言われれば言われるほど反論したくなるのはなぜ?人の意見を素直に聞けない理由

人の意見に反論したくなるのはなぜ 対人関係に活かす心理学

「あの人とは、もう別れたほうがいいよ」

友人からそう言われると、

「でも、いいところもあるのよ」

と、彼をかばいたくなる。

ところが反対に、

「あんないい人と別れたら、もったいないよ」

と言われると、

「みんなが思っているほど、いい人でもないんだけどね」

と、今度は彼の欠点を説明したくなる。

仕事でも似たことがあります。

「そんな会社、もう辞めたほうがいいよ」と言われれば、会社のよいところを並べたくなる。

「せっかく長く勤めたのだから、辞めないほうがいい」と言われれば、どれほど理不尽な職場なのかを語りたくなる。

自分でも、少し不思議に思うかもしれません。

結局、別れたいのか、別れたくないのか。

辞めたいのか、辞めたくないのか。

相手や仕事について考えているようで、実際には「人から言われたことに反論する」という別の問題が始まっていることがあります。

忠告の内容より「否定された」という感覚になる

人から意見を言われたとき、すぐに反論したくなるのは、その内容が間違っているからとは限りません。

相手は、

「今の関係では、あなたがつらそうに見える」

「この働き方を続けたら、体がもたないのではないか」

と心配しているだけかもしれません。

ところが、言われた側には、

「あなたの選択は間違っている」

「そんなことも見抜けなかったの?」

「あなたには自分で決める力がない」

と言われたように聞こえることがあります。

すると、忠告の内容を考える前に、自分を守る必要が出てきます。

「私は何も考えずに選んだわけではない」

「あなたが知らない事情もある」

「私にだって、見る目はある」

そのことを証明するために、相手の意見とは反対の説明を始めるのです。

選んだ人を否定されると、自分まで否定されたように感じる

恋愛では、パートナーへの評価と、自分への評価が結びつきやすくなります。

自分が好きになった人。

自分が付き合うと決めた人。

自分が何年も関係を続けてきた人。

その相手について、

「やめたほうがいい」

「その人は信用できない」

と言われると、相手だけでなく、自分の判断まで疑われたように感じます。

友人の意見を認めたら、

「私は見る目がありませんでした」

「今までの選択は間違いでした」

と認めることになるような気がするのです。

そこで、彼が約束を守らないことも、何度も嘘をついたことも、こちらばかりが我慢していることも、いったん横へ置きます。

そして、

「でも、仕事ではすごく頑張っている」

「二人でいると楽しいときもある」

「本当は優しい人なの」

と、彼を守ります。

彼を守っているように見えますが、同時に、彼を選んだ自分を守っているのかもしれません。

自分でも気づいていることを言われると、強く反論したくなることがある

人から言われたことが、まったく見当違いなら、それほど腹が立たない場合もあります。

「そういう見方もあるのね。でも私は違うと思う」

と流せるからです。

ところが、自分でも少し気づいていたことを言われると、強く反応することがあります。

彼との関係が以前から苦しかった。

会社を辞めたいと何度も思っていた。

家族の要求を引き受け続けることに、限界を感じていた。

けれども、それを認めると、何かを変えなければならなくなります。

別れるのか。

辞めるのか。

断るのか。

今までの関係を続けるとしても、これまでとは違う話し合いが必要になるのか。

そこまで考えるのは大変です。

だから、

「あなたにはわからない」

「そんなに単純な話ではない」

と相手の意見を退け、今の状態を続けることがあります。

反論したいのは、相手が間違っているからではなく、その意見を受け入れたあとのことまで考えたくないからかもしれません。

「あんないい人と別れないで」と言われても反論したくなる

反対に、周囲からパートナーを高く評価されたときにも、反論したくなることがあります。

「あんなに優しい人はいないよ」

「あなたには、もったいないくらいじゃない?」

「別れたら後悔するよ」

そう言われると、

「家では全然違うから」

「細かいところは、かなり面倒なのよ」

「私だって我慢していることはある」

と伝えたくなる。

これは、パートナーの本当の姿を知ってほしいからという場合もあります。

外では感じがよくても、家庭では横柄な人もいます。周囲から見える姿と、二人の関係で見せる姿が違うこともあるでしょう。

ただ、それだけではなく、

「私はこの人に選んでもらって、ようやく価値のある人になったわけではない」

「私のほうだって、この関係を選ぶ立場にいる」

と主張したくなっている場合もあります。

「あんないい人」と言われた瞬間、自分のほうが相手より下に置かれたように感じる。

だから相手の欠点を出すことで、二人を同じ位置に戻そうとするのです。

人から決められてきた人ほど、忠告に抵抗しやすい

人の意見を素直に聞けない背景には、これまで自分の選択を尊重してもらえなかった経験が関係していることもあります。

進学先を親に決められた。

就職先について何度も口を出された。

服装や友人関係まで評価された。

恋人を連れていけば、家族から細かく品定めされた。

何かを選ぶたびに、

「それはやめなさい」

「あなたには向いていない」

「こちらのほうがいい」

と言われてきた。

そのような経験が続くと、人から助言されたときに、

