後輩に資料作成をお願いした。
締め切りは明日。
途中までできているのか気になるけれど、任せた以上、待った方がいいと思う。
でも、夕方になっても何も届かない。
「進んでる?」
と聞くと、
「もう少しです」
と返ってくる。
その「もう少し」が、どのくらいなのかわからない。
間に合わなかったらどうしよう。
数字が間違っていたら。
取引先に出せる状態でなかったら。
気になってほかの仕事が手につかず、結局、
「一度見せてもらえる?」
と声をかける。
届いた資料を見ると、直したいところがいくつもある。
説明するより、自分で直した方が早い。
気づけば、ほとんど作り直している。
そして思う。
「最初から自分でやればよかった」
仕事だけではありません。
夫に家事を頼んでも、やり方が気になって後から直す。
家族に手続きをお願いしても、忘れていないか何度も確認する。
誰かに任せたはずなのに、最後まで気が抜けない。
それなら、自分でやった方が早い。
そう思うのも無理はありません。
本当に、自分でやった方が早いこともある
経験がある人と、初めてやる人では、かかる時間が違います。
仕事の内容をよく知っている。
どこで間違いやすいかもわかっている。
何から始めれば効率がいいかも知っている。
そんな人が自分でやった方が、早く終わることはあります。
家事でも同じです。
洗濯物の干し方。
食器のしまう場所。
家族の予定。
長くやってきた人の方が、手順をわかっています。
だから、
「自分でやった方が早い」
という判断そのものが間違っているわけではありません。
ただ、急ぎの仕事だけでなく、ほとんどのことを自分でやるようになっているとしたら。
そこには、早さや正確さだけでは説明できないものがあるのかもしれません。
任せた後も、ずっと気にしている
人に任せることはできても、任せたままにできない人がいます。
資料をお願いした後も、進み具合が気になる。
家族に買い物を頼んだ後も、必要な物を間違えずに買えるか気になる。
誰かが電話をかけることになっていても、本当にかけたのか確認したくなる。
任せた仕事が自分の手を離れたわけではなく、見えない場所で止まっているように感じる。
「ちゃんと伝えたから、後は相手の仕事」
とは思えない。
忘れていたら。
間違えていたら。
期限に間に合わなかったら。
結局、困るのは自分だと思うからです。
そのため、何度も確認する。
途中で手を出す。
相手が終える前に、自分で片づけてしまう。
すると相手は、
「結局やってくれる」
と思うようになる。
次に頼んでも、また同じことが起きる。
そして、
「やっぱり人には任せられない」
という思いが強くなっていきます。
人に任せるより、待つことの方が難しい
人に何かをお願いすると、自分とは違うやり方で進めることがあります。
順番が違う。
時間のかけ方も違う。
途中で休憩する。
締め切り直前になってから動き出す。
見ている側は落ち着きません。
「先にここをやればいいのに」
「そんなやり方では間に合わない」
「今のうちに確認した方がいい」
口を出したくなる。
そして、少しでも危なそうに見えると、自分が動く。
実際に、そうして失敗を防いできたこともあるはずです。
ただ、毎回その前に手を出していると、相手が最後までやったらどうなるのかはわかりません。
間に合わないと思っていたけれど、間に合ったかもしれない。
自分とは違う形でも、必要なところまではできたかもしれない。
失敗したとしても、自分で修正する経験が必要だったのかもしれない。
それでも待てないのは、相手の成長を信じられないからだけではありません。
失敗が起きた時、その結果を自分が引き受けることになると思っているからかもしれません。
任せると、最後は自分が困ると思っている
「誰かにお願いしても、最後に確認するのは私」
「間に合わなければ、謝るのは私」
「やり直しになれば、結局私の仕事が増える」
そんな経験が何度もあれば、人に任せることが怖くなるのも当然です。
お願いしただけでは終わらない。
進んでいるかを確認し、間違いを見つけ、最後は自分で整える。
それなら、最初から自分でやった方が負担が少ない。
そう考えるようになります。
これは、単に人を信用していないという話ではありません。
自分以外の人に任せた時に起きるかもしれないことまで、自分の責任として考えているのです。
相手が期限を守るか。
必要なことを確認するか。
失敗した後に、自分で対応するか。
本来は相手が担う部分まで、
「何かあれば私が何とかしなければならない」
と思っていることがあります。
頼っても、助けてもらえなかったことがある
カウンセリングでお話を伺っていると、子どもの頃から、人に任せることが難しかった人もいます。
親に頼んでも忘れられた。
困っていると言っても、
「それくらい自分でやりなさい」
と言われた。
親が忙しく、お願いすること自体を遠慮していた。
家族の誰かがやると言ったのに、結局やらず、最後は自分が片づけた。
大人が途中で投げ出したことを、子どもなのに引き受けなければならなかった。
そんな経験が続けば、
「お願いしたから、もう大丈夫」
とは思えません。
誰かに任せても、その人が最後までやるとは限らない。
安心していたら、後で自分が困る。
だから、最初から自分でやる。
あるいは、人に頼んだ後も気を抜かず、最後まで確認する。
そのやり方で、困ることを避けてきたのかもしれません。
自分でやることで、守ってきたものがある
人に任せず、自分でやることによって守ってきたものがあります。
期限を守る。
失敗を防ぐ。
家族の生活を回す。
誰かに迷惑をかけない。
仕事の信用を落とさない。
そうやって、何度も危ない場面を乗り越えてきたはずです。
だから、
「もっと人に任せましょう」
と簡単に言われても、納得できない。
任せた結果、困るのは自分だと知っているからです。
自分でやることは、その人の能力であり、責任感でもあります。
その力があったから、ここまでやってこられたこともたくさんあったはずです。
ただ、今もすべてを同じように引き受け続けているとしたら。
自分だけが忙しくなり、周りはいつまでも任せられる人にならない。
また自分が引き受ける。
そんな状態が続くことがあります。
任せられない人ほど、何も頼まれなくなるわけではない
何でも自分でやっていると、周りからは、
「一人でできる人」
に見えます。
困っているようには見えない。
手伝いが必要そうにも見えない。
むしろ、
「あの人に任せれば早い」
と思われる。
その結果、自分は人に任せられないのに、周りからはどんどん頼られるようになります。
仕事を抱えていても、さらに仕事が回ってくる。
家族のことを全部していても、
「ついでにこれもお願い」
と言われる。
そして、
「なんで私ばっかり」
と思う。
けれど、周りから見ると、いつもできてしまう人です。
誰かに任せる前に自分で動き、困った様子も見せず、最後まで終わらせる。
それが当たり前になっていると、周りもその前提で動くようになります。
「任せる練習」だけでは難しいこともある
人に任せられない時、
「小さなことからお願いしてみましょう」
と言われることがあります。
それが役に立つ人もいます。
でも、何かを頼んだ後、
忘れられないか。
間違えないか。
困った時に投げ出さないか。
そんなことが気になり続けるなら、頼むことだけを練習しても苦しくなります。
お願いした後もずっと確認し、最後は自分でやり直すことになるからです。
カウンセリングでは、
人に任せると、何が起きそうに感じるのか。
相手が失敗した時、誰が責任を取ると思っているのか。
過去に頼ったことで、困った経験がなかったか。
家族の中で、誰かの後始末を引き受けていなかったか。
どこまでを自分の責任としてきたのか。
そうしたことを一緒に整理していきます。
「自分でやった方が早い」
それは、実際に正しいこともあります。
でも、いつも自分でやらなければ落ち着かないのだとしたら。
人に任せることが苦手なのではなく、
任せた後に起きることまで、自分が引き受けなければならないと思っているのかもしれません。
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