「重いと思われるかな」
「わがままだと思われたら嫌だな」
そう考えて、言いたかったことを飲み込んだことはありませんか。
本当は、もう少し一緒にいたかった。
今日は話を聞いてほしかった。
手伝ってもらえるとうれしかった。
連絡がなくて寂しかった。
けれども、そんな気持ちが浮かぶと、
「相手にも都合があるし」
「これくらい自分で何とかできるし」
「面倒な人だと思われたくないし」
と、自分の中で止めてしまう。
そして気づけば、恋愛でも人間関係でも、「平気な人」「何でも一人でできる人」「相手に負担をかけない人」として振る舞っています。
けれども、心に浮かんだ希望は、本当にわがままなのでしょうか。
もしかすると、自分の気持ちを伝えることと、相手に思いどおりに動いてもらおうとすることが、同じものになっているのかもしれません。
この記事では、「わがまま」と「素直」の違いを、気持ち、希望、お願い、要求という視点から考えていきます。
気持ちがあること自体は、わがままではない
寂しい。
会いたい。
手伝ってほしい。
もっと話を聞いてほしい。
大切に扱ってほしい。
こうした気持ちが出てきたとき、
「こんなことを思う私は、わがままなのでは」
と考える人がいます。
けれども、気持ちは、相手を困らせるために意図してつくるものではありません。
寂しいときには、寂しさが出てきます。
会いたいときには、会いたいと思います。
嫌なことをされたら、腹が立つこともあります。
気持ちがあることと、その気持ちを理由に相手を従わせることは、同じではありません。
「今日は会いたかった」と思うことは、わがままではありません。
「私が会いたいのだから、予定を変えて今すぐ来るべき」と相手の事情を認めない状態になると、要求や押しつけに近づきます。
問題になるのは、気持ちを持ったことではなく、その気持ちを相手にどのように扱わせようとしているかです。
素直さは、相手にも答える自由を残す
素直に伝えるとは、自分の気持ちや希望を隠さず、相手に差し出してみることです。
たとえば、
「今日は少し寂しかった」
「今週、会える時間があるとうれしい」
「これを手伝ってもらえないかな」
「連絡がないと不安になることがある」
と伝える。
そこには、「私はこう感じている」「私はこうしてもらえるとうれしい」という自分の情報があります。
一方で、相手にも事情があります。
今日は仕事が忙しいかもしれません。
一人で休みたい日かもしれません。
頼まれたことを引き受ける余裕がない場合もあります。
素直なやり取りでは、自分の希望を伝えると同時に、相手の答えを聞く余地があります。
お願いしても、断られることはある。
希望どおりにならないこともある。
それでも、自分の気持ちをなかったことにせず、相手の事情も聞きながら相談していく。
これが、素直さです。
わがままは、希望が通らないと相手を責める
わがままかどうかは、言葉づかいだけでは決まりません。
やわらかな言い方をしていても、相手に断る余地を与えていなければ、圧力になることがあります。
たとえば、
「私は寂しいって言っているのに、会ってくれないんだね」
「本当に私を大切に思っているなら、わかるよね」
「こんなお願いも聞いてくれないなんて、ひどい」
と伝えた場合、言葉の表面では自分の気持ちを話しています。
けれども、その奥に、
「私の望むとおりにしないなら、あなたは悪い」
という意味が含まれていると、相手は自分で選べなくなります。
わがままに近づくのは、希望を持ったときではありません。
相手が応じないことを許さないときです。
断られたら不機嫌になる。
口をきかなくなる。
愛情を疑う。
罪悪感を持たせようとする。
相手が折れるまで何度も訴える。
こうした反応が続くと、お願いではなく、従わせるためのやり取りになっていきます。
「私はこう感じた」と言えば、すべて素直になるわけではない
本音を伝える方法として、
「あなたが悪い」ではなく、「私はこう感じた」と話しましょう
と言われることがあります。
