも誰かが助けてくれていたのでした。

しかーし!

私は、とことん困った時しか、誰かの助けを受け取らないという部分を持ち合わせおりまして、その事によって、とことん困ることが多かったんですよね。
そんな大惨事になる前に、誰かの助けを受け取れるとよかったのでしょうが、『私は愛されない。でも、とことん困ったら助けてもらえる』という妙な思い込みのお陰で、人生が大惨事になっていくんですけどね・・・

まとめ

幼少期の兄妹関係は、私たちの人間関係や自己認識に大きな影響を与えます。

普段は強さを求められ、助けてもらえないと思い込んでいても、いざという時に誰かが助けてくれるという体験は、私の中に「本当に困った時は誰かが助けてくれる」という信念を作りました。

しかし、この思い込みが、普段は誰にも頼らず、限界まで頑張るという生き方につながってしまったのです。

助けを求めることは弱さではなく、大切なスキルです。

本当の強さとは、自分が無理をする前に助けを求められることなのかもしれません。

※「私が子供だった頃」シリーズとして、過去の記事に加筆修正を行い、新しい内容を追加しました。

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