誰かの声が、いつもより低かった。
話しかけても、目を合わせてもらえなかった。
LINEの返事が「うん」だけだった。
それだけで、
「私、何か悪いことを言ったかな」
「怒っているのかもしれない」
「私のせいなのかな」
と考えてしまうことがあります。
相手から何か言われたわけではありません。
それでも、相手の表情や声、返事の仕方が少し違っただけで、自分に原因があるように感じてしまう。
そんな自分に、
「考えすぎなのかな」
「気にしなければいいのに」
と思うこともあるでしょう。
でも、同じ相手の不機嫌を見ても、誰もが「私のせい」と感じるわけではありません。
「仕事で何かあったのかな」と思う人もいます。
「また不機嫌になってる」と腹が立つ人もいます。
「巻き込まれたくない」と距離を取る人もいます。
気にならず、そのまま過ごせる人もいます。
起きていることは同じなのに、受け取り方は人によって違います。
では、なぜ自分には「私のせい」に見えるのでしょうか。
そこには、その人がこれまで経験してきた人間関係や、その中で感じてきた感情が関係していることがあります。
- 相手が不機嫌だった。それをどう受け取るかは人によって違う
- 「私のせい」と思うのにも、その人なりの理由がある
- 「私のせい」と思うことで、関係性を守ろうとしていることもある
- 同じ「私のせい」でも、その奥にある感情は違う
- 頭で「私のせいではない」と考えても、変わらないことがある
- 感情が受け止められると、同じ出来事の見え方が変わる
- 一度気づいたら、全部なくなるわけではない
- 行動を変えようとしなくても、反応が変わることがある
- 自分の反応が変わると、二人の関係も変わる
- 「相手が悪い」「自分が悪い」だけでは見えないものがある
- 人との関わりの中で、自分のことが見えてくる
- まとめ|「私のせい」と思わなくなると、人との関わり方は変わる
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相手が不機嫌だった。それをどう受け取るかは人によって違う
たとえば、職場で同僚がいつもより無口だったとします。
Aさんは、「私、何かしたかな」と思う。
Bさんは、「機嫌が悪いなら自分で何とかしてよ」と腹が立つ。
Cさんは、「今日は疲れているのかな」と思う。
Dさんは特に気にしない。
同じ出来事を見ているのに、感じることも、その後の行動も違います。
Aさんなら、ご機嫌を取ろうとするかもしれません。
何も悪いことをしていないのに謝るかもしれません。
怖くなって、自分から距離を取ることもあるでしょう。
Bさんなら、こちらも冷たくするかもしれません。
Cさんなら、少し様子を見るかもしれません。
つまり、私たちは相手の態度そのものに反応しているようでいて、
実際には、その態度を自分がどう受け取ったかによって反応が変わるのです。
そして、どうしてそう受け取るかには、理由があります。
「私のせい」と思うのにも、その人なりの理由がある
人の機嫌を見るとすぐ、「自分が何かしたのでは」と思う人がいます。
そう思ってしまう背景は、人によって違います。
子どもの頃、親の機嫌によって家の中の雰囲気が大きく変わった人もいるでしょう。
親が不機嫌になる理由を説明してくれず、「何か私が悪かったのかな」と考えるしかなかった人もいます。
機嫌が悪い人がいると、場を明るくする役割をしてきた人もいます。
友達から突然無視された経験がある人もいるでしょう。
恋人から、理由を言われないまま離れられたことがあるかもしれません。
職場で、上司の機嫌によって叱られる基準が変わった経験がある人もいます。
そうした経験の中で、
「相手の変化には早く気づいた方がいい」
「関係が悪くなる前に、自分が何とかした方がいい」
「私が原因なら、私が直せばいい」
という見方が身につくことがあります。
だから今、目の前の相手が少し不機嫌そうに見えただけでも、「私のせいかもしれない」という考えがすぐに出てくる。
それには、その人なりの理由があるのです。
「私のせい」と思うことで、関係性を守ろうとしていることもある
「私のせい」と考えるのは、自分を責めたいからではありません。
むしろ、「私に原因があるなら、何とかできる」と思えるから、その考えを選んでいることがあります。
相手がなぜ不機嫌なのかわからない。
何を考えているのかわからない。
このまま関係が悪くなるかもしれない。
それは、とても不安です。
でも、「私の言い方が悪かったのかも」と思えば、
謝る。
優しくする。
機嫌を取る。
相手に合わせる。
何か行動ができます。
つまり、「私のせい」と思うことで、わからない状態を早く終わらせようとしていることもあるのです。
そのやり方で、これまで大事な関係性を守ってきた人もいるでしょう。
