「自分のことは自分でやる」
「人に迷惑をかけない」
「できることを、わざわざ人に頼まない」
そうして、これまで一人でさまざまなことを乗り越えてきた人がいます。
仕事で困っても、自分で調べる。
家族に問題が起きれば、自分が動く。
体調が悪くても、予定を変えずにやり切る。
誰かに助けてもらうくらいなら、少し無理をしてでも自分で済ませる。
周囲からは、
「しっかりしている」
「一人でもやっていける」
「何でもできる人」
と見られているかもしれません。
けれども、本人の中では、
「どうして私ばかり、こんなに大変なのだろう」
「誰も助けてくれない」
「私がやらなければ、何も進まない」
という不満が積もることがあります。
何でも一人でできることが、自立なのでしょうか。
本当の自立とは、誰にも頼らずに生きることではありません。
自分で考える。
自分で選ぶ。
選んだことを、すべて誰かのせいにしない。
自分でできることと、人の力を借りたほうがよいことを分ける。
頼む相手や範囲を、自分で決める。
必要のない負担は断る。
相手の問題まで、自分の責任にしない。
そうした判断を持てることも、自立の一部です。
- 自立とは、自分で選び、自分の人生を引き受けること
- 何でも一人で抱える「過剰な自立」
- 「一人でできる」と「一人でやるしかない」は違う
- 自立が強くなった背景には、頼れなかった経験がある
- 頼って傷ついた経験があると、二度と頼りたくなくなる
- 頼ることと、依存することの違い
- 任せることと、丸投げすることの違い
- 頼ると、相手に主導権を渡すように感じる
- 人を助けることと、相手の問題を背負うことの違い
- 自立した人は、何でも断る人ではない
- 誰に、何を、どこまで頼むかを選ぶ
- 頼んで断られても、自分を否定されたわけではない
- 自分でやる・頼る・任せる・断るを使い分ける
- 自分で引き受ける範囲を見直す
- 一人で頑張ってきた自分を否定しない
- カウンセリングでは何を整理するのか
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自立とは、自分で選び、自分の人生を引き受けること
自立というと、経済的に一人で生活できることや、身の回りのことを自分でできることを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも自立です。
ただ、自立にはもう一つ、自分の人生について自分で選ぶという意味があります。
どのような仕事をするのか。
誰と関わるのか。
何を引き受け、何を断るのか。
困ったときに、誰へ相談するのか。
人の意見を聞いたうえで、最終的に何を選ぶのか。
そこを自分で決めていくことです。
誰にも相談しないことが自立なのではありません。
人の意見を聞いても、最後の判断を相手へ丸ごと渡さない。
助けを借りても、自分の人生の責任まで相手に背負わせない。
その状態が、自立に近いものです。
何でも一人で抱える「過剰な自立」
自分でできることを自分でするのは、問題ではありません。
一人で進めたほうが早いこともあります。
人に説明するより、自分でやったほうが負担が少ない場面もあります。
けれども、
自分でやることを選んでいるのではなく、それ以外を選べない
となると、苦しくなります。
頼むという選択肢がない。
任せるという選択肢もない。
断るという選択肢もない。
自分がやるしかない。
その状態を、過剰な自立と考えることができます。
過剰な自立では、自分の能力が高いから一人でやっているだけではありません。
頼ったら断られるかもしれない。
頼ったら迷惑そうな顔をされるかもしれない。
任せたら、思ったとおりに進まないかもしれない。
助けを求めたら、できない人だと思われるかもしれない。
相手に借りを作ったようで落ち着かない。
そうした不安があるために、全部自分で引き受けています。
「一人でできる」と「一人でやるしかない」は違う
一人でできる力を持つことと、一人でやるしかないことは違います。
一人でできる人は、必要に応じて、
「今回は自分でやろう」
「ここは人に任せよう」
「この部分だけ手伝ってもらおう」