「また私の人生を決めようとしている」

と感じることがあります。

今、意見を言っている人は、命令しているわけではないかもしれません。

それでも、以前の「自分のことなのに、自分で決めさせてもらえなかった感覚」が出てくるのです。

そのため、意見の中身を検討するより先に、

「私は私で決める」

と抵抗したくなります。

間違いを認めたら、過去の自分まで否定することになるのか

人の意見を受け入れにくい人は、選択を「正解か失敗か」で考えていることがあります。

彼と付き合ったことが間違いだった。

この会社に入ったことが間違いだった。

家族を支えてきたことが間違いだった。

そう考えると、これまでの自分がしてきたことすべてを否定するようで苦しくなります。

けれども、当時の選択と、今後の選択は別です。

付き合い始めた頃には、知らなかったことがあった。

以前はよい関係だったけれど、今は状況が変わった。

入社した当時は自分に合っていたが、今の働き方は合わなくなった。

家族を支える必要があった時期もあるが、これからも同じ量を引き受ける必要はない。

意見を変えることは、過去の自分が愚かだったと認めることではありません。

新しくわかったことや、今の自分の状態をもとに、もう一度選び直すことです。

正しさの争いになると、自分がどうしたいのかわからなくなる

人から何かを言われたとき、

「相手が正しいか、私が正しいか」

という争いになることがあります。

友人が「別れたほうがいい」と言う。

自分は「別れなくてもいい」と言い返す。

すると、いつの間にか、自分がその相手と一緒にいたいのかどうかは、話の中心ではなくなります。

自分の正しさを証明するために関係を続ける。

周囲に「やっぱりね」と言われたくないために、問題を隠す。

反対に、「別れないほうがいい」と言われたことに抵抗するために、勢いで関係を終わらせたくなる。

これでは、自分の人生について考えているようで、周囲への反論を基準に決めることになります。

相手の意見に従う必要はありません。

けれども、反対することを目的に選ぶのも、自分で決めているようで、実は相手の言葉に動かされています。

恋愛だけでなく、仕事や家族でも同じことが起きる

反論したくなる場面は、恋愛だけではありません。

仕事で、

「あなたが全部引き受けなくてもいい」

と言われると、

「でも、私がやらないと回らないから」

と答える。

家族について、

「そこまで面倒を見なくてもいいんじゃない?」

と言われると、

「家族なんだから仕方ないでしょう」

と言いたくなる。

ところが反対に、

「あなたがやってあげないと、家族が困るよ」

と言われると、

「なぜ、いつも私なの?」

と腹が立つ。

どちらの意見にも反論したくなるなら、問題は助言の内容だけではないのでしょう。

人に言われて動くこと自体が嫌なのかもしれません。

「私の苦労を知らないのに、簡単に言わないで」

「私の選択に口を出さないで」

という気持ちがあるのかもしれません。

ただ、自分の決定を守ることばかり考えていると、今の自分が本当は何を望んでいるのかが見えにくくなります。

人の意見を聞くことと、言うとおりにすることは違う

誰かの意見を聞くと、それに従わなければならないように感じる人がいます。

だから、最初から聞かない。

すぐに反論する。

相手の見方の問題点を探す。

けれども、意見を聞くことは、その人に決定権を渡すことではありません。

「そう見えているのか」

「その部分は、私も少し気になっていた」

「そこは事情を知らないから、違うと思う」

と分けて考えることができます。

相手の言葉に一部納得しても、すべて受け入れる必要はありません。

逆に、相手の見方に間違いがあっても、その中に確認したほうがよい点が含まれていることがあります。

反論する前に、

「この言葉の何に腹が立ったのだろう」

と考えてみると、忠告の内容とは別の問題が見えることがあります。

判断を否定されたと感じたのか。

見下されたように感じたのか。

自分でも気づいていた問題を指摘されたのか。

また誰かに決められるようで嫌だったのか。

そこがわかると、相手の意見と、自分が受け取った痛みを分けやすくなります。

人の意見を聞けないことが、長年の生き方とつながっている場合

人から何か言われるたびに強く反論したくなるなら、今回の相手との会話だけを見ても、理由がわからないことがあります。

これまで、自分の判断をどのように扱われてきたのか。

失敗したとき、どれほど責められたのか。

意見を変えることを、負けや恥だと感じるようになったのはなぜか。

周囲に反対されても続けることで、自分の力を証明しようとしてこなかったか。

恋愛、仕事、家族の中で、同じように「私の選択を否定しないで」と戦い続けていないか。

こうしたことを整理すると、目の前の忠告に腹を立てているだけではなく、長い間、自分で決める権利を守ろうとしてきたことが見えてくる場合があります。

人の意見に従うか、反論するかの二択ではありません。

相手がどう考えているかを聞いたうえで、今の自分は何を選びたいのかを考えることもできます。

カウンセリングでも、誰の意見が正しいかを決めるのではなく、忠告されたときに何を否定されたように感じるのか、そして自分が本当はどうしたいのかを分けて整理していきます。

反論しなくても自分の決定権はなくなりません。

意見を変えても、これまでの自分まで間違いになるわけではないのです。

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