「もっと自分にやさしくしてください」
そう言われても、
「具体的には何をすればいいの?」
と思うことはないでしょうか。
ケーキを買うことなのか。家事を休むことなのか。嫌なことを全部やめることなのか。
しかも、いざ休もうとすると、
「これくらいで休んでどうする」
「まだ頑張れるでしょう」
「自分に甘くしたら、だらしなくなる」
という声が自分の中から聞こえてくる。
自分にやさしくしたいのに、自分を許してばかりいるようで落ち着かない。そんな人もいるでしょう。
この記事では、自分にやさしくするとは具体的に何をすることなのか、自分を甘やかすこととどう違うのか、なぜ頭では理解しても実行しにくいのかをお伝えします。
・自分にやさしくすることの具体的な意味
・自分を甘やかすこととの違い
・自分への厳しさを手放しにくい理由
自分にやさしくするとは、今の状態を無視しないこと
自分にやさしくするというと、自分を褒めることや、好きなものを買うことを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それが役立つ日もあります。
ただ、毎日「よく頑張ったね」と言えばよいわけでも、疲れるたびにご褒美を用意すればよいわけでもありません。
自分にやさしくするために最初に必要なのは、今の自分に何が起きているかを確認することです。
疲れている。
腹が立っている。
悲しい。
予定を詰めすぎている。
本当は引き受けたくない。
助けが必要なのに、言い出せない。
失敗して、恥ずかしい。
まずは、その状態を「そんなことを感じるべきではない」となかったことにしないことです。
たとえば、疲れているときに、
「まだ動けるから問題ない」
と扱えば、疲れはなかったことになります。
嫌なことを頼まれたときに、
「これくらい断るほどでもない」
と考えれば、嫌だと感じた自分の反応は無視されます。
失敗したときに、
「私は本当に駄目だ」
と決めれば、何が起きて、何を修正すればよいのかが見えなくなります。
自分にやさしくするとは、都合の悪い感情や限界も含め、現在の状態を事実として扱うことです。
自分にやさしくするとは、何をしても許すことではありません。
今の状態を正確に見て、自分を必要以上に罰さず、必要な対応を選ぶことです。
甘やかすことと、自分にやさしくすることの違い
「自分にやさしくしたら、甘えが増えるのでは」
と心配する人は多いものです。
たしかに、自分に都合の悪いことをすべて避け、責任を他人へ押しつけるなら、問題は残ります。
約束を守れなかったことを気にしない。
相手を傷つけても、仕方がなかったで終わらせる。
必要な話し合いを避け続ける。
このような対応まで、自分へのやさしさに含める必要はありません。
自分にやさしくすることと、きちんと責任を果たすことは両立します。
約束を守れなかったなら、事情を説明して謝る。
仕事で間違えたなら、必要な修正をする。
相手へきつい言葉を言ったなら、言い方について謝る。
そのうえで、
「私はいつも失敗する」
「こんな自分には価値がない」
「もっと苦しまなければ反省したことにならない」
と、自分の人格全体を責めることはやめます。
必要な責任を引き受けたあとも自分を罰し続けると、次の行動へ移りにくくなります。
自分へのやさしさは、責任から逃げるためのものではありません。失敗や問題を落ち着いて扱うために必要な態度です。
自分を責めるほうが、成長できるように感じる
自分に厳しい人は、自分を責めることに意味があると感じています。
失敗したときに強く反省すれば、次は失敗しない。
疲れていても動けば、周囲に迷惑をかけずに済む。
自分の足りないところを探し続ければ、もっと成長できる。
楽をしなければ、怠けた人にならずに済む。
この考え方で、実際に多くのことを成し遂げてきた人もいます。
自分を叱り、予定どおりに動かし、人から求められる役割を果たしてきた。
だから、
「自分にやさしくしたら、これまでのように動けなくなる」
と感じるのです。
仕事が終わっても、
「今日の対応は本当にあれでよかったのか」
と反省会を始める。
休みの日にも、
「もっと有意義に過ごせたはず」
と評価する。
成果を出しても、
「これくらいはできて当然」
と合格を出さない。
こうした厳しい見方が続くことで、ここまで来られた面もあるでしょう。
ただ、その視点が休みなく働き続けていると、休んでいるときまで自分を責められることになります。