と選べます。
一方、一人でやるしかない人は、どのような状況でも自分で抱えます。
忙しくても引き受ける。
体調が悪くても断らない。
相手の担当でも、自分が動く。
助けてもらえそうでも頼まない。
その結果、周囲からは、
「この人に頼めばやってくれる」
と思われるようになります。
頼まれる仕事が増えます。
家族の中でも、問題が起きるたびに自分が呼ばれます。
本人はますます、
「結局、私がやるしかない」
と感じます。
けれども、周囲から見ると、本人がいつも自分から引き受けているように見えている場合があります。
自立が強くなった背景には、頼れなかった経験がある
過剰な自立は、本人の性格だけで作られるわけではありません。
これまでの経験の中で、自分でやるしかなかった人もいます。
親が忙しく、困っても話を聞いてもらえなかった。
家族の中に、世話が必要な人がいた。
親の機嫌を気にして、自分の悩みを言えなかった。
助けを求めても、
「それくらい自分でやりなさい」
と返された。
泣いたり困ったりすると、面倒そうにされた。
そのような環境では、頼ることを覚えにくくなります。
頼む前に諦める。
困っても、自分で方法を探す。
誰かが動いてくれるのを待たず、自分から動く。
その力によって、実際に多くのことを乗り越えてきたのでしょう。
一人でやる力は、その人を守ってきた力でもあります。
ただ、過去には必要だった方法が、現在のすべての関係でも必要とは限りません。
今は頼める相手がいる。
役割を分けられる職場にいる。
助けてもらっても責めない人がいる。
それでも過去と同じように、
「人は頼れない」
と判断していることがあります。
頼って傷ついた経験があると、二度と頼りたくなくなる
以前、誰かに頼ったことで傷ついた人もいます。
相談したことを、ほかの人に話された。
助けてもらったあと、いつまでも恩を着せられた。
困っていることを話したら、見下された。
弱っているときに、相手の都合のよいように扱われた。
頼んだのに、約束を守ってもらえなかった。
そのような経験があると、
「人に頼ると、立場が悪くなる」
「弱っていることを知られると危険だ」
「自分でやったほうが、余計な傷を負わずに済む」
と考えるようになります。
これは、頼る能力がないのではありません。
頼った結果、何が起きるかわからないことを警戒しています。
そのため、必要なのは、誰にでも頼れる人になることではありません。
誰に、何を、どこまで頼むのかを見極めることです。
頼ることと、依存することの違い
頼ることが苦手な人は、
「人に頼ったら、依存する人になってしまう」
と思うことがあります。
けれども、頼ることと依存することは同じではありません。
たとえば、
「私はどうすればいい?全部決めて」
と、判断も結果も相手へ渡す。
うまくいかなければ、
「あなたがそう言ったから」
と相手の責任にする。
これは、自分の選択を相手に預ける形です。
一方で、
「私はこのように考えています。別の見方があれば聞かせてください」
「この仕事は私が担当しますが、この部分だけ手伝ってもらえますか」
「自分で決めますが、判断材料が足りないので相談したいです」
と頼むなら、自分で考える部分は自分に残っています。
相手の力を借りても、決める責任まで相手に渡してはいません。
自立している人は、何もかも自分だけでやる人ではなく、自分が持つ責任と、人へお願いする部分を分けられる人です。
任せることと、丸投げすることの違い
人に任せることも、自立の一部です。
ただし、任せることと丸投げすることは違います。
丸投げは、
「私は知りません。あとは全部お願いします」
と、必要な説明や判断まで相手へ渡すことです。
任せる場合は、
目的を伝える。
必要な情報を渡す。
どこまで相手が判断できるかを決める。
困ったときの相談方法を決める。
任せたあとは、相手のやり方を尊重する。
という流れがあります。
過剰な自立の人は、任せても途中で口を出し続けることがあります。
「それでは遅い」
「私ならこうする」
「やっぱり自分でやったほうが早い」
と、仕事を取り戻します。
すると相手は、
「結局、自分のやり方でなければ気に入らないのだ」
