夫に浮気された。
その時点で、浮気された側はとてもつらい思いをしています。
裏切られた。
嘘をつかれた。
自分だけが知らなかった。
浮気相手とのやり取りや証拠を見つけてしまった。
問い詰めたら、謝るどころか逆ギレされた。
そんな状態で、平気でいられる人は多くないと思います。
友達に話せば、
「それは夫が悪い」
「あなたは悪くない」
「そんなことをするなんて最低」
「もっと怒っていいよ」
と言ってくれるかもしれません。
それを聞いて、一瞬だけ楽になることもありますが、時間が経つと、別の苦しさが出てくることがあります。
「私は正しい。夫が悪い。それはわかった。
でも、私が本当に欲しかったのは、それだけだったのだろうか」
という苦しさです。
正しさを得ても、幸せが戻るとは限らない
浮気は、した側に責任があります。
これは、まず分けておきたいところです。
夫婦関係の中にすれ違いがあったとしても、寂しさがあったとしても、不満があったとしても、それを浮気という形にした責任は、浮気した本人にあります。
だから、浮気された側が怒るのは自然です。
相手のしたことを間違っていると言いたくなるのも当然です。
「どれだけ私を傷つけたかわかっているのか」と言いたくなるのも、無理のないことです。
ただ、ここに難しさがあります。
相手の間違いを証明することと、幸せな関係を取り戻すことは、同じではないのです。
「あなたが悪い」
「私が正しい」
「あなたは家族を傷つけた」
「あなたは最低なことをした」
それは、事実としてそうかもしれません。
でも、その正しさを何度も何度も突きつけたとき、夫婦関係が元に戻るかというと、そうとは限りません。
むしろ、話がうまくいかなくなることもあります。
浮気した夫が逆ギレしたり黙り込んだりする理由
浮気した夫に問い詰めたとき、素直に謝ってくれれば、まだ話はしやすいかもしれません。
でも実際には、そうならないこともあります。
「君の言い方がきついから、前から嫌だった」
「俺だってずっと我慢していた」
「そうやって責めるところが嫌なんだ」
「だから外に居場所が欲しくなったんだ」
そんなふうに、浮気した側が被害者のように話し始めることがあります。
あるいは、何を聞いても黙り込む。
部屋にこもる。
話し合いを避ける。
浮気は続いているのに、家庭では口をきかなくなる。
浮気された側からすると、たまったものではありません。
浮気されたうえに、話もできない。
やめてほしいと言っただけなのに、こちらが悪者のようにされる。
これでは、さらに傷つきます。
ただ、ここで起きていることのひとつに、夫側の罪悪感による防衛があります。
罪悪感というのは、素直な反省だけを生むわけではありません。
罪悪感が強すぎると、人はそれをまともに感じられなくなることがあります。
自分が悪いとわかっているからこそ、そこを突かれると苦しくなる。
苦しくなると、自分を守ろうとしてしまう。
その結果、
「俺だけが悪いわけじゃない」
「妻にも原因がある」
「俺だって傷ついていた」
「責められるくらいなら話したくない」
という方向へ逃げてしまうことがあります。
これは、夫をかばう話ではありません。
浮気した責任は消えません。
ただ、夫の中で起きている防衛を知らないまま責め続けると、話し合いがさらに難しくなることがある、ということです。
正しいことを言っているのに、相手が遠ざかることがある
浮気された側は、正しいことを言っていることが多いです。
「浮気はやめてほしい」
「家族を傷つけたことをわかってほしい」
「嘘をつかないでほしい」
「ちゃんと向き合ってほしい」
どれも、もっともなことです。
でも、正しいことを言えば、相手が正しく反応するとは限りません。
人は責められすぎると、謝るより先に身を守ろうとすることがあります。
黙る人もいます。
逆ギレする人もいます。
話をすり替える人もいます。
「全部俺が悪い」と言いながら、実際には何も変えない人もいます。
そうなると、浮気された側はさらに傷つきます。
「私は間違ったことを言っていないのに」
「なぜ私が責められるのか」
「なぜ夫は逃げるのか」
「なぜ話し合いにならないのか」