自分への厳しさが必要になった理由
子どもの頃から、
「ちゃんとしなさい」
「迷惑をかけないで」
「もっと頑張りなさい」
と言われることが多かった人もいます。
また、直接言われていなくても、
成績がよいと喜んでもらえた。
家の手伝いをすると認められた。
親を困らせない子でいると、家庭が落ち着いた。
弱音を見せずに頑張ると、しっかりしていると褒められた。
そのような経験から、
「ちゃんとしていれば、居場所がある」
と感じるようになることがあります。
反対に、失敗する、休む、助けを求める、できないと言うことは、自分の価値を失う行為のように感じられます。
だから、疲れていても休めない。
頼まれたら断れない。
できなかった自分を強く責める。
人から責められる前に、自分で自分を叱る。
自分への厳しさは、人から見放されないために必要だったのかもしれません。
大人になった現在は、休んだからといって誰かに捨てられるわけではありません。
それでも、以前の経験で感じた恐れがあると、
「休んだら役に立てなくなる」
「断ったら嫌われる」
「自分を許したら、何もできなくなる」
という反応が出ます。
頭では「そこまで頑張らなくていい」とわかっていても、簡単に変えられないのはそのためです。
「よく頑張ったね」と言っても、しっくりこない理由
自分にやさしくしようとして、
「今日もよく頑張った」
「そのままでいい」
「自分を褒めよう」
と言ってみても、まったく響かないことがあります。
むしろ、
「何を根拠に褒めるの?」
「できていないことが残っている」
「気休めを言っても現実は変わらない」
と思うかもしれません。
これは、自分への言葉が足りないというより、自分が本当に困っていることと、かけている言葉が合っていない可能性があります。
疲れている人が必要としているのは、褒め言葉より予定を減らすことかもしれません。
仕事を抱えすぎている人には、応援より分担の相談が必要なことがあります。
失敗して落ち込んでいる人には、「よく頑張った」と言う前に、何が悔しかったのかを整理する時間が必要でしょう。
誰かに腹を立てている人には、気持ちをなだめるより、何を嫌だと感じたのかを明確にするほうが役立つ場合があります。
自分にやさしくすることは、自分へ都合のよい言葉をかけることだけではありません。
自分が困っている内容に合った対応をすることです。
疲れている自分へのやさしさ
疲れているときのやさしさは、
「今日も頑張ったね」
と声をかけるだけでは不十分です。
何を減らせるか。
どこまでなら今日やる必要があるか。
誰かに頼めることはないか。
予定を変更できないか。
睡眠や食事が不足していないか。
具体的に確認します。
家事を休む日があっても、生活がすべて崩れるわけではありません。
仕事を一つ翌日に回したからといって、能力がなくなるわけでもありません。
休むことに抵抗が出る人は、
「今日は何もしない」
と極端に決める必要はありません。
今日やることを三つから一つに減らす。
夕食を作らず、用意されたものを利用する。
返信を明日に回す。
普段より早く仕事を終える。
このように、負担を現実的に減らすことも自分へのやさしさです。
失敗した自分へのやさしさ
失敗したときには、自分を責めることで問題を解決しようとしがちです。
けれども、
「私は本当に駄目だ」
と考えても、次に何を変えればよいかは決まりません。
失敗したときは、次のことを分けます。
- 実際に何が起きたのか
- 誰かに影響があったのか
- 謝罪や修正が必要か
- 次回変えられることは何か
- 自分ではどうにもできなかった部分は何か
必要な対応を決めたら、人格へのダメ出しはそこで終わりにします。
「失敗した」と「失敗ばかりする人間だ」は、同じ内容ではありません。
一つの出来事から、自分の価値全体を決めないこと。
これも、自分にやさしくする具体的な方法です。
嫌だと感じた自分へのやさしさ
自分にやさしくするというと、悲しみや疲れをいたわることばかりが注目されます。
けれど、怒りや不満を無視しないことも含まれます。
頼まれたことを引き受けたくない。
相手の言い方が嫌だった。
自分ばかり負担している。
約束を軽く扱われて腹が立った。
その気持ちを、
「こんなことで怒るのは大人げない」
「相手にも事情がある」
「私が我慢すれば済む」