と思い、次から関わらなくなることがあります。
本人は、
「任せたら、やっぱりうまくいかなかった」
と感じます。
ただ、相手が失敗したのではなく、違うやり方で進めていただけかもしれません。
任せるとは、結果だけでなく、相手の進め方をある程度受け入れることでもあります。
頼ると、相手に主導権を渡すように感じる
人に頼るのが苦手な人の中には、助けてもらうと相手に支配されるように感じる人もいます。
何か頼んだら、相手の意見を聞かなければならない。
助けてもらったら、相手の頼みも断れない。
援助を受けたら、関係を切れなくなる。
そう感じるため、最初から受け取りません。
けれども、助けてもらったことと、自分の選択権を渡すことは別です。
相手から助けを受けても、嫌な要求は断れます。
意見を聞いても、そのとおりにする義務はありません。
好意を受け取っても、同じ形で返さなければならないわけではありません。
ただ、実際に援助を利用して人を支配する人もいます。
そのため、
「助けてもらうことを避けない」
だけではなく、
「助けを理由に、こちらの選択へ踏み込んでこない人か」
を見る必要があります。
人を助けることと、相手の問題を背負うことの違い
自立が強い人は、人を助ける側にもなりやすいものです。
家族が困っていれば、自分が解決する。
同僚の仕事が遅れていれば、代わりに引き受ける。
恋人が問題を抱えていれば、自分が支える。
それ自体が悪いわけではありません。
ただ、助けることと、相手の問題を背負うことは違います。
助けるとは、
相手が自分で進めるように、必要な部分を支えることです。
相手の考えを聞く。
本人ができることは本人に任せる。
こちらができる範囲を伝える。
一方、背負うとは、
相手が決めるべきことまで自分が考える。
相手の感情を自分が処理しようとする。
相手が困らないように、先回りして全部片づける。
相手の失敗まで、自分の責任だと感じる。
という状態です。
背負っている間、相手は困らずに済むかもしれません。
けれども、自分で考えたり、失敗から学んだりする機会も減ります。
こちらは疲れ、相手はいつまでも自分に頼る。
それでも、
「私がやらなければ、この人は困る」
と思い、離れられません。
この関係は、支え合いというより、一方が背負い続ける形になっています。
自立した人は、何でも断る人ではない
自立について考えると、
「人のことは気にせず、自分のことだけ考えればよい」
と受け取られることがあります。
けれども、自立は人とのつながりを切ることではありません。
人を助ける。
相手の事情を考える。
状況に応じて予定を調整する。
そのようなこともできます。
ただし、いつでも自分が譲る必要はありません。
今回は手伝える。
今回は余裕がない。
この部分ならできる。
それ以上は引き受けられない。
相手の希望も聞きながら、自分の限界も伝える。
それができることも自立です。
いつも人に合わせることも、いつも人を拒むことも、選択肢が一つしかないという点では似ています。
状況によって対応を変えられることが重要です。
誰に、何を、どこまで頼むかを選ぶ
頼る練習というと、誰かに頼みごとをしてみる方法がよく紹介されます。
けれども、頼む前に考えたいことがあります。
この相手は、断る自由を認めてくれるか
頼んだ相手にも、できないと断る権利があります。
相手が断ったときに、
「やはり誰も助けてくれない」
と自分全体への拒絶にしないことも必要です。
同時に、自分も断る自由を認めてもらえる関係かを見ます。
頼んだことを、あとから責める材料にしないか
「あのとき助けてあげたでしょう」
と、長く恩を着せる人もいます。
そのような人へ頼むと、負担が増える場合があります。
こちらの希望を聞いてくれるか
助けると言いながら、相手のやり方を押しつける人もいます。
頼んだ内容と違うところまで踏み込んでくる場合もあります。
何を頼み、どこから先は自分で決めるのかを、最初に伝えられる相手がよいでしょう。
頼む内容は、相手に合っているか
話を聞くのが得意な人。
作業を手伝うのが得意な人。
制度や情報に詳しい人。
人によって、頼みやすいことは違います。