同じ「私のせい」でも、その奥にある感情は違う
「私のせいと思う人は、みんな同じ心理を持っている」ということではありません。
同じ反応でも、その奥にある感情は人によって違います。
嫌われるのが怖い人もいます。
見捨てられるのが怖い人もいます。
怒られるのが怖い人もいます。
誰かを不機嫌にすると、自分が悪い人になったように感じる人もいます。
相手を悲しませることに、強い罪悪感を持つ人もいます。
子どもの頃に、「お母さんを怒らせてはいけない」と思っていた人と、「お父さんに嫌われたら居場所がなくなる」と感じていた人では、同じ「私のせい」という反応でも、その背景は違います。
だから、「人の機嫌を気にしないようにしましょう」だけでは、なかなか変われないのです。
自分がなぜそこまで気になるのか。
相手の不機嫌を見たとき、何に恐れを感じるのか。
そこにどんな感情があるのか。
その人なりの理由を見ていく必要があります。
頭で「私のせいではない」と考えても、変わらないことがある
相手の機嫌は相手のもの。
そんなことは、頭ではわかっている。
疲れているだけかもしれない。
別のことで悩んでいるだけかもしれない。
それもわかっている。
それでも、相手の表情が曇った瞬間、「何かした?」と不安になる。
こういうことはあります。
それは、今の出来事に反応しているだけではなく、そこに過去に感じた恐れや寂しさ、悲しさ、怒りなどが重なっていることがあるからです。
だから、「気にしない」と決めても、思ったようには変わらないのです。
感情が受け止められると、同じ出来事の見え方が変わる
では、どうすれば変わるのでしょうか。
大切なのは、「私のせいと思わないようにする」ということではありません。
なぜ自分は「私のせい」と思うのか。
その背景で、何を感じてきたのか。
そこにある感情を見ていくことです。
たとえば、子どもの頃、親が不機嫌になるたびに、「私が何とかしなければ」と思っていたとします。
本当は怖かった。
寂しかった。
不安になっていた。
でも、そんな気持ちを感じている余裕はなく、親の機嫌を直すことに一生懸命だった。
そのときの怖さや寂しさが長い間残っていると、大人になってからも、誰かの不機嫌を見るたびに、「何とかしなければ」という反応が出ることがあります。
その感情を言葉にしたり、誰かに受け止めてもらったり、そのとき本当はどんな気持ちだったのかを感じ直したりする。
そうして、過去に残っていた感情が少しずつ動いていくと、「相手が不機嫌=私が何とかしなければ」という見え方も変わってくることがあります。
以前なら、「私のせい?」としか見えなかった場面で、
「何かあったのかな」と思えるようになる。
「必要なら聞いてみよう」と思えるようになる。
「今はそっとしておこう」と選べるようになる。
相手が不機嫌であることは同じでも、こちらの受け取り方が変わるのです。
一度気づいたら、全部なくなるわけではない
ただし、ひとつの感情に気づいたら、その後は二度と「私のせい」と思わなくなる、ということではありません。
人がこれまで経験してきたことは、一つではありません。
親との関係。
友人との関係。
恋愛。
学校。
職場。
これまでのさまざまな体験の中で、いろいろな感情を抱えてきています。
「私のせい」と思う理由も、一つとは限りません。
ある関係では平気なのに、特定の相手にだけ強く反応することもあります。
普段は大丈夫でも、自分が疲れているときには昔の反応が出やすくなることもあります。
だから、感情を扱うことは、「一度やれば終わり」というものではありません。
それでも、ひとつひとつの感情が受け止められたり、解放されたりしていくことで、それまで当たり前だった見え方が変わっていくことがあります。
そして、見え方が変われば、行動も変わっていきます。
行動を変えようとしなくても、反応が変わることがある
これまでなら、相手が不機嫌になるとすぐ謝っていた。
でも、以前ほど「私のせい」に見えなくなると、謝る必要がなくなるかもしれません。
以前なら、相手を笑わせようとしていた。
でも、相手の気分まで自分が何とかしなければと思わなくなると、無理に明るく振る舞わなくなるかもしれません。
以前なら、怖くなって先に距離を取っていた。
でも、「嫌われた」と決めつけなくなると、必要なら話してみようと思えるかもしれません。
この変化は、「これからは謝らないようにしよう」と自分に言い聞かせたから起きるものとは少し違います。
相手の態度の見え方が変わったから、必要な反応も変わったということです。
だから、以前より選べる行動が増えていきます。
自分の反応が変わると、二人の関係も変わる
人との関係は、一人だけで作っているものではありません。
こちらが変わると、相手もその影響を受けます。
これまで、相手が不機嫌になるたびに、自分が謝ったり、ご機嫌を取ったりしていたとします。