この苦しさが積み重なっていくと、夫婦関係はますますこじれていきます。
目的は、相手を裁くことなのか、関係を取り戻すことなのか
ここで、一度立ち止まって考えたいことがあります。
自分が本当に望んでいるのは、何なのか。
夫が悪いと認めさせたい。
謝らせたい。
反省させたい。
浮気相手と別れさせたい。
自分がどれだけ傷ついたかをわからせたい。
それは、どれも自然な気持ちです。
でも、その奥に、
「本当は、もう一度ちゃんと向き合いたい」
「本当は、幸せな関係を取り戻したい」
「本当は、夫婦としてやり直せるならやり直したい」
という気持ちがあるのなら、目的を少し整理する必要があります。
相手を裁くことと、幸せな関係を取り戻すことは、同じ道ではないからです。
裁くことを目的にすると、言葉はどうしても強くなります。
「あなたが悪い」
「あなたのせいでこうなった」
「私を傷つけた責任を取りなさい」
そう言いたくなるのは自然です。
でも、夫が家庭に戻ってきたとき、
「この先、一生責められ続けるのではないか」
「戻っても、毎日罪を突きつけられるのではないか」
「自分は家庭の中でずっと罰を受けるのではないか」
と感じたら、戻ること自体が怖くなることがあります。
これも、夫を甘やかすという話ではありません。
責任を取ることは必要です。
浮気相手との関係を清算することも必要です。
嘘やごまかしをやめることも必要です。
ただ、夫婦関係を取り戻したい場合、そこに「戻ってきても話ができる場所」がなければ、夫はますます逃げる可能性があります。
正しさを横に置くとは、浮気を許すことではない
ここは誤解されやすいところですが、
「正しさを一旦横に置く」と言うと、
「浮気した夫を許せということですか」
「相手が悪いのに、私が我慢しろということですか」
「結局、傷ついた側が飲み込めということですか」
と感じるかもしれません。
そうではありません。
正しさを横に置くとは、浮気をなかったことにすることではありません。
夫の責任を無くすことでもありません。
傷ついた気持ちをしまい込むことでもありません。
そうではなく、
「今、この話し合いの目的は何なのか」
を見直すことです。
夫を追い詰めることが目的なのか。
夫に間違いを認めさせることが目的なのか。
それとも、夫婦としてもう一度話せる状態を作ることが目的なのか。
ここを分けるだけでも、言葉の選び方は変わってきます。
たとえば、
「あなたは最低。どれだけ私を傷つけたかわかってるの」
と言いたくなる場面で、
「私は今もかなり傷ついている。だから、責めたい気持ちもある。けれど、本当はこれからどうするのかを話したい」
と言えるかもしれません。
もちろん、毎回そんなふうに言えるわけではありません。
怒りが強くなる日もあります。
泣きたくなる日もあります。
顔を見るだけで苦しくなる日もあります。
それでも、目的を「裁くこと」だけにしないという意識は、夫婦の会話を変えていく可能性があります。
友達に味方になってもらう時間も必要
ただし、夫の前で冷静でいようとするなら、別の場所で感情を出すことが必要です。
夫の前で何も言えないようにする、という意味ではありません。
でも、怒りも悲しみも全部そのまま夫にぶつけ続けると、話がうまくできなくなることがあります。
だからこそ、友達や信頼できる人に話す時間は大事です。
「それはつらかったね」
「よくここまで耐えてきたね」
「怒って当然だよ」
そうやって受け止めてもらうことで、夫にぶつけるしかなかった感情の置き場所ができます。
泣ける場所。
愚痴を言える場所。
弱い自分を出せる場所。
そういう場所があるから、夫との話し合いで少しだけ踏みとどまれることもあります。
一人で全部を抱えながら、夫にだけ冷静に向き合おうとするのは、かなり負担が大きいです。
「正しい私」だけで夫婦を続けるのは苦しくなる
浮気された側は、正しい立場にいます。
けれど、正しい立場に立ち続けるほど、苦しくなることがあります。
なぜなら、正しいことを言っているときは、怒りは出せても、寂しさや悲しみや愛情は出しにくいからです。
「夫が悪い」
「私は傷つけられた」
「私は被害者だ」
それは間違っていません。
でも、心の中には同時に、