これは、相手を一方的に責めないために役立つ伝え方です。
ただし、「私は」を主語にすれば、どんな内容でも素直な伝え方になるわけではありません。
「私は寂しい」と何度も伝え、相手が予定を変えるまで訴え続ける。
「私は傷ついた」と言いながら、相手に自分の意見を撤回させる。
「私は不安なの」と伝え、相手の行動をすべて報告させる。
このようなやり取りでは、自分の感情が、相手を動かすための道具になっています。
大切なのは、正しい言い方をすることだけではありません。
相手の答えを聞けるか。
自分と違う考えも認められるか。
希望が通らなくても、別の方法を話し合えるか。
そこまで含めて、素直なやり取りになります。
自立してきた人は、「お願い」と「押しつけ」を同じにしやすい
これまで自分で何とかしてきた人は、人に頼むこと自体を負担のように感じることがあります。
誰かにお願いするくらいなら、自分でやった方がいい。
相手の時間を使わせるのは申し訳ない。
断られたら恥ずかしい。
頼んだあとに気を遣い続けるくらいなら、最初から言わない方がいい。
そう考えて、希望を伝える前に引っ込めます。
その背景には、過去に何かを頼んだとき、嫌な顔をされた経験があるのかもしれません。
気持ちを話したら、「面倒くさい」と言われたことがあるかもしれません。
家族の中で、自分の希望より周囲の都合を優先する役を担っていた人もいるでしょう。
すると、
「お願いすることは、相手に迷惑をかけること」
「自分の気持ちを言うことは、相手を困らせること」
という感覚が残ります。
けれども、お願いは相手に命令することではありません。
「私はこうしてもらえるとうれしい」と伝え、相手に考えてもらうことです。
相手には、引き受ける自由も、断る自由もあります。
その自由を残しているなら、お願いすること自体をわがままと決める必要はありません。
希望を言わないまま、察してもらおうとすることもある
わがままになりたくない人は、希望を言わずに我慢します。
けれども、気持ちが消えたわけではありません。
本当は、相手に気づいてほしい。
頼まなくても手伝ってほしい。
寂しいと言わなくても、会いに来てほしい。
疲れていることを察して、声をかけてほしい。
そんな期待が残ります。
そして、相手が気づかないと、
「私がこんなに大変なのに、なぜわからないの?」
「大切に思っているなら、普通は気づくでしょう」
と腹が立ちます。
表面上は何も要求していないため、本人は我慢しているつもりです。
けれども心の中では、相手が期待どおりに動くことを求めています。
言葉にしない要求は、相手には見えません。
相手が応じられない理由も確認できません。
そして、気づいてもらえないことが、「私は大切にされていない」という結論へつながることがあります。
素直に伝えることは、相手に察してもらうまで黙って待つこととは違います。
「本当は、少し手伝ってほしかった」
「今日は話を聞いてもらいたい」
と伝えてみることで、相手も初めて、こちらが何を望んでいるのかを知ることができます。
希望・お願い・要求を分けてみる
「これはわがままかもしれない」と迷ったときには、自分の中にあるものを三つに分けてみるとわかりやすくなります。
まず、希望です。
「会いたい」
「話を聞いてほしい」
「もっと連絡があるとうれしい」
これは、自分の中にある望みです。
次に、お願いです。
「今週、会える日はある?」
「今日は少し話を聞いてもらえる?」
「忙しいときは、あとで連絡すると一言もらえると助かる」
希望を具体的に伝え、相手に相談しています。
そして、要求です。
「私が会いたいのだから、予定を空けて」
「話を聞いてくれないなら、私を大切にしていない」
「連絡は毎日するのが当然でしょう」
相手の事情や選択を認めず、望む行動を義務として求めています。
希望を持つことは自由です。
お願いすることもできます。
けれども、その願いを叶える責任まで、すべて相手に負わせることはできません。