その関係では、
不機嫌になる人。
機嫌を取る人。
という関わりが続いていたことになります。
こちらがその役割をやめれば、今までと同じ関係は続きません。
相手も、「何かあったなら、自分から言わなければ伝わらない」と変わっていくかもしれません。
今までより、お互いに話せる関係になることもあるでしょう。
ただ、必ずより良い関係になるとは限りません。
相手が、「機嫌を取ってくれないなら、この人とは関わりたくない」となることもあります。
それまで二人をつないでいたものが、「不機嫌になる人」と「それを何とかする人」という関係だったのであれば、その形が崩れたことで関係が終わることもあります。
それは寂しいことかもしれません。
でも、そこで初めて、「私たちは何でつながっていたのだろう」と見えてくることもあります。
人とのつながりが、愛や信頼だけでできているとは限りません。
役割。
我慢。
罪悪感。
相手に必要とされること。
誰かを助けること。
そうしたものが、二人をつないでいることもあります。
それがなくなったことで続かなくなる関係もあります。
そうなったときには、その関係を終えることも、自分のこれからを選ぶ一つの方法かもしれません。
「相手が悪い」「自分が悪い」だけでは見えないものがある
人間関係が苦しくなると、
「相手が悪い」
「私が悪い」
のどちらかで考えたくなることがあります。
でも、人と人との間では、もっといろいろなことが起きています。
相手が不機嫌になる。
自分はそれを「私のせい」と感じる。
怖くなって機嫌を取る。
相手は、何も言わなくてもこちらが合わせてくれることに慣れていく。
また不機嫌になる。
自分はさらに相手の顔色を見るようになる。
こうして、二人の間で同じことが繰り返されていくことがあります。
どちらか一人だけを変えればいいという話ではありません。
ただ、自分がその中で何を感じ、どう受け取り、どう反応しているのかが変わると、今までと同じやり取りは続きにくくなります。
人との関わりの中で、自分のことが見えてくる
一人でいるときには気づかなかった感情が、人と関わることで出てくることがあります。
相手が黙ったとき。
返事が短かったとき。
期待した反応が返ってこなかったとき。
自分でも驚くほど不安になったり、腹が立ったり、悲しくなったりする。
そのとき、「なぜ私はこんなに反応するんだろう」と見てみる。
そこには、自分でも忘れていた体験や、感じないようにしてきた感情があるかもしれません。
人との関わりの中では、嫌な気持ちになることもあります。
同時に、自分でも知らなかった自分に気づくきっかけにもなります。
まとめ|「私のせい」と思わなくなると、人との関わり方は変わる
誰かが不機嫌だった。
そのとき、「私のせいかもしれない」と思う。
それには、その人なりの理由があります。
これまでの人間関係の中で、相手の機嫌を気にする必要があった。
自分が何とかすることで関係性を守ってきた。
嫌われることや、置いていかれることが怖かった。
その背景は、一人ひとり違います。
だから、「気にしないようにする」だけでは変わらないことがあります。
自分はなぜ「私のせい」と思うのか。
その奥にどんな感情があるのか。
そこに残っている恐れや悲しさ、寂しさなどが受け止められたり、解放されたりすると、それまでと同じ出来事でも見え方が変わってくる。
見え方が変われば、行動も変わります。
必要以上に謝らなくなるかもしれません。
ご機嫌を取らなくなるかもしれません。
怖くなって先に離れることが減るかもしれません。
必要なら聞いてみることもできる。
今は待とうと決めることもできる。
そして、自分の反応が変われば、相手との関係も変わります。
より話せる関係になることもあれば、それまでの関わり方では続かなくなる関係もあります。
大切なのは、どんな関係でも続けていくことではありません。
自分は、その人とどんな関係でいたいのか。
そこを選べるようになることなのだと思います。
カウンセリングでも、なぜその人の態度がこれほど気になるのか、そこにどんな体験や感情があるのかを見ていきます。
話していく中で、
「私はずっと怖かったんだ」
「誰かの機嫌を取らないと、嫌われると思っていたんだ」
「本当は、私も怒っていたんだ」
と気づくことがあります。
そうした感情が受け止められたり、解放されたりすると、同じ相手を見ていても、以前とは違って見えることがあります。
人との関係の中で、自分が何を感じているのか。
その感情には、どんな理由があるのか。
そして、これからその人とどう関わっていきたいのか。
私は、そこまで一緒に見ていくことを大切にしています。
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