「それでも好きだった」
「戻ってきてほしい」
「浮気相手ではなく、私を選んでほしい」
「もう一度、夫婦としてやり直したい」
という気持ちがあるかもしれません。
正しさだけを握っていると、その気持ちを自分でも扱いにくくなります。
「こんなに傷つけた人を、まだ好きだなんて認めたくない」
「夫が悪いのに、戻ってきてほしいと思う自分が情けない」
「許せないのに、別れたくない」
そんなふうに、自分の中でも葛藤が起きます。
でも、夫婦再生を考えるとき、この葛藤を無理に無くす必要はありません。
むしろ、
「私は傷ついた」
「私は怒っている」
「でも、まだやり直したい気持ちもある」
この両方を認めるところからしか、次の選択は見えてこないのだと思います。
幸せな関係を取り戻したいなら、見る場所が変わる
正しさを証明する段階では、見る場所は「相手の間違い」です。
夫が何をしたのか。
どれだけ嘘をついたのか。
どれだけ家族を傷つけたのか。
どれだけ自分勝手だったのか。
もちろん、それを見ることも必要です。
でも、幸せな関係を取り戻したい段階になると、見る場所が少し変わります。
なぜ、夫は外に逃げ場を求めたのか。
夫婦の中で、何がそのまま放置されていたのか。
夫は何を言えなかったのか。
私は何を我慢していたのか。
二人の間で、どんな会話が無くなっていたのか。
これは、自分を責めるためではありません。
「私が足りなかったから浮気された」と結論づけるためでもありません。
浮気の責任と、夫婦関係の課題は別です。
そのうえで、やり直したいなら、夫婦関係の中にあったものを見ていく必要があるということです。
責めたいときは、一度話し合いから離れる
夫を責めたい気持ちが強くなったときは、無理に話し合いを続けない方がいいこともあります。
その場で続けると、
「だからあなたは最低なのよ」
「何回同じことを言わせるの」
「本当に反省しているの」
と、どんどん強い言葉になっていくことがあります。
その言葉を言ったあと、自分もさらに傷つくことがあります。
話し合いが悪い方向に進みそうなときは、一度離れる。
誰かに話す。
紙に書く。
泣く。
自分の気持ちを受け止めてもらう。
そして、少し落ち着いてから、もう一度何を伝えたいのかを整理する。
それは、夫のためだけではありません。
自分をこれ以上すり減らさないためでもあります。
夫婦再生は、正しさを捨てることではない
夫婦再生は、浮気された側が正しさを捨てることではありません。
怒りを持ったままでもいい。
許せない気持ちが残っていてもいい。
疑いが消えなくてもいい。
すぐに優しくできなくてもいい。
ただ、もし本当に幸せな関係を取り戻したいなら、
「私は正しい」だけではなく、
「私はこれからどうしたいのか」
「私はこの人と、どんな関係を作り直したいのか」
「そのために、今どんな言葉を選ぶのか」
を見ていく必要があります。
浮気された側が正しい。
その事実は変わりません。
でも、正しさだけでは、関係は戻らないことがあります。
大事にしたいことが、自分の正しさなのか。
夫婦としてのつながりなのか。
自分がこれからどう生きたいのか。
そこを少しずつ分けていくことが、浮気後の夫婦関係を考えるうえで、とても大切なのだと思います。
一人で整理しきれないときは
浮気された後は、怒り、悲しみ、疑い、未練、愛情、自分責めが一度に出てくることがあります。
夫が悪いとわかっていても、やり直したい気持ちがある。
やり直したいのに、責めずにはいられない。
責めた後で、自分も苦しくなる。
友達は味方になってくれるけれど、それだけでは答えが出ない。
そんなときは、まず絡まっている気持ちを分けていくことから始められます。
夫を許すかどうか。
離婚するかどうか。
やり直すかどうか。
その結論を急ぐ前に、今の自分が何に傷つき、何を求め、何を怖がっているのかを整理することが必要な場合もあります。
カウンセリングでは、浮気された側の怒りや悲しみを置き去りにせず、夫婦関係をどうしたいのかを一緒に見ていくことができます。
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