一人の相手にすべてを求めるのではなく、内容によって頼る相手を変える方法もあります。
頼んで断られても、自分を否定されたわけではない
頼ることが怖い人は、断られることを強く恐れます。
「できません」
と言われると、
「迷惑だったのだ」
「私は助ける価値もないのだ」
「もう頼ってはいけない」
と受け取ることがあります。
けれども、相手が断る理由はさまざまです。
時間がない。
体調が悪い。
ほかの予定がある。
その内容は得意ではない。
責任を持てない。
断られたことと、自分が拒絶されたことは同じではありません。
頼むことは、相手に引き受ける義務を与えることではありません。
相手が断れるからこそ、こちらも安心して頼めます。
反対に、断る自由のない頼みごとは、お願いではなく要求になります。
自分でやる・頼る・任せる・断るを使い分ける
本当の自立に必要なのは、何でも一人でできることではありません。
次の四つを選べることです。
自分でやる
自分でやったほうが早い。
自分でやりたい。
自分が責任を持つべきこと。
そのような場合は、自分で進めます。
頼る
情報が足りない。
一人では負担が大きい。
気持ちを整理するために話を聞いてほしい。
そのような場合は、必要な部分を頼みます。
任せる
自分が抱えなくてもよい仕事。
相手が担当するべきこと。
相手に任せたほうが育つこと。
そこは相手へ返します。
断る
自分の役割ではない。
今は余裕がない。
引き受けると、ほかのことに影響が出る。
そのような場合は断ります。
どれか一つだけが正しいわけではありません。
いつも自分でやる必要もなければ、何でも頼る必要もありません。
その場で何が必要かを考え、自分で選ぶことが自立です。
自分で引き受ける範囲を見直す
過剰な自立の人は、自分の責任の範囲が広くなりやすいものです。
家族の機嫌。
職場の雰囲気。
相手の将来。
恋人の仕事。
友人の悩み。
誰かが困っていると、
「自分が何とかしなければ」
と感じます。
けれども、相手の感情や選択まで、自分が管理することはできません。
話を聞くことはできる。
提案することもできる。
必要な支援をすることもできる。
ただ、最後に決めるのは相手です。
相手が選んだ結果まで、自分が背負う必要はありません。
自立とは、自分の責任を引き受けることです。
同時に、他人の責任まで引き受けないことでもあります。
一人で頑張ってきた自分を否定しない
これまで一人で頑張ってきた人は、その力で生活を守ってきました。
仕事を続けた。
困難な状況を抜けた。
家族を支えた。
誰にも頼れない時期を乗り越えた。
その力を捨てる必要はありません。
問題は、一人で頑張ることしか選べなくなっていることです。
自分でできる力を持ちながら、人の助けも受けられる。
判断できる力を持ちながら、わからないことは聞ける。
人を支える力を持ちながら、自分も支えてもらえる。
そのほうが、使える力は増えます。
自立を弱めるのではなく、自立の形を増やすのです。
カウンセリングでは何を整理するのか
人に頼れないことだけを取り上げて、
「もっと頼みましょう」
と考えても、うまくいかないことがあります。
頼ることが危険だった経験がある。
助けてもらうと、相手に従わなければならないと感じる。
人に任せると、自分の価値がなくなる気がする。
誰かが困っていると、自分の責任のように感じる。
断ると、関係が終わると思う。
そうした背景が残っているからです。
カウンセリングでは、
いつから一人で頑張るようになったのか。
誰に頼れなかったのか。
助けを求めたとき、何が起きたのか。
どのような相手なら頼れそうか。
自分の責任と、相手の責任をどこで分けられるか。
頼るときに、何を失うように感じるのか。
そこを整理していきます。
何でも人に頼れる人になることが目的ではありません。
自分でやることもできる。
必要なら人の力も借りられる。
引き受ける範囲を選べる。
相手の問題を相手へ返せる。
合わない要求は断れる。
そのように選択肢を持てることが、自立につながります。
本当の自立とは、誰にも頼らず、一人で生きることではありません。
自分の人生を自分で選びながら、人と協力することも選べる状態なのだと思います。