この違いがわかると、自分の本音を必要以上に封じ込めずに済みます。
伝えた結果、二人の違いが見えることもある
本音を伝えると、必ず関係が深まるわけではありません。
話し合っても、二人の望みが合わないこともあります。
自分は毎日連絡を取りたい。
相手は、用事があるときだけでよいと思っている。
自分は休日を一緒に過ごしたい。
相手は、一人の時間を多く持ちたい。
自分は困ったときに支え合いたい。
相手は、自分の問題はそれぞれで解決したいと思っている。
どちらが正しいという話ではありません。
関係に求めているものが違うのです。
本音を隠して相手に合わせ続ければ、違いは表面に出ません。
けれども、自分の中には不満や寂しさがたまっていきます。
伝えることで違いがわかれば、二人で調整できるのか、その違いを抱えたまま関係を続けられるのかを考えられます。
本音は、相手を自分の理想どおりに変えるためのものではありません。
二人の間に何があるのかを知るためのものでもあります。
相手の希望を聞くことも、素直な関係の一部
自分の本音を言えるようになると、それだけで関係がうまくいくように思えるかもしれません。
けれども、素直な関係には、相手の本音を聞くことも含まれます。
「私はもっと会いたい。あなたは、どのくらいのペースが心地いい?」
「私は連絡がないと不安になることがある。あなたは連絡についてどう考えている?」
「私は手伝ってもらえるとうれしいけれど、今は余裕がある?」
このように、自分の希望を伝えたあと、相手の気持ちや事情にも関心を向けます。
相手の答えが、自分の望んでいたものとは違う場合もあります。
そのときに、
「そう思うなんておかしい」
と否定するのではなく、
「そういう感覚なのだね」
と一度受け止める。
そのうえで、二人にできる形を探していきます。
素直さとは、自分だけが言いたいことを言える状態ではありません。
二人とも、自分の気持ちを持ち寄れることです。
我慢するか、押しつけるかの二択にしない
本音を言えない人は、
「黙って我慢するか」
「言って相手を困らせるか」
の二つしかないように感じることがあります。
そのため、相手を困らせないために、自分が我慢する方を選び続けます。
けれども、その間には「相談する」という方法があります。
「私はこう感じている」
「できれば、こうしてもらえるとうれしい」
「あなたはどう思う?」
と話してみる。
希望どおりにならなければ、別の方法を考える。
今日は会えないなら、次に会う予定を決める。
今は話を聞く余裕がないなら、いつなら話せるか相談する。
全部を手伝ってもらうのが難しいなら、どこだけお願いできるかを考える。
我慢か押しつけかではなく、二人の間で調整していくのです。
わがままになりたくない自分の奥にあるもの
「わがままになってはいけない」という思いが強い人は、周囲との関係を大切にしてきた人でもあります。
相手を困らせたくない。
嫌われたくない。
負担を増やしたくない。
関係を壊したくない。
その気持ちがあるから、自分の希望を抑えてきたのでしょう。
ただ、自分の気持ちを隠し続けることが、いつも関係を守るとは限りません。
何を望んでいるのかわからないままでは、相手もこちらとの関わり方を選べません。
平気そうに見せながら、心の中で不満をためていれば、ある日突然、関係を続けられなくなることもあります。
わがままにならないために、本音を消す必要はありません。
自分の希望を伝える。
相手の答えを聞く。
二人にできる形を相談する。
希望が合わないときには、その違いも見ていく。
そこまで含めて、人と関わることなのだと思います。
カウンセリングでは、「何かを望むこと自体が悪い」と感じるようになった背景や、相手に断られることへの怖さを整理しながら、自分の気持ちをどのように伝えていくかを見ていきます。
わがままにならないように黙り続けるのでもなく、気持ちを理由に相手を動かそうとするのでもない。
自分と相手の両方を大切にしながら、話し合える関係をつくっていくことはできます。