となかったことにしてしまうと、自分が何を嫌がっているのかわからなくなります。
怒りをそのまま相手へぶつける必要はありません。
まず、何が嫌だったのかを確認します。
そして、断る、条件を変える、説明を求める、距離を取るなど、必要な対応を考えます。
自分の気持ちを無視せず、相手との関係も考えながら行動を選ぶことが、自分へのやさしさにつながります。
助けが必要な自分へのやさしさ
頑張ることに慣れた人は、助けを求めることにも抵抗があります。
「自分でできることを人に頼んではいけない」
「相手にも都合がある」
「断られたら恥ずかしい」
「頼ったら、同じだけ返さなければならない」
そう考えて、一人で抱え続けます。
けれど、自分でできることと、一人でやる必要があることは別です。
できるけれど負担が大きい。
今週は予定が重なっている。
体調がよくない。
精神的な余裕がない。
そのようなときには、依頼する、分担する、相談することも選択肢になります。
誰かに頼った結果、断られることもあります。
それは、自分に頼る資格がなかったという意味ではありません。
相手にも事情や限界があります。
一人の相手に断られたことで、「誰にも頼れない」と結論づけず、別の方法を考えることも必要です。
自分にやさしくできているか確認する四つの問い
何をすれば自分にやさしくしたことになるのかわからないときは、次の四つを確認してみてください。
- 今の私は、何を感じているのか
- 実際に何が起きているのか
- 必要な責任や対応は何か
- 必要以上に自分を罰していないか
たとえば仕事で失敗したなら、
恥ずかしい、怖い、悔しいと感じている。
資料に間違いがあった。
訂正し、関係者へ伝える必要がある。
ただし、「私は何をやっても駄目だ」と何日も責める必要まではない。
このように分けます。
自分にやさしくすることは、問題を見ないことではありません。
問題と、自分への罰を分けることです。
自分にやさしくすると、最初は落ち着かないこともある
自分への厳しさで長く動いてきた人が、急に自分への扱いを変えると、落ち着かないことがあります。
休んでいても、何かを忘れているように感じる。
断ったあと、相手が怒っていないか気になる。
自分を責めるのをやめると、反省が足りないように思える。
助けを求めると、迷惑をかけた気がする。
この落ち着かなさが出ると、
「やはり自分に厳しくしたほうがいい」
と元の方法へ戻りたくなります。
しかし、その不安は「自分にやさしくすることが間違っている」という証拠とは限りません。
これまでの自分が、厳しくすることで何を防いできたのかが表に出ている可能性があります。
休んだら、誰に何と言われるように感じるのか。
断ったら、相手との関係がどうなると思うのか。
失敗した自分を責めなかったら、どのような人になる気がするのか。
その怖さを具体的にすると、自分への厳しさが必要になった理由が見えてきます。
まとめ|やさしさは、今の自分に必要な対応をすること
自分にやさしくするとは、自分を褒め続けることでも、嫌なことをすべて避けることでもありません。
今の状態を確認する。
疲れているなら、負担を減らす。
失敗したなら、必要な修正をする。
嫌だったなら、何が嫌だったのかを認める。
助けが必要なら、頼る方法を考える。
そして、必要な対応をしたあとまで、自分を罰し続けない。
これが、自分にやさしくするということです。
頭では理解できても、休めない、断れない、自分へのダメ出しを止められないことがあります。
その場合は、自分への厳しさによって何を守ってきたのかを整理する必要があります。
カウンセリングでは、どのような自分でいれば認められたのか、失敗したときに誰から責められるように感じるのか、休んだ先に何が起きると思っているのかを見ていきます。
頑張っても認められなかった悔しさ、できない自分を見せられなかった怖さ、助けを求めても届かなかった悲しさが残っていることもあります。
その感情を解放し、過去に必要だった厳しさを現在の視点から理解し直すことで、自分を責め立てなくても、必要な行動を選びやすくなります。
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自分にやさしくしたいと思っても、休むことや助けを求めることに強い抵抗が出るときには、その厳しさが必要になった経験から一緒に整理できます。




